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アポクリフ  作者: ヒゲクマ
第一章 目覚めの行方
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プロローグ





 ————かつて、戦争があった。



 ある時、日本は宇宙の文明よりも早く、ヒトが古くより「精霊」や「神」と呼んでいた存在と遭遇したのである。



 ————上位異層体(じょういいそうたい)



 宇宙の文明は、無粋にも彼等をそう呼ぶ。


 地球の人類は、日本が上位異層体と接触した余波で『魔力』というチカラを得た。


 英国(イギリス)のことわざに、「好奇心は猫を殺す」というモノが在る。


 地球の人々は憑りつかれた様に、魔力の研究に没頭し、やがては呑み込まれ、心を囚われて行った。


 魔力は正に、『()性の()』と呼ぶに相応しいモノであった。


 現在、宇宙の先進技術と云われるモノは【魔導(まどう)科学】と称される、魔法と科学を融合させた特殊技術である。


 地球はその先進技術を、魔力を得た事で、恒星間航行技術すら有さない初期段階の文明レベルで完成させてしまったのだ。


 それは、二十一世紀初頭。


 上位異層体との遭遇より、十年あまり後の事だった。


 早過ぎた、と言うより他ない。


 その技術を持つには、地球人の精神はあまりに幼過ぎた。


 自分達の得た……いや、与え(・ ・)られた(・ ・ ・)新たな可能性に、その全能感に、酔ってしまったのかもしれない。


 進歩する技術に精神が追い付かないコトは、往々にして避けられない事なのか。


 成長と発展を繰り返す【魔導科学】は、地球の人々に繁栄という恩恵を(もたら)しはしたが、〝考える力〟を——〝想像力〟を奪ってしまったのである。


 便利さの弊害というヤツだ。


 そして、日本という国が【魔導科学】によって発見した、【魔導科学】を上回る技術力の結晶。


 出雲に眠る『古代の遺物』。


 後に『聖異物(マキナ)』と呼ばれるコトになるソレは、古代、異なる世界から齎された『異世界の技術』であった。


 しかし、何故(なにゆえ)に眠っていたのか、想像力を欠いた地球人は深く考えなかったのである。


 故に、思い知る事になるのだ。


 そのチカラで大阪を消滅させて……。





「そして日本は『聖異物』を封印し、自国に引きこもった——と」



 ————ふいに、少女は空を見上げる。


 風に靡く水色の長い髪が、陽の光を受けてキラキラと光の粒子を宙に(ちりば)めていた。


 彼女の顔の直ぐ傍には、立体映像のモニターが浮かんでいる。


 先程まで目を通していた、その堅苦しい文章に再び目をやると、堪らず溜息が零れた。


 文章のファイル名であろう部分には『地球世界史』と記されていて、益々お堅い雰囲気を助長させる。


 なので、そんな物は画面の端へと追いやり、音楽アプリを起動させ、気分を変えようと試みた。


 軽快なケルト調の音色。


 歌詞など無い。


 ただ、バグパイプの奏でる民族音楽色の濃い演奏に耳を傾ける。


 彼女はそんな音楽が好きだ。


 ちなみに、ヴァイオリンの独奏も好きである。


 彼女はお気に入りの音楽を聴きながら、浅い湖に脚を浸して佇んでいた。


 浅いが、とても広い湖だ。


 水平線の遥か先は霞んで見えない。


 水面に映った空が、澄んだ水と白い水底に反射して、三百六十度の晴天を生み出し、天と地が曖昧になった様な錯覚を起こしてしまう。


 正に、〝鏡の湖〟である。


 少女の姿すらも水面に映り込み、ともすれば上下の感覚など、役に立たなくなっていた。


 唯一、上下の認識を持てるとすれば、其処に立つ少女だけだろう。


 そんな少女は、やはり気乗りしないと、息を吹いて前髪を浮かす。


 が、これも仕事と割り切り、音楽の力を借りて、何とか画面の文章へと視線を戻したのである。





 ————そして、日本は自国に引きこもった。


 聖異物を封印する為に。


 今、『聖異物(コレ)』を解き放てばどうなるか……火を見るより明らかだったから。


 だが他の国々は、『聖異物』の開示を要求して来る。


 その恐ろしさは、嫌というほど分かっている筈なのに。


 こうして、地球人は『好奇心の獣』と『殻に閉じ籠る貝』とに分かたれたのである。


 やはり——と言うべきか、獣の欲望は止まる事を知らず。


 遂に、世界はまたも〝過ちの引き金〟を引き、繰り返してしまったのである。


 百年以上も続く事になる、『第三次世界大戦』という過ちを————


 この頃の記録は、あまり残されていない。


