表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アポクリフ  作者: ヒゲクマ
第一章 目覚めの行方
15/31

黒い伝説





 次元監獄は、上から見ると『十字』の形をしている、五区画に区切られた収容施設だ。



 ハイウエイと繋がる玄関口の北棟。


 職員達の詰所でもある、中央の管理棟。


 微罪の男が入る西棟。


 同じく微罪の女性が入る東棟。


 そして、男女関係無く収容される「重犯罪者専用」の棟、南棟。



 主に、施設全体が海に囲まれている。


 北棟には、『結界門(バリア・ゲート)』と呼ばれる、通常空間(そと)と監獄内の歪曲空間を繋ぐ『門』が在り————


 結界を解除せず、一時的に歪曲空間と通常空間を繋ぐ事ができる。


 基本、監獄の出入りはこの門を使って行われ、これ以外に出入りの方法は無い。


 そして、暁人たちの居る南棟は陸地から最も遠く、管理棟に通じる通路ですら海中トンネルになっていて海の中に在る。


 非常事態の際は、通路に貯水タンクの海水を流し込んでの完全隔離が可能だ。


 まあ、囚人が檻から出たところで、施設内は空間が捻じれている。


 体内のナノマシンに『ガイドプログラム』をインストールしていなければ、真面に歩く事すら出来ない。


 本来は————



「ちょっと!どうして!?何で……何で囚人が普通に施設内を歩けているの!?」



 そんな南棟で、切羽詰まった声を張り上げる者が居た。


 真っ白な長髪から猫耳を生やし、警備係りの制服を着た、猫の【半獣人(ハーフ・ビースティア)】の女性である。


 尻尾の先が赤毛で、チャームポイントだというのは本人談。


 ちなみに【半獣人】は、人間の身体に獣の耳や尻尾がくっ付いた、半獣半人の人種だ。



「そんなの~、私が知るワケないでしょ~」



 猫の【半獣人】の女性とは対照的に、軽薄で気の抜ける間延びした声を放つのは、肩まで伸びたゆるふわ金髪が目立つ、目が糸のように細い人間の女性。


 彼女も、猫の人と同じ制服を着ている。


 そして人間の女性は、ちょっと厚めの唇を尖らせ、弾倉の残弾数を数えていた。


 二人は今、割とピンチだったりする。



「あ~ん!隊長~助けて下さぁあい!!」

「タイチョーは~、今謹慎中よ~。赤尾(あかお)ちゃん」

「分かってるわよ!それくらい!マオは、もうちょっと緊張感持ってちょうだい!」

「あら~?私ぃ、割と緊張してるんだけど~」

「うう……次の任務が決まるまで時間が有るからって、繋ぎのバイトなんか引き受けるんじゃなかった……」

「あはは~。今更だよ赤尾ちゃ~ん」

「うわあああああん!!」



 倒壊し炎上する南棟で、マオと呼ばれた女性の言葉の鈍器が炸裂する。


 すると、猫の人——赤尾の泣き声が、空間一杯に木霊した。


 瓦礫の影に、身を潜めていたコトも忘れて……。



「居たぞ!看守の女だ!」



 直後、グレーの囚人服を着たガタイの良い大男が二人を見付け、声を張り上げる。



「ヒャッハー!カワイ子ちゃん、可愛がってあげるから、オレ達と一緒にランデブーしようぜぇえ!!」



 大男の影に居たピンクモヒカンの男が、二人に向かって下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりしながら下品にそう言った。


