道案内
ギーズ男爵の家は西区にあるとしか知らなかったので、とりあえず御者に西区に走ってもらう。
あとは外の景色を見てクレアに道案内してもらうしかない。
大きな広場で良くカイルと遊んでいたと言っていたので、御者はそれは多分西区の中央広場でしょうと辺りを付け止めた。
予想は大当たりでクレアは「ここ!」と叫んだ。
御者にしばらくここで止まってくれるよう頼んでクレアと共に降りる。
西区は平民と下級貴族がごちゃまぜになったエリアなので私もクレアも目立たないように地味な色合いのシンプルなワンピースに着替えて来ている。
クレアに家はどの辺りか分かるか訊ねると、クレアはキョロキョロした後で、
「たぶんあっち。あ、でもこっちかも」
と何やらあやふやなことを言い出した。
困ったな、誰か他に知ってそうな人を探したほうが早いかもと思っていたら、声が掛かった。
「クレア!クレアじゃん、今までどこに行ってたんだよ」
道の一本から平民の子供たちが集まってきて、あっという間にクレアの周りを囲んだ。
「ハウル、ボブ、ジャン、ブレッド!久しぶり!」
「おお、おバカなクレアが俺たちの名前を憶えてるぜ、すげー」
「もうっ、ブレッドのばか!」
バカにされてクレアがぷくぅと頬を膨らませ、それを見てまた男の子たちが笑った。
「悪い悪い冗談だよ」
「しらないブレッドのばか」
機嫌を直さないクレアにブレッドはポケットから飴を一つ取り出してクレアに渡した。
クレアは満面の笑顔でそれを受け取ってパクリ♪と口に含んだ。もう怒りは忘れたらしい。
・・・クレア、チョロすぎよ。
それにしてもブレッドね・・・たしか時たまクレアが口にしていた名前だ。
赤毛にそばかすが顔にあって、いかにもやんちゃですと顔にかいてあるボスっぽい男の子がどうやらブレッドらしい。
そうか、この子か。クレアにたびたび嘘を仕込んで私に被害を与えてくれた張本人は。
ふふふふふ、どうしてくれよう。
私の暗い空気を読んだのか、ハウルと呼ばれた細身の男の子が私を指差してクレアに聞いた。
「クレア、この娘は誰?」
「あ、みんなにもしょうかいするね。わたしのおねえさま」
「はぁ!?お前の兄弟は兄だろう?お前もしかしてカイルか?カイルが女装してんのか?」
ブレッドに無遠慮に指を刺されてムッとする。
私のどこが男よ!
カイルも確かに美形だけど私の方が線は細いわよ!
「ブレッド、落ち着いて。この娘はどう見ても正真正銘の女の子だよ。クレア、クレアのお母さん再婚したの?」
「うん、そう。だからティアナおねえさまだよ」
クレアの説明になっていない説明に一応紹介されたことになり、一歩前に出て挨拶した。
「ティアナです。クレアがいつもお世話になってます」
カーテシーを決めると、煩かった男の子たちが静まり返った。
おや?
「・・・なんか、やべぇ」
「お嬢様って感じ」
「俺たちとは住む世界が違うな」
さぁっと男の子たちが私から距離を取る。
あら、嫌だわ、おほほ。やっぱり私クラスになると隠してても隠しきれない高貴な雰囲気が出てしまうのね。
こればっかりは仕方のないことよ。
でも困ったわね、ギーズ男爵の家の場所を聞きたいのに。
せめて離れるなら私の質問に答えてから離れて欲しい。
しかしここでも空気を読めないクレアがえっへんと小さな胸を反らした。
「すごいでしょー。おねえさまはわたしのせんせーなんだから」
それを聞いた男の子たちは一堂に驚いた。
「は?クラッシャークレアの先生!?」
ん?クラッシャー?なにそのあだ名。
「ってことは、クレアよりもっとすごいって事?」
コソコソと男の子たちが固まって話し合う。
「だろうな、なんたってあのクレアが先生って呼ぶくらいだから」
「クラッシャーの上って何?」
「デストロイヤーじゃない?」
「そんでもって先生だからボス?」
「デストロイヤーボス。略してデスボス!?」
「すげえ、なんかラスボス感。カッコいい!」
男の子たちの視線が高嶺の花を見る感じから一変して親しみと期待を含んだ眼差しに変わる。
え、なにその顔。やめて、私はクレアとは違うわよ。
そんな何をやらかしてくれるの?みたいな期待の瞳で私を見ないで。
私は何もしないわよ。ただの女の子なんだから。
破壊の先生なんかじゃないんだからね!
