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カイル発見!

 ハウルの案内で迷うことなくギーズ男爵の家の近くまで来られた。

「あそこが男爵の家だよ」

 ハウルが指差す先の家の門前に小さな影が見えた。

 あれは、カイル?

 カイルは中に入ろうともせずただ黙って門の前で屋敷を見つめていた。

「カイルおにいさまー!」

 クレアがカイルに向かって手を挙げて駆け寄ろうとした瞬間、カイルに向かって水が飛んで来た。

「!!」

 カイルは全身ずぶぬれになった。

 何事!?

 水が飛んで来た方を見ると、門の中でニヤニヤと笑った若い召使がバケツを手に引っかけてクルクルと回していた。 

「なんてことを!お前この方がどなたか分かってるのか!?」

 年を取った使用人が若い使用人に怒っているが、若い方は気にもしていない様でふざけた態度を取っている。

「申し訳ありません、カイル坊ちゃま。今お拭き致します」

 老人が門に手を掛け開けようとするのを若い使用人が止めた。

「だめっすよー。そこあけたら首ですよ。言われてんでしょ、旦那様に。誰であろうと前妻とその子供たちを家に入れるなって」

「しかしっ」

「だめだめ、いくら長年この家に仕えたあんたでも容赦なく首切られますって。いやぁ、すいませんね。おぼっちゃん。私もこんなこと見ず知らずのあなたにしたくなかったんですけど、上からの命令なんで」

「父上が私に水を掛けて追い返せと言ったのか。犬のように」

 水に濡れながらも泣かずに睨みつけてくるカイルに若い使用人は気おされて一瞬ひるんだが、バックにはこの少年の父親がいると思い直して、踏ん張った。

「ええ、まあ。口で言っても帰らない様なら石を投げるなり水をぶっかけるなりしろと言われまして。まあ恨まないで下さいよ、俺以外の使用人は皆あんたたちを知っているから出来ないんでね、やれるのは最近雇われた俺しかいなかったんですよ。俺だって子供をむやみに傷つけたい訳じゃないんですよ。でもね、世の中には立場ってもんがありますからね、これで俺があんたを追い返さなかったら、今度は俺たちが旦那様に罰せられるんですよ。また来て俺の仕事を増やさんでくださいな。頼んますよ」

 へらへらと笑いながら喋る男がいけ好かない。

 上からの命令で仕方なくなんて言い訳をしているが、本心はたとえ子供だとはいえ貴族に水をぶっかけることが出来て嬉しくて仕方ないという顔をしている。

 前回牢屋にいた時に牢番に一人だけこんな顔をした男がいた。

 本来なら自分よりずっと上の立場の人間を自分より下にしてやったという快感を隠しきれないで顔前面に喜色を浮かべていた男。

 私のざんばらになった髪を掴んで上から涎を垂らさんばかりに視線で犯してきた。

 思い出したら気分が悪くなってしまった。

 幸いカイルは見つかったしこんな気分の悪い場所からさっさと連れて帰ろうと思ったら、また門の中から声が聞こえてきた。

 

「おやおや、どこの乞食かと思ったらどこかで見た顔じゃないか」

 顔はまぁまぁだけどいかにも品のなさそうな男が見下した様子でカイルに話しかけてきた。

「まぁ、本当。その顔に見覚えがあるわ。あなたの前の奥様のお子さんじゃなくて」

 目に眩しい派手なピンク色の扇子をゆったりと顔の前で揺らしながら、サル顔の女性が鼻の穴を膨らませて隣に立つ男性にしなだれかかる。

「どうやらそうらしい。ハニー、君と初めから出会ってさえいれば、こんな子供を我が子とせずに済んだのに」

「ああ、可哀想なダーリン。私たちの出会いはまさに運命の恋だったのよ。神様は私たちの愛の深さを試すためにまずあなたに別の女と結婚させるという試練をご用意なさったのよ。でも大丈夫、私たちは試練に打ち勝ったわ、障害はもう何もない。神様は試練に打ち勝った私たちを祝福する証としてこんな可愛い我が子を授けてくださったもの」

「そうだねハニー君の言うとおりだ」

 二人の男女がひしっと2歳くらいの母親似の男の子を抱きしめる。


 何の冗談よこれ。ただ不倫して愛人が正妻を追い出したってだけなのに、やたらと神様だの試練だの大げさに騒ぎ立てるわね。やましい人間ほど正義って言葉に酔いたがるものよね。