 赤尾は整った顔立ちに、スタイルも良い。


 マオはマオで、胸がふくよかな金髪美女だ。


 ピンクモヒカンの脳内では、二人のあられもない姿が妄想イノベーションしている事だろう。


 しかし、彼は一体、何時の時代の人間なのだろうか……。



「本当に『ヒャッハー』言う人、初めて見たわッ!!」



 そんなピンクモヒカンに、赤尾は瓦礫から飛び出し、透かさずレーザー銃の光線をお見舞いした。



「ヒデブッ!?」



 登場から退場まで世紀末なピンクモヒカンは、身体に風穴を開けられ地面に倒れ込んだ。


 死んではいないようだが、暫くは起き上がれないだろう。


 ソレを見届け残心する赤尾に影が掛かる。


 振り返ると、自分達を見付けたあの大男が立って居た。



「悪いな嬢ちゃん。そいつ一人じゃなんだ——はああん♡」



 大男は突如奇声を上げ、股間を押さえて地に伏した。


 ビクビクと身体を痙攣させ、泡を吹いて気絶している。



「男の人は~、弱点多くて大変ね~」



 見れば大男の背後で、マオは下着が見えるのも御構い無しに脚を振り上げていた。


 恐らく、その美脚が大男の股間に……。


 赤尾は状況を呑み込み、引き攣った顔で未だ泡を吹いて痙攣している男を見やる。



「マオ……アナタ、澄ました顔してエゲツナイ事するわね……」

「潰しておかないと、後で怖いもの~」

「……」



 何を(・ ・)潰しておかなければならないのか……赤尾は怖くて訊けなかった。


 と、どうやら何時までも、和んでは居られないらしい。


 自分達を取り囲む複数の気配に気がついた。


 一転、二人は警戒レベルをマックスにまで引き上げる。


 しかし、相当な手練れの様で、正確な位置が掴めない。



「厄介ね」

「どうしようか~?」

「いつもの装備が使えたら……」

「それは無理~。次元監獄(ここ)は~正規の手順で入る場合~、たとえ何者であろうとも~如何なる装備や能力は~封印(ロック)されちゃうから~……純粋な身体能力と~警備用の武器しか~使えません!」

