怪獣クレア2
池ポチャ事件のせいで侍女頭にまとめて3人とも怒られ、急遽風呂と着替えをしたけれども私だけまんまと風邪をひいた。
3日寝込んで苦しんでようやく熱が下がった時、サラが私の朝食を持ってやってきた。
「お嬢様、具合はいかがですか?」
「もう大丈夫」
半身を起して朝食に手を付ける。胃腸に優しく野菜スープや麺が中心だ。
「美味しいわ」
昨日までは白湯がせいぜいだったので、胃を驚かせないようにゆっくりと口に運ぶ。
完食して口元を拭いている最中窓辺の花が目に入った。
「ねえ、サラ」
「はい」
食器を片づけていたサラがこちらに顔を向ける。
「庭にこんな花あったかしら?」
窓辺には立派な花瓶に反比例した貧相な野花が数本飾られていた。しかも元気がなく下を向いてしまっている。
「あー、それは・・・」
サラが言いにくそうに苦笑いしている。
「?」
「そのお花はクレア様がティアナ様へのお見舞いだと言ってお持ちになられたものでして」
「クレアが?」
「はい。庭に色々なお花があるので庭師に言えばお好きな花を切ってもらえますよとお伝えしたのですが」
「この花を持ってきたと」
「はい」
「ふーん」
これをしたのが生粋の貴族であったなら嫌味かと思う所だが、5歳のクレアにそんな意識はないだろう。恐らく自分の好きな花=野花だったのだろう。
「ではお礼を言ってこないとね」
久しぶりにベッドから起き上がると筋肉が弱っていて少し足が震えた。
「お嬢様、急に起き上がられてはいけません」
「もう熱もないし平気よ。少しは体を動かさないとなまってしまうわ」
サラの手を借りて着替えて部屋を出る。
クレアは外かしら?と階段を降りている最中にそういえば前回も階段でやらかした事件があったわねと思い出した。
あれは確か3人が我が家にきてすぐだった頃だ。私が朝食を食べようと階段を降りていたら目の前にクレアが一人で階段を降りていて、最初はなんとも思わなかったのだけれども、小さい脚でモタモタ歩いているのがやたらカンに触って、邪魔だったこともあり残り数段の所で後ろから突き飛ばした。
クレアは蛙のように四つん這いになって床に落ちた。
私は嘲笑しながらクレアの横を通り過ぎた。
『あらあら、卑しい娘には2足歩行より4足歩行が似合うとようやく自分でも分かったようね。これからはそうやって地を這って生きていきなさい。あなたにお似合いの姿よ。ほほほほほ』
落下した物音でどこからかカイルがやって来てクレアに駆け寄り、私を睨みつけた。
『あら、なぁに?その顔。私が何をしたというの?そこの娘が勝手に転んだだけなのに、私のせいみたいな顔して睨むなんて随分な態度ね。一体自分たちを何様だと思っているの!?』
私の言葉にキャサリンがやってきてカイルの頭を押さえて懸命に謝っていた。
私はその姿を見てふんと鼻を鳴らしてその場から去った。
「・・・」
私は階段を降り終え、こめかみを人差し指で押した。
嫌な過去を思い出しちゃったわ。思い出す度前の自分の性格の悪さに落ち込むわ。
どうして私あんな酷いことをして当然だと思っていたのかしら。子供だったからかしら。
でも大人になってもやってたわね・・・。
「・・・」
でっ、でも大丈夫よ!今回に限っては私は同じ轍を踏まないわ。
クレアを階段から落とす理由もないしね!
歴史を繰り返したりしないわ。
両手を握ってよしっ!とポーズを決めていると、頭上から声が聞こえてきた。
「おねえたまー、どいてどいてどいてーーーーーーーー!!!」
「え!?」
声のする方を見上げると階段の手すりにまたがり勢いよく滑り降りてくるクレアの姿があった。
「え、え!?なに?ち、ちょっと待って、きゃーーーーーー!!」
クレアは手すりの傾斜の勢いそのままに下にいた私に激突した。
ドカッ!!