 くだらない三文芝居に割って入る気が失せてしまった。

 カイルがどう思っているか分からないが、同じく無言のまま父親を睨みつけている。

 男爵はカイルを再び見て鼻を鳴らした。

「いつまでそこに立ってるつもりだ。何度来ようがお前の家はもうここじゃない。諦めてさっさと立ち去れ。次に来たら警邏隊を呼ぶからな」

「からなー」

 2歳の子供が父親の口調を真似して言い、石を持ってカイルに向かって投げつける。

 その石はカイルの手に当たって落ちた。

 2歳の子供の力だから大したことはないだろうが、石を人に投げるなんてどんな教育をしているのか。

 カイルが子供に視線を向けると2歳の子は怯えたように母親のスカートの後ろに隠れた。

「まあ、こんな小さな子を睨むなんてなんて酷い子供でしょう。母親がろくでもないから子供もろくでもないのが出来るのよ。あなたさっさと追い払って下さいな」

 母親は子供を抱きかかえて家の中に入って行った。子供は母親に抱き上げられながら、カイルに向かってあっかんべーをした。


「この家に近づくな。俺の家族にも近づくな。分かったな」

 カイルの父親はそれだけ言うと自分も妻子を追いかけて家の中に入って行った。


 カイルは全員の姿が消えるまでその場でずっと立っていたが、最後の年老いた使用人がカイルに頭を下げて家の中に入ると、ようやく踵を返し、そして私たちの存在に気が付いた。

「ティアナ、クレアそれにハウルも!?」

 カイルの目が驚きで真ん丸になる。

「やあ、カイル。久しぶり」

 ハウルが何事もなかったように返事を返す。

 カイル水びたしなのにね。

「なんで3人がここにいるの?」

「クレアと私はカイルを探しに。で、ハウルは偶然会って道案内してもらったの」

「俺に?何か用だった?」

 う、まぁ用というかなんというか。

「カイルがギーズ男爵家に行ったかもしれないってクレアが言うから、ちょっと心配になって(主に私の将来設計が崩れるんじゃないかと)」

 クレアが濡れたカイルにギュッとしがみ付いた。

「クレア・・・」

 カイルが目を瞑ってクレアを抱きしめた。

「ごめん、クレア。心配かけて。ティアナも」

 本当よ、もしカイルとギーズ男爵が仲良くお茶なんか飲んでたらどうしようかと思ったわよ。

 私の将来設計の為にカイルは絶対手放せないんだから。

 見た感じ仲は悪そうだからちょっと安心したけど。そうよね、良く考えたらギーズ男爵は愛人に子供が出来たから3人を捨てたんだから今更カイルを跡継ぎにしたいなんて思う訳ないわよね。

 やだわ早とちり。

 あら、でもならなんでカイルはここに来たのかしら。見た所中に入れてももらえない感じだったのに。

 私と同じ疑問を持ったのか、ハウルがカイルに聞いた。

「カイル、君はなぜここに来たんだい?」

「・・・確認しに」

 確認?何の?

「自分の生まれた場所、父親の顔、その全てを確認するために」

 ?意味が分からないわ。

 けれどもハウルは意味が分かったようでカイルの腕をつかんだ。

「カイル、クレアは新しい家と新しい家族が出来て幸せだと言ったよ。君もそうだろう。君は今ある幸せを大事にすべきだ」

 二人のやりとりの意味は分からないけれど、今を大事にするってところは私も大賛成だわ。

 カイルには是非とも男爵家なんて諦めて侯爵家を継いでもらいたい。


 けれどもカイルは頷こうとはしなかった。

 頑ななカイルを見てハウルは一つ息を吐くと、私に向きなおりなぜか両手で強く手を握られた。

「今日はもう時間がないので帰ります。ティアナさん、君に会えて良かった。また会おうね」

「え、あ、はぁ」

 そういうとハウルは風のように去って行った。本当に時間がなかったようだ。付き合わせて悪いことをしてしまった。

 ハウルが去ってしまうと言葉に困ってしまう。クレアは先ほどの光景を見てショックを受けたようで相変わらずだんまりだし、カイルも何も話そうとしないのでしかたなく私が口を開いた。


