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アポクリフ  作者: ヒゲクマ
序章 降臨ータンジョウー
1/31

序章の序章・前編





 この宇宙(せかい)には、大気の様に〝ふたつのチカラ〟が満ちている。


 ————【霊素(マナ)】。


 生物が取り込めば体内で魔力と変じる、自然界に流れる〝生命(いのち)そのもの〟に近いチカラ。


 ————【エーテル】。


 それ以下の存在は無く、結びつけば霊素と変じ、世界のありとあらゆるモノの中で、最も強いチカラを持つ。


 それは生命よりも、より〝根源的〟なチカラであるとされている。



「……起きなさい」



 唐突に、女の声が小さく耳元で響いた。



「……」



 だが、声を掛けられた本人は微動だにしない。



「ちょっと、起きなさいってば……!」

「もう少し……もう少しだけ、君のふとももを堪の————」



 やっと反応を示したかと思えば、この言い様。


 故に直後、強かな衝撃が、女の膝の上で寝ていた男の顔面に降って来たのである。





 ————生命体が魔力を発現させてより、130億年あまりの年月が過ぎた。


 【魔法】が生まれ、【魔術】が生まれ……科学技術が生まれて。


 それ等が結びつき、新たな技術体系を生んだ。



「悲しいかな、この世界は全てが魔力で廻っている……」



 覆面の神父が突然、カウンターの上で静かにそう呟いた。



「魔法や魔術は勿論————」



 ————魔法。


 自然界のあらゆるモノのチカラを借りて起こす、奇跡の様なモノ。


 ————魔術。


 魔法の手順を、『術式』という公式で簡略化したモノ。


 魔法と魔術、これらは似て非なるモノである。



「現代の世を支える先進技術、【魔導(まどう)科学】も然りである」



 ————魔導科学。


 科学に魔法を組み込んだ、ヒトの生み出した新たな技術体系。



「ああ、だが、実はコレが問題なんだ」

「は、はあ……」



 神父に銃を向けられて、両手を上げさせられている職員服姿の女性が、怯えた表情で相槌を打つ。



「何故だか解るかい、お嬢さん?」



 すると神父はおもむろに、女性にそう問うた。



「え!?あ……む、昔……魔導科学の技術で造られた物は、魔力をエネルギーにしてい、いたからです……」



 なんとか、彼女は言葉を絞り出す。



「その通り。今でこそ、いろいろなエネルギーで代用できるが、昔は魔術なんて無かったから、魔力をエネルギーにするしかなかったのさ。だから魔力の高い者は優遇され、低い者は虐げられた……」



 過去、そういう経緯(いきさつ)もあって——現在の魔導科学では、魔法の代わりに科学と相性の良い〝魔術〟を取り入れ、そちらが主流になっている。



「技術が進み、問題が解決した今でも、しかしその名残は色濃く残ってしまっている。何故だろうか?」

「え、えっと……」



 またもや質問を投げかけた神父。


 女性は流石に恐怖がピークに達し、口籠る。


 銃を向けられたまま。


 ましてや一般人。


 至極当然の反応であると言えよう。


 神父は怯える女性を見ながら、怒るでもなく、その覆面から覗く目を残念そうに細めた。


 彼自身、己の行いを自覚しているので、彼女の反応も予測の範疇であったのだが。


 その真意は定かでない。



「……魔導科学を生みだした銀河帝国の祖は、宇宙空間で生まれたという」



 すると、答えを得られそうにないと察したらしい神父は、自ら語り出した。



「え……?」

「生まれながらに〝完全な生命〟であったとされ……その名残か、今でも帝国の民は生身のまま宇宙空間で暮らし、呼吸する必要すらないそうだ」



 俄に始まった神父による銀河帝国史実(?)の講義実習。


 女性の困惑を余所に、彼の話は続く。



「そんな帝国の皇帝は、即位の際に【完全元素生命(エンテレケイア)】の名を受け継ぐらしい」

「エンテレ……ケイア?」



 かつて、アリストテレスが提唱した哲学用語。


 『完成された現実性』という意味を持つ言葉。


 可能性が、そのものの機能を十分に発揮できた状態で存在していることを、〝エンテレケイア〟と言うのだそうだ。



「帝国では、完全(かんぜん)元素生命(げんそせいめい)と呼ばれる……『種の原点にして到達点』、という意味を持つそうだよ」



 この時、神父はまた目を細めた。


 まるで忌まわしい者の名でも口にしてしまった、と言わんばかりに。



「不老不死の完全生命であり、霊素を視る事ができ、その流れを意のままに操る事ができたとされている」

「霊素を……」

「しかし、銀河帝国の祖はある日、肉体を捨て突如として高位次元に旅立った。理由は判らない。その際に残った肉体は、決して(・ ・ ・)壊す事の(・ ・ ・ ・)できない(・ ・ ・ ・)『太陽よりも巨大な水晶』になったそうだ」