男の子たちの視線に耐えきれず逃げちゃおうかと思っていたら、男の子の一人がクレアに話しかけた。ハウルだ。
「クレア、今日はここに何しに来たの?」
「あ、そうだった。んとねーおにいさまさがしにきたの」
「カイル?今日は来てねーぞ」
ブレッドがハウルの代わりに返事をする。
「あの、ギーズ男爵家の場所を誰か知りませんか?」
クレアの代わりに私がでしゃばって質問する。
「え・・・」
男の子たちの顔が固まった。
クレアたちが家から追い出されたのはどうやら知っていたようだ。
今更そんな家に何の用があるのかと思っているのだろう。
案の定男の子たちは顔を見合わせて相談し始めた。
「なぁ、デスボスがギーズ男爵家に行くってことは何かを破壊するんだよな、きっと」
「多分ね、クレアが先生って言う位だから半端なことはしないよきっと。家が半壊しちゃうかも」
「どうする?俺たち教えても良いのかな?」
「道案内位しても平気なんじゃない」
「でも俺らも仲間だと思われて罪に問われないかな」
「それはあるな」
「じゃあやめとく?」
「でも家が壊れるところちょっと見てみたくない?」
「みてぇ」
「でも怪我人とか出ちゃったらさぁ」
「そっかー」
本人たちは小声で話しているつもりでも実際は丸聞こえである。
全く失礼極まりない。どこをどうみたらこんなか弱い女の子に家一軒半壊させるだけの力があるというのか。
クレアはともかく私は正真正銘大人しいただの女の子なんですからね!
この勘違い小僧たちには一言物申さねばならないようね。
ちょっと!と声を掛ける前に、ハウルがスッと男子の輪から離れて私に向かって歩いてきた。
「ギーズ男爵家に何の用?」
ハウルが私に向かって質問する。ハウルは他の男の子と違って言葉や動作に気品がある。多分この子も貴族の子なんだろう。
「もちろん復讐に」
私の言葉にハウルの顔が強張る。
「・・・行くわけないでしょ」
すかさず訂正の言葉を乗せる。
「え?」
「別に男爵家には何の用もないわ」
「えぇ!?」
「さっきクレアが言ったでしょ、私たちはカイルを探しにやってきただけ。いきなり何も言わずにカイルの姿が消えたから心配して探しに来たのよ」
「カイルがいなくなったの!?」
「半日ほどね」
「・・・」
シレッと答える私にハウルは半眼で私を見てきた。
「もしかして僕をからかってる?」
「まさか。何やら先ほどからそちらが大事になることを期待している風だから少し合わせただけよ」
ちらっと男の子たちの方に視線を向ければ、ああと苦笑いで返された。
「ごめん。お詫びにギーズ男爵家には僕が案内するよ。皆は先に帰ってて」
ハウルが皆にそう告げると、ブレッドが俺も行く!と言ってこちらに来かけたけれど、その前に母親に見つかって首根っこを掴まれて連行されて行ってしまった。どうやらお手伝いをすっぽかして遊びにきたらしい。
かぁちゃーん!今日だけは勘弁してよぉというブレッドの哀願する声が遠くで聞こえた。
「・・・じゃあ行こうか」
「はい」
一通りの騒動を見終えて三人で歩き出す。
「カイルは元気?」
ハウルがクレアに訊ねる。
「げんきだよぉ」
クレアがにこにこ笑顔で答える。
その顔を見てハウルは笑った。
「クレアも元気そうだね。急に西区からいなくなったから皆で心配していたんだよ」
「そっか、ごめんねー。なんかあっというまにおひっこしだったから、みんなにバイバイいえなかったんだ」
「色々大変だったのに、何もしてあげられなくてごめん」
「いまはしあわせだから、だいじょーぶ」
へへへとクレアが笑う。
「ティアナさん」
「はい?」
「ティアナさんは見たところ上流階級の生まれでしょう?身分の低い女性がいきなり義理の母親になるなんて困惑したでしょう。おまけに子連れだし」
軽い口調で言ってきているけれど、これは危険な質問だと私の頭が警鐘を鳴らした。
人は他人の本心を知る時に相手に同情している風を装うことがある。一見こちらの味方にみせかけて心のガードを緩めた隙に聞き出そうという作戦だ。でもそういう輩は決して味方なんかじゃない。むしろ敵だ。
カイルと同じくらいの年でもうそんな技を持っているのかと、内心感心した。
顔もろくに見えないほどもっさりしたこげ茶色の髪に黒縁メガネでどこにでもいる真面目キャラの男かと思っていたけど、なかなかどうして頭が切れる。
私の思い違いではない証拠にハウルの口はほほ笑みの形をしているのに、メガネの奥の目が少しも笑っていない。
このハウルという男の子は疑っているのだ。私がカイルやクレアを内心疎ましいと思っているんじゃないかと。本当に私が二人の敵じゃないのかと。
確かに前回の私はカイルもクレアも大っ嫌いだった。消えればいいと思っていたし、消えるように実際仕向けた事もある。
けれどもそう動いた結果がアレだ。
だから今回の私は間違えない。
前回の敵は味方で味方は敵!
