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真珠事件

 衝突事件からクレアも反省したのか目立って行動するようなことはしなくなった。

 平穏。そう人生巻き戻って待ち望んだ平穏が今私の前に流れている。

 ジーン。

 感動。

 そう、そうなのよ。私はこれを望んでいたのよ。

 美味しいものを食べて笑ってそんな平凡な一生を過ごしたいの。もうトップなんて目指さない。そこそこで良い。一番上に立つ人間は一枚ひっくり返すと破滅が待っていることが前回でよぅく分かったもの。平凡が一番。

 なんなら今回は結婚もしなくていい。この家もカイルにやって、その代りに私は一生働かなくても良いだけのお金を貰って田舎に住むのも悪くない。

 そうなんとなく考えたところで実はこれナイスなアイデアじゃないかしらと思い至った。

 だってこの国だって今は平穏だけどいつ不穏になるか分かったものじゃない。死んじゃったからその後は分からないけど、隣国でクーデターが成功したなんて噂が入ったら、この国の不満を抱えた人たちが便乗して蜂起しないとも限らない。その時上位貴族でいたら私までまたとばっちりがくるかもしれない。田舎に引っ込んでつつましく暮らしていれば、その火の粉から免れることが出来る。

 そうよ、そうよ。これよ!

 私は思わず立ち上がってしまい、髪をとかしていたサラに注意された。

「ごめんなさい」

 大人しく座ってサラの思うままに髪を結われる。

「お嬢様、今日はどの髪飾りになさいますか?」

 サラがジュエリーボックスを開いて私に見せた。

「そうね、この真珠のにしようかな」

 真珠が糸で何連かつながっている髪飾りを指差したところで、私は思い出した。


 そうだ、この髪飾りでやらかした事もあったわね・・・。

 

 この真珠自体はそう質が良い物ではないけれども、紛れもなく本物だった。

 私は前回この髪飾りを使ってクレアを泥棒に仕立て上げたのだ。

 わざとクレアの前で髪飾りを落とし、クレアに拾わせる。その後クレアが私に渡そうとするのをわざと拒んだ。

『卑しい娘が手に取った髪飾りなんて薄汚くてもう使えないわよ、そんなものいらないっ!』

 と暴言付きで。

 困ったクレアはそれを一旦自分の部屋に持って行った。

 それを見届けた私はわざと自分の部屋で騒いだ。

『ない!ないわ!真珠の髪飾りがない!亡きお母様の形見のウソなのに!』

 大げさに騒いで召使い達全員動員して館を捜索させた。

 けれども当然見つかるはずがない。

 そこで私は召使たちに命じたのだ。

『ここには怪しい人間たちがいるわ、その者達の部屋も徹底的に調べなさい!』

 召使たちは最初当惑していたけれども、そこは正妻の娘の権限で無理やり捜索させた。

 初めにキャサリンの部屋。そしてカイルの部屋。そして最後にクレアの部屋。

 当然クレアの部屋から私の髪飾りが見つかる。

『やっぱりあった!泥棒!こんな泥棒が家にいるんじゃ安心して住めないわっ』

 私は驚いて目を真ん丸にしているクレアの顔に指を突き付けて罵った。

 キャサリンがクレアを抱きしめて弁解していた。

『ごめんなさいティアナさん。でもクレアは人様の物を盗むような子ではありません。なにか理由があるはずです』

『理由?ここにこうしてあることが泥棒の証拠よ。泥棒を庇うなんて泥棒の親もやっぱり泥棒なのね』

『ごめんなさい。クレア、どうしてあなたがティアナさんの髪飾りを持っているの?』

『ひろって・・・』

 私はその次を言わせず罵った。

『私がどこかで落とした髪飾りを綺麗だからと自分のポケットに入れたのね。でも私この髪飾りを使ってはいないのよ。どこで拾ったのかしら?ああ、もしかして私の宝石箱からかしらね。でもそれって拾ったんじゃなくて盗んだって言うんじゃないかしら』

