原因
「申し訳ありませんが、私では力不足のようですから本日で辞めさせて頂きますぅぅぅ」
「え!?先生そんな、お待ちになってぇぇぇぇぇぇ」
私の止める言葉も聞かず先生は涙を流して屋敷から出て行った。
ああぁぁぁ。
これで今月一体何人目?
カイルとクレアの為に家庭教師を雇ったというのにカイルはともかくクレアにあてがった先生が次々とお手上げだとばかりに辞めて行ってしまう。
確かにクレアは猿娘だ。あれをまともにしようとしたら大層な根気が必要だろう。
だからこちらもクレアの先生には厳選に厳選を重ね、某子爵のおてんば娘を立派な淑女にした名女史だの某男爵の我儘息子を立派に育て上げた先生だのを高いお給金を提示してきてもらったというのに。どの先生も3日と持たず辞めて行ってしまう。
なぜ!?
前回のクレアはこんな娘じゃなかった。
前回は私の嫌がらせでお父様がクレアに家庭教師をつけようとするのを引き伸ばしたり、評判の悪い先生をわざとあてがったりしたのに、クレアはほんの数年で私に引けを取らない位立派な淑女になりおおせた。
だから今回もクレアの猿化を止めるにはまず家庭教師が必要だと思って、一流どころばかりを選んだと言うのに、なぜかクレアの猿化が止まらない。
一流なのが返って悪いのかと思って、わざと2流どころや無名の家庭教師を雇ってみたりもしたけれど、やはり数日で匙を投げられてしまう。
一体クレアは授業中何をしているのか。
「クレア!」
勉強部屋を勢いよく開けると、クレアが机の上に立って歌を歌っていた。
ガクぅ!!
「・・・クレア」
呼びかけるが返事がない。
「クレア!」
少し強めに声を掛けるとクレアは私の方を向いてにっこり笑って投げキッスをしてきたが、歌をやめる気配がない。
ぐいっとクレアの手首を掴んで机から降ろそうとしたが、クレアは私の手をペチンと軽く叩いて私の顔の前でチチチと指を横に振り、また歌いだした。
なんなのよ一体。
とにかく歌が終わるのを待つしかないのかしらと大人しくその場で待っていると、ようやくクレアの歌が終わった。
ふぅやっと終わったわねとクレアを見ると、クレアはペコリと頭を下げた後不満そうな顔をして私を見た。
なによ?
私が首を傾げると、クレアはやれやれと言った風に軽く片方の肩を上げて仕方なくお手本だと言うように手をパチパチと叩いた。
?
クレアは2度3度手を叩き、その後片手でくいくいと指を曲げて私に合図した。
これは、私に手を叩けということ?
私は仕方なくぱちぱちとやる気なく手を叩くと、クレアは満面の笑顔で両手を上げて私に向けて手を振った。
なんなの?これ。
しばらく手を叩いてあげるとクレアは満足したのかぴょんと机から降りて私の方へトコトコと歩いてきた。
「クレア、これはなんなの?あなた何をしていたの?」
「うたひめゴッコ」
ハァ?
じゃあクレアが歌姫で私が観客だったの?
何を私にやらせてるのよクレアは!
「クレア、あなた今の時間がなんなのか分かっていない様ね。あなたがそんな態度だから先生怒って辞められてしまったのよ。どうしてもっとまじめに授業を受けないの!?」
普段クレアに何をされてもギロチンロード回避の為に怒らない私が叱ったことでクレアは一瞬ビクッとしたけれど、すぐに言い訳を始めた。
「あれはせんせいがわたしにうつくしいものはひとをかんどうさせますっていうから、まえにみたうたひめがとてもきれいでかんどうしたから、せんせいにもそのかんどうをわけてあげようとおもって・・・」
クレアコンサートが開かれちゃったわけね。
「あのね、クレア。辞めて行かれた先生方は皆あなたが授業中に寝てしまうとか足で音を立てるのを注意してもやめないとか、窓の外をながめてこちらをみないとか仰ってたわよ」
「・・・だって、たいくつなんだもん」
その気持ちは分からないでもない。私も小さい頃に初めて授業を受けた時あまりのつまらなさに何度投げ出したいと思った事か。
下級貴族ならそれも出来たかもしれない。形だけそれっぽく見えれば誰も煩く言わないだろう。でも我が家は侯爵家。王家や公爵に次ぐ上級貴族だ。つまらないからやりたくないで済む話ではない。張りぼてではなく身体の芯までマナーを染み込ませないといけない。
しかも前回の私の記憶が正しければ、クレアは確かこの国の王子と婚約していたはずだ。婚約の知らせを受けたのは私が隣国に嫁いでからだったし、クレアの結婚式の前に私が死んでしまったから本当にクレアが王子と結婚したかは見ていないから分からないけれど、多分したのだろう。
前回は苦々しく思ったクレアの結婚話も今回に至っては大歓迎だ。クレアが侯爵令嬢として王家に嫁いでくれたなら、我が家は安泰。つまりは私の隠居資金も安泰というものだ。
是非クレアには前回のように王子の目に留まれるような立派な淑女に育って欲しい。
だが、このままだと猿化は止まらない。
一体どうしたものか。
前回と今回で違うことは何なのか良く考える。前回のクレアはどの先生からも飲み込みが速いとか集中力が凄いとか褒められていた。
一体前回と今回で何が違うのかと考えた時、ある考えが私の脳裏に浮かんだ。
もしかして、私?