「分かってるわよ!何!?嫌味!?私がバイト引き受けたから!?」

「うふふ~。私達は~元々予備の(・ ・ ・)要員(・ ・)だし~。こういう不測の事態に対処する為に~最初から配置されている訳だから~、別に怒ってないわよ~」

「怒ってる!怒ってるじゃない!仕方なかったのよ!」

「分かってるから~。でも~、安全に(・ ・ ・)収容(・ ・)しておけるのが~監獄(ここ)しか無いって~、それはそれで問題よね~」

「あのマッドサイエンティストが余計な事しなければ……!」

「それだけじゃない気もするけどね~。そもそも、未知数(・ ・ ・)な存在(・ ・ ・)なんだし~私は間違ってないと思うな~」

「じゃあ、私の事も許して……」

「ソレとコレとは話が別ぅ~」

「やっぱり怒ってるんじゃない!!」



 一見間抜けな会話をしながらも、二人は周囲の確認をしていた。


 今も、背中合わせになりながら突破口を探して、さりげなく視線を巡らせている。


 彼女達の居る場所は、南棟の中央部。


 見回りの最中に爆発が起こり、通路を塞がれ立ち往生していたのである。



「……それにしたって、どういう事なの?囚人達は本当に何で、こうも自由に棟内を動き回れるワケ?」

「う~ん……」



 赤尾の言う通り、囚人達の動きは不自然な程に正確なモノだった。


 いくら牢が壊れて自由になったとはいえ、空間は歪んだままなのだ。


 ひとつ所にこんなにも人が集まる事など、あり得ない。


 通常なら、別々の場所に誘導されてしまう筈。


 空間の歪みは、そういう風に設定されているのだ。


 にも拘らず、囚人たちは南棟の中央部に集中して集まって来ている。



「もしかして~、空間が元に戻ってるとか~?」

「まさか——」



 マオの発言に少しばかり気を逸らした直後————


 赤尾の右側面で影が動いた。


 次の瞬間、鉄パイプを持ったスキンヘッドの男が赤尾に殴りかかる。



「————ぐうッ!?」



 間一髪、レーザー銃で受け止めたが————


 その衝撃で銃は使い物にならなくなる。


 スキンヘッドの男は間髪入れず、赤尾の腹に回し蹴りを叩き込んだ。


 奇襲失敗から挽回までの()は、一呼吸も無かった。


 凄まじい身体能力である。



「ガ——ッ」



 赤尾は吹き飛ばされ、崩れて壁の様になった瓦礫に叩き付けられた。


 その衝撃に肺から全ての空気を吐き出し、酸欠状態へ陥ってしまう。


 直ぐに酸素を取り込むべく呼吸しようとするが、できない。


 身体が衝撃と痛みで硬直してしまったのだ。


 急激な酸欠で脳がパニックを起こす。


 瞬間、赤尾の視界はブラックアウトし、そのまま床に倒れ込んでしまった。



「赤尾ちゃん!!」



 マオは直ぐさま、赤尾に駆け寄ろうとするがしかし。



「おっと!悪いがお前の相手は、俺達(・ ・)だ」



 気がつけば、かなりの数の囚人達に包囲されていた。


 すると、マオの纏う空気が変わる。



「その子に、指一本でも触れたら……コロスッ」



 糸のように細められていたマオの双眸が、鈍くギラついた殺意の光を帯び、見開かれた。



『……ッ!!』



 数で優っている筈の囚人達が、一瞬たじろぐ程だ。


 マオは銃を構え、そんな彼等を威嚇しながら赤尾の元へゆこうとする。


 だが————



「それはこちらの台詞だ。お前こそ、指一本でも動かせば……」



 その声にハッとなり、マオは赤尾の方を見た。


 視線の先には、赤尾を蹴り飛ばしたスキンヘッドの男が居て、何時の間にか彼女を抱きかかえ首筋にガラスの破片を突き付けていたのである。



「相棒が死ぬぞ?」

「————ッ」



 突き付けられている破片は、赤尾の首の肉に軽く食い込み、赤い筋を引いていた。



