第九章「サーチ」―2
トンットンッ
僕はすだれの部屋のドアをノックした。すると中から、
「はーい、はいはい」
という呑気な声が聞こえてきて、開かれる扉。そこから顔を出してきたのは、当然のごとくすだれだった。
すだれは僕の顔を見ると、口をあんぐりと開けて、
「え? 何? 粉雪君があたしの部屋に来るなんて……どうしたの? 人格転移?」
……いきなりあんまりな言われようだ。
「……いや、僕は僕のままだよ。ちょっとお前に聞きたいことがあって来ただけだ」
「ふ〜ん、何だろ? まあ、とにかく中に入って、入って」
すだれに手招きされ、僕は足元に気をつけながら部屋の中に足を踏み入れた。
水色のカーペットが床にかぶせられ、机、本棚、ベッドが並んでいる。半年くらい前に見たときとほとんど変わっていない配置、雰囲気、散らかり具合だ。机の横には相変わらずパソコンが五台…………いや、六台ある。いつの間に買ったんだ?
僕が差し出されたクッションの上に座ると、
「はい、どうぞ」
と、紅茶の入ったカップを渡された。次いですだれは四角い缶を差し出してきて、
「クッキー食べる?」
「いや、いい。これから食事にするところだし」
「ふ〜ん……おいしいのに」
そう言って、自分でクッキーをかじり始めるすだれ。
「……しかし、前も思ったけど、この部屋――」
僕は周りをぐるっと見回しながら、
「――どうにかならないのか? パソコンのパーツやらそういう雑誌やらで足の踏み場がほとんどないじゃないか。悪いが、僕の部屋より散らかってるぞ」
「別に、粉雪君以外に誰もこの部屋に来ないし、問題はないよ」
……僕だって滅多にここに来ないが。
「…………はあ。まあ、いい。とりあえず本題に入ろう。えーとだな、今日僕がこのジャングルに足を踏み入れたのは、お前に聞きたいことがあったからだ」
「うん。なになに?」
「単刀直入に言うぞ。お前、自警委員だったんだってな? それは本当なんだな?」
僕が言うと、すだれは顔をぴくっと引きつらせて一瞬黙り込んだ。そして苦笑いを浮かべながら、
「…………あらら、バレちゃった? もう、せっかく今まで秘密にしといたのに。しょうがないなあ。……誰に聞いたの? もしかして、野中さん?」
「ああ」
「そっかあ。やっぱそうだよね。知られるなら彼女からだと思ってたんだ。別に口止めしてたわけじゃないしね。…………うん、そうだよ。あたしは四月からずっと自警委員で活動してるんだよ」
首を傾け、諦めたような顔で言うすだれ。
「……何で秘密にしてたんだ?」
「だって粉雪君、いつも見てるウェブサイト教えてくれないんだもん。だったら秘密には秘密で対抗しようと思ってさ。『これを教えて欲しかったら君も教えなさい』って感じで、交換条件に使おうと思ってたのになあ――――あーあ。また別の秘密を作らなくっちゃ。……うーん、どうしよう?」
すだれは腕を組んで、考え込むポーズ。ダルマのようにうんうん悩み始めた。
僕はその思考を遮るように、
「……別に、そんなの考える必要はないよ。今教えてやる」
「ええっ? 何、いきなり? どういう人格転移?」
目を点にして驚くすだれ。…………と言うか、また人格転移か。
「こういう状況になったからだよ。もう隠してたって先が望めないからな」
「……先が望めない? どういうこと? 何か複雑な事情とかがあるの?」
「そんなんじゃない。答えはいたってシンプルだ。僕は外部のネットで、この学園について調べてたんだ」
「この学園について? ……ああ、だから学園内のネットワークを使うとまずかったわけね。ネットカフェなら、学生証をポケットに入れておけば周囲の景色は『メモリー』出来ないし、音を拾われてもクリック音だけ。どんなページを見ていたのかまではバレない、と。なるほどね。…………でも、この学園って閉鎖されてるから、情報なんて出回ってないでしょ?」
「ああ、その通りだ。たとえ出回ってたって、恐らく僕みたいなたいした知識もない一般高校生が手を伸ばせる場所じゃない。僕が調べてたのはそんな込み入ったところじゃなくて、ネットの表の表の表の部分だ。つまり単語を入力してサイトを調べる、ただの検索サイト」
すだれはアヒルのように口を尖らせながら、
「……でも、そんなところで何が調べられるっていうの?」
