第九章「サーチ」―3
……さて、どうすればいい?
僕は割りと単純に考えすぎていたかもしれない。犯人は自警委員の中の誰かと目星をつけた上で、その中で学園閉鎖に積極的だった人間を探せばいいと、そう考えていた。それが根拠になると考えていた。
しかし、その〈当て〉がなくなってしまったのだ。
学園の完全閉鎖は誰かが言い出したことではなく、マニュアル通りなのだ。
そりゃそうだ。ある程度頭の回る人間なら、そんな分かりやすい言動をするとも思えない。そんな「自分が犯人です」と言うような発言は、当然のごとく慎むだろう。
しかも僕はこの学園閉鎖に関して完全に部外者で、その学園閉鎖に繋がる一連の出来事を何一つ見てないんだ。事実を何も知らない。人から得た情報で考えていくしかない。
……じゃあ、次はどういう手を打てばいい?
この状況で一番恩恵を受けている人間を探してみるか?
だが、僕は自警委員の三人とそれぞれ面識こそあれど、そんな親しいわけでもない。その内面まで知ってるわけでもないんだ。だから閉鎖の後でその人の何が変わったのか、変わっていないのか、見抜けるかと言われればそれは微妙だ。
それにこれから探るにしても、それを隠すのは彼あるいは彼女にとって造作もないことだろう。情報の出し入れは向こうに主導権がある。僕の方が、完全に立場が悪い。
何か――――何か手を考えなければ。
ふつふつ考え込みながら歩を進め、僕はようやく食堂にたどり着いた。
プラスチックの長テーブルと椅子が並んだ、どこからどう見ても食堂にしか見えないスペース。時間感覚が狂っているせいで今が昼時なのかそうでないのか分からないが、中は結構閑散としていた。入口付近のテーブルに数人の生徒が座っていて、それぞれ談笑しているくらいである。
僕はその中を見回して、窓際にぽつんと座っている乖離を見つけた。
「……あ、粉雪君。こっちよ」
うっすら笑みを浮かべながら、乖離がこっちに手を振る。僕はそっちの方へ進んで、
「ああ、お待たせ」
「どう? 何か分かった?」
乖離は紙コップを手に持ったまま、期待が垣間見える顔で尋ねてきた。
僕は乖離の向かいの椅子に腰を降ろしながら、
「いいや、ダメだ。学園の閉鎖はマニュアル通りだったらしい。ようは、こういう状況を作れば勝手にこうなるようになってたってわけだ。」
「そう、そうだったわね。…………他には?」
「いや、他に何を聞けばいいのかわからなくて、あえなく退散してきた」
僕が掌を天井に向けると、乖離はやや渋面を作り、
「もう少し何とかならなかったの?」
「…………そう言うなよ。元々よく話してた分、改めて目の前にすると聞きづらいんだよ。しかも、僕の考えを向こうに見抜かれた感じで。もう、どうしようもなかった……」
僕は言い訳のように言った。実際、これは言い訳なのかもしれない。すだれのことを疑いきれてなかっただけかもしれない。
「まあ、しょうがないわね。…………で、これからどうするの?」
「うーん、そうだな。正直微妙なところだ。確信を持って打てる手がない。……しかしだからって何か行動を起こさない限りは、コトは進展しないしね。とりあえず次は、一本木先輩のところに行って――」
――と、
がちゃあああああん
皿を割ったような音が聞こえて、振り返ると本当に床に皿の破片が散らばっていた。そして僕が見たのはそれだけではなく、
「………………あ、あ」
視界の向こう、食堂の中心付近に存在していたのは、赤のような、青のような、黒のような、紫のような色をした、角ばってるような、丸まっているような、立方体のような、球のような――――〈もの〉
雲のように刻々と形を変えながら、しかしそこに留まって、質量を感じさせない、異質で異様で異形な風体でそこにあった。
僕は、〈これ〉を一瞬で理解した。そいつは――
「――〈不審なもの〉!」
僕の隣で乖離が叫ぶように言った。
「うわああああ!」
「きゃあああああ!」
周りで悲鳴が上がる。入口の方で談笑していたグループは皆驚愕の表情を浮かべ、扉から一目散に逃げていった。僕も逃げることをまず考えたが、しかし出口がこいつに挟まれてるせいで、簡単にはそっちに行けそうもない。
「どうする?」と尋ねようと乖離の方を振り返った瞬間、
「あなたは下がってて!」
〈不審なもの〉を睨みながら大きな声をあげ、乖離はポケットからカードを取り出した。そして〈不審なもの〉の方へ駆け出しながらそれを振り、
「風よ来たれ!」
その瞬間風が巻き起こり、その風圧に僕は顔を腕でかばった。腕の隙間から薄目で見ると、周囲に竜巻が巻き起こり、机やイスが巻き込まれ、そしてそれらは〈不審なもの〉の方へ猛烈なスピードで飛んでいった。
破壊音が響く。