「武器を捨てろ」



 スキンヘッドの男は攻撃の時と同じく、間髪入れずに言う。


 選択を迫り、余計な思考をさせないつもりらしい。


 魂胆など分かっているが、どうするコトもできない。


 相手は、犯罪者共のリーダー角のようだ。


 南棟は重罪人専用の棟。


 此処に居るのは、誰も彼もが犯罪史に残る凶悪犯。


 テレビを付ければ偶にやっている、犯罪ヒストリーの番組などで、必ず名が挙がる程の人物ばかりなのだ。


 しかも、牢に閉じ込められて、欲求が溜まりに溜まっている状態。


 爆発寸前の風船である。


 触れるか、あと少しでも空気が入れば破裂してしまう……。


 そんな状態の凶悪犯共を束ねている時点で、相当な手練れであるのは予測が付く。


 というか、赤尾も素人ではない。


 その彼女を瞬殺(生きているけど)して見せたのだから、実力は証明されている。


 加えて、こうも取り囲まれている状況では、打つ手も無い。


 戦力差が有り過ぎる。


 下手に動けば、取り返しのつかない事態になりかねない。


 マオは覚悟を決め、一度大きく深呼吸をした。


 そして、銃を捨て、両手を上げる。


 上げるしか、なかった。



「分かった。投降するわ……その代わり、私はどうなっても良いから、その子だけは傷付けないでくれる?」

「お~お~使い古されちゃいるが、なかなかどうして泣かせる台詞だ」

「お願い」

「言葉遣いがなってないな」



 スキンヘッドの男は下卑た笑みを浮かべ、更にガラス片を赤尾の首に食い込ませる。



「……お願いします」



 マオは唇を噛み切るほどに、歯を食いしばった。



「態度もダメだな。ああ、そうだ!土下座だ。裸で土下座しろ!」



 スキンヘッドの男の視線が、マオの肢体を舐めまわす様に這う。


 男の発言に、囚人達のボルテージも最高潮へと行き着いてしまった。



「脱~げ!脱~げ!」



 囚人の一人が手を叩き、下卑た台詞の音頭を取り出す。



『脱~げ!脱~げ!脱~げ!脱~げ』



 すると、調子に乗った他の囚人達も加わり、空間を震わせる程のシュプレヒコールが、手を叩く音と共にマオを呑み込んだ。


 集団の意識が、ひとつの方向へ向かうというのは、それだけでも凄まじいエネルギーを生み出す。


 一歩間違えば、国すら滅ぼしてしまう程に。


 今は、国をどうのとまでは言わないが。


 現在、マオへ向けられている集団意識の凄まじいこと……。


 意識とは、その場の状況や空気によって如何様にも変化する。


 狂気にも、誰かを助ける命綱にも……。


 千変万化、変幻自在の諸刃の剣。


 今、マオを呑み込む意識の濁流は正に、〝狂気〟だった。


 声が。


 手を打ち鳴らす音が。


 集団になってマオを襲う。



 ————苦しい。


 ————息ができない。


 ————逆らえない。


 ————人質。


 ————助けないと。


 ————何で私がこんなコト。


 ————でも、友達。


 ————どうして、こんな非道いこと。


 ————怖い。



 集団の狂気に当てられ、思考が定まらない。


 景色がグルグル回る。


 まるで『従わない自分が悪い』、と言われている様な錯覚に陥ってしまう。


 自分の身体が、他人のモノの様になる。


 マオが狂気の渦に呑まれ、制服のボタンに指を掛けた————その時。



「いい歳こいた大人が、はしゃいでんじゃねぇよ」



 そんな声が、聞こえた気がしたのだ。


 そして、こんな(・ ・ ・)()も同時に響いた。


 ————バカァアアアアアアンッ!!


 と、何かが砕ける音。


 ————ドサッ。


 と、重いモノが地面に落ちたような音。


 ————ビシャアアアアアアア!


