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アポクリフ  作者: ヒゲクマ
序章 降臨ータンジョウー
2/31

序章の序章・中編



 ————男が、立っていた。



 頭の天辺から爪先まで、まるで血でも浴びた様に全身真っ赤な男。


 年の頃が、『青年』という言葉のしっくりくる容姿だ。


 だが、髪も瞳も、吸い込まれそうなくらい深い(あか)色をしていて。


 服装すらも、悪ふざけの様に統一された深い紅なのだ。


 しかし不思議と、髪と瞳の方へ視線が行く。


 それは、左目の直ぐ下に在る小さな()の所為なのか。


 ……とにかく、何故今まで目に付かなかったのか不思議なくらい、派手で目つきの悪い男だった。



「あの、これ、24番の整理券……聞こえてます?」



 そんな紅い男は、手に持つ整理券をヒラヒラと振って見せながら、茫然としている職員服の女性に声を掛けている。



「……せ、青年、状況が見えていないのかね?」



 と、背後を取られた衝撃から立ち直った神父が、紅い男に金属の蛇を突き付けた。


 それにしても、全く以て神父の言う通りだ。


 この状況が見えていないとしか思えない程、紅い男の態度は平然としたものだった。



(こ、この男、何時の間に!?仲間(あいつら)も気がついていなかった!一体どうやって……というか、こんな奴いたか!?何か、顔怪我してるし……おでこにコブが……)



 表にこそ出していないが、神父の心中は乱れに乱れている。


 放心して立ち尽くしている仲間の三人に、指示を出す余裕も無いほどに。



「あのさ、クレームとかなら後にしてくれねぇ?後ろ突っかえてんだから……」

「はあ!?」



 そんな神父の動揺も余所に、紅い男はまるであさっての話を繰り出した。



「オレ、今日仕事の面接でさ。受かったんだけど、今の口座は手続きが面倒とかで、明日までに新しいのを作らにゃならんの」

「何の話だ!?」

「てか、行儀(わり)ぃなアンタ。机の上に立つなよ、いい歳した大人が」



 全く、会話が噛み合わない。



「な……この……!!」



 紅い男の物言いに思わず激昂した神父は、金属の蛇を(けしか)けようとしたが。



「ふ~ん、これがマキナか。本当にいろんなのが在るんだな」

「————!?」



 男が、直ぐ隣に居た。


 金属の蛇を突き付けていた筈だが、何時の間に回り込んだのか。


 神父が乗り上げているカウンターに肘をついて、まじまじと蛇を見つめているのだ。



「で、お宅……何でマキナまで使って銀行強盗なんかしてんの?」



 と、紅い男は突然、神父にそんな疑問を投げ掛けたのである。



「ぎ、銀行強盗ではない!コレはテロだ!!」



 驚き過ぎてつい、神父は振り向き様にそう返事を返してしまった。


 というか紅い男(このおとこ)、ちゃんと状況が見えていたらしい。



「テロ~?どう見ても銀行強盗だろ?」

「だから違う!!我々は『暁の夜明け』!!テロリストだ!!」

「何、その頭痛が痛いみたいなネーミング……頭悪過ぎるだろ」

「な、き、貴様!!」

「で、そのテロリストさんが一体全体、何故に銀行なんかを襲ってるワケ?」



 完全な悪口からの、またもやの疑問提示。


 そのコンボたるや、まるで流れる川の如く自然なモノだった。



「え!?あ、う、うむ。この銀行には〝要石〟と呼ばれる、この国の【霊脈(レイライン)】の流れを調整している重要な装置があってだな……」



 と、思わず答えてしまう程に。



「へぇ……何でそんな(もん)が銀行に?」

「【霊場(れいじょう)】と呼ばれる、霊脈を流れる霊素の噴出口が在るんだが……其処に要石を置けば、霊脈の流れを整える事ができるのだ。この銀行は、たまたまその霊場に建っていたというワケで。要石を破壊すれば霊脈が乱れ大惨事を——って、何でそんな話を貴様にせねばならん!!?」

「はっはっは!テロリストってんなら目的……主張とか有るんだろうなと思ってさ。一応、聞いといた方が良いかなって?」

「え!?そ、それは当然……」

「へぇ?そりゃ是非とも聞きたいね」

「……んん!?え、あ、……私、言ってなかった?」

「オレが聞いてなかっただけかもしれんが……」

「そ、そうか。では、念のため聞かせてやろう!」

(聞かせちゃうんだ……)



