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小さな怪獣クレア

 始まりは皆で朝食を食べている時のお父様からの何気ない一言からだった。

「ティアナ、カイルとクレアにこの館を案内してあげたらどうかな」

 私は締めのデザートを美味しく頂いている最中で、そう言われてスプーンが止まった。

 

 あー、なんだかこれ覚えてるわ。確か前回も私この二人を案内してあげたのよね。

 カイルとクレアを見ると、カイルの表情は読めなかったけれどクレアは期待一杯でこちらを見ていた。

 この期待を裏切るのはさすがに心が痛むわね。

「私で良かったら」

 私がそう言うとクレアは満面の笑顔になった。カイルはただ頷いただけだった。前の時も思ったけど、カイルって無口な男よね。

 朝食を終え、自室に戻り支度が済んでホールに向かうと既にカイルとクレアが待っていた。

 

「ティアナおねえたま、おててつないでもい?」

 コテンと小首を傾げられて訊ねられては嫌とは言えない。

 出来れば今回は三人とはできるだけ波風立てず関わらずに暮らしていきたかったのだけれども、まだ5歳のクレアに適度な距離で接してとお願いするのは難しいだろう。

 左手は私と繋ぎ、右手はカイルと繋いでクレアはご機嫌で歩いた。

 屋敷の中はすでに執事が昨日案内していたので、私は前回同様庭を案内する。

 クレアもカイルも広く綺麗に手入れされている庭を見て喜んでいた。

 ぐるっと一回り回るだけでも中々良い運動になる広さだ。私は大まかに案内してまた玄関に戻ってきた。


「これで大体庭は案内したわ。どこか他に行きたい場所はある?」

 なければ家の中に戻ろうとしていたら、クレアが左の方向を指さした。

「あっちにはなにがあるの?」

 言われて私は内心チッと舌打ちした。わざと案内しなかったのにどうして気がついてしまうのか。


「あちらはちょっと危険なのよ」

「きけんってなに?」

「あぶないってことだよ」

 カイルがクレアに説明する。

「なにがあぶないの?」

「えーっとね、お池があるの。落ちたら危ないから行くのはまた今度にしましょう」

「おいけ!?みたい!おさかなさんいる?」

「いるけど・・・でも」

 みたいみたい!と騒ぐクレアに困ってしまう。

 出来ればあそこには行きたくない。

 なぜならば前回私はこの二人を真っ先に池に案内し、カイルがよそ見をした瞬間にクレアを池に突き落としたのだ。

 深い池ではないのでクレアでも十分足は立つ。殺そうと思って突き飛ばしたわけではない、嫌がらせでやっただけだ。

 落ちたクレアを助けようとカイルもすぐに池に飛び込み、ずぶ濡れになった二人をみて当時の私はあざ笑ったものだ。

『あらあら、出自の汚い子供に相応しい出で立ちですこと。あぁ、臭い臭い』

 大げさに鼻をつまんで笑って去った。

 もちろん今回はクレアを突き飛ばすつもりはない。

 けれども、何かの間違いでクレアが池に落ちないとも限らない。できるだけ前回とは違う未来を歩みたい。

 なだめすかしてもみたいと泣くクレアにカイルが自分がきちんとクレアを見ているから案内して欲しいと言ってきた。ここで意固地になって二人との仲が悪くなるのは本意ではないので、仕方なく私は案内することにした。

 池を見たクレアは大興奮した。


「うわぁ、おっきいー、おさかなさんいるかなぁ」

 カイルの手も離して池にぐっと身を乗り出すクレア。


「だめよ、クレア。あまり身を乗り出すと危ないわ」

 しかしクレアは池の中の魚に夢中でこちらの注意など耳に入らない。

「きいろいおさかなさんみーっつけた。こっちはあおいおさかなさん。あっ、あっちにあかいおさかなさんが!」

 ティアナおねえたまもみて!とうるさいので仕方なく右隣に座って池の中をのぞき込む。

「あかいおさかなさんみた?あっすっごいあっちにはきんいろのおさかなさん!」

「え?どこに?」

 クレアが指さす方向を見ても金色の魚の姿は見えない。

「あっちあっち!」

 右方向を指さされそちらの方向を見るが、太陽がキラキラと池に反射して見づらい。目を細めて池の水面を凝視するけれど良く分からない。

「もっとあっちよ」

 言われて軽く身を乗り出したのが悪かったのか、その瞬間興奮していたクレアもなんとか私に金色の魚を見せたい一心で私の背中を押した。

 

 グラリ。


 私の身体が一瞬宙に浮いた。

 え?あら?あららららぁ・・・。


 バッシャーン!!


 大きな水しぶきを上げて私は次の瞬間池に真っ逆さまに落っこちた。

 

 ぷかぁ。


 大の字で私の土左衛門が池に浮かんだ。

 

「ティアナおねえたま!」

 クレアの叫び声が聞こえる。

 暫くの沈黙の後、私は無言で池から立ち上がった。

 ザバザバと私の身体から水が水面にこぼれ落ちる。

 頭のてっぺんからびしょ濡れでサラが梳いてくれた自慢の髪がわかめのように私の髪にぺったりとくっついて視界を塞いでいる。

 手で目の前に来ている髪をどけると、頭の上に乗っていた小魚が一匹ピョンと跳ねてチャポンと軽い音を立てて池に戻った。

 その瞬間目をまん丸にしていたカイルは横を向いてぷっと笑った。

 すぐにその笑いは引っ込めたけれど、間違いなく私を見て笑った。


 ムキー!

 

 カイルは左手で口を押さえて右手で私に向かって手を伸ばしてきた。

「大丈夫か」

 私はがっしりとその手を掴んだ。

「ええ、大丈夫」

 私はその掴んだ手を思いっきり引っ張った。そしてカイルは悲鳴を上げるまもなく音を立てて池に落っこちた。

 これで土左衛門2匹目~♪


 ぷかりとカイルの身体が池に浮かんだ。

 はー、良い仕事したわー。


「何するんだ!」

 すぐに起き上がったカイルが私に向かって文句を言ってきた。

「あら、私はあなたが私を見て楽しそうだなって顔をしていたから同じようにしてあげただけよ」

 私の遠回しの嫌みにカイルがウッと声を詰まらせた。

 池に落ちた女の子を見て笑ったなんて紳士の片隅にも置けない行為だもの、同じ目に遭って当然よ。ふふん。

 しかしそれで終わらなかったのはクレアだ。私たち二人が池に入って遊んでると勘違いしたのだ。


「ずるーい、クレアもー」

「え?嘘やめて」

「バカっ、クレアやめろ」

 私たち二人の制止も聞かずクレアは私たち二人に向かってダイブしてきた。

 太陽を背にクレアは満面の笑顔で池に向かって飛んだ。

「とぅ!」

 バッシャーン!!!

 慌ててクレアを受け止めたカイルもろとも池の中に沈んでいった。

 私もその波を浴びて再び池の中に沈んだ。

 クレアは泳げたようで、受け止めたカイルを無視して魚を追いかけて泳いでいった。

 それをカイルが懸命に追いかけて止めていた。

 私はそんな二人を無視して一人で池からあがり、水をたっぷり含んだドレスを絞った。


 ・・・何かしら、この案内では絶対誰かが池に落ちないといけない運命だったのかしら。

 私のせいじゃないのに池に落ちるなんて一体どんな運命のいたずらだというのか。


「こら、クレアいい加減にしろ!」

 池の中では相変わらず逃げるクレアにカイルの怒る声が聞こえる。

 そんな注意など物ともせずにキャハハハハと笑うクレアの声が空に響いた。

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