今回私がクレアに優しく接しているせいで、クレアは猿から人間に進化出来ないでいるの?
まさかと可能性を笑って吹き飛ばそうとするが、前回と今回で何が違うかというと私のクレアに対する態度が違うことくらいしか思い当たらない。
・・・本当かも知れない。
確かに前回の私はことあるごとにクレアに向かって「下品だ、躾がなっていない。親がダメだと子もダメね。親兄妹揃って品性下劣」と暴言を吐いていた。
幼いクレアがそれを聞いてどう思ったか。
自分が下手なことをすると母親や兄まで悪く言われてしまうと注意深く生活していたのではないだろうか。
少しでも肉親が貶められることのないように努力に努力を重ねて。授業の最中一言でも聞き漏らすまいと集中し、それこそ数年で見事な淑女になれるほどに。
一度思いついてしまうと、もうそれ以外ないように思える。
そうか、私が原因だったのね。
ではクレアにやる気を出させるためには、前回と同じように私がクレアを罵れば良いのだわ。
なんだ、簡単じゃない。じゃあ早速と、私は軽く息を吸って一気に言葉を吐き出した。
「ほんとあなたって忍耐力や思考力が並み以下なのね。まるで思考能力の低い猿のよう。淑女うんぬんの前に人間になるかどうかの問題よ。呆れてお話にもならないわ。そんな愚かだからあなたがた親子はむざむざ愛人に居場所を奪われる羽目になるのよ!」
「おねえたま・・・」
いきなり罵り出した私にクレアが涙目でぷるぷる震えて私を見る。
ハッ!!しまった!言い過ぎた。
ストレスが溜まっていたものだからつい・・・どうしよう。
まさか今更今のはうっそーなんて言った所でクレアの中の不信感は消えないだろう。
こうなったら腹をくくって突き進むしかない。
私は覚悟を決めて一度目を瞑り、クレアの両肩を掴んで目を覗き込んだ。
「あなたがもしちゃんと授業を受けず、このまま淑女としてのマナーを身に着けなかったら今私が言った言葉を他人があなたに浴びせることになるのよ。それがあなたの評価になるの。あなただけじゃない、キャサリンお母様やカイルお兄様の評価にも繋がってしまうの。分かる?」
「わたしのせい?」
「そうよ。子供の評価は親兄弟の評価につながるのよ。あなたがダメな行動を取ると、キャサリンお母様もダメなお母様と言われるし、カイルお兄様もダメなお兄様と言われてしまうのよ。クレアはそれでもいいの?」
いやいやとクレアは涙目で横に首を振る。
「じゃあ、頑張りなさい。つまらなくても退屈でも集中して授業を受けなさい。無駄なことなど先生は何一つ教えないわ。全てを覚えるつもりで頑張りなさい」
クレアはコクンと頷いた。
「がんばる!」
「良い子ね」
私はクレアの頭をヨシヨシと撫でた。
ふー、危なかった。どうやら誤魔化せたようだわ。
「わたしがだめなこだとティアナおねえたままでダメあねっていわれちゃうから、わたしがんばる!」
え、私?
ふんすふんすと鼻息荒く決意を固めるクレア。
私は泣きたいような笑いたいようななんとも言えない気分になった。
「・・・バカね、クレア。私は(外面)完璧令嬢なのよ。あなたが一つや二つ失敗したところで私の評価に傷なんかつかないわ」
「そなの?」
「ええ。私は特別な存在だから」
「なぁんだ、そっか」
えへへとクレアが笑う。
「・・・でも、その気持ちに免じて新しい家庭教師が来るまで私がクレアの先生になってあげるわ」
「おねえたまが?」
「ええ、嫌かしら?」
「ううん!うれしい。ありがとうおねえたま!」
「おねえたまじゃないわ、おねえさまよ。言って御覧なさい」
「おねえた、じゃなくて、さま!」
「そうよ。私は今までの先生よりずっと厳しいから覚悟しなさいね」
「うん!」
「うん、じゃなくて、はい。よ」
「はい、ティアナ先生!」
あら、ティアナ先生ってなんだか響きがちょっと良いわね。
隠居時の小銭稼ぎに田舎でマナー教室をやるのも良いかもしれないわ。




