第十章「リンク」―2
「失礼します」
恐る恐る言いながら、僕は扉を開けた。
視界に広がったのは、赤い絨毯とこげ茶色の大きな机。どこぞの会社の社長室を思わせるような、高級感のある部屋だ。荘厳という形容が当てはまる。
そしてその机の奥に、書類と睨めっこしている黒髪の女子生徒が座っていた。ふと顔を上げ、少し驚いたような顔をしたその生徒――生徒会長、一本木先輩――は、
「おや、柊木君。こんなところへ、どうしたんだい? 私に何か用かな?」
「はい。先輩に、この完全閉鎖について聞きたいことがあって来ました」
「そうか。……正直言うと、私も色々忙しくてね。現在この学園の食料やら電気供給やらを管理しているのが、実は私なんだよ。まったく、こんな面倒なことになるとは思わなかった……。まあしかし、君の方も切羽詰っているようだし、そっちの話を先に聞こうか。…………じゃあ、りえ、悪いが席を外してくれないか?」
「かしこまりましたわ」
りえ先輩は秘書官のようにぴしっとした会釈をして、部屋を出て行った。残されたのは僕と、一本木先輩だけ。
一本木先輩は握っていた書類を机の上に置き、イスから立ち上がりながら、
「で、君からの用件は何かな?」
「単刀直入に聞きます。あなたは現状に満足してますか?」
「……満足?」
「ええ。つまり、この状況はあなたの望み通りか、と言うことです。この完全閉鎖があと何年も続けばいいと思っていますか? 逆に不満はありますか?」
「……ふむ、これは少し予想外の質問だが。しかし今の私を見てみたまえ。楽しそうに見えるかい? 学園の管理を任されて、ほとんどこの部屋から出られないのだよ。食料、日用品、衣料品、そして電気や水の使用量を把握し、その流通を管理しなければならないからね。自警委員の仕事がなくなって少しは楽になったが、それでも逃げ出したい気分なのが本音だよ」
疲れたような笑みを向けてくる一本木先輩。……なるほど、確かにそう見える。学園が閉鎖されたおかげで報われたなんて様子は、全然ない。この状況は彼女にとってプラスだとは思えない。ということは、この先輩はシロだということだろうか。
「……何だ、柊木君、その人を観察するような目は? まさか生徒一人一人にそれを聞き周って犯人探しでもしてるのかい? それはまた途方もない所業だな。…………いや、地球がひっくり返っても君がそこまで真摯になるとも思えないな。……もしかして何人かに目星がついてたりするのかな? その目星が生徒会だからということで、私のところに来たとか?」
「ええと、そうですね、実は――」
そして僕は小一時間、一本木先輩に乖離やすだれに話したのと同じことを説明した。やけに興味深そうな顔で耳を傾けつつ、僕の言葉の合間に相槌を打っていた先輩は、僕が話し終わると「う〜む」と首を捻って、
「確かにその考えはおもしろいが、しかし的を得ているとも思えないな」
子供を諭すような声音で言ってきた。
「矛盾こそしていないが、ところどころ論理の飛躍が見られるね。君は『こう考えられる』と繰り返しているけど、それは全部確率に頼ったものだ。『時間がずれていたから』とか『同姓同名が何十人いたから』とかね。ただ単にマジョリティを選んでいるだけで、断定には結びつかないよ。一つでも偶然があれば、それだけで崩壊してしまう理論だ。その中でも特に『犯人は学園の完全閉鎖を目論んでいた』という部分。これが大前提になっているけど、それは仮定であって事実じゃない。そこが崩れれば、その推理は何の意味もなくなってしまうよ」
言われて、僕は考え込む。…………言い返せない。
「それに、自警委員はもともと〈不審なもの〉を排除するために作られた委員会で、しかもそのマニュアルは会員しか知らない――――いや、会員でさえそれを知らない人もいる。乖離なんかそうだったんじゃないか? かく言う私も、実は今まで知らなかった。こういう事態にならない限り、マニュアルなんて開こうとも思わないからね。つまり、自警委員に入る前から、学園を閉鎖する権限について知ることはできないんだ。学園の完全閉鎖なんて、最初から思いつきようがないことなんだよ」
