14フレーム目 『仮の時間なんてない』
「またいつか会おうね」
これを何度聞いただろう。
それなら、まだ、
「もう会えることはないね、さよなら」
と言われた方がましだ。
私は親の仕事の事情で、何度か引っ越している。
せっかくクラスの子たちと仲良くなっても、
一緒に遊んで思い出を積み重ねても、
あの子の好きな食べ物を聞いても、
あの子の名前を憶えても、
無駄なのだ。リセット。連絡先も、消す。
どうせこの端末には、当たり障りのない言葉しか来ない。
あらゆるものが「仮」である。
そんな私だから、いつからか転校して、新しいクラスに
入っても、仏頂面になっていただろう。
「豊岡サエカです。よろしくおねがいします」
終わり。このクラスだって、自分がいついなくなるかわからない。
仮の場所だ。今から座る椅子だって仮の椅子。仮の机。仮の授業
仮の友達。仮のクラス。そして、仮の、時間。
「つまんねえ顔してるな」
隣の席の男子が何か言って来た。
私は前髪を少し払いながら振り向き、無言で男子をにらみつける。
男子は髪を銀色に染めていて、クラスの中では
明らかに浮いた存在のようだった。
その日の授業が終わり、私は帰宅する準備をしていた。
当然誰に話しかけるわけでもなく、さっさと帰る。
「キミは渡り鳥にでもなってるの?」
さっきの銀髪の男子が声をかけてきた。
「何」
「鳥は好きだけどな、オレ」
「帰るんだけど」
「俺は明日で転校だ」
私は返した踵を止める。
「じゃあ尚のこと、私と話すことはないんじゃない?」
「そんなことはねえ」
すると銀髪の彼は、私についてきた。
学校から出て町を歩く。この町は四方を山に囲まれていて、
最寄りの駅の周辺以外は田畑が広がる。いわゆる田舎である。
私たちはその「田舎」の道を歩く。
銀髪の彼は、砂沢と名乗った。
「すぐに忘れる、と思ったろ」
「明日にはわすれてやるよ」
「ひどいな」
「キミの銀色の髪は忘れないかも、数日」
「そうかい」
駅前のコンビニ付近まで私たちは歩いた。そして彼は言い出す。
「明日で転校ってのは嘘でさ」
彼は続ける。
「実は今日までなんだよ」
「えっ」
思わず私は声がでてしまった。
「このあとの電車で新しい家に行くんだわ。隣の県だけどな」
「…そうなんだ、みんなとお別れはしたの?」
「別に友達いないし、微妙だな。この感じは。
自分が誰にも何とも思われてない感じ、気にもかけられていない感じ」
「…」
「そんな状況を俺も気にしてないと思いつつさ、実は気にしてる」
「…私を誘ったのは」
「どんだけクソッタレな一日でも、仮の一日なんて
一日もないんだ」
「一日も?」
砂沢は私の問いかけを無視して改札を通る。
「じゃあな、ところで名前なんだっけ、キミ」
「豊岡、サエカ だよ」
「じゃあな、豊岡。数日ぐらい覚えといてやるよ」
と言って、砂沢は手を上げ、背を向けてさっさと行ってしまった。
数日ぐらいなら良いか、許すわ。と私は思った。
ところで、その日から2週間ぐらい経つ。
クソッタレな日だったから覚えている。
相変わらず私は仏頂面だが、それでも友達はできた。
たった2週間ぐらいでも、すでにほかにもクソッタレな日は何日かあったが、
もう少しだけ、仮ではない一日の感じを、味わってみようか。
あの銀髪男子の苗字、もうすぐ忘れそうだな。