これを信条に動けばまず間違いないと思っている。
それに前回の私の一番の過ちは、この二人を敵に回してしまったことだ。
カイルは成長すると王太子の親友になるし、クレアに至っては王太子妃だ。
そんな将来有望な二人を敵にしてしまったのがそもそもの間違いだった。
優劣は生まれではなく、その者の資質によって比べられるものだ。
私は二人との資質の差を前回で嫌というほど痛感した。
侯爵令嬢として高い地位に生まれただけで人より高いと思い込み、ろくな努力もせずに楽な方楽な方へと流れて行った。
性格が悪く他人をねたむこと貶めることにばかり頭を使って、気がついたら私の周囲には能力の低いおべんちゃらの上手な人間ばかりが集まった。
それに対してカイルもクレアも自分の能力と魅力だけで人を惹きつけた。彼らの周りにはのちのち有望となる人物ばかりが集まった。年々二人との差が広がることに焦燥を感じていたせいで、私は一番してはいけない伴侶選びを誤った。
隣国の情勢など少し調べれば簡単に分かるはずだったのに、愚かな私は相手の地位だけに目が眩み、調べようともしなかった。
あの時私の傍に頭の良い信頼のおける友がいてくれたなら、私の未来はまた違ったものになったはずだった。けれども私の周りには頭の空っぽな私に相応しい人間しか傍にいなかった。
いや、もしかしたら中には知ってる人もいたのかもしれない。けれども私がどうなろうが彼女たちにとってはどうでも良かったのだろう。本当の友ではなかったから。せいぜい私が隣国の王太子妃であるうちに自分も良い目をみよう位にしか思っていなかったのだろう。
愚かで哀れな前回の私。
己の身の程を知るのは自分の方だったのに。
どうして二人より自分の方が上だと思い込んでいたのだろう。
何一つ努力などしなかったのに。
外見や生まれなど自分の手柄でもなんでもないのに。
それだけを盾に裸の王様を気取ってた。
実際の私は他人に誇れるものなど何も持ってやしなかったのに。
だから私は今私が心で思っていることそのままをハウルに告げた。
「キャサリンさんは優しくてしっかりしていて思いやりのある方よ。身分が低いから何だと言うの?そんなものその人の資質になんら影響を及ぼさないわ。身分の違いから分からない事も多いでしょうけれど、それはその都度学んで行けば良いことなのよ。一人で難しいのならお父様もいるし、なんだったら私も手伝うわ。それに私はキャサリンさんがカイルとクレアを連れて来てくれたこと本当に感謝してるのよ。いっぺんに素敵な兄妹が出来たんだもの。本当に嬉しいわ」
私の心からの発言を聞いてハウルは私が無害だと信じたようだ。
それどころか感心したように私を見つめて褒めてきた。
「あなたは素晴らしい。普通の貴族はそんな風には考えない。特に上位貴族であればあるほど自分と相手の上下関係に固執する。誰も対人としてみようとはしない。僕と同じことを考えてる女の子がいるなんて知らなかった。クレア、君のお姉さまは本当に素晴らしい人だよ。良かったね」
「うん!わたしもティアナおねえさまだいすき!」
クレアも満面の笑顔で肯定する。
私はそんな二人に何も言わずに笑顔で無言を貫いた。
だって言えない。本当は自分が楽隠居したいだけなんですなんて。
折角生まれて初めて男の子に心から褒めてもらえたんだもん。絶対内緒。