 と、何か液体状のモノが撒かれた様な音。


 空間中に響き渡る、狂騒曲(・ ・ ・)のフルオーケストラの中ですら、それは鮮明に聞こえた。


 マオや囚人達は、音の方へと視線を向ける。


 シュプレヒコールは止まっていた。





 ————結論を言おう。


 やり過ぎた。


 オレは、ギャレン先生に案内され、南棟の中を走り回っていた。



「やっべ~~!!やっべ~~よ先生ッ!!」

「いいから黙って走りなさい!!」

「ふっふ~~う!!こんなにテンション上がるの久しぶりだぜ!!」

「おい、焦げブロッコリー!!いい歳こいた大人が、はしゃいでんじゃないよ!!」



 爆風に追われる中、オレとおっさんのズレたテンションに、先生のツッコミが冴えわたる。


 その先生の話だと、『ガイドプログラム』ってのを体内のナノマシンにインストールしてなけりゃ、監獄内を真面に中を歩く事もできないらしい。


 だから、先生が先頭に立って、オレとおっさんを案内してくれてんだけど……。



「「「あ」」」



 爆風が収まった直後、眼の前で先生とおっさんの足場が崩れ落ちた。



「「アアアアアアアアアアアアアアアアアア~~~~~~!!!!」」

「おっさ~~~ん!!先生~~~~!!!」



 暗闇の中へ、おっさんと先生が消えて行く。


 二人を追って、直ぐに穴へ飛び込もうとしたが。


 底が見えない。


 真っ暗だ。


 飛び降りるのは無理、か。



「……南無阿弥陀仏」



 と、せめて、お経を唱えることにした。



「成仏してくれ」

「縁起でもねぇコト言うんじゃねぇええええええ!!!」



 暗い穴の底から、おっさんの声が響く。



「なんだ、もう化けて出たのか!セッカチだな往生せいや!!」

「お前マジ何なの!!?生きてたんだぞ!?そこは喜ぶ所だろ!!」

「はっはっは!冗談通じないんだからも~!」

「うっせッ!!テメそこで待ってろ!今直ぐぶん殴りに行ってやるぅう!!」

「上等だぜ!来れるもんなら来てみろ焦げたブロッコリーがッ!!」

「むっきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「落ち着けボルディ!!」

「おお!先生も無事かよ!!」



 良かった。


 二人とも無事だったらしい。



「ああ、我々は問題無い!しかし、そちらへ戻るのは無理そうだ!」

「オレがそっち行くか?」

「止めておいた方が良い!崩落の規模が想像以上に大きいんだ!我々は二階層近く下へ落ちている!」



 下階に落ちた時、下階の床も衝撃で崩落したのか……。


 古いって言ってたが、どんだけ脆いんだ此処は。



「分かった!オレはどうすれば良い!?」

「そこで待っていてくれ!必ず戻る!!」



 ふむ。まあ、それも良いんだが……。



「危険な場合はオレの判断で動くぜ!?此処に居なかったらそういう事だと判断して、オレの事は探さずに二人は脱出してくれ!」

「し、しかし————」

「先生!オレは犯罪者だ!アンタが気に病むこたぁ何にも無い!!おっさん、先生を頼むぜ!?ごねたら、ぶん殴ってでも連れてってくれ!」

「ちょ、おい————」

「了解だ小僧!!」



 おっさんは先生の言葉を遮り、どうやらオレの意を酌んでくれるようだ。



「サンキュ————」

「だが!!」



 礼を言おうとしたのだが、オレの言葉もおっさんは遮った。



「俺達は勝手にお前を探す!俺等の〝勝手〟だから、お前にとやかく言われる筋合いは無いぜ!!」

「あのなぁ……」

「勘違いすんなよ!俺達の寝覚めの為だ!!分かったな!!!」



 やっぱり、とんだお人好しだ。



「……おっさんのツンデレとか、誰得だよ」

「テメー!!!聞こえたぞ!!!やっぱゼッテーぶん殴るッ!!そこで待ってろオラァアア!!」

「透真君!必ずゆく!!待っていてくれぇえぇぇぇ………」



 底も見えない暗闇の中、二人の声が遠のいて行く。


 オレは、暫く穴を見つめて呆けていた。


 呆れていたのか、嬉しかったのか。


 倒壊する監獄の中、とにかくオレは穴を見つめていたのだ。



「……何だ?」



 だがその時、別の通路から大勢の叫び声の様なモノを聞き取った。


 随分と不快な感じの喧騒だ。


 二人の事は気になったが……。


 身のこなしや、細かい所作を見ていたら、相当な〝手練れ〟だというのは素人目でも分かった。


 だからつい、そちらへと足を向けてしまったのだが————





「で、この様か……」



 オレは、頭をカチ割られ、足元で大量出血しながら痙攣しているスキンヘッドの男を見ながら呟いた。


 腕には、そいつが人質にしていた猫耳少女を抱えている。


 状況は全く、全然これっぽちも理解していなかったが……。


 とにかく、此処に居る連中が寄ってたかって、一人の女の子に「脱げ脱げ」言ってたので、リーダー角らしい足元で転がってるハゲを、瓦礫でぶっ叩いた次第です。


 はい。


 軽く小突いたつもりだったんだが……加減を誤ったか?


 ドクドクと広がってゆく血だまりを見つめ、「ヤバイな」とか考えていた。


 でもアレだ、此処まで迷わなかったな。


 声の聞える方へ普通に走って来たが、普通に辿り着けた。


 オレには『ガイドプログラム』なんて入ってないぞ?


 先生、話と違くない?


