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紫陽花シリーズ

銀糸に映るは紫陽花色

作者: 立川梨里杏

3作目です。梅雨ですね。

しとしとと雨が降っていた。

紫陽花が咲き誇る中庭の奥。小さな秘密の小屋。二人身を寄せ合って声を潜める。

まるでこの世界に二人だけ。

古びた本の匂い、手触りの良い毛布、ぼんやりと照らすランプ。

茶色の髪に、緑の瞳。

私はそんな時間がいっとう好きだった。



「ようこそ、いらっしゃいませ。旦那様」

銀糸のような髪に、紫の瞳。蠱惑的に微笑む紅い唇。ここは娼館。今日も私は目の前の客に一晩の夢を売る。


私は幸せな子供だった。由緒ある侯爵家の一人娘。婚約者は代々親交のあった侯爵家の次男。茶色の髪に緑の瞳は、本人はありふれていて嫌だと、私の金の髪がとても綺麗で羨ましいと言っていたが、私はその優しげな色合いがいっとう好きだった。

私たちはいつも一緒だった。晴れの日は一緒にブランコで遊んだし、ピクニックもした。雷の日は二人で身を寄せ合った。雨の日は二人だけの秘密の小屋でひそひそ話をした。

そんな日々。とても幸せだった日々。ずっと続くと思っていた日々。

そんな日々は突然終わりを告げた。


お父様とお母様は捕らえられた。何も悪いことはしていないのに。屋敷はどうやら売り払われるらしい。大勢の知らない大人が私を取り囲み、どこかへ連れて行こうとする。

屋敷の中の物は全部奪われてしまった。お父様が大好きだった絵画も、お母様が大事にしてたドレスや宝石も、全部奪われてしまった。中庭に咲いた紫陽花は踏み潰され、ぐちゃぐちゃに泥を被る。あの秘密の小屋も取り壊されてしまった。

やめて、やめて、私の世界を壊さないで!

誰か、誰か、助けて!!

暴れる私を大人たちが抑え込む。変な匂いのする布を嗅がされた。

茶色い髪に緑の瞳を思い浮かべて私は届かぬ手を伸ばした。

「ステフ……」




手を伸ばしながら跳ね起きた。薄い夜着が寝汗をぐっしょりと濡らしている。

あの日の事を思い出すのはいつぶりだろう。

あの人が褒めてくれた髪も無残な銀色に変わってしまった。あの人はどうしているだろうか。きっともう私のことは忘れて新たな婚約者を迎えているだろう。もしかしたらもう結婚もしているかもしれない。そう思うと胸が張り裂けそうになって涙がどうにも止まらなくなる。窓の外の月を見上げる。あの人も同じ月を見ているのだろうか。月はとても綺麗で、私の醜さを余計に照らす。

しとしとと雨が降っていた。



「おい、ステファン。月なんか見てどうした。けっ!色男がやると嫌味にしか思えねえんだよ!」

何とはなしにふと惹かれて月に見入っていると、五月蝿い同僚がやってきた。

「五月蠅いな。別にいいだろ。そんなんだからお前はモテないんだよ」

そう言い返すと、図星だったのか相手はムキになる。

「なっ!?そういうお前だって娼館に入り浸ってんじゃねえか!」

「僕は人を探しているだけだ」

「またそんなこと言って、もう5年もそう言ってるじゃねえか!婚約者も作らずによ」

そう、僕は長いこと人を探している。金の髪、紫の瞳、僕の愛しい婚約者、アマーリエ。8歳の頃、あの子の家は無実の罪を被せられて取り潰された。あの子は娼館に売られたと聞いて深い絶望に見舞われた。今でも知らない男と共に夜を過ごしているのかと思うと想像しただけで腸が煮えくりかえりそうだ。あの頃はどうすることも出来なくて、僕も、僕の両親も揃って断腸の思いをするしかなかった。しかしもうすぐで君の家の無実の罪が晴らされる。君を陥れた敵はもう全部排除した。両親も僕が君を見つけ出すまで結婚の話は待っていてくれている。だから、ねえ、姿を見せてよ。君はどこにいるの?アマーリエ。


同僚に連れて行かれたのは国一番の娼館。ここで探しても見つからないなら他の国へ行くしかないと避けていた所だ。しかし、もう現実から目を背けていてはいられない。




「ねえ、今日精鋭部隊の騎士サマがお越しになってるらしいわよぉ。お二人らしいのだけど、どちらも男前なんですって!