「そう、例えば『那頭奈学園』なんて入力しても入試情報が出る程度で、僕が欲しいものなんて出てくるわけがない。だから僕は他の固有名詞――――人名を調べてったんだ」
「……人名?」
首を傾け、リピートするすだれ。僕は一つ頷いて、
「ああ。この学園の教師やら職員やらの名前を、片っ端から入力していったんだ」
「それで、何か分かったの?」
「分かったとも、分からなかったとも言えるな。僕が手に入れた職員百数十人分の名前を打ち込んでいったんだけど、そのうちの約半分――――つまり六十人以上の名前で、その言葉を含むページが見つかった。苗字と名前、両方が並んで書いてあるサイトだ。しかし、それは別に不思議なことじゃない。簡単な名前なら同姓同名はいくらでもいるからね。当然といえば当然のこと。重要なのは、これらのほとんど全員の名前で現在の活動が綴られていたってことだ。……ほら、これが証拠」
言いながら、僕は六十枚の紙の束が挟まれた紙製ファイルをテーブルの上にどさっと落とした。勢い余って、最上段の一枚がひらひらと床に落ちる。
すだれはそれを拾い上げ、
「……これ、印刷してきたの?」
「ああ、そうだ。ネットカフェで印刷してきた。そういうことが出来る店を探して行ってたんだ」
「何でこのプリント、全部折り目がついてるの? 十文字に」
「持ち物検査でバレたら元も子もないからね。四つ折りにして、買ってきた本なんかに入れて運んでたんだ。…………どうだ、本当に書いてあるだろ?」
「……うん、本当だ。書いてあること、全部本当っぽい」
すだれは紙を一枚ずつめくっては、驚いたような感嘆するような顔で流し読みをしていく。
「そこに載ってる教職員は、少なくとも四月からこの前までこの学園で働いていたはずだろ? 僕たちの前で教鞭をとったり、食堂でメシを作ってたり、門を警備してたりしたわけだ。なのにウェブサイトには、その間、別の場所で働いてる情報が書いてあった。例えば他の高校の理事長をやってたり、部活の監督をやってたり、あるいは喫茶店の店長をやってたりなんていう人もいた。これらは百パーセント、この閉鎖された学園の仕事と両立なんてできないような職業だ」
「……でも、それも同姓同名じゃないの?」
「ああ、その可能性もある。あるけど、六十人はさすがに多くないか?」
「……う〜ん、まあ、そうかもね……」
眉間にしわを寄せ、すだれは考え込む表情。
「で、そこからどういう結論が出てくるの?」
「まあ、考え方は色々あるだろうが、人間がダブってること、『魔術』が存在すること、そしてその教師達が一度に全員消えたことを考えると、僕は一つの仮定に思いいたったんだ。それは――
――あの教職員たちは、『魔術』の幻覚じゃないか、ってことだ」
「…………幻覚」
「ああ。あの人達は幻覚、まぼろしだったんだ。学園外の人達に対して『魔術』をかけるなんてことは、能力の限界から考えて不可能だろう。だったら、学園の中にいた人達が幻覚だったんだ。その人達は、実際にこの学園で働いていたのかもしれない。しかし〈誰か〉が、『魔術』を使ってごく自然に誰にも気付かれないように、その人達を学園から排除していったんだ。そしてそれと同時に幻覚を生徒全員にかけて、あたかもその職員がずっとその学園で働いているかのように取り繕った。で、この前その幻覚を一気に解き、僕達には職員達が消えたと思わせた、と。これが僕の考えだ」
「……なるほどー」
感心したように唸るすだれ。
「じゃあ、そんな『魔術』を使ったのは一体誰かって話になる。犯人はこの学園から大人を全員排除したわけだが、それはつまり自分がこの学園の頂点――――あるいは頂点に近い場所に就こう思ったからだと考えられないか? そうなるとつまり、この事件に関して主導権を握った集団の人物が怪しくなってくる。それは誰か? 生徒会と自警委員だろ? さらに学園閉鎖の決定権を持ってたのは自警委員なら、自警委員の中に犯人がいるんじゃないか? それなら――」
「うふふ、分かっちゃった〜」
僕の言葉を遮り、すだれは口をひん曲げてニンマリした笑みを向けてきた。
「……分かったって、何がだ?」
「粉雪君の考えだよ。粉雪君は自警委員の中にこの事件の犯人がいるって思ってる。そして自警委員のあたしのところに来たのは、あたしが犯人じゃないか確かめるため。うふふ。多分粉雪君、これからあたしにこう聞くつもりだったんじゃないかな? 『学園の閉鎖を言い出したのは、自警委員の中の誰だ?』って」