 それは、まるで〝珊瑚〟の様な形なのだという。


 内部で光がオーロラの様に波打ち、今も尚、暗黒の宇宙にその輝きを放ち続けている。



「残された子孫達はその周りを囲むように街を築き、今では帝国の首都として栄えている。そして、()の大水晶は〝象徴〟として崇められている、と」

「……」



 女性は、神父が何を言いたいのか理解できずに困惑していた。



「似ているだろう?この国に在る、天御柱(アメノミハシラ)に」

「!」



 と、その問い掛けに、女性はハッとなり目を見開く。


 漸く示した彼女の反応らしい反応に、神父は瞳を輝かせ顔を近づけて来た。


 だが、女性は恐怖でますます身を竦ませてしまい、咄嗟に目を合わせまいと顔を逸らしたのである。


 すると神父は瞳から輝きを失せさせ、怒るでもなく、先程と同じく残念そうに目を細めたのだった。



「……ああ、でも、御柱は本物(・ ・)の樹(・ ・)だったね。壊す事ができない、という意味では同じだが……知っているかい?大水晶も天御柱も、本体の時間軸が我々の()る次元には無いそうだよ。だから破壊ができないんだとか」



 彼は直ぐに女性から身を引いたが。


 突然、蘊蓄(うんちく)を垂れだしたのである。


 あれやこれやと、大水晶や天御柱について語り続た。


 しかし、どうにも妙なのである。


 蘊蓄を垂れる神父の眼は、絶えずキョロキョロと周囲を舐めまわす様に動いており。


 まるで何かを探している様な仕草なのだ。


 蘊蓄は女性への当て付けとも取れるが、神父の目的が分からないので不気味である。



「……おっと、話が逸れたな。とにかくだ、銀河帝国の民はエンテレケイアの子孫。霊素を扱う事はできなかったが……皆、総じて高い魔力を持っていた」



 ふと余計なお喋りをしていると気付いた神父は、時間を無為に浪費したと言わんばかりに、無理くり話題の軌道修正を図る。



「我々の住まうこの銀河を治めている〝銀河連合〟も、元々は銀河帝国から独立した者達が作り上げた事は知っているかな?」

「は、はい……」

「では、何故独立したと思う?」

「え……あ、わかりませ……」

「逃げたのさ」



 神父は、女性の答えを遮るように言葉を被せた。



「に、げた?」



 その勢いに、つい、彼女は神父の言葉を反芻してしまう。



「そう、逃げたのだよ。魔力社会が生んだ魔力格差の弾圧から!」

「ひ……!」



 覆面から覗く神父の眼が狂気を帯び、ソレを感じ取った女性が小さな悲鳴を零す。



「魔力は個人差もあるが、基本は修練で高める事ができる。帝国の民は、挙って修練に励んだ。魔力を高め続ければ、何時か、より上位の生命体へ至ることができると……エンテレケイアに至れると、本気でそう思っていたから!!要は、〝先祖返り〟がしたかったのさ!」



 大水晶(げんぶつ)が、眼の前に〝象徴〟として燦然(さんぜん)と輝いていたならば、致し方無いのかもしれない。


 ————ダンッ!


 と、神父はカウンターを力任せに足で踏み付けた。



「……!」



 女性は、驚きと恐怖で悲鳴すら上げられずに硬直する。



「連合を作った者共はな!その競争から脱落した敗北者だったのさ!!にも拘らず!!逃げた先でも繰り返した!!」



 ヒトの心の奥深く。


 根付いたソレは、茎を刈り取ったとしても、また芽吹く。



「魔力格差という忌まわしい因習から逃れる為に、わざわざ違う銀河へ移り住んだというのに!!同じ事を繰り返したのだよ!!」



 銀河から銀河へと、途方もない旅路の中、人々が精神の均衡を保つ為に取らざるを得なかった苦肉の策。


 と、言えば聞こえはマシだろう。


 誰だって、自分は大切だ。


 傷付きたくないから、傷付く前に他者を傷付ける。


 その方が、楽だと知っているから。


 罪悪感さえ呑み込んでしまえば、余計な事を考えなくて済むから。


 仮にそれが嫌になり、その場から逃げ出したとしても————


 ()が残っていれば、草がまた生えて来るように。


 自分自身が変わらなければ、何処に行こうとも必ず、同じ事を繰り返すのだ。


 それが、未だ宇宙(せかい)から魔力格差の差別が無くならない理由である。



「この銀河に住まう連中がやっている事は、目糞鼻糞の貶し合いだ!!何故繰り返す!!何故学ばない!!何故、違う銀河ですら広めるのだ——差別をッ!!そんな事ならば魔導科学など、捨て去ってしまえば良かったものを!!」



 ————ズガンッ!!