「で、でも……自警委員に入った後、それを思いついたって可能性もあるじゃないですか。もしくは、その〈不審なもの〉は、自警委員を作るための口実とかだったらどうです? つまり、その犯人が〈不審なもの〉を作り出して、その後で、それを理由に自警委員を作ったとか。それなら――」
「確かに前者の可能性は否定はできない。いわゆる魔が差すというやつだろうな。後者に関しても、私や奥沢には可能だね。自警委員が作られたのは私たちが一年の時だから。学園を完全閉鎖する権利を得るために、『魔術』で〈不審なもの〉を作って、自警委員を立ち上げたともね。――――しかし、それもやはり矛盾している。……聞いてるよ、ついさっき食堂でその〈不審なもの〉に襲われたんだってね? 目撃者からの情報が来ている。閉鎖が終わっているのに〈不審なもの〉が現れているのは変だろう? 目的が達成されたのに、もう不要なのに、その〈不審なもの〉が存在するなんて。それじゃあ、この学園をいたずらに危険にするだけだ。自分が住んでいる、この学園をね」
「――っ……」
もう僕は、黙るしかなかった。
「君の理論はおもしろいし、君の思慮深さには拍手を送る。だが、それは非現実的だね。残念ながら――――それでは何も解決しない」
にべもなく、僕はぴしゃりと言い放たれた。
……もう、どうしようもない。
一本木先輩いわく、僕の『自警委員に犯人がいる』という推理には決定的な証拠がない。
それに、乖離はわざわざ僕のところまで捜査の協力を仰ぎに来たところから犯人ではないし、すだれには学園を閉鎖するような大事をする余裕はなかった。一本木先輩には、この閉鎖を作っても何のメリットもない。そしてクルト先輩についても、すだれと一本木先輩が「ずっと学園内を調べていた」と言っていた。
加えて、学園が閉鎖された後も〈不審なもの〉がずっと存在していることから、閉鎖と〈不審なもの〉は無関係。だったら、自警委員とも無関係。そんな結論。
いつだかのように、考えの取っ掛かりが何もなくなってしまった。
このままクルト先輩のところへ行っても――そしてさっきと同じように「現状に満足しているか?」と尋ねてみても――同じことを言われるのが目に見えている。これじゃあ行っても意味がないだろう。…………そもそも、自警委員は関係ないんだっけ。
思考がこんがらがってきた。
考えるだけで事件を解決するなんていうのは、元々無理なのかもしれない。まして僕のような部外者には。
僕は頭をたれて、とぼとぼと砂利道を歩く。目指しているのは自分の部屋。少し休もうと思って……。
空は、ようやく夕焼け。なんだか一日がとてつもなく長く感じた。乖離が僕の部屋を訪ねてきてからまだ一日も経っていないなんて、信じられないくらいだ。
「あちこち歩き回ったからなあ」
嘆息しながら呟き、僕はふっと垣根の方を見た。そこに見えた、空白のスペース。
やはり、時計塔は消えている。
あの時はそれが大問題だったが、今にしてみれば、もうどうでもいいことのように思える。あってもなくても、僕は困らない。
ふと、何ともなしに、『この時計塔が消えたのも、この学園の閉鎖と関係あるのでは?』と考えてみた。単なる思い付き。
そもそも時期が完全にずれているし、リンクしているなんて可能性はどこにも――
――ん?
一つ、引っかかる。
一つの単語だけ、引っかかる。
どれだ? どれだ? どれだ?
閉鎖? ――――違う。
生徒会? ――――違う。
自警委員? ――――違う。
那頭奈学園? ――――違う。
違う、違う、違う、そうじゃない。
そうじゃなくて、
それは、その単語は――――そう、『時間』。
『時間』だ。
学園が閉鎖されてから、僕らの時間感覚は狂ってしまった。
それは外界と隔絶されたからだと諦めていたが。
消えた時計と狂った時計。
その違いは?
違いは何だ?
そもそも狂った時計は、僕らが普段使っていた普通のもの。
それに対して、時計塔の時計は、
レンガ造りで、上に時計盤がくっついている――――ねじ巻き式の――
――ねじ巻き式?
……………………
……………………
――まさか




