表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

雨の日の憂鬱

 その日は朝から小雨が降っていた。

 私は本を読むのを止めて窓から外を眺めていた。

 雨の日は外に出ることが出来ないから少し退屈。

 晴れていても外に出ない事はあるけれど、いつでも外に出れると言う状況と外には出れないと言う状況では心理的圧力が全く違う。

 少し憂鬱な気分でいると窓の外に小さなシルエットが見えた。

 ん?と良く目を凝らしてみると、小さな塊は両手を広げてくるくると回っていた。


 もしかして。

 もしかしなくても・・・クレア?


 私はサラに雨傘を用意するよう言って、急いで外に出た。

 強い雨ではないけれどもこんな日に外に出ていたら風邪をひいてしまう。

 窓からみた位置を思い出して東へ向かう。

 小さな影はまだ両手を広げて鼻歌を歌いながらスキップしていた。


「クレア!」

 私がそう叫ぶと小さな影はピタリと止まった。

「おねえたま?」

 幼い声が返してくる。やっぱりクレアだ。

「こんな日に何をしているの?あなたは!」

 早歩きでクレアの元に向かう。

「あめとあそんでるの」

 悪気のない返事が返ってくる。

 私の頬が引きつる。

「風邪を引くから家に戻りましょう」

 私が手を差し伸べると、クレアはドヤ顔で人差し指を顔の前でチチチと言って軽く横に振った。

 何かしら、この顔ちょっとムカつくわね。


「おねえたましらないの?おんなのこはあめにぬれるとかわいくなるのよ」

「・・・は?」

 何それ新しい美容法?

「いいおんなはあめにぬれるの」

 えっへんとない胸を突き出されて自論を吐かれてもそんなの聞いたことがない。

 頭の中でクエスチョンマークがさく裂している中で、ふとある言葉が引っかかった。

「・・・もしかしてそれって水もしたたるいい女って言うんじゃ?」

 私の言葉にクレアはそうそうそれ!と喜んだ。


「まああめもみずもいっしょでしょ。おねえたまもいっしょにびじんになろ」

 といってぐいっと手を引かれ傘から出されようとする。

「待って、待って。それ意味違うから。雨に濡れたらいい女になるんじゃなくて、美しいっていう言葉を水にぬれてもって言い換えてるだけだから。雨に濡れても意味ないから」

 私をひっぱる手が止まった。

「そうなの?」

 確認されて大きく頷く。

「・・・またブレッドにだまされたぁ。こんどあったらパンチしてやる」

 小さな手に拳を握ってシュッシュッと空を叩くが、大して威力はなさそうだ。

「誤解が解けたならもう家に戻りましょう。このままだと風邪ひいちゃうわよ」

 傘をクレアに向かって指すと、クレアはその傘をジッと見つめた。


 なにかしら・・・なにか嫌な予感がするわ。

 ただでさえ雨の日はちょっと嫌な思い出があるのよ。


 そう、またやらかしてました私。前回雨の日にわざとクレアに庭の花を取ってきて頂戴と命令して傘も渡さずに家から追い出したのよ。

 しかも庭にはない花を指定して。

 雨の中懸命に私の指定した花を探すクレアを窓から温かいお茶を飲みながらにやにやして見ていた過去を思い出す。

 絶対召使たちに傘を差しいれないように命令までして。結局カイルがびしょ濡れのクレアを回収するまでクレアは外にいた。

 カイルの腕の中でクレアは雨に体温を持って行かれて真っ青な顔でカタカタ震えていた。

 それを見ながら私は嘲笑ったものだ。

『あらあら、頼んだ花一つ持って来れないですごすご戻って来るなんて、犬以下ね』

 カイルは私を睨みながらクレアを急いで部屋に入れた。

 その後クレアは熱を出して寝込み、それを聞いたお父様が私に注意をしたけれども、狡猾だった私は『あら、私はただお部屋に黄色い花があったら素敵なのにねって言っただけよ。まさかクレアが私の独り言を聞いてお庭に探しに行ったなんて知らなかったわ』ととぼけて無罪放免になった。

 たとえどんなに黒に近いグレーでも、完全に黒ではない限りお父様は責めないと知ってのことだ。

 今回に限っては言った言わないの完全な水掛け論にしかならない。

 それを見込んで仕掛けた実に卑怯な手口だった。


 その後ろめたさから今回雨の中にいるクレアを発見して呼びに来たわけだけれど、なぜだか知らないけれど前回と記憶が被りそれを回避しようと動くと私に不幸な出来事が起きている気がする。

 ただの偶然ならば良いのだけれど。


 私は用心してクレアの動向を見守った。

 クレアはジッと傘を見つめた後、私の手を掴んで引っ張った。

「おねえたま、ちょっとこっちにいっしょにきて」

「え?何?」

 クレアに引っ張られるまま付いて行くと、そこは庭師たちが庭をリフォームしている場所だった。

「ここはまだ出来てないわよ」

 私がそうクレアに伝えてもクレアの目当ては庭ではなかったようで、構わずずんずん進んでいく。

 とうとう作業小屋の前まで来てしまった。

 小屋の前には木箱が何箱か積んである。

 クレアは木箱の前まで行くと汚れるのも構わずよいしょよいしょと登り始めた。

「おねえたまものぼって」

「え?あぶないわよ」

「だいじょぶ、かさがあるから」

 ??

 どうして傘があると大丈夫なの?

 訳が分からないけれどクレアの後に続いた。

 まさか小さな子を一人で危ない目に合わせられない。いざとなったら引っ張ってでも降ろそうと思っていたのだが、クレアは猿のようにスルスルと上がって行ってしまう。

 とうとう積んである木箱のてっぺんまで登ってしまった。

「危ないわよクレア。早く降りましょう」

 私の言葉にクレアは大きく頷いた。

 良かったとホッとした瞬間、クレアは私の手を持って一気に地面に向かってジャンプした。

「えええええええええ!」

 高さとしては2メートルくらいだからそんなに高くはない。高くはないが、怖いものは怖い。

 私とクレアは見事にぬかるんだ地面にしりもちをついた。

 地面がゆるかったせいで怪我はしていない。

 けれども落ちた時の衝撃で服も顔も泥まみれである。


 なんでこうなるの?

 私侯爵令嬢のはずなのに。


 自分のみすぼらしい姿を見てトホホと嘆いていると、隣でクレアがブツブツ言っていた。


「おかしい。空を飛べなかった。傘を差して高い所から飛んだら空を飛べるってブレッドが言っていたのに」

 ・・・クレア。

 誰だか知らないけれど、今度そのブレッドとやらと話す必要がありそうね。

 そしてクレアの教育も早急に必要だわ。


 私は全身泥人間になりながら同じく泥人間のクレアの手を引いて屋敷に戻った。

 泥人形と化した私たちを見て、召使たちに不審人物扱いされて家から追い出されそうになったのはここだけの話だ。

 その後侍女頭に2度目の説教を受けたのは言うまでもない。


 ああ、私の完璧令嬢という表の姿が壊れていく・・・・・。

 

 壊れると言えば、私の雨傘もあの時の衝撃でぽっきり骨が折れてしまった。

 高かったのに・・・お気に入りだったのに・・・嗚呼。

 これも前回のやらかしの代償なのかしら。クスン。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