 直後響いたソレは、岩を砕いたような破壊音だった。


 自身の口上に熱が入り過ぎてしまった覆面神父が、銃の引き金を引いたのである。


 神父の持つ銃は、この時代に似つかわしくない実弾式の拳銃だった。


 現在の主流は、レーザーなどを放つ光線銃。


 コンビニ強盗をするような、ちゃちなチンピラですら光線銃を使っている。


 故に、わざわざ実弾の銃を使うという事は、何かしらの意味が(・ ・ ・)有る(・ ・)のではないか、と。



「……ッ!」



 幸いにして、女性は無事だった。


 しかし、彼女の髪を掠めたソレは、後方に在る壁に巨大な風穴を開ける程の威力を持ち合わせていたようで。


 穴の大きさは優に、人の二、三人は呑み込んでしまえるであろうという代物であった。


 やはり、ただの銃ではなかったらしい。



「……いいや、捨てられん。捨てられる筈もあろうかよ」



 途端、熱が引いた様に声のトーンが落ちた覆面神父。


 見れば、彼の手に握られていた銃は、その形状を変化させていた。


 およそ、銃と言うにはほど遠い————


 流動し、蠢く金属は蛇の如く。


 其れは神父の腕に巻き付いて、まるで生き物の様であった。



永久機関(・ ・ ・ ・)、などという物を手にしてしまっては、な……」



 呟く神父の虚ろな瞳が、怪しい眼光を放つ。





 ————ところ変わって。



「野郎!ハジキやがった!!」

「警部!落ち着いてください!!」

「離せナイチチ!!アタシはもう、我慢ならん!!」

「セクハラの現行犯でブチ込むぞゴラッ!!上司だからって部下嘗めんなよ!!?この牛チチがッ!!!」

(どっちもどっちだよ……)



 と、二人の刑事の言動に、周囲を取り囲む警官達が心をひとつにしている此処は、とある大手銀行(・ ・)の真ん前であった。



「クソが!!あの覆面神父このヤロウ!!たかだか銀行強盗如きが調子こきやがって!!」



 白い特攻服を身に纏い、黒く長い髪を翻し、サラシで締め付けた豊満な胸を荒ぶらせる女性刑事。


 背中に『公務執行』の文字を背負い、監視カメラの映像を映し出す立体映像のモニターを睨み付けるその眼光は、子供なら失禁ものである。



「いいえ、警部。アイツ等、ただの銀行強盗じゃないですよ!」



 そんな彼女を背中から羽交い締めにして、暴走を引き留めているスーツ姿のスレンダーな女性刑事は、なんとか気を逸らそうと犯人たちの情報を伝えることにした。



「ああん!?『ただ』も『有料』も、銀行強盗は銀行強盗だろうが!!ナイチチ!!」



 しかし、彼女の思惑は特攻服(とっぷく)女刑事の暴言で、()くも容易く瓦解したようである。



「うるせぇ牛チチ!!ホント口悪いな!!つか、話聞けやッ!!いいか!?調べによると、あの野郎共……『暁の夜明け』とかいうテロリストなんだよ!!」

「……なんだ、その、『頭痛が痛い』みたいな頭の悪いネーミングは……?てか、何でテロリストが銀行強盗やってんだよ?」

「知りませんよ!頭痛いから……じゃなくて、悪いからじゃないです?でも、妙なんです」

「妙?」

「あの頭悪い連中は、魔導科学の廃止を謳い、ヘイトスピーチなどの迷惑行為や軽犯罪を繰り返すだけのなん(・ ・)ちゃって(・ ・ ・ ・)テロリストだったんですよ。ですが、連中が今手にしている武器(ブツ)!アレ、本物の【聖異物(マキナ)】なんです!!」