 銀河連合の有するアーカイブにも詳しい記録は残っておらず、西暦が終わる三千年頃までの記録がごっそり抜け落ちている状態なのだとか。


 だが、確かに言える事がある。


 日本は大阪に続き、東京も失った。


 世界もまた多くを失い、国と呼べるものは〝ひとつ〟となってしまったのである。


 日本が頑なに過ぎたこと、世界が急ぎ過ぎたこと。


 善悪で判断するならば、「どちらも悪い」としか言い様が無い。


 片や変わる事の痛みを恐れ、片や進歩の欲求に流されて。


 お互いが己の汚い部分を省みなかったのだ。


 両者とも、失ったモノがあまりに多かった。


 多過ぎた。


 世界……地球は日本を除いた『統一国家』の樹立を余儀なくされ——


 日本も崩壊した政治を立て直し、国という形を保つため、止む無く体制を『王制』へと移行し、『皇』ではなく『王』の国になるしかなかったのである。





「昔、知り合いが言ってたよ。『戦争は人の心を狂わせ、平和は人の心を病ませる』ってさ」



 突然聞えた背後の声に、少女は驚いて振り返った。



「アナタ……何時の間に?」



 視線の先に居たのは、白衣を纏った白黒頭の女性だった。


 赤縁眼鏡のレンズが光を反射して、眼からその表情を読み取るコトは難しい。


 しかし眼から読み取るまでもなく、彼女は口端を持ち上げ、イヤラシイ笑みを浮かべていたりする。



「近衛隊の隊長が、素人に背後(うしろ)取られちゃイカンでしょう?」



 言いながら、白黒頭の女性は、人差し指で少女のほっぺをつついて来た。



「『()』よ。今は降格された上に謹慎中」



 少女は溜息混じりに、その手を払い除ける。



「あん♡ごめん、怒んないで♡」

「別に怒ってないわよ。ただ、ちょっと……」



 少女は苛々していた。


 白黒頭の女性の態度にもだが。


 何より、失態を演じ、降格処分をくらう羽目になった不甲斐無い自分自身に。



「やだ、カワイイこの娘!!」



 と、白黒頭の女性は、おもむろに少女へ抱き付いた。


 彼女なりの気遣いなのは、分かっている。


 だが現状、少女にその行為を許容できる心の余裕は無い訳で。


 少女はひどく鬱陶しそうに表情を歪め、我慢して収めていた裏拳を白黒頭の顔面に叩き込んだのである。



「ヘブン——ッ!!」



 それは、およそ女性の悲鳴とは思えない、おっさん臭を漂わせた呻き声であった。


 ただ、裏拳を受ける瞬間、眼鏡だけは死守したらしく、おでこの上で無事な姿をたたえている。


 眼鏡を庇う余裕があるなら、避ければ良かったと思うのだが……。



「いい加減にして。何か用なんでしょう?」

「……連れないなぁ~。用ってか、検診!早朝に来てって伝えたでしょう?」

「はぁ!?そんなん聞いて………………」



 長めの沈黙。


 記憶の片隅になんとなく、ボヤケてはいるが覚えがあるような……。



「ごめん。素で忘れてた」



 と、少女が謝罪した際、ちょっと耳が赤くなったのは内緒である。



「だろうね~。ま、良いけど。姫様や他の子たちは問題無し。後はアナタだけ」

「そ。直ぐ行くわ」

「……それ、『地球世界史』?もしかして、()の為の?」

「ええ。謹慎中だし、するコト無いから資料をまとめてたの」

「キミさ、謹慎の意味、知ってる?」

「勿論。だからコレは趣味よ」

「うっわ……仕事を趣味とか言える人、久しぶりに見たわ。『精神洗浄』受けた方が良いって絶対!」



 宇宙の技術を以てしても、精神(こころ)の病は未だ厄介な物である。


 『精神洗浄』とは所謂、セラピーのことだ。



「大きなお世話!」



 少女はピシャリと言い放ち、立体映像のスクリーンを閉じた。



「もう終わったの?何なら、終わるまで待つよ?」

「いいわ。どうせ、ナノマシンに直接情報を送り込むんでしょ?この資料は、その後の『慣らし』の為の物だから……」

「【高速伝達(トランスミッション)】かぁ……アレ、初めてだとかなりキツイんだよね。大丈夫かな、彼?」

「さあ?大丈夫なんじゃない……男なんだし、根性でどうにかなるでしょ」

「この脳筋め……」



 白黒頭の女性は、呆れた様に溜息を吐いて項垂れる。


 彼女らの言う【高速伝達(トランスミッション)】とは、体内のナノマシンに直接、大量の情報などを一括で送り込むことだ。


 これは、情報伝達の効率化を図るために生み出された技術なのだが……。


 初心者が【高速伝達】を行う際、多くの情報が一気に送り込まれるワケだから、気を失ったり、二~三日寝込む事になったりするので注意が必要なのだ。


 ちなみに、トランスミッションと言っても、決してエンジンの事ではない。


 違うよ?