『ちがう!そこのろうかでさっき・・・』

『おだまりなさい!泥棒の分際で。このことはちゃんとお父様に報告させて頂くわ。きつい罰があることを覚悟してるのね』

『ごめんなさい、ティアナさん。どうかクレアを許してあげて下さい』

『私に許す許さないの権限はないわ。それはお父様に言うのね』

 私は泣くキャサリンを無視して部屋に戻る途中でカイルと出会った。

 カイルはまたもや私を睨んでいた。

 私はただ睨むことしかできないカイルをバカにしたように鼻で笑って去った。


 あああああぁぁぁぁぁ。

 やったわ、やっちゃってたわ、私。

 その後クレアはお父様から罰として夕飯抜きを一週間言い渡されて、キャサリンとカイルもクレアに付き合って一緒に断食した。

 想像よりもずっと軽い罰に当時の私は不満に思ったものだけど、多分お父様はクレアが盗んだ訳ではないことが分かっていたのだろう。それでも私がクレアに罪を被せたという証拠もないのでこれで手打ちにしたのだと今なら分かる。


「なんだか色々浅はかだったわね」

 ぽつりと思わずこぼれた言葉にサラが反応した。

「この髪型ではご不満でしたでしょうか?今すぐ直します」

「え?待って違う、そうじゃなくて」

 止める間もなくサラは髪を解いてまた1から結いなおし始めた。

 ああ、また椅子の前で座って待たないといけないのか。

 しかも今回は私の言葉が原因でサラは複雑怪奇な髪型を編み込んでみせた。

 すごい、すごいけどただ長時間座って待つのも辛いのよ、サラ。


 芸術作品が私の頭の上で出来上がり、最後に飾りで真珠の髪飾りを付けられた。

 凄いわサラ。私今日王宮にだって行けちゃうわ。

 なんにも予定はない日だけどね。

 ハハハ。


 前回やらかした非道を思い出したせいで、私は贖罪の気持ちでお菓子を持ってクレアの部屋を訪問した。

「おねえたま!」

 クレアは侍女と一緒に絵を書いていたようで、床一面にクレアの絵が散らばっていた。

「お邪魔してごめんなさい。絵を書いていたの?」

「はい!」

 クレアは嬉しそうに私に絵を見せて寄越した。

 紙一杯に花だの鳥だのが描かれている。

 前回も思ったけれど、クレアは絵が上手い。5歳にして完璧に物事を書き写している。

 花を書いたらライオンですか?と言われる私なんて足元にも及ばない。

 刺繍の腕は悪くないのに下絵が悪いせいでろくな仕上がりにならなかった前回を思い出す。

 クレア位絵が上手だったら私の刺繍はもっと高い評価を得られたはずなのに残念で仕方ない。

「おねえたま、それなに?」

 クレアが私の持っていたお菓子の箱を指差して期待のまなざしで見ている。

「クッキーよ。食べる?」

「うん!」

 丁度キリが良いのでクレアと共にお茶にすることにした。

「おいひーね」

 クレアが頬一杯にクッキーを詰め込んでこちらに笑いかけてくる。

 その顔はまるで子リスのようだ。

「そんなに口にいっぺんに詰め込んではダメよ。淑女は一枚を少しずつ口に入れるのよ」

「ふぁい」

 分かってるんだか分かっていないんだか良く分からない返事をして、クレアはお茶でクッキーを流し込んだ。

 前回はろくに関わろうともしなかったし、関わる時は私が意地悪をする時だけだったからクレアがこんなお転婆だったなんて知らなかった。

 カイルもただ私を睨むだけの人形だと前回は思っていたし。

 関わってみると人間って色々な面があって面白いわよねと達観した気持ちでいたら、クレアが私の髪飾りを褒めた。

「おねえたまのかみかざりきれいね」

 私は髪飾りを取ってクレアの手に乗せた。

「綺麗でしょう、真珠が糸でつながっているのよ」

 クレアも女の子だからか目をキラキラさせて髪飾りを上に持ち上げたり角度を変えたりして見ていた。

 とそこへカイルがノックをして入って来た。

「クレアいるか?・・・と、ティアナさんもいたのか。これは失礼した」

「おにいたま!ティアナおねえたまがおいしい()()()をもってきてくれたの。おにいたまもいっしょにたべよ」

 おいでおいでと手招きされてカイルは引き返そうとした足を渋々戻した。