「何だと!?」



 ナイチチ……スーツの女刑事が言うところのマキナとは。


 異世界(・ ・ ・)の技術で造られた、古代の遺物である。


 その多くが、宇宙に点在する様々な先史文明の遺跡から出土した物で、魔導科学や通常科学とは異なる技術体系で構築されており、解析すら不可能な物ばかり。


 危険な兵器も多く、宇宙という広大な範囲を全て管理できよう筈もないので、横流しから密売、密輸が後を絶たないのである。



「冗談じゃねぇぞ、おい!犯人は五人……その全員が持ってるあの銃、全部がマキナだってのか!?」

「あの特殊なエネルギー反応から見ると、そう……みたいですね」

「一体どうやって用意しやがったんだ!?いくら何でもマキナ五つなんざ、戦艦買う方が安いぜ!?」

「知りませんよそんなの!他の課の連中に訊いても大金が動いた様子は無いって、そもそも連中がそんな大金持ってるとは思えません……」

「チッ!細かい調査は後だ!なんにせよ急がねぇと!〝()セン〟の連中が出張って来る前に決着を付けなきゃならんぞ!」

異先史篇(いせんしへん)調査対策管理局……通称、〝異セン〟。異世界絡みの事件に首を突っ込んで来るハイエナ共ですか」



 異先史篇調査対策管理局。


 通称〝異セン〟と呼ばれるその組織は、銀河帝国の在る銀河と、銀河連合の在る銀河の間————


 銀河と銀河の間に存在する暗黒空間に、その本拠地を持つ。


 銀河帝国・銀河連合のどちらにも属さず、永久中立の立場である事を条件に、両陣営での調査権限を与えられており。


 異世界絡みの事件のみを扱い、またその事柄に対し、一部絶対の権限を有する特殊機関である。



「奴等に現場を荒らされて堪るか!マキナの回収しか頭に無い連中だぞ!」



 異センは『嫌われ者』だ。


 それについては先程言った、彼等に与えられている『絶対の権限』が関係している。


 その権限とは————


 聖異物(マキナ)回収の現場でのみ、あらゆる指揮系統に対し『総括的(そうかつてき)権限(けんげん)』を得る……というモノで。


 つまり。



「素人に現場の指揮権を奪われる!!」



 と、いう事だ。



「そしたらどうなるかなんざ、目に見えてんだろうがよ!!連中、人質なんざ御構い無しに、突撃するに決まってるじゃねぇか!!」



 パトカーの屋根に拳を打ち付け、目を細めて歯ぎしりする特攻服女刑事。



(たく、どうなってんだよこの間(・ ・ ・)から!『聖域』でビッグバン規模の次元震が観測されるわ、『不落監獄』の一部が消滅するわ……〝祭り〟も近いってのに、妙な事件ばっかり起きやがる!!)



 監視映像を睨み付ける特攻服女刑事の顔には、嫌な汗が滲んでいた。





 悲鳴が、銀行のメインホールに響き渡る。


 神父の放ったマキナの衝撃に、ホール内に居た人質たちの緊張の糸が切れてしまったのだ。



「……マ、マキナ!?」



 職員服の女性は、神父の腕で蠢いているソレを、目を見開いて凝視している。



「そう、マキナだ。コイツは射線上に在る霊素を〝食う〟……すると霊素の真空地帯が発生し、そこに周囲の霊素が流れ込む。その時に生じる流れが、一種の『圧縮現象』となって、射線上にさっきみたいな破壊を生み出すのさ。おまけに流れが霊素を乱すから、真面な魔術は発動しなくなるのだよ」



