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第十章「リンク」―1

 那頭奈学園記念館。

 その建物は、学園敷地内の東端にある。『那頭奈学園』の五十周年だか百周年だかの記念に作られた建物だそうだ。入学式の日に施設説明と称して倉林先生に連れられて、クラス全員で一度だけ入ったことがある。

 それほど記憶に残っていないが、確か一階は古い洋館のような造りで、過去の写真がそこら中に飾られていた。廃れた美術館のような雰囲気だった覚えがある。

 そして二階は立ち入り禁止だった。それというのも、その二階が生徒会室として使われているからだ。そのときは別にそこに何の興味もなく、僕は「そうなのか、ふーん」と納得して引き返したわけだが、

 しかし今日の目的地はそこだ。

 僕はその木造二階建ての建物を正面から眺め、「行くか」と自分に言い聞かせるように呟いた。そしてなかなか重いガラス扉を押し開き、その木の板でできた床に足を踏み入れていく。

 入口のすぐ横にある受付のような窓口に、人がいた。

 チケット販売員のように、ガラス越しにこちらを伺っている。ショートヘアーで、座ってるだけでお嬢様的雰囲気をかもし出しているその女子生徒は、いつも一本木先輩と一緒にいた、ええと――――そう、りえ先輩だ。そういや、僕は彼女の苗字を知らなかったな。

「あら、柊木君。いかがなされました? どういったご用件でしょう?」

 長いまつげを瞬かせながら、花をめでるような笑みを浮かべて先輩が聞いてきた。

「え、と。一本木先輩に用があってきたんです。ここにいますか?」

「どういったご用件でしょう?」

 同じ質問を投げかけてくる。

「え……と、この学園の完全閉鎖について、ちょっと聞きたいことがありまして」

「生徒会長は現在忙しいので、急ぎの用でなければ後日出なおしていただきたいのですが?」

 畳み掛けるように言ってくるりえ先輩。僕は内心困惑しつつ、

「い、いえ。実は生徒会長としてではなくて、自警委員としての一本木先輩に聞きたいことがあって来たんです」

「なるほど……」

 口元をゆがめる程度の笑みを作って、先輩は頷いた。

「……まあ、いいでしょう。あなたは羽根音と個人的に面識がある方ですし。私もあなたが羽根音と何を話すのか一興ありますし、ね」

 そう言って立ち上がるりえ先輩。横にある扉から廊下に出てきて「こちらです」と言って歩き出した。僕もそれについていく。

 先輩に続いて、白黒の集合写真があちらこちらに飾ってある、あからさまな「記念館」という雰囲気を発している廊下をすたすたと進んでいく。

 結構長い廊下だなあ、と周りを見渡していると、ふと、りえ先輩が首だけこっちに向けてきて、

「……しかし、意外ですね。あなたが自分から動こうとするなんて」

「そうですか?」

「ええ。あなたはどちらかというと、他人を観察して楽しむような方だと思ってましたから。この事件も、その他大勢と共にただ終わりを待っていそうなものを。…………何か、焦ってらっしゃるのかしら?」

「……いえ、そんなことはないんですけど」

 どこまでも高貴な微笑を浮かべて聞いてくるりえ先輩に、僕はぼやかすように答えた。こういう人を相手にした経験がないせいか、どうもこの人と一緒にいるとリズムが狂っていくような気がする。

「んふふ。初めてあなたと合間見えた時は、あなたと私は至極似ていると思いましたのに。立場と言うか、状況と言うか、存在と言うか、その辺りのものが、ね。……しかしこうしてみると、あなたと私はずれていて――――そして反対ですのね」

「……反対?」

「ええ。反対、真逆です。同じ場所に居るのに、進んでいく方向がまったく逆なんです。ほんの少しずれているだけなのに、実はその〈ずれ〉が、すごく重要なのですね」

 りえ先輩は、自分で――自分だけで――納得したように、言葉を紡いでいく。僕はただ、それを聞いているしかない。

「ときに、柊木君。あなた、妹さんがいらっしゃるんですってね?」

「え? ええ、まあ」

 どうして知ってるんだ? …………多分、すだれから聞いたのか。

 自警委員と生徒会。どちらも一本木先輩が関わってるし、学園の調査も一緒にやっていた。そんな遠くない組織だ。面識もあるんだろう。僕について二人が何を話していたのかが気になるが。

「その妹さん、大事になさってますか?」

「大事に……ですか? いやあ、別に仲がいい訳でもなくて、ケンカもちょくちょくしてましたよ。この半年は一度も会ってませんしね」

「まあ。寂しがってるんじゃないですか?」

「いやあ、そんなことはないでしょう。きっとせいせいしてるんじゃないですか? それに、実は僕の家って交通の便が悪いところにありましてね、県内なんですけど、ここから帰るのに四時間近くかかるんです。とても半日じゃ行って帰ってこれないんですよ。だから、この学園にいる限りは会うのは無理でしょうね。向こうが来ない限り」

「なるほど、それは仕方がありませんわね」

 先輩は柔らかな微笑を作りながら、それでも歩調を崩すことなく廊下を進んでいく。

「……私にも一人妹がいましてね、別の高校に行ってるんですが、まあ姉としてなかなかに可愛い子です。その子が言うにはですね、人の心なんていうのは複雑なようで、実はただの言葉の連なりでしかないと言うのです。私も最初はそれに同意しかねましてね、この子は何と呑気な子だろうと、悩みがまったくないのかしらと――まあ、そこが可愛いところでもあるんですが――そう思っていました。しかしこういう状況になってみて、ようやく私も自分の願望が至極単純なものだったことに気付いたんです。そう、私が求めているのはたった一つ。夢であっても欲であっても、願望でしかないんですから。その願望に沿って人は生きていくのですからね。んふふ、あなたの本当の願望というのは、一体どこにあるんでしょうね? ……さあ、着きましたよ」

 そう言って、りえ先輩は仰々しく閉ざされているドアの前で立ち止まった。

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