「地球が太陽系一帯を取り纏める星系国家になって、早や数万年。根性とか、初期段階の発展途上惑星でもあるまいに……」

「何言ってるの?根性は大切よ?何時の時代になっても、ね」



 ふいに、少女は空を見上げた。



「何時になったら、日本と地球は元に戻るのかしらね……鬱陶しいのよ。惑星内でいちいち入国審査受けるの」

「それね~。空中独立国日本。地球合衆国の中に在りながら、独立国という形で地球から隔離された国」



 日本は現在、太平洋上の上空五千メートルに国土を浮かせた『空中独立国家』となっている。


 要はファンタジーよろしく、浮島が「国そのもの」という事だ。


 しかも、周囲に海まで形成しているものだから、そのファンタジー度合いを更に増していたりする。


 日本が空中国家となった経緯は、第三世界大戦の環境汚染が原因らしい。


 北極も南極も現在、氷が存在していない。


 海面上昇に伴い、その対策として日本は空へ上がったと云われている。


 かつての富士山に根ざす、『天御柱(アメノミハシラ)』と呼ばれる全長五十キロにもなる神樹。


 其処に宿る『神工神アルキリア・ミラー』。


 この二つの存在を以てして〝永久機関〟と為し、日本は空に在り続けているのである。


 その技術を確立し、成し遂げたのがたった一人の少女で……。


 彼女が技術自体を秘匿した事により、未だ理屈すら謎に包まれたままだ。


 この事も、日本と地球が元に戻れない要因のひとつとなっている。



「銀河連合が日本を恐れる理由は分かるわよ。私達が持つ技術もだけど、『聖異物』なんて得体の知れないモノを抱えてるんだから……」

「『聖異物』は宇宙全体の問題でしょ?他星系の惑星でも多く確認されてるし、連合や帝国に認められた、それらを管理する専門の独立組織が在るくらいだもの」

「分かってるわよ。でも、何時までもこの扱いってのが……」

「日本と地球が元に戻ったら、銀河連合内の軍事力関係が一変していまうでしょ?」

「だから何よ!」



 地球は、連合内では新参者である。


 加盟して数万年経とうが、少なくとも『億』の歴史を持つ国家からすれば、子供が会社の重役席に座っているのと感覚は変わらない。


 しかも、ここ数十万年、宇宙では『戦争』と呼ばれるモノは起きていないのである。


 ほんの(・ ・ ・)数万年前まで、惑星内であろうとも戦争をしていた地球に軍事的な力を与えるのは、連合側からすれば不安しかない。


 どこの世界に、子供にミサイルのスイッチを持たせて遊ばせる大人が居ようか。



「得体の知れないモノは怖い。物も、ヒトもね……」

「私達は戦争なんて————」

「はいはい、分かってるから。ここで議論白熱させたって、ご飯も炊けないわ」



 白黒頭の女性はパンパンと手を叩き笑顔を向け、激昂する少女を宥めた。


 それでも少女は収まりがつかないらしく、唇を一文字に結んで肩を震わせている。


 やれやれと首を左右に振って、小さく溜息を零す白黒頭の女性。


 少女は、やはり精神的にかなり追い詰められているらしい。



「ああ、そういえば!姫様の護衛……アナタの後任だけど——」

「誰ッ!!」