クレアは私にとび蹴りしてその反動で見事に両手をYの字に広げ両足着地した。
10点満点!
一方蹴られた私は四つん這いになって床に這いつくばった。
嘘でしょ。
私、病み上がりなのに・・・・。
前回とは真逆のポーズでお互い相対することになった。
「あああ、おねえたまごめんなさいっ!!」
クレアが慌てて駆け寄って来た。
「何があったんだ?」
ひょこっとカイルがやって来て、這いつくばっている私と謝っているクレアの姿が目に入って一瞬にして事情を悟ったようでクレアを叱った。
「クレア!もしかして階段の手すりを滑ったのか!?あれほど危ないからやっちゃだめだと言っただろう!」
「ごめんなさいおにいたま。だってとってもみりょくてきなてすりだったから、どうしてもすべってみたくて。でもだいじょぶよ、わたしおちるへまなんかしないもの」
・・・クレア。
カイルがゴン!とクレアの頭に拳を落とした。
「今回たまたま無事だっただけだろう。バランス崩しててっぺんから落ちたらペッシャンコだぞ、第一あぶないのはクレアだけじゃない、降りた先に人がいたらぶつかってこうなるだろう!」
カイルが四つん這いになっている私を指差してクレアを叱る。
「ごめんなさい」
クレアが涙目になって謝る。
「分かってくれたらいい。今後は気を付けるんだぞ」
カイルがクレアの頭を撫でる。
「うん」
クレアが笑顔で頷いた。
めでたし。めでたし。
・・・・・・。
ちょっと待てーい!!
私を忘れないでよ、そこの二人っ!
兄妹愛の深さを確認するのも良いけど、いい加減私の事も気にかけて頂戴!
私病み上がりなの。可哀想なのよ。
いい加減手を差し伸べて私を起こして頂戴。
え?なんで一人で起き上がらないのかですって?
決まってるでしょ!淑女が床に四つん這いになって這いつくばっているのよ。こんな無様な格好から一人で立ち上がるなんて恥ずかしくて出来ないわよ。
「・・・カイル」
「え?」
いくら待っても手を貸してくれそうにないので仕方なく声を掛ける。
「手」
「?」
「手を出して」
私に言われるがままにカイルは私に手を差し出す。
私はその手を掴んで立ち上がった。
「遅い!紳士たる者淑女が転んだらすかさず手を差し伸べて起き上がらせないとだめでしょう!」
私に言われカイルは謝った。
「すまない。クレアはやらかしたらすぐ怒らないと忘れてまた同じことをやらかすものだから、ついクレアの説教を優先させてしまった。兄妹揃って大変失礼なことをしてしまった。申し訳ない。ほらクレアもちゃんと謝るんだ」
「ごめんなさいティアナおねえたま」
二人揃って頭を下げられる。
「・・・」
怒りたい。この失礼兄妹を心のままに罵って罵倒したい。でもここで怒ってしまったら前回と同じ道を歩んでしまうかもしれない。それは嫌。
ギロチン、首チョンパなんて絶対ごめんよ。
私は怒りを飲み込んで無理やり口の端に笑顔を乗せた。
「も、もういいわ。クレアも反省したでしょうから。でももう絶対やったらダメよ。危ないからね(主に私が)・・・それと、お花ありがとう」
最後の言葉だけは自然に笑顔になれた。
私の言葉にクレアの表情がパッと明るくなった。
「おねえたま、おはなきにいった?」
「ええ、あまり見かけない花だから珍しかったわ」
「えへへへ、あのおはなクレアのだいすきなおはななんだ」
クレアは怒られたこともすっかり忘れてご機嫌で私の手を握って来た。
「そう、今度どこに咲いているか教えて頂戴」
「うん、いいよ。いっしょにいこー」
クレアを挟んで私とカイルが一緒に食堂に向かう。
中々やってこない私たちを心配してキャサリンが顔を出し、3人で仲良く歩いている私たちを見てあらあらとほほ笑んだ。
今回も私はバッドエンドを回避した!・・・はず。