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第四章「サーティファイ」―3

「……ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!」

「三!」

「いや、わけ分かんないですよ、ナイフなんて!」

「二!」

「何なんですか、この危ない状況は!」

「一!」

「だ、だから話を――」

 ――ヒュンッ

 風を切る音が聞こえた。

 動き出す、すべてのナイフ。

 僕は思わず床に伏せた。

 ――カカカカカッ

 耳元で乾いた音がする。そろりと右目を開けると、光を反射する刃。目の前の床にナイフが突き刺さっている。

「――ひっ」

「ふふふ、駄目だよ。何か手を打たなくちゃ。じゃないと、わざわざ俺達がこれを準備した甲斐がないじゃないか」

 どこまでも嬉しそうに楽しそうに愉快そうに、クルト先輩は言う。

「ほら、次行くよ?」

 まるで子供をあやすような声音で言いながら、先輩はパチンと指を鳴らす。すると、またさっきと同じように壁からナイフの群集が現れた。

「――な、ま、また!」

「ゴーッ!」

 クルト先輩の掛け声に呼応し、ナイフが僕を目掛けて飛んでくる。

 僕はまた、反射的に床にうずくまった。

 ――カカカカカカカカカカッ

 僕の頭の数センチ向こうに、数十本のナイフが剣山のように隙間なく突き刺さる。僕は上体だけ上げ、地面にへたり込んだまま腕だけであとずさった。

「ほらほら、早く何とかしないと。柊木君、君、学生証持ってるんでしょ? 早く取り出さなきゃ。それじゃ何のための『魔術』か分からないよ?」

 くくっと笑い、先輩はまた指を鳴らす。今度は、さっきの倍くらいの数のナイフが表れた。空中でぴたりと静止し、僕の周囲を隙なく、隙間なく囲っている。

「ふふふ、今度はもう、逃げ場はないよ?」

 机に片肘をついた先輩が、僕の方を覗き込むように見ている。乖離はその横で、完全な傍観者の顔。これを止めようなんて意思は、微塵も感じられない。

 僕は慌ててポケットから学生証を取り出した。

「くくくく。そう、そうだ。――――じゃあ、いくよ?」

 先輩が言い終わるか終わらないかのタイミングで、ナイフが動き出した。

 ――この状況で、僕はどうすればいい?

 その切っ先が、僕に向かってくる。

 ――僕は。

 ナイフは無機質に無感情に、距離を詰めてくる。

 ――どうすれば。

 空気を裂く音が耳に届いている。

 ――僕は、僕は、僕は、僕は、僕は。

 刃は、もう目の前にある。

 ――どうすれば、どうすれば、どうすれば、どうすれば………………どうすれば?

 そう思っている内に、ナイフが僕の額の肌に触れ、鋭い感触が脳に達し、そして――


 ――ふっと、跡形もなく消え去ってしまった。


 辺りは一瞬で、静寂に包まれた。しんと静まり返った部屋。聞こえるのは、

「……………………………………………はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

 僕の乱れた呼吸だけ。

「……どうやら、不合格のようだね」

 クルト先輩は椅子に座ったまま、残念そうな表情を作って言った。

 周りを見渡すと、床に突き刺さっていたはずのナイフまで消えている。

「そう、このナイフは『魔術』で作った幻覚だよ。……ん? 幻覚なのに床に穴が空いてるって? ふふ。『魔術』のレベルを上げていけば、実存のものとほとんど変わりない幻覚まで作れるんだよ。ここまでやるのにもそれなりに苦労したんだから。…………まあ、しょうがない。別に君に罪があるわけじゃないしね。これはしょうがない話だ。うん。残念ながら、君は不合格だね」

 ふうっと息を吐きながら、クルト先輩は苦笑で言う。

 ふと視線に気がついてその横を見上げると、乖離が僕を睨んでいた。

「…………」

 眉間にしわを寄せ、痛いくらいの視線を僕に向けている。

「……な、何だ……よ」

「…………期待外れね」

 僕の顔を直視しながら、吐き捨てるように呟いた。

「……もう、あなたには用はないから、早く帰りなさい」

 乖離はくるりと僕に背中を向け、窓を見つめながら言ってくる。

 僕はよろよろと立ち上がり、しょうがなく、どうしようもなく、ただ、ただ、無言で、無音で、避けるように、逃げるように――


 ――その部屋を出た…………出ていった。

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