「あの、ね。カイル。カイルはギーズ男爵のことどう思ってるの?」

 聞きやすい雰囲気ではないが、私の今後に関わる大事なことなので確認だけしておく。

「どうって?」

「実は父親として慕ってるとか、尊敬してる、とか。いずれは男爵家の跡を継ぎたいな~とか思ったりするの?」

 あの光景の後だからないとは思うけれど、もし「うん」と言われたらどうしようと思いながら、ドキドキして返事を待った。

 しかし返って来た言葉は期待以上だった。


「あんな奴は父親じゃない。元々可愛がられた覚えもないし、話したこともあまりない。一緒に暮らしていた時から母上に横柄な態度や暴言を吐くから元々好きじゃなかった。男爵家(あんな家)なんてどうでもいい」

「そうなんだ」

 良かった、これで父親LOVEの線は消えたわ。

 もしカイルが本当は父親が好きだから男爵家を継ぎたいなんて言ったらどうしようかと思った。なんといってもカイルは将来王太子の親友ポジションに着く、王子が味方に付けば王家の権限で男爵家をカイルに継がせるのなんて朝飯前だろう。もしそんなことにでもなったら、私の楽々隠居生活の土台が崩れてしまうところだった。

「愛されていないのは元々知っていたが、あの男はある日突然愛人を連れて来て、母上や俺たちをゴミのように捨てた。金も服もろくに持たせずにいきなりだ。許せるもんか」

 追い出されたということは知っていたけれど、まさかお金も荷物も持たせずなんて知らなかった。

「だから俺は何年掛かろうと絶対にあの男とあの家に復讐する!」

 カイルの強い瞳がたとえ誰に止められようと絶対にやりとげると雄弁に語っていた。

「その時は母上とクレアを頼む」

 カイルは私に頭を下げた。

 カイルは自分が牢屋に入ることを覚悟してまで復讐をしようとしている。

 気持ちは分かる。

 とても良く分かるけど、それはダメ。

「だめよ、カイル」

「ダメなことは分かってる!」

「全然分かってないっ!カイルが捕まってどうするのよ!復讐するならもっとうまくやりなさいよ!!」

「え!?」

「世の中にはね、自分の手を汚さずとも相手に復讐する方法なんて山のようにあるのよ。仕方がないから私も協力してあげるわ」

「ええっ!?」

「どんな復讐が良い?オーソドックスなところだと事業を失敗させて破産させることだけど。ノーマル過ぎてつまらないなら、ギャンブルにのめり込ませて身を持ち崩させるって方法もあるわよ。女性を使って浮気させるのもあの後妻には効きそうね。どれにする?折角だからこれ全部やる?それで最後は綺麗さっぱり屋敷を取り壊して更地にするの。きっとすっきりするわよ、跡地は公園にでもしましょうか、立地も悪くないしきっと皆の憩いの場になるわ。大丈夫、ほんの数年で終わるわよ」

 世の中にはバカな貴族からお金をだまし取ろうとする悪徳商人が山ほどいる。お金に縁のなかった貧乏男爵が小金持ちの伯爵令嬢を引っかけたおかげで持参金が今たっぷりあるはずだ。

 女にだらしなくて頭の弱い金を持った男爵がいるという情報を悪徳商人に流してやれば、後は勝手に動いてくれるだろう。

 前回の世界で貴族を騙して牢屋に入った商人の名前を何人か覚えている。まだ今回は捕まっていないはずだ。


 私たちはただ借金の抵当に入った屋敷を買い取るだけ。そこに何の違法性もない。

 無駄な出費と言えなくもないが、その位でカイルの気が晴れ侯爵家の跡取りとして邁進してもらえるのならお安いものだ。

 

 にこにこ笑顔でカイルの選択を待っていると、プッとカイルが噴き出して次いで大笑いした。


 え?どうしたの?怒りがてっぺんまで来て頭のねじでも飛んじゃった?

 カイルはお腹を抱えて笑いながらこちらを見上げてまた笑った。

 なによぉ。人の顔見て笑うなんて随分失礼じゃない?