 神父の説明を耳にしながら、女性は大きく抉れた壁を確認した。


 途端、恐怖が込み上げ、腰砕けになり意識を手放しそうになる。



「おっと、まだ気を失って貰っては困る」



 すると神父の腕に巻き付いていたソレが、触手を一本伸ばして女性を支えた。



「ひぃ……!!」



 途端、女性は小さな悲鳴を上げ、飛び退いて数歩後退る。



「そんなに怖がらないでやってくれ。コレこそが、このマキナ本来の形。霊素を食らい、システムを起動させた、正常な状態なのさ————」

『わあああああああああああああああああああああああああああ!!!』



 人質たちの悲鳴が、神父の言葉を遮った。


 額に青筋を浮かべた神父は次の瞬間。



「おい!後ろを静かにさせろ!」



 声を荒げ、背後にいる仲間たちに指示を飛ばしたのである。



「それは良いがよ……口上垂れてねぇで、さっさとやる事やろうぜ!神父様!」

「分かっている。だから、そいつ等を静かにさせてくれ」

「ヘイヘイ……畏まりましたよっと」



 仲間は、神父が指示を出すことに不満を持っている様子だったが……。


 それでも、目的を遂げようとする意志だけは固いらしく、不承不承ながらも彼の指示には従った。



「オラッ!静かにしねぇと、コイツをテメー等にもブチ込むぞ!!」



 人質たちを囲んでいた三人(・ ・)のテロリストは、神父と同じ様に銃の形状を変化させる。


 その時、やはり銃の射線上に在った床や柱の一部が破壊された。


 破壊と引き換えにする様に、流動する金属が蛇へと変じ、彼等の腕に巻き付く。



『……ッ!!!』



 その破壊とマキナの異様に、悲鳴を上げていた人質たちは俄に静まり返る。



「……さて、お嬢さん。外野が静かになった所で、君に訊きたい事が有るのだが?」



 ようやく静かになったと、神父は小さく溜息を吐きながら女性に向き直った。



「へ……え?な、何……」



 女性は、あまりの恐怖でやはり上手く舌が回らない。



「落ち着きなさい。私が訊きたいのは、〝要石(かなめいし)〟は何処か……という事だけだ」

「要石……?」

「そう、在るのだろう?この銀行に。調べは付いている」

「?」



 女性は咄嗟に、隣で同じ様に人質にされていた責任者の男性を見た。


 彼なら何か知っているかもと、助けを求めたのだ。


 だが、女性の視線に気付いた責任者の男性は、首を左右に大きく振るばかり。



「ふむ……さて、その否定はどちら(・ ・ ・)なのか」



 男性の反応に、神父は顎に手を当て思案する仕草を見せる。



「『言うな』か、それとも『知らない』という意味なのか……」



 女性も、責任者の男性も、思案中の神父の一挙手一投足に固唾を呑んだ。


 この時ばかりは、唾を飲み込む嚥下(えんげ)の音すら煩わしく思えて。


 と、その時。



「まあ、脚の一本でも失えば吐くだろう」



 ————ゴリュッ。


 それは形容し難い、実に不快な、嫌悪感を催す音。


 何かを無理矢理に引き千切った様な、力任せに潰した様な、そんな音。


 脚が。


 責任者の男性の脚が、流動する金属の蛇に食い千切られていた。



「————え?」



 女性の頬に液状のナニカ(・ ・ ・)が飛んで来て、短い疑問の声が発せられたのと同時。



「いギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」



 野太い断末魔の如き悲鳴が、メインホール中に響き渡ったのである。



「五月蠅い。〝痛覚遮断〟が利いているだろう?」



 それは、現代では誰もが持ち合わせているモノ。


 体内のナノマシンが持つ、生命維持機能の一つである。



「ぐ、うぅう……!?な、何故!?痛覚遮断が機能していない!し、止血もできないだと!?」



 脚を食い千切られた男性は、パニックに陥っていた。


 本来機能するはずのシステムが、一向に作動する様子をみせないのだ。


 滲む脂汗。


 溢れ出し、飛び散る血飛沫。


 言葉にしようも無い激痛が、電流の様に傷口から脳髄へ駆け抜ける。


 それでも、回らない思考をフル回転させ、痛覚遮断とナノマシンによる止血が作動しない理由を、男性は必死に探した。


 彼の精神が均衡を保つ為に行った、一種の現実逃避である。



「……む?ああ、成る程。やはり恐ろしいな、異世界の遺物(マキナ)という物は」



 すると、男性を見つめていた覆面神父は、何か思い当たる節でもあったのか、自身の腕に纏わり付く金属の蛇を睨み付けて呟いた。


 そんな神父を、恐怖に染まった瞳で茫然と見つめる職員服の女性。



「ははは……そんなに怯える必要は無い。お嬢さんに、あんな(むご)い事はしないよ」



 女性の視線に気付いた神父は、まるで彼女を安心させる様に、覆面の上からでも判る頬笑みを目で表現し、そう言った。



()るなら、ひと思いに神の元へ送ってあげるさ」

「————」



 しかし、直後に発せられた死刑宣告に、女性はもはや声も上げられず。


 悲鳴にならない悲鳴を、心の中で上げる。


 その時、また思わず体勢を崩してしまい、マキナが来ては堪らないと、身を支えるべく手近に在ったパネルになんとか手を突く。


 すると————



〈24番のお客様、8番の窓口までお越しください〉



 その場に似つかわしくない、呼び出しのアナウンスがホールに流れたのである。


 8番窓口。


 それは正に、覆面神父と職員服の女性が対峙している場所であった。



「す、すみません!すみませ……」



 女性は慌てて、アナウンスを切る。



「構わないよ。それよりも、そろそろ要石の在処を彼に訊いてもら————」

「すいません、新しく口座を作りたいんですけど」



 俄に、〝男の声〟が覆面神父の言葉を遮った。



『————!?』



 神父は驚いて振り返る。


 だがそれは、その場に居た人質やテロリスト、全員の反応でもあった。



 ————男が、立っていた。



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