「どうぞ」

 にっこり笑って私の横の椅子を薦めると、引きつった顔をしてカイルが座った。

 無言でクッキーを食べるカイルをじーっと見つめる。

「・・・なにか?」

「なにも」

 にこっと笑いながらなおも見続ける。

 カイルが手を顔の前に持って行って私から壁を作る。

「何してるの?」

「いや、じっと見られてるから、その」

 私はその手を掴んで下に降ろした。

 引きつった顔のカイルがいる。

「あのね、カイル。私何かあなたにしたかしら?」

 前回と違って何もしてないのに避けられるのは不安な気持ちになる。

 何か私の気づいてない所で私がしでかしてるんじゃないかと。

 しかしカイルは首を横に思いっきり振った。

 どうやら杞憂だったらしい。

「じゃあどうして私を避けるの?」

 前回もクレアの説教にかこつけて私を助け起こそうとしてくれなかったし。

 何か不自然。

「そんなことは・・・」

「あるでしょ」

 私の決めつけにカイルの顔色が悪くなる。

 ほら図星だ。

 私の引かない態度にカイルが観念した。

「その・・・実は自信がなくて」

「へ?」

「マナーに自信がないんだ。そういうのとは無縁の生活をしてきたから、生粋の貴族令嬢であるティアナさんを前にして何か失礼なことをしでかさないかと心配で」

 

 ほー、ほほーーーー。なぁるほど。

 そう言えばまだきたばかりだからとこの二人にはマナーの先生とかつけてなかったわね。

 もう暫くしたら多分お父様が手配すると思うけど。


「別に変なマナーはしてないわよ。むしろ避ける方が失礼」

「うっ」

 カイルが胸を押さえた。


「今のままでも問題はないけれど、カイルがそう思ってるなら私からお父様にカイルに先生を紹介してくれるように言っておくわ」

「本当か?」

「ええ。ただし条件があるわ」

「なんだ?」

「私の事はティアナさんじゃなくてティアナって呼んで」

「え!?いや、そんな訳には」

「呼んでくれなきゃ頼まない」

 ぷいっと横を向いて拒否の姿勢を見せると、カイルは絞り出すように私の名を呼んだ。

「ティ・・・アナ」

 なにそのティ=アナみたいな名前は。

 でもまぁ良いわ、合格としてあげましょう。

 クレアとカイルと険悪な仲にならないという目標の為にはまず名前呼びからですものね。

 これでギロチン回避にまた一歩進んだわ。

 私はご機嫌でカイルの名を呼んだ。


「なぁに?カイルお兄様」

 私の言葉にカイルがビックリして目を見開いた。

 ぷぷぷ、驚いた顔がクレアそっくり。流石兄妹。

「私たち兄妹でしょう?何か変?」

 変だって言われても治す気はないけどね。だって死にたくないもん。

 カイルに侯爵家を押し付けるって目標も出来たし、カイルと仲良くなっていて損はない。隠居用のお金も一杯貰わなきゃいけないしね。

「そうか、妹。そうか」

 カイルは下を向いてブツブツと呟いていたと思ったら、急に顔を上げて私の顔を見て笑った。

「ティアナ」

 そして今度は完璧に私の名前を呼んだ。


 ドクン!と心臓が大きく波打った。


 カイルが私に向けてほほ笑んだ顔を初めて見た。

 元よりカイルが美形だとは思っていた。それでも前回は常に私を睨む顔に憎々しさ以外感じなかったのに、ちょっとほほ笑んだだけでこんなに印象が変わるとは思わなかった。

 美形の笑顔ってそれだけで凶器ね。


「もう一人妹が出来るなんて嬉しいな。よろしくな」

 そう言いながらカイルは私に向かって手を差し出した。

 どうやらカイルは一度懐に入れてしまうとガードが緩くなる人間らしい。

 カイルの綺麗な茶色の髪と瞳を見ながら私もほほ笑んでカイルの手を握った。 

「ええ、よろしくね」

 穏やかな空気が流れた。

 よし、良いわ。この調子よ。

 私が内心でガッツポーズを決めていると、ふとクレアが静かなことに気が付いた。

 あのうるさ型のクレアがこの中に入ってこないのも不気味だ。

 普段のクレアなら「クレアもー」と言って私たちの中に割って入ってきそうなものなのに。

 