 紅い男と神父のやり取りを見守っていた、銀行内に居る全員の心がひとつになった瞬間だった。



「我々、『暁の夜明け』は!魔導科学の廃止を求め、全ての永久機関……〝スペル機関(ダイアグラム)〟の破棄を目的として活動しているッ!!」



 そして響く、神父の高らかな宣言。


 動揺と怒りを通り越し、すっかり開き直ったらしい彼は、自身のキャラ崩壊(サクラン)にも気が付かず叫ぶ。



「あ、お姉さん。その人の手当て、お願いできる?」

「え!?あ、あああ……は、はいぃ!」



 紅い男は、神父が高らかな宣言を上げ始めた直後。


 それを無視して、茫然としていた職員服の女性に、脚を()がれた男性の手当てを指示した。


 女性はハッと正気を取り戻し、慌てて備え付けの救急ボックスを手に取ると。


 男性へと駆け寄り、ボックスに搭載されているガイドプログラムに従い手当を始めたのである。



「そう!銀河帝国歴代最高にして最も平凡(・ ・)な稀代の大魔導士!【久遠(くおん)の探究者】とも謳われた、スペル=ワイズマンが(かつ)て生み出した負の遺産こそ、〝スペル機関〟である!!」



 神父の演説は未だ続いており、悦に入って声を張り上げていた。



「負の遺産……?」



 紅い男は何気なく、引っ掛かった言葉に疑問を呈したのだが。


 結果的に神父の注意は彼へと集中する事になり、手当を始めた女性には気が回らぬ様子。



「うむ!!それ以外に何と形容できようか!?アレが生み出された所為で、ヒトは魔導科学を手放せずに居るのだから!!」



 現在、スペル機関と呼ばれている物は————


 スペルが生み出したとされる、【エーテル・コア】を〝核〟にして稼働する機関の事である。


 エーテル・コアは、エーテルを取り込んで霊素を排出する球体で、野球ボール程の大きさをしているらしい。


 その仕組みはブラックボックスになっており、未だ解明されていないが。


 当時主流だった、魔導エンジンこと『霊素(マナ)転換炉(てんかんろ)』は、霊素をエネルギーに稼働し、エーテルを排出するという物だった。


 クリーンエネルギーとして使用されて来た霊素だったが、人口増加で消費量が増大。


 その枯渇が危ぶまれる事態にまで陥り、魔導科学を見直すべきという声まで上がっていたらしい。


 そんなところに、スペルのエーテル・コアが登場した。


 排出されるのが有毒な排気ガスどころか『霊素』ならば、既存の霊素転換炉を繋げばどうなるか。


 という訳で、永久機関こと、スペル機関の誕生と相成る訳だ。


 それを、〝稀代の大魔導士〟が魔法(・ ・)で生み出したという事実。


 今まで自分達が磨き上げて来た技術が生かされたという事実。


 自分達が信じて来た物が間違っていなかったという事実が、魔導科学を盤石なものとして成り立たせたのである。


 謂わば、スペル機関は魔導科学の正しさの証明——〝象徴〟そのものになったのだ。



「魔力差別の根底が魔導科学への依存だとするのなら!!そのスペル機関(しょうちょう)を無くせば人々も目を覚ます筈なのだ!!!」

「そりゃまた、随分と極端な話だな」

「そんな事はない!!この〝マキナ〟こそが、その証明なのだ!!」

「ごめん、話が噛み合わないんだが?」



 お前が言う————



「お前が言うな!!」



 御尤もです神父サマ。



「良いか!?この銀河を治める銀河連合の代表国家である九ヶ国!『上位の(エレガント)(・ナイン)』が、技術や戦力で圧倒的に劣っているにも拘らず、どうやって銀河帝国から独立体制を維持し続けていると思う!?」

「さあ?」

「『さあ?』じゃないよ!!マキナだ!!マ・キ・ナ!!マキナという魔導科学から外れた力を使って、独立体制を維持し続けているのだ!!」

「ふ~ん?」

「『ふ~ん』とはなんだ!?この事実こそが、魔導科学に頼らずとも良い!という事を証明しているではないか!!」

「そうなの?」

「真面目に聴けよ!?我々の(・ ・ ・)ように(・ ・ ・)魔力量の少ない者でも、これ程の事ができてしまうんだ!!素晴らしい力なんだッ!!」



 でもそれって自分の力じゃないよな、と。


 口に出しては相手を逆撫でしてしまう。


 紅い男は言葉を飲み込むと、代わりに呆れ顔で溜息を吐いた。



「つまんねぇの……」



 ……………おかしい。


 溜息を吐いた筈なのだが?


