落とし穴
私が先生になると豪語してからクレアが私の傍にぴったりくっつくようになった。
その姿はまるで親鳥の後を付いて行くひな鳥のよう。
どこに行くにもついて来るので可愛いような、少し鬱陶しいような。
今日も一通り基礎の勉強を教えた後で二人で休憩がてら庭を散歩していたら、クレアが一点を見つめていた。
「クレア?」
クレアの見ている方を見ると、使用人たちが箒で庭を掃いていた。
そう言えばクレアは前回はよく使用人のお手伝いをしていたなと思い出す。
その時私は卑しい身分の人間が働くのは当然でむしろお似合いよと思って、侍女頭にクレアに仕事を割り振るようにと言ったものだけど、今はもちろんそんなことはさせていない。
しかし今のクレアの顔を見る限りなんだかやりたそうな顔をしている。
ふむ、と少し考えて私はクレアに提案した。
「暇だから私たちもお手伝いしましょうか」
「え?ほんと!・・・あ、じゃなくてよろしいのですか?」
私の無言の睨みにクレアはすぐに言い直した。元々地頭は良い子なのだ。きっとすぐ令嬢言葉も身に付くだろう。クレアの言い直しに合格を出して庭を掃いている侍女たちに近づいて行く。
もちろん貴族のご令嬢は使用人の真似事などしないし、使用人と雇用主の立場は本来超えてはいけないものだ。
使用人を上手に使うのが上流階級の女主人に必要なスキルであって、決して自分が先頭だってすることではない。
けれどもクレアにはなんとしても前回のように王子を誑かせる魅力ある淑女になってもらわねばならない。(私のパラダイス隠居の為に!)
その為には私のいじめの部分を抜かして、クレアには前回となるたけ同じ道を歩んで貰うのが一番だと私は考えた。余り外れた道を歩いてしまっては、王子が惹かれた部分がなくなってしまうかもしれないから。
私はクレアに満面の笑顔で頷いた。
「もちろんよ、さあ皆のお手伝いをしましょ!」
私たちは恐縮して遠慮する侍女たちを説得して箒を二本受け取った。
大人用の長い箒は操るのがとても大変で、根元を持って一生懸命左右に振ってみたものの、落ち葉はバラバラとちらばるだけでちっとも集まらない。
なにこれ意外と大変なのね。
こんなに大変な作業だとは知らず、前回は落ち葉の季節になると落葉が汚くてめざわりだからこまめに掃除しなさい!と使用人に良く怒鳴りつけていたことを反省する。
こんなに大変なら落葉樹は全部切った方が良いんじゃないかしらとまで思ってしまった。
そこで近くにいた侍女にそれを告げたが笑って拒否された。
「ありがとうございます。我々にまでそんな気配りを頂きまして。お嬢様は本当にお優しくていらっしゃいますね。ですがこれが我々の仕事ですからお気になさらないでください」
「でも大変じゃない?」
「そうでもないんですよ。コツを掴めばそんなに時間も掛かりませんし。それに落ち葉を集めてちょっとした楽しみもあるんです」
「楽しみ?」
「はい、手伝って頂いたお礼に今度やるときお嬢様達もよろしければご招待いたしますね」
と何やら意味深なことを言われた。
なにかしら?もしかして前回クレアが使用人のお手伝いを良くしていたのも裏で私の知らない秘密の楽しみ事があったのかしら。
そう言えば肝心のクレアが静かねとなにやら嫌な予感がしてクレアを探すと、クレアは庭の端っこで箒にまたがってぴょんぴょん蛙のように跳んでいた。
「・・・」
「・・・」
私も侍女も無言でクレアの奇行を眺める。
「・・・あの、お嬢様。クレア様は一体何をされてるんでしょうか?」
私に聞かないで頂戴!
クレアの説明書じゃないのよ、私は。
「多分、クレアはまだ幼いからうまく箒を使えないんだと思うわ」
絶対違うと分かりつつもクレアのフォローをする。
ただでさえ今までの奇行でクレアはちょっと変わった娘というイメージが使用人の間に付いてきてしまっているのに、これ以上はなるたけ避けたい。貴族の評判は使用人から他家に漏れることも多いのだ。
多分前回もクレアが侯爵家の本当の娘ではないことで王子の婚約者になることを反対する勢力がいただろう。それでも社交界での評判は上々だったし、後ろ盾が侯爵家ということで反対貴族を押さえたはずだ。今回も早々にこの娘の奇行癖を治さねば折角王子の心を射止めてもどこで突っ込まれるか分かったものじゃない。未来の王妃となるには資質が低すぎると反対勢力の貴族達に熱弁されたら、いくら王子がクレアに惚れていても王が認めないだろう。
私はクレアに近づいて声を掛けた。
「クレア」
クレアは私の顔を見て驚いた表情をした後で、そっとまたいでいた箒から片足を降ろした。
「あの、ごめんなさいおねえさま」
「なんのことかしら?クレアはまだ幼いから箒と足が絡まってしまっただけよね。大丈夫よ、私がちゃんと傍で見て教えてさし上げるから」
つまりつきっきりで傍にいるから遊ぶんじゃないわよという一種の脅しである。
しかしクレアは私が傍にいることが嬉しいようで、「はい!」と良い笑顔で今度は真面目に掃除を手伝い始めた。
「手つきが良いのね」
クレアは見事に箒を操って落ち葉を集めていく。ただ散らすだけの私とは大違いだ。
「まえのいえでもやってたので」
クレアは私に褒められて嬉しそうに笑った。
「・・・いじめられてたの?」
私の言葉にクレアはまさかと笑った。
「おじさまのいえびんぼーだったので、ほかにやるひとがいなくって、ひまだったからよくおかあさまといっしょにおちばはいたの」
あっけらかんと言うクレアに力が抜けた。
良かった。居候で邪魔だから向こうでも苛められてたのかと勘繰っちゃったわ。
あら、じゃあ私が前回嫌がらせのつもりでクレアに使用人の真似ごとをさせてたのは、クレアにとって別になんということもなかったってことなのかしら。
ノーダメージだったのに、私一人で悦に入ってたの?