 ————と、現実逃避してる場合じゃないな。


 足元で死にかけているハゲなど無視して、思考を切り替えよう。



「お姉さん、お姉さん」



 オレは、茫然と立ち尽くしていた金髪糸目巨乳美女に向かって声を掛け、手招きをする。



「こっちこっち」

「——!」



 彼女は一瞬、自分が声を掛けられていると理解できなかったのか、キョロキョロと辺りを見回してから、自身を指差した。


 オレは首を縦に振り、肯定の意を示す。


 すると、金髪糸目巨乳美女は若干躊躇したが、もう一度周りを見て、直ぐに足元の銃を拾い、オレの傍まで駆け寄って来た。



「ア、アナタは~……」

「はいはい、誰でも良いから、この子お願いね」



 戸惑う金髪糸目巨乳美女に、さっさと猫耳少女を押し付ける。



「は、はい~……って、え!?」



 その時、オレの顔を見た金髪糸目巨乳はハッとなり、細められていた目を見開いた。


 グリーンの瞳が、驚きの色に染まっている。


 まるで、信じられないモノでも見た様な……。



「何?」

「あ、いえ~、えっと~……」



 彼女は動揺している様だが、妙に間延びした声が、何と言うか、緊張感を削ぐ……。


 でも何故か、イラっとは来ないな。


 不思議だ。


 と、その時。



「テメ、何モンだゴラァアア!!!」



 瓦礫の陰に潜んでいた囚人の一人が、バールの様な物を振りかぶり、襲い掛かって来た。



「————ッ!?」



 金髪糸目巨乳美女はオレに気を取られ、反応が遅れる。


 仕方ないので、不肖ワタクシめが、バールの様な物を受け止めた。



「な——か、片手だとッ!?」

「あ、それ一回言われてみたかった台詞!」



 オレは、瞳をキラキラさせてそう言った。


 まあ、片手でバールの様な物を受け止めたのは、単に猫耳少女の受け渡しの最中だったからなんですがね。


 でも、受け止められると思わなかった……。


 心臓バックバクですよ。


 顔には出しませんけどね?出してませんよ?


 瞳が輝いているのは、ビックリして涙目だからとかそんなんじゃな————



「ひ……そ、その服の色————」

「服?」



 すると、何やら急に顔を青ざめさせた囚人に、オレは訝しげな顔を向けた。


 オレのツナギを見てビビっている様だが。


 此処の囚人服じゃん。


 ……囚人服?


 おっさんの言葉がフラッシュバックした。



 ————グレーは『重罪』。


 ————黒は『極刑』。



 ああ、成る程。


 服の色にビビったのか。


 見れば、コイツを含め周囲に居る囚人共は皆、グレーのツナギだ。


 黒はオレひとり……。


 ぐるりと、周囲を見回した。


 すると面白いコトに、囚人共が一斉に一歩後ろへ退くではないか。


 ……ふむ、成る程。


 自然に笑みを浮かべていた。


 オレのお茶目な悪戯心が、肩口に悪魔の顔を覗かせる。


 呼ばれてもいないのに、ソイツはやって来た。


 耳元で文字通り、悪魔の囁きを響かせるのだ。


 オレは大きく息を吸い込んだ。


 そして————



「がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 と、大仰に怪獣のポーズを取り、盛大な大声で鳴き真似をやってみた。


