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終章「ホーム-エンド」

 機関の人間が学園の中に入ってきたのは、『ウォール』が崩れた――つまり、『核』が壊れた――数分後だった。

 何でも、四日間も音信不通になって調査委員が十数人調べに来たはいいが、『ウォール』のせいで中に入れず、外で待機していたそうである。機関の人間でもなかなか破れない、相当完璧な壁だったらしい。生徒会からの説明では、(学園外に〈不審なもの〉を出さないためと称して)外からは入れるが中からは出られないフィルターのようなものだったはずだが、もちろんそんなのは嘘だったわけで、外からも完全に遮断されていた。


 本気で一年間、閉鎖し続けるつもりだったんだろう。


 別に彼、彼女らが生半可な気持ちで行動を起こしたとも思っていないが、しかし改めて思い知らされた気がする。願望を叶えるため、あの面々はみんな本腰だったのだ。

 本気で閉鎖し――――そして開放された。

 開放した本人が言うことでもないかもしれないが、なかなかに虚しい出来事だったと思う。もしかしたらこれは、開放した本人だからこそ思うことなのかもしれないが。

 なお、開放された後は一体どうなったかというと、意外も意外で意外なほど意外なゆえに意外な感じで、お咎めはほとんどなかった。

 今回の事件は、表向きは『核』の暴発によるものということで収束していった。夜中に『核』に異常事態が発生して教職員総出で沈静しに行ったが逆に『魔術』が暴走して外部に飛ばされてしまい機関の調査委員の介入により収まったはいいが身体に影響があるかもしれないので現在教職員は全員機関で精密検査を云々かんぬん。それを全校集会で聞かされたときの木内の反応は、

「まったく、危ねえ話だよなー。まあ、のんびりできてラッキーだったけど」

 という呑気なものだった。知らないってのは幸せなことだと、つくづく思う。

 また、この騒動における一番の損失は『種』の『核』だった――しかも、それを壊した張本人は僕である――わけだが、それに関しては僕は別段とやかく言われなかった。説教とゲンコツを食らったくらいである。僕達のような生徒よりも、むしろこの事件を見過ごした元理事長なんかに責任が行くようだ。

 加えて、機関にはこれと同じ『核』が数十個あり、この学園に置いてあったのは比較的性能が低いものだったらしい。なので、うだうだやるより事件を早く沈静化する方が先決だった――――とのことだ。これは一本木先輩経由で聞いた話。

 唯一、クルト先輩が大学進学の道を絶たれ、来年の四月から機関の内部で相当な低賃金で働くことになったそうだ。元々優秀な生徒だったらしいし、機関も機関でこれを捨て置くのはうまくないと思ったんだろう。社会的抹殺とか、そんな血生臭いことにならなくてよかった。これは当事者の一人としての感想だ。

 ということで、一本木先輩も、そしてりえ先輩も、普通に大学受験して進学するそうだ。

この前、学園内でお二方と偶然すれ違った時、恨み言でも言われるんだろうと覚悟していたが、しかし二人とも相変わらずの雅な笑顔で僕に挨拶をしてきた。

「まあ、こうなるとは思っていた。君に解かれたのは、ある意味救いだったよ」

 とは、一本木先輩の弁。りえ先輩も隣で微笑んでいた。試みが成功したはいいが、忙しすぎて二人で過ごす時間が格段に減ってしまい、それが望むところではなかったのかもしれないが、そんなことは特に関係なかったのかもしれない。何にしても、ドロドロした感じにならなくて安心した、というのが正直なところである。

 こんなことがあったわけだから、当然のごとく自警委員は解散。代わりに風紀委員が数年ぶりに復活した。そしてその新生風紀委員の初代会長を務めるのが、何をどうして隠そうか、野中乖離である。

 あの後も僕が彼女と同じ部屋で授業を受けているのは否定しようもない事実だが、どうも最近、乖離の表情が薄くなった気がする。これは〈憑依〉の存在に触れたことで生まれた相対評価によるものかもしれないが、しかし何か物足りない。この子はやればもっとやれるのに、みたいな感じ。

 この高校三年間で、〈乖離〉の無邪気な笑顔っていうのも見てみたいと思う。どうすりゃいいのかは分からないが。

 そしてそしてそして、学園の完全閉鎖も解かれたわけで、〈不審なもの〉も消えたわけで、『種』の『核』すらなくなったわけで、これでようやくすべてが元通り――――になると思っていたのに――


 ――時計塔は消えたままだった。


 一日経っても二日経っても三日経っても四日経っても、寮の前の砂利道のT字路の垣根の奥には、何も現れなかった。もしかしてあの時計塔は『魔術』で完全に消されてしまって再生不可能になったのかも、とも思ったが、僕はもう一つの可能性を考えていた。

 