 と、話題転換に、取り敢えず口にしてみたコトだったが、思いのほか少女の食いつきが激しかった。


 先程までの激昂すら生温いと言わんばかりの形相で、白黒頭の女性に掴み掛る。


 というか、『お姫様の事(ソレこそ)』が苛々の原因なのだから当然だ。



「ちょちょちょ、落ち着きなってば!」

「誰なのッ!!?」



 聞く耳持たずとは、この事なのだろう。


 白黒頭の胸倉を締め上げる少女の手に、更に力が込もる。


 女はギブアップとばかりに少女の手をタップするが、一向に力の緩む気配がない。


 こんな事をしていては、声が出せないと直ぐに分かりそうなものだが。


 頭に血の上った少女は、思い至らないらしい。


 白黒頭の女性は、そろそろ本気で息が苦しくなって来たので、流石にマズイとなんとか声を絞り出す。



「ア、アナタの、お、お姉様よ……二番目の!」

「————ッ!!」



 それを聞いた瞬間、少女の手から力が抜け落ちた。


 窒息しかかっていた白黒頭の女性は、解放された気管を使い、大きく息を吸い込み肺へ酸素を充填する。


 話題転換と軽い気持ちで口にしてみたが、まさか原因ドンピシャリとは。


 口は禍の元——とは、良く言ったモノだ。


 しかし、白黒頭が何やら恍惚とした表情で頬を赤く染めているのは気のせいか……。


 気のせいだろう。


 分かっていて敢えて口にしたとか、そんな事有る筈が……。


 ま、それはこの際、置いておこう。

 

 呼吸を整えた白黒頭の女性は少女へ向き直った。


 だが見れば、先程までの勢いも何処へやら。


 少女は力無く項垂れ、自身の顔が映った水面をただ呆然と見つめている。



「……不満?」

「……いいえ。あの方なら、適任よ」

「だから、それが(・ ・ ・)不満なんでしょ?」



 図星だ。


 少女は目を見開いて、白黒頭の女性を睨み付ける。


 そして、感情のままに喚き散らそうとしたが、しかし。


 喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 ソレは、彼女に対して口にするには、あまりに理不尽で、筋違いだったから。


 自身の矮小さや、心の幼さを、他人の彼女にぶつけるなど、どうしてできようか。


 だが、溢れた感情の逃げ場など、そうあるモノではない。


 少女の頬を伝う涙の筋が、何よりそれを物語っていた。


 彼女にとって、姫様の護衛という仕事は、近衛隊の隊長という立場は、特別な意味を持っている。


 勿論、公私混同など彼女の信条としては以ての外だ。


 しかし、それを押して尚、仕事以上の意味が有ったのである。


 それこそ、「自身の命を捨てても構わない」と思える程の意味が。


 なのに、それを全うできなかったどころか、自分以外の誰かにその意味をすら奪われてしまったのだ。


 喩えそれが血の繋がった、敬愛し尊敬する姉だったとしても、納得などできよう筈も無く。


 ただ、溢れて来る。


 悔しいのか、悲しいのか、それとも……。


 いろんなモノが()い交ぜになった感情の波が、自制心の防波堤をいとも容易く突き抜けて来る。



 ————約束ね。


 ————はい……約……束、です!