「それ、本当なの〜?

一度でいいから抱かれてみたいわぁ」

皆が浮き足立つ中、私が想うのはあの人のことだけ。あの人は憧れていた騎士になれたのかしら。

お偉いさんを接待するのは元貴族で作法がしっかりしている私が呼ばれることが多い。この日も例に漏れずそうだった。そのため他の子からはやっかまれるのだけれど、できることなら変わってほしい。私が想うのはあの人だけなのだから。



金髪に紫の瞳はこの娼館にもいないそうだ。絶望感に見舞われたまま去ろうとすると、どうしてもと引き止められこの娼館で一番の娼婦の元へと通される。

扉を開ける。長い見事な銀髪を垂らし、俯いている。

「顔を見せてくれないか」


促すとゆっくりと顔を上げる。紫の瞳と目が合う。息を呑んだ。



扉が開かれる。私は慌てて顔を俯ける。高貴な人とは許しを得るまで目を合わせてはいけないのだ。

「顔を見せてくれないか」

その声は不思議と心地がよく、私は声を噛みしめるようにゆっくりと顔を上げた。

そこには。

茶色の髪と緑の瞳。整った顔は幼さが抜けて精悍になった。あの頃は私の方が背が少し高くてそれを気にしていたのに、あの頃より遥かに高くなった背。

嗚呼。嗚呼。嗚呼。

何ということ。見つけられてしまった。

「アマーリエ……」

名前を呼ばれ、慌ててシーツの中にくるまる。

「アマーリエ?」

「来ないで!!!」

ずっと会いたかった。見つけて欲しかった。

決して会いたくなかった。そのまま忘れて欲しかった。

「アマーリエ?どうしたの」

「いや……私を見ないで。こんなに穢れてしまって惨めな私を貴方にだけは見て欲しくなかった……!」

震える私をステファンは優しく抱きしめる。

「君は穢れてなんかいない。確かに君と過ごした男達のことを考えただけで気が狂いそうになるけど」

更にきつく抱き締められる。

「ずっと探していたんだ、君を。どうか君の 側にいさせて。」

瞬間、涙が溢れた。一度溢れたら止まらなくて、ステファンはそんな私の背中を私が泣き止むまで優しく撫でてくれた。


「ありがとう、ステファン。あなたと再会できて嬉しかったわ。」

笑わなきゃ。もう彼を解放してあげなきゃ。

「まるで別れの言葉みたいに言うんだね」

ステファンは不満そうだ。

「でも、私は娼婦だし、貴方は侯爵家のご子息よ。住む世界が違うわ」

ステファンが懐から紙を取り出す。そこには、アマーリエの家が完全なる無実であったこと、また侯爵家を復興させる旨が書かれてあった。

「これ……」

「まだ公式な文書じゃないけど、直に陛下から勅命が下る。邪魔な奴らも全部排除した。」

信じられないような気持ちでステファンを見上げる。

「でも……これって……そしたら」

「もう何も憂うことはないんだよ、アマーリエ」

ステファンは優しく笑う。それでも。

「でも……貴方にはもっと相応しい人がいるわ。一度娼婦に落ちた私なんて……」

「僕の愛しいアマーリエを貶すのは君でも許さない。愛しているんだ、アマーリエ。君以外考えられない。どうか僕と結婚してください」

私はもう迷わなかった。


彼が私の髪の毛を梳く。

「もう元の色には戻れないのかしらね……」

私がそう呟くと、

「銀色が反射してまるで月の精みたいだ」

彼が髪に口づけをする。

「もう、金色が素敵って言ってたじゃない」

「君の髪なら何色でも素敵なんだよ」

そう言うと私のお腹を愛おしげに撫でる。

新しく家族が増えるとき、きっと紫陽花が咲き誇っているだろう。

時系列を説明します。

アマーリエ、ステファン8歳。

アマーリエ、娼館に売られる。


ステファン10歳。

騎士団に入る。


ステファン14歳。

娼館でアマーリエを探し始める。


アマーリエ、ステファン19歳。

再会する。


ステファンの同僚が5年と言っていたのは、娼館で探すようになってからの5年です。

分かりにくくてすみません。


読んでいただき、ありがとうございました!

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