 ――それで、僕はその真相を聞くために、ここに彼女を呼び出したのである。


『ここ』というのは、何のことはない、駅前にある喫茶店だ。

『種』の『核』が消えたおかげで、学園の閉鎖も緩くなった。機関からの圧力が弱まったんだろう。外出申請も形ばかりの簡単なものに変わり、このように気楽に外に遊びに出られるようになったのである。家に帰るという名目なら一泊くらいは寮を留守にしてもいいということにまでなったのは、少々驚きだった。掌を返されてそこから滑り落ちたような気分である。

 とは言え、学生証の中の『種』は以前そのままなので、どこまでも自由というわけでもないが、ね。

 と、自嘲を七十パーセントくらい含んだ思い出し笑いをしたところで、さっき注文したブレンドコーヒーが届いた。運んできたのは男のウェイターだ。

「お待たせしました」

 と日本の客商売のアベレージ近傍の営業スマイルをしながら、僕の前にカップを置く。取り立てて特徴のない、一般的な少年。僕と同い年くらいだろうか? ということは高校生?

 ふと、その胸元にある名札が目に入った。この人は佐々木と言うらしい。よく聞く、一般的な苗字だ。

『那頭奈学園』の生徒がバイトなんかできるわけもなく、きっとこの人は別の高校で僕とはまったく違う一般的な高校生活を送っているんだろう。『魔術』なんていう非常識で非現実的なものとは一向に無縁で、日常的で現実的な毎日を送っていることだろう。

 僕とはかけ離れた日常。

 それとも、僕がかけ離れているのだろうか?

 羨ましいような、そうでもないような。

 去っていくウェイターの背中を眺めながら、この中途半端な気分をため息にしてカップに吹きかけていると、

「やっ、粉雪君。お待たせ」

 ヤッホーと言うように右手を上げて僕に声をかけてきたのは、カチューシャでセミロングの髪を後ろに流している丸眼鏡を装備した少女、風宮すだれだった。

「うふふ。喫茶店で待ち合わせって、まるで恋人みたいだねえ」

 とくすくす笑いながら、すだれは僕の向かいに座った。

 早速注文を取りに来た店員に、

「ミルクティーとイチゴのタルトお願いします」

 と言ってメニュー表を返すすだれ。…………僕のおごりだとか言い出さないだろうな?

 向かい合って、教室の会話の延長線のような話をすること数分。

 ウェイターが紅茶とタルトを運んできて、すだれは待ってましたとばかりにがっつき始める。そして一分も経たずに皿の上から消えてしまった。…………もう少し大事に食べたらいいのに。

 ナプキンで口を拭いながらこれ以上ないほどの満足げな表情をしたすだれは、思い出したように、

「でさあ、あたしをここに呼んだ理由って何?」

 ……ついでに聞いておこう、みたいな感じで言うな。そっちが本題のはずだろう。

 僕はこほんと咳払いをしつつ、

「お前に聞きたいことがある」

「うん。なになに? ――――って、いつだかもこんなやり取りしたっけ?」

 含み笑いを向けてくるすだれ。笑い話にできるほど悠長な記憶でもないが、笑って話せるのは恵まれていることなのかもしれない。

 何にしても、と僕は思い直し、いくぶんシリアスな声音を作って、


「時計塔を消したのは、すだれ、お前なのか?」


 すだれの反応が遅れたのを、僕は見逃さなかった。

 次の言葉を捜しているような顔をしたすだれは、

「……どうして分かったの?」

 否定しなかった。そして、肯定した。

「時計塔が『魔術』で完全にデリートされていたとしても、『種』の『核』がなくなれば、同時に消された〈時計塔に関する記憶〉は復活するはずだ。全校生徒の記憶を消すなんて『種』の『核』を使わなきゃできるわけないんだから。だけど、いまだにそれについて疑問を呈する人はいない。だから、あれは――あの時計塔は――元々存在しなかったんじゃないか、と思ったんだ。つまり、あの時計塔は幻覚だってことだ」

 すだれは納得するように頷き、

「ふんふん。…………で、何でそれをあたしに聞いてきたの?」

「それは、お前が明らかにあの時計塔に反応していた唯一の人物だからさ。僕の知る限り、ね」

「……うふふ。やっぱりすごいなあ、粉雪君は。クルト先輩を打破したのも、伊達じゃないね」

 嬉しそうに言いながら、すだれは紅茶を口に含んだ。

「……そうだよ、あれはあたしが四月ごろに君にかけた幻覚だよ」

「何でそんなことした?」

「うふふ。ちゃんと説明するとね、あたしは四月の中旬で自警委員に入ってて、下旬くらいにはもう学園閉鎖の企みに加担してたの。でもね、やっぱりあたしも迷ってたんだよね。本当に一年間この学園を閉鎖しちゃっていいのかって。それでクルト先輩に反対したり、止めるように言ったりもしたんだけど、その度に記憶消されちゃってね。機関の人にばらそうにも、その連絡先を知ってるのは一本木先輩だけだし。当然その時点で大人は誰もいなかったわけだし、ね。他の生徒にばらしても、その人ごと記憶消去されちゃってさあ。本当まいったよ。覚えてる? 粉雪君にも一度話したことあるんだよ? うふふ。まあ、そんなわけであたしは思い立ったんだよね。自警委員に気付かれない程度で、自警委員の企みをばらすものを作ろうって。それが、君にかけた幻覚なんだよ」