 クレアの方を見ると、クレアは私とカイルから背を向けて床でなにやらごそごそやっていた。

「何をしているの?クレア」

「んあ?」

 クレアは私の言葉に振り向いた。

「ぶはっ!!」

「!!!!!!!」

 カイルは噴き出して大笑いし、私は唖然とした。


 振り向いたクレアの鼻の穴にはそれはそれは見事に白い球がすっぽりと嵌まっていた。まるで元からそこが定位置のように。

 しかも球が穴よりも少し大きいせいで豚鼻になっている。

 ブヒーッと鳴けば私も噴き出すこと間違いない。

 言って欲しいブヒーッと。

 クレアに近づいて(そそのか)そうとしたところで、白い球がまだ床に落ちていることに気が付いた。

 そういえば、この白い球って何かしら。

 拾い上げて光に掲げてみると、どこかでみたことのある形だった。

 ハッとして私の髪飾りを探すと、同じく床の上に土台だけ転がり、後は切れた糸がぷら~んと付いていた。

「・・・私の真珠の髪飾り?」

 私の言葉に涙を流して笑っていたカイルがピタリと止まった。

「え・・・もしかしてソレ?」

 カイルの指差した先にはクレアの鼻の穴にすっぽりINした私の真珠。

 私は軽く涙目になって頷く。

 その瞬間カイルの顔色がサーッと蒼くなった。


「クレア、出せ!その鼻の中のもの今すぐ出せ!」

 カイルに言われてクレアが鼻の穴に手を伸ばすが、なにせ隙間がないほどぴったりに入り込んでいるせいで、出すどころかますます奥に行ってしまう。

「待て、クレア。手で押すな、触るな。触っちゃダメだ」

 カイルが慌てて止めてじっくりとクレアの鼻の穴を見る。

「これは何かで掴むのも無理だな。クレア、ふんってやってみろ」

 カイルの言葉にクレアがスカートをめくってパンツを脱ごうとする。

「違う、う〇ちじゃなくて鼻!鼻から息を出してみろ」

 カイルの言葉に従って、クレアはふーふーと鼻から息を出そうとする。

「よぅし、良いぞクレア。その調子だ。今度は口から息を一杯吸って、思いっきり鼻から空気を出してみろ」

 その言葉にクレアは大きく口を開けて一杯空気を吸い込んだ。背がのけぞりお腹がぽんぽこりんに膨らむ。

 両手をグーにしてクレアはふんっ!と前かがみになって鼻から息を出すと、スポンッと真珠がクレアの鼻から勢いよく飛び出し、両膝をついて見守っていた私のおでこにバチーンとヒットした。


 ・・・痛い。しかもなんかねっちょりしてる。


「あ・・・」

 カイルが落ちた真珠を慌てて拾ってポケットからハンカチを出して丁寧に拭いてから私に差し出してきた。


 いらないわよっ!


「記念にクレアにそれあげるわ」

「はなのあなからでたきねん?」

「ぶっ」

 クレアの無邪気な言葉にカイルがプルプルと震えている。誤魔化せてないわよ、カイル。

 知らなかった、カイルって笑い上戸だったのね。

 私はクレアの両肩を掴んで笑ってない目で訂正した。

「クレアが私の妹になった記念!ね」

 そっかぁと嬉しそうにクレアは笑った。

「じゃあわたしはティアナおねえたまにこれあげるね」

 クレアが差し出したのは自分が書いた絵だった。

 男性が一人に女性が二人描かれ3人で仲良く手を繋いでいる絵だった。てっきりキャサリンとクレアとカイルの絵かと思ったら、

「これがカイルおにいたまでこれがわたしでこれがティアナおねえたまなの」

 と説明された。

 胸の奥がほんわりと温かくなった。

「ありがとう、上手ね」

「えへへー」

 褒められたクレアが嬉しそうにはにかむ。

 そうね、こんな未来が良いわよね。


 私は自分の部屋に戻り貰った絵を大事に飾りながら、サラに真珠の髪飾りをクレアにあげたことと、壊れてしまったので修理に出してくれるようにお願いした。その際糸は一番頑丈なもので直してもらうように念を押したことは言うまでもない。  

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