 今、何か聞えた気が……空耳だろうか?



「今、何と言った?」

「……スペル機関の廃止と、要石の破壊で大惨事ってのは、どう関係してんの?」



 誤魔化す様に、そう言ってはみたものの。


 ————ズガンッ!!


 と、またあの破壊音が響く。



「はっはっは……よせよ神父様。まだ話の途中だろ?」



 そう軽口を叩きながら何時の間にか、手当の最中だった女性と男性を庇う様に立っている紅い男。


 見れば、先程まで彼が立っていた場所には、蛇に抉られた床の無残な光景が広がっている。



「『つまらん』と……そう言ったな貴様!!?」



 ……どうやらさっきのアレは、空耳ではなかったらしい。


 男が何時の間に避けたのだとか、そんな疑問を差し挟む余裕すら無い程に。


 振り向いた覆面神父の怒りに染まった眼が、何よりもそれを物語っていた。



「いや、『つまんねぇの』って言ったんだ」



 違う。言い方の話をしているわけでは————



「言い方の話じゃねぇ!!!」



 ごもっともである。


 これ以上逆撫でしてどうするのか。


 と、その時。



「この国には、その神父が言ってた『天御柱』っていう、スペル機関とは別の永久機関が在るのよ」



 その()は、腰丈ほどもある、空の色とも違う〝水色の髪〟を(なび)かせ、こちらへ向かって悠然と歩いて来た。


 紅い男を映す、力強い意志の燈った金色の瞳は美しく、見る者を例外無く惹き付ける魔性を放っている。


 皆一様に、彼女の歩く姿に見惚れていた。



「アレは霊脈に根ざしている樹で、今では霊脈の代わり(・ ・ ・)を担っているわ。要石は、その強いチカラの流れを整える為の物だから……壊せば、天御柱にどんな影響が有るか判らない。暴走して大災害を引き起こすか、良くて枯れてしまうか……どちらにしろ、天御柱は碌な事にならないわ。要するに目的は、〝天御柱という永久機関の破壊〟ってこと」



 大きめの黒いライダースジャケットに、同じ色のレザーパンツを身に纏った女は、凛と良く通る声で紅い男に神父たちの目的を説明した。



「な、何者……何故、我らの目的を!?」



 などと動揺する神父だが、殆ど自分で言っていたではないか。



「そういうの良いから。それより、周りをよくご覧なさい」

「そ、その手には乗ら————」



 油断無く金属の蛇を構えた神父は、しかし眼前の光景に絶句する。



「————」



 仲間たちが。


 先程までマキナを構え、人質を囲んでいた筈の神父の仲間たちが、気を失って倒れている。


 状況が呑み込めず、言葉を失い茫然とする神父。



「い、一体、何が……」



 代わりに疑問をの声を発したのは、職員服の女性である。



「魔術は……使えない筈……」



 その声に、なんとか我を取り戻した神父が女を見つめ、震えながら呟いた。



(コレ)で十分よ」



 すると女は、自身の(てのひら)に拳を打ち付ける。



「バカな……いくら【拡張(かくちょう)整体(せいたい)】を施しているとしても、【軍用強化整体】を施し、マキナまで装備した三人を素手で————」



 そこまで言ってから、ハッとなり神父は振り返った。


 視線の先に居たのは、あの紅い男だ。



(私を挑発したのは、ワザと!?この場に居る全員の意識を、自分一人に向ける為!?仲間の女が動きやすいように!??誘導された!!?)

