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第四章「サーティファイ」―1

 月曜日の夕方。僕は男子寮と女子寮をつなぐ砂利道の中間点、三叉路のそばに立ち尽くしている。

 垣根の奥にぽつんと立っている時計塔を見上げると、時刻は六時五分。

 秋も中盤のこの時期、空は黒に赤が少し混じる程度。部活もほとんど切り上げているようで、周りに生徒はほとんど見当たらない。さっきまでグランドから響いていた野球部やサッカー部の掛け声も、もう聞こえなくなっている。

 僕は右手に握っていた紙切れを広げ、寮の窓から漏れている光を頼りに、そこに書いてある文字をもう一度読んだ。


『明日の六時に、寮の前の道のT字路のところで待っていてください』


 たった一文。きれいな楷書で書いてある。差出人の名前はない。

 これを受取ったのは昨日である。外出から帰って下駄箱を開けたらこれが入っていた。朝にはこんなものはなかったはずだ。だから、ここに書かれている『明日』とは今日のことで間違いないと思うが。

 なのに、指定時刻を過ぎても誰も来ない。

 場所が違うのだろうか? それとも朝の六時だったとか? …………んな馬鹿な。

『寮の前』と『T字路』が当てはまる道はこの学園内ではここだけのはずだし、朝の六時なんて始業の二時間前だ。普通に考えて夕方だろう。この場所、この時間で間違いないはずだ。

 しかし、誰も現れない。

 もしかして誰かのイタズラか何かか? …………まあ、ない話でもないだろう。

 この手紙を発見した時、僕は、ようやく僕にも半年遅いか早いかの春が来た――――なんて浮かれはしなかった。一瞬たりともそんなこと疑ったりはしてない。そもそも、書いてある集合場所が変なのだ。

 恋文ってのは、人に見られるのが恥ずかしいからと、人目のないところへ誘うのが通例ではないだろうか? だから、屋上とか体育館裏とかが典型的スポットになってるんじゃないか? 僕は今までラブレターなんて贈ったことも貰ったこともないが、それくらいは常識の内だろう。

 なのに、この手紙は人の通り道ど真ん中を集合場所にしている。恥じらいなんて欠片もない。分かりやすい場所として最初に思い浮かんだロケイションを書いておいたというような感じ。まるで業務連絡みたいなノリだ。

 もしこれが業務連絡ならば、連絡はちゃんと受けるのが人間としての責務だろう。何についての連絡なのかは分からないが、わざわざこんなイレギュラーな呼び出し方をしてることを考えると、この連絡を受け取らなかった場合、僕にも何か支障が出るのかもしれない。だから、僕は時間通りに来たってのに――――いや、言い訳じゃなく。

 手紙をポケットにしまいながら再度時計塔を見上げると、六時八分。

 あと二、三分だけ待ったらもう行こうか、もしこれがイタズラで、明日仕掛け人にからかわれたら一体どうやって言い返してやろうかと思っていると、何となく――時計塔の横側から飛び出している突起に気づいた。

 この時計塔はレンガが四角柱に積みあがっていて、その上部に時計盤がひっついている造りになっているわけだが、時計の面を正面とするなら、正面に向かい合って右側にでっぱりがある。ちっこい上に赤茶色をしているせいで、レンガの色にまぎれて今まで全然気付かなかった。

 僕は垣根を越えて、時計塔に寄っていった。

 その突起は、手を伸ばせばギリギリ届く場所にある。押しても引っ張ってもびくともしないのでグリグリ回してみると、カチカチ言いながら少しばかりの抵抗を生みつつ、比較的簡単に回った。

 ――なるほど。

 これは時計のねじなのか。電池式ではなく、ねじ巻き式なんだ。新しいくせにレトロなシステムを使ってる。寄贈者のこだわりか何かか?

 しかし、こんなものをこんな場所に建てたのはどこの誰なんだろうか。一体どんな目的で作ったんだろうか――――と、時計塔に向かい合って腕を組んでいる僕に、

「何してるの?」

 と声がかかった。

 一瞬肩をびくつかせながら振り返ると、垣根の向こう、砂利道の上に野中乖離が立っていた。どことなく呆れているような顔をしている。

 乖離は僕と僕の視線の先を交互に見て首を傾げたが、ふっと息をつき、「まあいいわ」と呟いた。そして気を取り直すような顔をして、

「遅れてごめんなさいね、粉雪君」

 ……へ? 遅れて?

「ちょっと打ち合わせが長引いちゃって。もう帰っちゃったかとも思ったけど、待っててくれたようね。礼を言うわ」

 乖離は少しばかり殊勝な顔。

「…………まさか僕を呼び出したのは――」

「私よ」

 乖離は何ともなさげに言う。

僕と乖離には、部活も委員会も掃除当番ですら、接点は何もないはずだ。別に友達でもないし、共通の友人すらいない。こいつから僕が受取るべき業務連絡なんて一つも思いつかない。じゃあ、一体――

「――僕に何の用だ? こんな時間、こんな場所で」

「ちょっと、あなたに来て欲しいところがあるのよ」

 言いながら、乖離はくるっと振り返る。そして首から上だけを僕に向け、うっすら笑みを浮かべながら、


「ついてきて」

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