つくづく前回の私バカみたいだわね。
手伝っているんだか邪魔をしているんだか分からない落ち葉集めが終わって、袋に入れた落ち葉を持って侍女について裏庭に行く。
袋に入れた落ち葉をゴミ捨て場に置くと、少し離れた場所の地面がキラッと光った気がした。
何かしら?
何の疑問も持たずにのこのことそちらに向かって歩き出した。
「あ、お嬢様そちらは!」
「え?」
侍女の止める声に振り向くと同時に、身体が急激に下に落ちた。
「きゃあああぁ」
ズボッ!
私は腰のあたりまで地面に埋まった。
何!なんなのこれ!
何が起きたの!?
侍女が駆けつけて来て私を穴から引っ張り上げてくれた。
びっくりした。
なんで裏庭に穴がいきなり空いたの?
地面に座り込んでぽっかり空いている穴を眺めていると、おずおずとクレアが近寄って来た。
その顔を見てピーン!と来た。
「これをしたのはクレアね?」
私の決めつける言葉にクレアはコクンと頷いた。
やっぱり。
「どうしてこんないたずらをしたの?」
「いたずらじゃなくて・・・ちょっとじごくをみてみたいなって」
はい?
「ハリーせんせいがじゅぎょうでいいこはおそらのうえにあるてんごくへ。わるいこはじめんのしたにあるじごくにいくんですよって。わたしはちゃんとおべんきょうしないからこのままだとじごくいきですよっていうから、じごくってどんなところかなってさきにみておこうとおもって」
それで穴を掘ったと。で、ばれないように上に紙を乗せて軽く土を被せたのね。
まんま落とし穴じゃない!
ふーっと私は息を吐いた。
確かに授業をまともに受けないクレアが悪い。頭にきたハリー先生がそんな脅しを言いたくなる気持ちは分かる。けれども幼子に地獄行きっていうのもどうなの?普通の子息令嬢なら恐ろしくて泣き出すわよ。下手したらトラウマよ。
まぁクレアだから斜め思考でじゃあ地獄を先に見てみようなんて思ったみたいだけど。
もう辞められたとはいえこれは捨て置けないわね。それとなく社交界でハリー先生の評判を下げときましょと悪女の私は頭の中で算段した。(決して落とし穴に落ちた怒りをハリー先生に向けてる訳じゃないわよ。クレアが興味持ちそうな事をよくも言ってくれたわねなんて少しも思ってないわ、ええ本当に絶対よ)
ちなみに使用人たちは全員クレアが地面を掘っていたのは知っていたらしい。最初お客様も訪れるメインの中庭で穴を掘っていたので、それを止めて使用人たちしか来ない裏庭に案内してそこを掘らせたらしい。クレアや使用人たちが誤って落ちないように目印を付けて。私が何か光った気がすると思ったのはその目印である鏡の破片だったらしい。
私はクレアに地獄とは魂のみが行ける場所であって、地面を掘っても地獄には行けない事を説明した。
クレアは驚きながらも納得したようで、開けた穴を塞ぐことを了承した。
穴が塞がって行く作業の最中、どんなに左右を見渡してもカイルの姿はなかった。
やっぱり現れないわね。
いい加減カイルにも文句を言わないといけないかも知れない。
私にばかりクレアを押し付けないでと。
なんといっても実の兄なのだ。もう少し妹の面倒を見てもらいたい。前回は二人は出来てるのかと嫌味を言いたくなるほどベッタリだったのに、今回のこの放置っぷりはさすがに酷い。おかげでクレアの被害が私にばかり集中している。
カイルは今何をしているのかと穴を埋めている侍女に聞くと、作業を止めてえーっとと考え込んだ。
「本日は外出なさいました」
「え?どこに?」
「申し訳ありません。存じ上げません」
そうよね、この侍女はカイル付きじゃないものね。
じゃあ館に戻ってカイル付きの侍女に聞いてみようかと思ったら、隣でクレアが言った。
「たぶんおにいた、じゃなくて、さま。むかしのおうちにいったんだとおもう」
「叔父様の家?」
「ううん、おとうさまのいえ」
ギーズ男爵の家?
どういうこと?愛人に跡取り息子が出来たから母子揃って追い出されたんでしょ?
どうして今更行く用事があるというの?
ハッ、もしかして跡取り息子に問題があって、やっぱりカイルに男爵家を継いでくれとかいうんじゃないでしょうね。冗談じゃないわ、カイルはもう侯爵家のものよ!
私のパラダイス隠居になくてはならない駒なんだから、今更返せなんて言われても困るわよ!
「クレア!行くわよ」
私はクレアの手を引っ張って急いで館に戻った。
「え、どこに?」
「決まってるわ、ギーズ男爵の家によ。私を案内して頂戴!!」
絶対にカイルを取り戻してみせるんだから!