「そりゃあ、買いかぶりだぜ……神父様?」



 紅い男はまるで、神父の心情を見透かしたように、絶妙のタイミングでそう言った。



「————ッ!?」



 追い詰められた精神状態で、そんな事をされては堪らない。


 神父は思わず息を呑み、カウンターの上で後退った。



「……さて。じゃあそろそろ、お終いにしましょうか」



 女がそう言ったのと同時。


 彼女の右の拳に〝青い炎〟が燈った。



「そんな!?魔術だと!?いや、まさか、貴様————」



 神父の表情は、自身の思い至った答えで驚愕に染まる。



「【形成者(オーガナイザー)】!!!」



 ————【形成者(オーガナイザー)】。


 物理法則を捻じ曲げる能力(チカラ)を持つ、ヒトの上位種。


 ヒトがエンテレケイアへ至ろうと、足掻いた挙句に生まれた下位互換的な存在。


 異能と高い魔力を持ち合わせている。


 そんな彼等の扱う異能は、総じて物理法則の外に在り、神にすら傷を付ける事ができるという。



「……ならば説明も付く!!畜生、何が素手でだ!!形成者(おまえたち)ならば、如何に霊素が乱れていようと能力は扱える!!そういう〝化物〟だろう!!」

「失礼ね。彼等はホントに素手で黙らせたのよ?」

「ぬかせ、このアバズレ————」



 神父が女に罵声を浴びせ、金属の蛇で攻撃を加えようとした、その時。



「おい」



 それは低く、獣の唸る様な声音で————


 気が付くと神父は、物凄い力で蛇の巻き付いている方の腕を押さえ付けられていた。


 あまりの痛みに視線をやると、



「人の身内に何てこと言ってんだ……ブチ泣かすぞ?」



 紅い男が物凄い形相で圧を放ち、神父の腕を鷲掴みにしながら、それだけで生命を奪えそうな眼光を彼に向けていたのである。


 情けなく悲鳴を上げそうになるも、神父は(すんで)の所で何とか踏み止まった。


 一声でも上げれば、その刹那に生命を絶たれそうな……そんな悪寒が瞬時に全身を這いずり回ったからである。



「誰がアンタの身内ですって?セクハラで訴えるわよ!」



 女のその声で、息の仕方を思い出したように全身から汗を噴き出す神父。



「————ッ」



 直後、恐怖で硬直した身体の感覚が、震えと共に全身に通った。



「や~んも~。そこは乗っとこうよ~」



 そんな神父を余所に、紅い男は打って変わって巫山戯(フザケ)た口調で女に笑顔を向ける。



「あ、うん。今ので完全にキた(・ ・)わ。さようなら、法廷で会いましょう」



 瞬間、男の表情が凍り付いた。



「うえ!?うっそ!?あ、ご、ごめん!!ごめんなさい!!もうしない!もう言わない!だから許してこの通り!!帰りに何か奢りますから!!」

「買収とか……最低ね。救いようが無いわ」

「うっわ!うっわ!!じゃ、じゃあ、何でもひとつ言う事聞くから!何とかご勘弁願えません?!!」

「じゃ、今すぐ朽ちて。此処で」

「スッゲぇ注文来た!!嘘でしょ本気!!?」

「冗談に見える?」



 女の眼は、とても冷たいモノだったそうな。


 紅い男の絶望は、見る者すべてに伝わったとか何とか……。



「こ、この……この————化物共がぁああああああああああああああああああ!!!」



 直前までの張り詰めた空気が、二人のやり取りで急激に弛緩してしまった中、神父が限界を迎えたようだ。


 切り替わる空気の目まぐるしさに、彼の精神が耐え切れなかったらしい。


 途端、神父の腕に巻き付いていた金属の蛇が溶け出し、質量を大幅に増加させ、彼を呑み込んでしまう。



「おっと!」



 ソレを見て取った紅い男は、瞬時に職員服の女性と片足を失った責任者の男性を抱え、その場から飛び退いた。



「何アレ……こっわ」



 神父を呑み込んだ金属の蛇だったモノは、まるでアメーバの様にグネグネと気味の悪い動きを繰り返して蠢いている。


 紅い男は水色の髪の女の隣に着地すると、抱えていた女性に男性を預けて、人質たちの固まっている方へ逃がした。



「あの人達、何でまだ銀行の中に居るの?」



 紅い男は、逃がした二人の向こうに居る人質たちを見つめ、「邪魔だな~」とか思いながら女に問う。



「外に出られないのよ。まだ警備システムが乗っ取られてるみたい」

「て事は、だ。まだ他に仲間が居る?」

「でしょうね。まあ、居ても一人か二人……」

「困ったな。まあ、別にどうでも(・ ・ ・ ・)良い(・ ・)けど。あのおっちゃん、あの出血だと長く持たないぜ?」

「どっちにしても……アレをどうにかしないと」



 女は、蠢く金属のアメーバを睨み付けている。



「オレ、マキナとか初めてだし……ドウシヨウ?」

上位(じょうい)異層(いそう)(たい)を相手にするよりマシでしょ?」

「さぁて、どうなのかね————ん?」



 その時、アメーバ状になったマキナに、変化が生じた。



「我らが主を、その様な科学用語で貶めるなぁああああああああああああああああ!!」



 その雄叫びは、アメーバ状のマキナから響いた。


 直後、アメーバが形を整え始める。


 複雑にうねり、不定形だったその形状はみるみる内に姿を定めてゆく。



 ————其れは、やはり蛇だった。




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