子供に戻っていた!
意識が戻った時、私は生きていた。
固い牢屋ではなく、ふかふかのベッドの中にいた。
信じられなくて私は自分の首を撫でた。
ついている。
落ちてない。
なぜだろう?どうして生きているのだろう。あのあとやはり父が私を助けに来てくれて処刑が中止になったのだろうか?
半身を起してベッドから足を出した時点で私は違和感に気が付いた。
なんだか体が軽い気がする。
よいしょと立ち上がって見てもやたら地面まで視界が近い。
なぜかしら、というかここはどこかしらとキョロキョロ見回すと、見覚えのある部屋だった。
祖国にある私の家の自分の部屋だ。
帰って来れたのね。
命が助かったことが嬉しくて涙を流していると、ふと壁に掛かっている鏡に気が付いて息を呑んだ。
そこには目を真ん丸にした子供の姿の私がいた。
「どういうこと!どういうこと!?」
私は慌てて自分の姿を見下ろした。
手も足も小さくなっている。
着ている服も子供の頃に着ていたものだ。
鏡に映る顔も幼くなっている。
私23歳のはずなのに。どうして?
パニックになっていると、侍女のサラがノックをして入って来た。
懐かしい顔に思わず駆け寄る。
「サラっ!!」
いきなり抱き着いてきた私を優しくサラが抱きしめてくれる。
「あら、お嬢様今日はお目覚めが早いんですね。今日は旦那様とお出かけになる日ですものね、楽しみで早起きされたんですか?」
「サラ、サラっ!私今何歳!?」
サラはきょとんとした表情をして、笑って答えてくれた。
「どうしたんですか?お嬢様。まだ寝ぼけていらっしゃるんですか?お嬢様は昨日で8歳におなりになりましたよ。覚えておられませんか?」
8歳になったばかり・・・。
信じられない事だが、どうやら私は過去に戻って来たようだ。
いや、そもそも私は本当に処刑されたのか?あれは私が見た夢だったのではないか。
そう思いかけた所で、サラの先ほどの言葉に引っかかった。
「ねぇ、サラ。さっきお父様とお出かけする日だって言ったわね」
私の言葉にサラは頷いた。
「はい、思い出されましたか?今日はお嬢様が前々から行きたがっていたアングレール店に行く日ですよ」
私はサラから身を離した。
知っている。覚えている。
上流階級の間でこの頃話題になっていたお店で、私もお友達に自慢したくて前々からお父様に連れて行って欲しいとお願いしていたのだ。お仕事の忙しいお父様は私が8歳になったお祝いにとお店を予約してくれた。
お父様と二人で美味しいお食事と喜んでいたら、突然見知らぬ女性とその子供二人を紹介され、お前の新しいお母様と新しい兄妹だよと言われた。
その時のショックはいまだに覚えている。
その日に戻ってきてしまったのだ。
「行きたくない」
ぽつりとこぼした言葉をサラはちゃんと拾ってくれた。
「どうなさいました?お嬢様。あんなに行きたがって旦那様にお願いされてましたのに。具合でもお悪いのですか?まあ、顔色がお悪いですわ。旦那様に言って本日は中止にして頂きましょう!」
サラがバタバタと出て行っても私は動くことが出来なかった。
夢だったのか現実だったのか区別がつかない。
これから先に起こることは本当にあったことなのか。
そうなら逃げたい。継母も兄も妹もいらない。
どうしようっ!!
しばらくするとお父様が走ってやって来た。
「ティアナ!具合が悪いと言うのは本当かい?」
「お父様」
最後に見たお父様よりずっと若いお父様がいた。
心配そうに私を見る瞳を見るのはいつぶりだろうか。
愛人とその子供たちが館に来てからずっと私はお父様に裏切られたのだと、お父様は死んだお母様一筋だと思っていたのに、お母様さえも欺いていたのだと憎しみに心を奪われて、お父様さえもその日から拒絶し始めた。
憎々しげに睨みつけ無視し、暴言を吐く私をお父様は最初こそは宥めたり諌めたりしていたが、止まるどころかどんどんエスカレートしていく私の態度にいつしかお父様も諦めて、悲しい目で私を見るようになった。
それは私が隣国の王太子に嫁ぐことになった別れの日でさえ変わることがなかった。
最低の父親だと思い込んでいた。
だから隣国に嫁ぐに辺り私がこの国に捨てられるのではない、私がこの国を捨てるのだとそう心に強く思っていた。
けれども処刑が決まった時私が最後に縋ったのは自分から捨てた父親だった。
仮にも父親なのだから私を助けに来るに違いないと。
あれだけ自分から拒絶していたのに、私はどれだけ甘ったれていたのか。
「お父様、ごめんなさい」
突然謝ってきた娘に父親は優しく抱きしめてその背をゆっくりと撫ぜた。
「いいんだ、予約などまた取れば良い。お前の身体の方が大事だからな」
「お父様、私のこと大事?私の事お好き?」
「当り前だろう、世界一大好きだ」
即答で返事をされて胸の奥がぽっと温かくなる。
「お母様のこともお好きだった?」
「もちろんだ、お母様のことも永遠に愛しているよ」
「そう」
やっぱりあれは夢だったのだ。お父様はお母様がお好きで私の事も世界一大好きだと言ってくれている。
あれは私の見た長い悪夢だったのだ。
「お父様、私ちょっと寝ぼけただけです。身体ももう大丈夫ですからお店に行きましょう?」
私の言葉にお父様は心配そうに見ていたが、度重ねて言うとようやく納得してくれた。
折角お父様が用意してくださった誕生日プレゼントだ。行かないなんてありえない。
お気に入りのドレスを着て昼前にお父様と馬車に乗ってお店に行った。
初めて来たはずなのにお店の作りがどこかで見た事がある気がする。
気のせい気のせいと思いながら案内された席にお父様と着く。
「どうしたんだい?ティアナ。緊張してるのかい?」
優しい瞳でこちらを見てくるお父様。
「ええ、ずっと来たかったお店なのでちょっと緊張してるみたいです」
本当は別の意味で緊張していたのだが、とっさに誤魔化す。
夢なのか過去なのか。
この後起こる行為で分かる。
以前は給仕がメニュー表を持って来る前に突然現れて紹介された。
お願い夢であって!
ぎゅっと目を瞑りテーブルの下で手を組んで祈っていると、お父様は私の後方に向かって笑顔で手を挙げた。
恐る恐る私も振り返る。
・・・・・・ああ。
絶望が体中に降り注いできた。
お父様の愛人とその子供たちだ。
やっぱりあれは夢じゃなかった。
私の破滅の始まりだ。