 年甲斐も無く、子供っぽいコトこの上ないが、オレにビビる囚人共を見て面白くなってしまい……。


 つい、やってしまいました。


 ごめんなさい。


 と、それで済めばよかったのだが。


 予想外の展開が待っていた。



『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』



 直後に響く絶叫。


 オレの行為に驚いた囚人達が、パニックを引き起こしたのである。


 コレは、後で知った事だが————


 そもそも、『黒』の囚人服というのは、〝現世に存在してはならない化物〟を拘束する為の法具を『服の形にした物』らしい。


 故に、着ているモノはその時点で〝化物認定〟なんだとか。


 化物がどういった存在だったのか、その記録自体はもはや存在していないが。


 確かに、()たのだという。


 噂が噂を呼び、憶測と推測が飛び交い、既に元の原型が分からなくなるほど歪に歪められた曖昧な情報のみが今も独り歩きしていて。


 宇宙の都市伝説的な物らしい。


 ただ、いわゆる犯罪者……非合法な手段で生計を立てている者達の間では、一般の人々よりも深く恐れを抱く畏怖の対象と化していた。


 理由は単純。


 自分達が投獄された場合、遭遇する可能性が在るから。


 ————『黒』を着ているモノと。


 非合法組織のトップ達が。


 自分達を取り締まる警官達が。


 監獄の守衛達が。


 脅しをする際に、必ずと言って良いほど口に出す決まり文句。



 ————『黒』の居る独房へ放り込むぞ。



 雛の刷り込みの如く、本能に刻まれた得体の知れない偶像への恐怖心。


 子供の頃、ベッドの下の暗闇が、押し入れの隙間の闇が怖かったのと同じように。


 訳の分からない、根拠も実体も無い恐怖。


 それが、犯罪者達にとって、『黒』の囚人服だった。


 たかだか都市伝説。


 しかして、伝説。


 伝説が今、ヒトの形をして、眼の前に()る。


 囚人達は、本能の深い所から湧き上がって来る〝ナニカ〟を、必死に押さえ込み耐えていた。


 伸びに伸びきり、張り詰めた精神の糸は、空気の揺れですら切れてしまいそうな程にギリギリだったのだ。


 悪逆非道を常として、復讐上等を掲げた社会の最底辺たる彼等をして、それしかできなかったのである。


 それなのにオレときたら。


 面白半分に彼等を刺激して、精神の糸を悪戯で切るという暴挙に出たわけだ。


 結果、その場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 〝恐怖〟の爆発だ。


 訳の分からない叫び声を上げ、涎と涙と鼻水を垂れ流し、失禁、脱糞、嘔吐しながら逃げ出す者。


 恐怖でバランスを崩し、高所から落ちる者。


 硬直して、立ったまま気を失った者もいた。


 バールの様な物で襲い掛かって来た、さっきの囚人などが正にソレだ。


 魂が抜け、真っ白になっているというか……まあ、それはいい。


 それよりも大変な事態が、眼の前で繰り広げられているのだから。


 正気を失い逃げ惑う囚人達。


 その波に呑まれ、転んで踏みつけられ、大怪我をする者が多発。


 しかし、怪我を負ってもなお、その折れた手足を引き摺って逃げようとするのだから、もはや収拾がつかない状態だ。


 そしてとうとう————


 逃げ惑っていた集団がバランスを崩してドミノ倒しになり、人の絨毯が出来上がったと思ったら、衝撃で不安定な瓦礫が崩れ、みんな下敷きになってしまった。


 あまりの惨状に、茫然としていたオレ達。


 だがまあ、女の子ひとりに寄ってたかって卑猥な要求を迫る犯罪者連中だし、自業自得というコトで。


 あ、そうだ。


 頭カチ割っちゃったこのハゲも、今のパニックに巻き込まれた事にしよう。


 オレは、そんな決意を固めながら、ハゲの頭を爪先で小突く。



「こ、この人~……笑ってる~……怖いよ~赤尾ちゃ~ん……」



 するとオレの隣で、金髪糸目巨乳美女が猫耳少女を抱きしめ、目に涙を溜めて身体を震わせていた。


 笑ってる?


 誰だよ、こんな酷い有様を見て笑ってるヤツとか……。


 とんだクソ野郎だ。



「透真君!」



 と、その時。


 聞き覚えのある声がオレを呼んだ。


 振り返ってみると、ギャレン先生とおっさんが瓦礫を乗り越え、こっちに向かって走って来ているところだった。



「おお!先生!無事……」



 しかし、どうも様子が変だ。


 汗だくなのに顔面蒼白で、妙に慌てている風である。


 まるで、さっきまでの囚人共の様な……。



「に、逃げろ————」



 おっさんがそう叫んだ瞬間。


 二人の直ぐ後ろが、爆発したのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