木と鉄の塊が〈それ〉にぶつかり、音を上げて飛び散った。その反動で〈不審なもの〉はひるんだように、動きを止める。よく見ると、そいつの体に傷がついているのが分かった。
……こいつは、幻覚じゃないのか。
「いける!」
乖離は叫びつつ、もう一度カードを振ろうとした。が、
うぉおおおおおおおお
突然〈不審なもの〉が唸るような声をあげ、風が巻き起こった。僕は慌てて床にしがみついたが、目の前で立ち尽くしていた乖離は吹き飛ばされ、
「キャッ」
壁に叩きつけられた。すぐに立ち上がろうとするが、よろよろと、痛みで立てない様子。
そして追い討ちをかけるように、いきなり〈不審なもの〉が分裂を開始した。千切れるように、一つ一つ塊が増えていく。そしてその塊が三十個できたくらいで、僕らの正面がそいつらによって百八十度塞がれた。
僕らを敵――――いや、獲物と認識したように、じりじりと距離を詰めてくる。
悪意も善意も喜びも怒りも感じられず、ただそう決められているからそう動いているというだけのように、近づいてくる。カウントダウンするように、こっちへ向かって進んでくる。
僕は、はぁ、と息を吐きながら、
「…………しょうがない。乖離、少し冷たいけど、我慢しててくれ」
「え?」
僕はカードを取り出し、目の前で振った。
――嵐のように、僕の周囲に天井から大雨がざあざあと振り出す。
再度、僕はカードを振る。
――竜巻が巻き起こり、僕らを取り囲む〈不審なもの〉に雨粒を弾き飛ばしていく。
再々度、僕はカードを振る。
――稲妻が現れ、一匹の〈不審なもの〉に向かいって飛び出していく。
再々々度、僕は間をおかずにカードを振る。
――僕と乖離を囲うように、薄く赤らんだ球状の『ウォール』が浮かび上がった。
そして、稲妻が〈不審なもの〉にたどり着いた瞬間、
――水気を伝い、弧を描くように青白い光が走った。
衝突音のような音。
飛び交う火花。
こげる匂い。
〈不審なもの〉は動かず、動けず、段々黒ずんで来て、そして――――灰のように、塵のように、何も残らず、さらさらと消えていった。
粉々になった机やイスと、濡れて焦げ付いた床だけが残る。
辺りは急に無音になった。
僕の背後、片腕を抑えながら乖離がふらつきつつも立ち上がり、
「…………粉雪君」
「まあ、こんなところだろう。……大丈夫か? 保健室行くか?」
「え、あ、うん。ちょっと腕切っちゃったみたい。それより――――す……すごいわね。鮮やかな手口というか」
「まあ……ね。それより早く保健室へ行こう」
「……うん、ありがとう」
僕が手を差し出すと、乖離は照れたような笑みを浮かべて、その手に掴まってきた。
この学園の保健室は、南校舎の一階にある。
当然こんな状況で保健の先生がいるわけもなく、僕もそれを期待してここに来たわけじゃない。欲しいのは、消毒液とガーゼと包帯だ。
どうやら乖離は吹き飛ばされた拍子にイスの破片で腕を切ってしまったようで、腕をまくると二の腕のところに赤い線ができていた。加えて、壁に叩きつけられた衝撃で腰も痛めていて、歩くのが少し辛いらしい。保健室に来る途中も、ときどき僕が支えてやらなければならなかった。
包帯を巻いたりシップを貼ったりするだけなので、別段困難な作業でもない。貼って巻いてちょん切ってというだけだ。
しかしシップを貼る際、目指す場所にしっかり張るために、乖離が上着を少しばかりたくし上げ、のぞいた腰元に僕が貼ってやるという手順を踏んだわけだが、その白い肌を目の前に、どうも後ろめたくなるのは乖離だからだろうか? 脳内で「うっふふ」と悪戯に笑うすだれの顔が思い浮かんだが、何でこんなときにあいつの顔が浮かぶのだろう?
とにもかくにもほどなくして処置は終わったわけだが、こんな体を痛めている乖離をあちこち連れまわせるわけもなく、僕は円筒の椅子に座る乖離に向かって、
「……しょうがない、お前は少し休んでろ。自警委員への聞き込みは僕がやっておく」
「うん、ごめん。ありがとう――――でも、さっきの粉雪君を見て、何でクルト先輩があなたに興味を持ってたのか、何となく分かったわ」
「……そう?」
「ええ。テストの時のあれは、あなたの演技だったんじゃないかって思えてくるわ」
……なかなか鋭い。
「あなたになら、任せられると思う。だから――――お願いね」
そう言って、申し訳なさそうな顔をする乖離。…………相変わらず、乖離がこんな殊勝な表情をするとは意外も意外。この前僕を終始睨んでいたときとは大違いだ。人の内面てのは、案外分からんな。
僕は、
「ああ、わかったよ」
と含み笑いで言いながら、保健室を出た。
「さて、一本木先輩のところへ行ってみるか。…………正直、のんびりしてられないな」