「いや、悪い。まさかそんな答えが返って来るとは思わなかったから。当然復讐を止められるもんだとばかり・・・くくく・・・まさか俺の考えていた以上の復讐を薦めて来るとは思わなかった」


 あら、こんなの序の口なのに。まだまだその上の暗殺コースや薬で廃人コースなんてのもあるのよ。

 さすがにそれはお勧めしないけど。


「だって半端なことをしたら生き返ってきちゃうじゃない」

「ゾンビか。ギーズ男爵はゾンビ扱いか」

 くくくと笑ってカイルはとうとう地面に座り込んでしまった。

「だめだ、おかしくてこれ以上歩けない」

 この笑い上戸め。今の言葉のどこに笑いのツボがあったっていうのよ。全く持って私には分からないわ。

 でも仕方がないからカイルの傍に座ってクレアと共にカイルの笑いが収まるのを待つ。

 カイルは私の顔を見ては笑うの繰り返しで暫く笑っていたが、私の待つのが飽きた頃ようやくカイルの笑いの虫が収まった。

 カイルは先に立ち上がると私に向かって手を差し出した。


 あら、レディの扱いが分かって来たじゃない。

 私はカイルの手を掴んで立ち上がった。と思ったら急に引っ張られて、気が付いたらカイルの腕の中にいた。

 え、何これ?

「ありがと」

 耳元でカイルの声が聞こえた。

 驚いて身を離してカイルを見ると、カイルの瞳はすっかり穏やかに戻っていた。

「さ、帰ろうか」

 カイルはクレアに手を伸ばし、クレアも喜んでカイルの手を握って歩きだした。

 なぜカイルが笑ったのかクレアも分かっていないようだったけれど、カイルが嬉しそうだからクレアも嬉しそうだった。

 一人心が置いてけぼりなのは、私だ。

 なんだったんだろう今の。それになんで私お礼言われたの?

 理由を聞きたかったけれど、なんだかすっきりした顔のカイルに聞くのもためらわれて、結局何も聞けないまま馬車に乗り込んだ。

 クレアは今まで黙っていた反動なのか、馬車の中でずっと一人で喋っていた。

 

「あのねー、それでブレッドがアメくれてねー」

 クレアのまとまらない話にもカイルは笑顔で頷いている。

「あ、あとティアナおねえさまにもあだながついたのよ」

「ぐっ、げほ、ごほっ」

 忘れてた。

 クレア、それは言わなくて良い話よ。

 ()()()()なんて強そうなあだ名がついてしまったことは出来れば誰にも言いたくない。

 ましてや笑い上戸のカイルに知れたら大笑いされること必須。


 止めなくては。


 私は身を乗り出して対面に座るクレアの口に手を置いた。

「クレア、もうすぐ家に着くからそろそろお喋りはやめましょうね」

 私が口を塞いでいるせいで、クレアはコクコクと顔を上下に振った。

 

 ふぅ、危ない所だった。私はクレアの口から手を放して席に戻った。

 しかし私の態度が不自然だったせいで、カイルの好奇心を刺激してしまったようだ。


「それでティアナになんてあだ名が付いたんだ?」

 しまった!

 再び手を伸ばそうとしたところをカイルの手が阻止した。

 ぐぐぐ、あともうちょっとなのに。カイルは私の手首をガッチリつかんで離さない。


「え、とねー」

 だめだ、デスボスって言われてしまう。仕方なく観念すると、クレアの元気な声が耳に飛び込んできた。

()()()!」

 違うわよっ!!!

 デスボスよっ!

 デブスってそれただの悪口じゃない!


 ああ、ほらカイルが笑いもせずに気の毒そうな顔して私を見てる。

 違うから、デブスじゃなくてデスボスだから!

 でもこれを言っていいのかどうかも迷う。

 デスボスも決してほめ言葉じゃない。

 せめてクィーンオブデストロイヤーとか。

 思わずクイーンオブデストロイヤーである自分を想像してしまって急いで頭を振った。

 だめだわ、これも強そう。

 そもそもデストロイヤーっていうのが間違いなのよ。このか弱い私を捕まえてなんで破壊者なんてあだ名を付けられないといけないわけ!?と脳内で悩み始めてしまったせいで、カイルにデブスを訂正するのを忘れてた。

 おかげで暫くカイルが私と目が合うたびに「ティアナは太ってないぞ、ブスでもないからな」と訂正されるようになった。

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