姉の思い
お隣さんが俺の姉……。
そのことがわかってから数日が経ち、俺は未だに信じられないでいた。
顔や声、名前すら覚えていない。
そんな姉に会うためにわざわざ叔父さんや叔母さん、義妹の反対を押し切って東京に来た。
唯一の写真を手がかりに探そうにも、写真に写った俺たちが幼すぎるため見つかる可能性なんて無いと自分でも思っていた。
それでもたった一人の家族が居ると聞いて俺はどうしようもないくらい会いたくなってしまったのだ。
会うことさえ出来ればきっとその先はなんとかなる。
そんな甘い考えをしていた。
しかし、実際出会えた時俺はやっと会えたという喜びじゃ無く、本当に姉なのかという不信感を強く抱いてしまった。
それと同時に、なんで目の前に居たのに信じることが出来ないのかという自分への怒りも込み上げてあの日以来ぎこちない接し方しか出来なくなっていた。
だからといってずっとこんな事を考えてばかりでは進まない。
「よし!」
悲観的な考えをしていた自分を払拭しようと頬を二回強く叩く。
朝食の片付けをしていると家の扉をノックする音が聞こえた。
扉を開けるとそこには先輩が立っていた。
「先輩、おはようございます」
「ねぇ、なんでそんな他人のような接し方なん? 私、九十九のお姉ちゃんやで?」
「俺は……。 俺はまだ――」
「まだ、認められへんから?」
「?!」
先輩の一言に言葉を詰まらせる。
「べっ、――」
別にそんなんじゃない。
思わず出そうになった言葉を飲み込む。
実際認めていないわけじゃない。
ただ、信じ切ることが出来ないだけなんだ。
同じような感じだと言われてしまえばそうなのかもしれない。
結局どうすれば良いのかわからない。
わからないだけなんだ。
「私だって急に弟が現れて凄くびっくりしたし、疑ったりもした。 でも、この写真大事に持ってたんだって思うとやっぱり弟なのかなーって思ったの。 それに、私はお姉ちゃんなんやし今まで姉らしいことなにも出来んかったからまずは信じてあげるところから始めるべきなんやと私は思ったの。 ほら私直ぐドジ踏むやん? だからお姉ちゃんらしくないかもしれんけど、それでも私は九十九のお姉ちゃんでありたいと思ったの」
この人は突然何を言い出すんだろう。
こんな事を言われて尚、俺はまだ迷っている。
目の前に俺の事を信じようと努力を始めている人がいるのにまだ迷えてしまう。
自分情けなさに笑いが込み上げてしまう。
「情けない……」
ふと声に出てしまった。
何が?と言ったように首を傾げる先輩。
一体俺はどうすれば良いんだ……。
わからないものが更にわからなくなってしまった。
そんな俺の考えを見透かしているかのように先輩は口を開く。
「九十九が何に悩んでるんかわからへんけど、何もかもがこれからなんよ。 私が九十九の事わからんように九十九も私の事わからんよね? せやから、何もかもがこれからなんよ。 これから、二人で二人なりの姉弟になれば良いんよ。 一緒に頑張ろ? ね?」
一体先輩に俺は何を言わせているのか。
このままで本当に良いのか? 良いわけがない。
じゃあどうするんだ? わからない。
わからないで終わって良いのか? それじゃ、だめだ。
なら、どうする? わからないなりに頑張る。
自分の中で繰り返される自問自答を受け止め、俺は先輩の方を見る。
「先輩、俺。 俺もわからないなりに頑張ります」
「うん! その息だよ! ただ……、その先輩って呼び方辞めへん? 後、敬語も」
「ね、姉ちゃん……」
「い、今何て言った?」
「なんも言ってない!」
「お願い、もう一回言ってよ」
「嫌だ!」
「なんでよ〜」
「恥ずかしいから」
「じゃあ、せめて名前で呼ぼうよ」
「そ、それならまだ……大丈夫だと思う……」
「なんで、そんな自信なさげなのよ。 じゃあ、一回呼んでみよう!」
「優衣……」
「おぉ〜。 もう一回!」
「優衣」
「いいねいいね」
この後、何回も呼ばされた。
何故か俺は今優衣の家にいる。
晩ご飯を一緒に食べようと誘われたのを断ったはずなのだが、強引に連れられて今に至る。
まさか、玄関の前で駄々を捏ねられると思ってもいなかった。
周りの目もあっただけに足蹴に出来ない状況に追い込まれた気しかしないが、やむを得なく承諾したのだ。
なんとも言えない空気のせいか居心地が若干悪い。
優衣の事を妙に意識してしまって、落ち着かない気持ちになってしまうのだ。
軽いため息をつきつつも、優衣が作り終わるのを待っている。
手伝うと言ったのだが、そこははっきりと断られてしまった。
「きゃっ」
優衣の悲鳴と同時に何かが割れる音が聞こえる。
何が起こったのかと慌てて台所に行くと食器が割れていた。
その場に座り込んでしまっている優衣は何故か涙目になっていた。
「優衣、早く片づけないと」
「わ、わかっとるけど……。 九十九がおるのにまたドジ踏んじゃったって思うとなんだか悲しくなってきて」
「何が言いたいのかよくわからんが、取りあえずこれ片付けようよ。 箒とか何かこれを片付けられるようなものある?」
「あるよ……。 食器棚の隣に少し小さな棚があるでしょ? そこに、箒とちり取りが入っとる」
あ、あるんだ……。
ここに置いてあるってことは良く割ってるのか? なんて疑問が浮かぶが流石にそんなことは無いだろう。
割ってしまった食器を片付け、俺はテーブルに戻る。
戻るとき優衣が 「今月三枚目だ……」 と言っていたように聞こえたが、聞かなかったことにした。
それから待つこと約十分テーブルの上には料理が並んでいた。
当然運ぶのは手伝わせて貰った。
料理はかなり美味しかった。
どんな形であれ、誰かに作って貰ったのを食べる料理は非常に美味しく感じた。
家に居たときは、小学生の頃から料理を手伝わされていて小学5年生の時には家の料理は俺が作っていたため誰かに作って貰ったのはほんとに久しぶりだった。
「どう? 美味しい?」
「うん。 美味い」
「良かったぁ」
不安そうにしていた表情が一気に明るくなる。
嬉しそうにしている優衣の姿を見ていると思わず、笑ってしまう。
たったこれだけのことでこんなに嬉しそうにしているのが面白かった。
食事中の会話は少しぎこちなかったが、それなりに楽しんで過ごした。
「と、泊まって行っても良いんだよ」
「家隣だし、泊まるのは恥ずかしい」
「そう……」
「そんな、残念そうな顔するなよ。 いつか、一緒に住もう」
「うん!」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ。 あ、九十九」
「なに?」
「いつか、お母さんとお父さんのお墓参り一緒に行こうね」
「そうだな。 無事、会えましたって報告しにいかないとな」
二人はそれぞれの家に戻る。
お互いの距離感がまだいまいちつかめていない九十九と優衣は、一歩ずつ進み始めたのだった。
はい、恋夢です。
今回は自分の先輩かつお隣さんが姉だと発覚して戸惑う九十九に姉である優衣が自分の思いを伝える感じの話になってます。
関西弁って意外と文字にすると書くのが難し感じました。
実際に話すだけなら簡単なのに何ででしょうね。
それではまた次の作品でお会いしましょー!