…………図星だ。
「うふふ。学園の完全閉鎖が犯人の目的だって言うなら、それを最初に言い出した人が一番怪しいよね。もしかしたら、生徒を全員学園から非難させようっていう方針にならないとも限らないしね。そうならないように、先手を打たなきゃならない。学園の閉鎖を提案しなきゃならない。うん、確かにその通りだ」
すだれは一つこくりと頷き、
「……だけどね、残念だけどその当ては外れてると思うな〜。だってさ――
――それを言い出した人は誰もいないんだから」
「……どういうことだ?」
「うふふ。つまりね、この『学園の完全閉鎖』はマニュアルに書いてあったことなんだよ。緊急時対応マニュアル。だから、誰かが提案したわけじゃなく、元々の決まりだからそうなっただけなんだよ。ふふ。粉雪君、当てが外れたって顔してるね?」
……くっ、その通りだ。
「それにね、考えてみてよ。そんな大それたコトをするなんて、確かに『魔術』を使えばできるかもしれないけど、それでも準備にはかなり時間がかかるよ。例えばあたしなんかにそんなことする余裕があったと思う? 今までの行動でそんな怪しいところがあった? なかったでしょ? なんせあたしは、ずっと粉雪君の側にいたんだし。そりゃ、たまに粉雪君に無断でいなくなったりもしたけど、それは自警委員の活動のため。あたしがちゃんと委員会のことやってたって、野中さんから聞かなかった?」
……確かに乖離は、すだれを疑うような素振りはなかったな。ということは、すだれは自警委員の職務をきちんと遂行していたということだろう。
それにこいつは、平日の日中はずっと僕について回っていた。僕の視界からいなくなるのは、寮の出入りが禁止される七時以降。たまに放課後小一時間くらい見えなくなることもあったが、それも月に一回くらいの頻度だった。それはつまり、その時間に自警委員に行っていたってことになるんだろう。
こいつが自由に動けるとしたら、僕が外出している土日くらいか。その間に、教職員を幻覚と入れ替える作業を…………いや、同姓同名がヒットした大人には、三月――つまり僕とすだれが入学する前――から外側で働き始めていた人も十数人いた。そんな人まで入れ替えるのは、すだれに可能なんだろうか? その点を考えると、怪しいのは三月以前もこの学園に在籍していたクルト先輩と一本木先輩ってことに……?
「……もしかしたら粉雪君、自警委員の委員長ってことでクルト先輩を疑ってるのかもしれないけど、先輩も今までずっと閉鎖について調べてたんだよ。本当だよ? 必死に学園中をあっちこっち歩き回ってたんだから。もちろん一本木先輩も野中さんも。あたしが証言者だよ」
……証言、ね。そう言われると、何も言えなくなる。
「うふふ、そんな落胆しちゃって。似合わないことするからだよ。もう、今はただ外からの助けを待った方が得策だよ。あたし達だって色々調べたのに何も分からなかったんだからさあ。ね? さ、あたしと遊ぼうよ。あたしも仕事がなくなっちゃって暇になってたところなんだよ。どう、何か語り合う? 将来についてとか?」
「……いや、僕は帰るよ」
「もう、つれないなー。折角あたしの部屋に来たのに。タンパク・オブ・ザ・タンパクって言葉は、粉雪君のためにあるようなもんだよ」
「そんな言葉は元々ないっ」
僕はツッコミながら立ち上がり、散らかった小物をかわしながらドアに向かって歩いていく。そしてノブに手をかけたところで、
「……ねえ、粉雪君――」
急にすだれが、やけにしおらしい声で僕の名前を呼んできた。
その声の豹変振りに驚きつつ振り返ると、すだれは座布団に座ったまま、僕の顔を見上げている。不安な不穏な表情。見ているこっちが不安定になりそうな顔だった。
すだれは、眼鏡の奥の陰った瞳で僕を見据えたまま、
「――粉雪君は、この閉鎖から外へ出て行きたいの?」
そんな疑問を投げかけてくる。唐突で、突然の質問。突然すぎて、質問の内容が一瞬理解できなかった。
僕はすだれの真意が読めないまま、狼狽しながら、
「……え、いや……そりゃ、まあ……」
曖昧気味に答え、しかしそれ以外は何も言えずに、気まずさから逃げるかのように、あるいは何かを隠すように、僕はいつだかのようにそそくさと、
部屋を出て行った。