「……何で僕に?」

「粉雪君以外に友達がいないのもあるんだけど……。言ったでしょ、あたしも迷ってるって。つまり、学園の閉鎖もあたしの願望の一つだったりするんだよね。だからどっちがいいのか、君に選んでもらおうかなって、思ったんだよ。…………思っちゃったんだよ」

「……何で時計塔だったんだ?」

「電気を使わない時計なら何でもよかったんだよ。実はグラウンドの端っこに日時計も作っておいたんだよ? 粉雪君は気付かなかったみたいだけど。……というより、気に入ってもらえなかったのかな?」

 うふふ、と照れ隠しのように笑うすだれ。

「だけどまあ、それも十月に先輩に見つかっちゃってね。具体的なことはばれなかったみたいだけど――回りくどかったのが逆に功を奏した感じかな――でも、あたしの『魔術』はキャンセルされちゃった。もちろんその『反抗した記憶』も消されちゃったから、その後のあたしはずっと自警委員の手先だったわけだよ」

 後悔が混じるように、言葉に息が混じる。

「……結果的に見れば、僕はお前の期待通り――もしくは思惑通り――に動いたってことになるのか? お前の書いた脚本に沿って」

「うふふ。それは言いすぎだよ。あたしはそこまで干渉してないよ。そうだね……あえて言うなら、セクションタイトルだけ考えたってところかな?」

 冗談めかしたように答えながら、すだれは紅茶を口に持っていく。そしてこくりと一口飲んで、カップをプレートに戻してという動作をした後、

「まあ、そういうわけでさ、嘘ついたりクルト先輩に内通したりして君のこと困らせちゃって、本当に悪かったなあって思ってる。だからさ――――ごめんなさい。許してください。もうしません。本当にごめんなさい」

 テーブルに両手を着いて、深々と頭を下げてくるすだれ。

そう言えばすだれのツムジなんて初めて見たなあ、なんていう関係ないところに思考が飛びつつも、僕は

「……別に、もういいよ。お前にはお前の願望ってのがあったんだろうし。それに僕もお前に嘘ついたりしたんだしね。お互い様だ」

「……よかった」

 顔を上げ、安堵の微笑をうかべるすだれ。そして紅茶のカップに手をかけながら、

「……でも思惑通りなんていうけどさ、粉雪君がまさかここまでやるなんて本当思わなかったよ。正直、毎日寝て過ごすもんだとばかり思ってた。だから、そこに毎日押しかけようって考えてたのに」

 …………本当、閉鎖を解いといてよかった。

「クルト先輩も一本木先輩も花塚先輩も、みんな不思議に思ってたよ? 何で粉雪君があんな色々動き回ってたんだろうって。あたしにも謎だよ。何でなの?」

「……別に、僕は元々閉鎖された生活っていうのが嫌いだったんだ」

「……え〜? 絶対嘘だよ。粉雪君がそんな曖昧な理由で動くわけないよ。本当、どうしてなの?」

「だから、本当にそれだけだ」

「……も〜、粉雪君はあたしに隠し事ばっかするよね」

 あからさまな不満顔を浮かべるすだれ。

 ……まあ、いつかは本当のことをこいつに話すつもりではあるが、それは今じゃない。もう少し、時間が欲しい。もう少しだけ。

「ん〜……。じゃあさ、少し自由になって、何か変わった?」

「……いや、ほとんど何も変わってないよ。強いて言えば、家に帰れるようになったことくらいか」

「あ、そうか。粉雪君ちって、行くのに時間かかるんだったっけ。今度いつ帰るの? そのときあたしも連れてってよ」

「……お前、僕の部屋だけじゃ飽き足らず、僕の家にまで押しかけてくる気か」

「うん。粉雪君の家族見てみたい」

「見てどうするんだ」

「別に、おもしろそうじゃない。例の妹さんにも会わせてよー」

 期待を輝かせた目を向けてくるすだれ。

 ……まったくこいつは、閉鎖の前も後も変わらない。相変わらず僕の隣や真向かいにいて、相変わらずの笑顔を僕に向けてくる。僕の傍にいようとする。

 何が楽しくてここにいるのだろうか。

 何が楽しくて僕の傍にいるのだろうか。

 何が楽しくて僕に笑顔を向けてくるのだろうか。

 もう、変わり者だとしか、言いようがない。


 もし、この風宮すだれをうちの妹に見せたら、一体どんな反応をするんだろう?

 恋人だとか言って紹介したら、一体どんな顔をするだろう?


 ――――僕は少し、楽しみになった。




                      〈閉鎖インサイド――END〉

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