 自制心を突破した感情の波は、幼き日の思い出すらも呼び起こした。


 水色の髪の少女と向かい合う、桜色の髪の少女。


 二人が指切りを交わす瞬間の映像が、脳裏を過る。



「私は……開放(・ ・)する(・ ・)って、誓ったのに……!!」



 ダメだと分かっていても、次から次へと感情が溢れ出て来る。


 自分では、止められない。


 あまりの苦しさに、膝を突きそうになったその時。



「は~い。一人で抱え込まな~い」

「——ッ!!」



 ああ、今、一番聞きたくない声。


 声の主は少女の顔を両手で挟み、強引に自身の顔の直ぐ傍まで引き寄せた。


 左右白黒に分かれた髪。


 少女がいつも羨ましく思う、唇の左下に在るセクシーな小さいほくろが、今はイラッと来る。


 そして、赤縁眼鏡の奥で輝く白い瞳が、少女を映していた。


 小さい頃から知っていて、その頃から変わらぬ容姿で在り続けている彼女。


 何時から生きているのか、何時から日本に居るのか、誰も知らない。


 宇宙のあらゆる国々が、彼女の事を警戒している。


 だが、そんな女と、何時の間にか友になっていた。


 悪友……だが。


 読めない、喰えない、面倒臭い。


 そんな女。


 年下の自分が、どれだけ無下に扱おうとも許容してくれて、悩んだ時や辛い時はいつも痛い処を指摘して、「どうするの?」と冷や水を浴びせて来る。


 きっと今だって————



「で、どうするの?」



 ほら来た。


 分かっている。


 泣いても、喚いても、状況は変わらない。


 女はいつも少女に問う。


 悩む(いとま)も与えてくれず、見つめるその瞳は少女の心を急かすのだ。


 ねえ、どうするの?


 誰も待ってくれないよ?


 こうしてる間にも、事態は動いてゆくんだよ?


 だって、世界はキミ中心に回っていないもの!


 ねえ、ねえねえねえねえねえねえねえ!


 と、こんなコトを、いつも眼で語りかけて来るのだ。


 堪ったものではない。


 しかし、それでも、少女が答えを出したならば————



「……くそったれ。やってやるわよ。やれば良いんでしょ!?」

「相変わらず口悪いな~」

「性分なの!」

「ウチには良いけど、よそ様には、ね?」

「……『予言の者』の護衛、任務内容を確認するわ」

「あいあい。じゃ、検診の後で打ち合わせすっか!」



 そう。答えを出したならば、いつも力を貸してくれる。


 頼れる悪友。



「……ありがと」



 照れくささと悔しさと、諸々の感情を押し殺し。


 顔中真っ赤にして、少女はお礼の言葉を絞りだした。



「か~~んわいい~~!」



 少女の心情を知ってか知らずか……いや、知っていて、敢えてに決まっている。


 敢えて、いやらしい笑みを浮かべ、両手の人差し指をクルクル回しながら、少女を指差し挑発する白黒頭の女。



「フンッ!!」

「ベツ——!?」



 故にいつも、最後は顔面に重い一撃を入れられてしまうのだ。


 眼鏡だけは、死守するが。


 重ねて言うが、眼鏡を守れるなら避けられる筈……。


 白黒頭の女は、浅い湖に倒れ伏す。



「じゃあま、検診行くか!」



 しかしその直後、何事も無かったかのように起き上がった。



「効いてない!?」

「いや、結構なダメージよ?」



 振り向いた女の顔は、骨格の中心に向かって渦を巻く様に凹んでいる。


 絵面的にかなりホラーだ。


 しかも、声が渦の中心から漏れ出ていて……。



「こわ!?どうなってんのよソレ!?」

「自分でやらかしといて、この反応……ま、良いけど」



 顔を凹ませたまま、女は少女の手を取り歩き出す。



「いけいけどんどん!」

「止めろ!てか顔!顔元に戻して!」



 手を引かれる少女は、女のラボへと一直線。


 この後、検診に丸一日時間が費やされると、少女は知らない。


 ————時は、統合宇宙歴第5紀9999節9999年。


 世紀末。


 神話が日常となった、ある春の日の穏やかな午後であった。




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