第七章「スクリーン」―2
僕は擬似喫茶店と化した家庭科部の部室の、窓側の一番奥の席に座った。
これは別に僕が隅っこが好きだからとかそういう理由ではなく、単純にそこしか空いていなかったからである。まだ昼前の十一時だというのに、なかなかに混雑している店内。早い時間に来ておいてよかった。
僕が落ち着く間もなく、制服にエプロンという格好で僕のテーブルに水とメニュー表を持ってきたのは、どことなく見覚えのある女子生徒だった。しかし名前は知らない。確か隣のクラスにいた人だったはずだ。二組か四組かは忘れたが。
当然ながらそんなうる覚えな人と会話も弾むわけもなく、僕は
「じゃあ、焼きそばとソーダ」
と、胃袋と舌が欲したメニューを告げるだけに留めておく。この店員も店員で、
「かしこまりましたー」
と、やや明るく、そして当たり障りなく言って、奥の準備室――恐らく調理場になってるんだろう――に引っ込んでいった。僕は早速手持ち無沙汰になり、コップの水を口に運ぶ。
ふと窓の外を眺めると、グラウンドの一角に人だかりができていた。良く見ると、その中心には顔を白塗りにして赤鼻をつけ、一輪車にまたがりながらお手玉をしている人がいる。あからさまなピエロスタイル。大道芸研究会だろう。
一日道化師は化粧でもって笑顔を引っ付けているが、それを囲んでいる人たちもなかなかに楽しんでいるようだ。技を披露するたびに、ここにも拍手が薄く聞こえてくる。どこぞのテーマパークでもよく見られる定番的な催しではあるが、しかし学校出で見るとまた違う発見があるのだろう。僕も後で見に行ってみようか。
そんな風景を何ともなく眺めていると、
「お待たせしましたー」
ようやくメニューが来た。
かかった時間は十分程度。思ったよりは早かった。まあ、メニューの数もそれほど多くないし開店してそんなに時間も経ってないから、下準備が万全だったんだろう。
別のテーブルに注文を取りに行った店員さんを尻目に、ソースがほどよくからまった焼きそばにいよいよ僕が箸をつき立てようとした瞬間、
「ここ、いいかな?」
そう言って、僕の向かい側の椅子に手をかける人がいた。聞き覚えのある澄んだ声だなと思いながら顔を上げると、
そこにいたのは一本木先輩だった。
「……へ? あ、どうぞ」
「ふ。悪いね。他に席が空いてなくて」
腰まで届く黒髪を振りながら、滑らかな動作で引いた席に座る一本木先輩。その淀みのない動きに、一瞬ここが一流レストランに見えた。
僕は焼きそばを口に運びつつ、
「……先輩もお昼ですか?」
「ああ、りえが出る芝居が十二時から始まるからね。それまでに済ませなければならないんだ」
……りえ先輩、演劇部だったんだ。口調からして中世ヨーロッパの貴族なんかがはまり役っぽいな。お嬢様とかお姫様とか。……キャッチャーやってたけど。
「あ、あの、いらっしゃいませ。ご、ご注文は、な、何にいたします?」
さっきの女子生徒が、やや緊張の面持ちで一本木先輩に水とメニュー表を差し出してきた。手が震えてるせいだろう、水の液面が動いている。…………と言うか、僕には「いらっしゃいませ」なんて言わなかったくせに。
渡されたメニューをさらっと眺めた先輩は、
「じゃあ、ナポリタンを頼むよ」
「あ、は、はい。かしこまりました」
そう言って、ぺこっと一礼しつつ回れ右して、店員さんは調理場へそそくさと入っていった。…………僕にはお辞儀なんてしなかったくせに。まあ、それはいいけど。
先輩はコップの氷をからんと鳴らし、水を一口含んでから、
「ふ。どうだい、柊木君? 文化祭は楽しんでるかい?」
「え? いや、まあ……これからって感じですけど……」
こういうお祭りで久しぶりに会った知り合いに聞かれることトップスリーくらいに入りそうな質問に僕が曖昧に答えると、一本木先輩は僕の顔をしばし眺め、そしてフンと鼻で笑って、
「……ふ。前もそうだったが、何ともつまらなそうな顔をしてるね」
「え? そ、そんなことは……」
「積極性の足りない若人なんてのは今時珍しくもないが、しかし君には消極性すら欠けている気もするよ。拒否するのも面倒くさいという感じだ。そんなにこの学園の生活はつまらないかい? 仮にも君は一年生なんだ。こんな逸脱した環境に投げ込まれたばかりなら、もの珍しさに色々首をつっこみそうなもんだが。この学園、公な説明はなされてないが、けっこうおもしろい発見が転がっているものなんだよ?」
「……そうなんですか?」
「ああ、そうだとも」
一本木先輩はゆっくりと、縦に頷く。
と、
「な、ナポリタンお待たせしました〜」
裏返った声で言いながら、さっきの女子が一本木先輩の前に皿を置いた。注文してから三分もたってない。僕の半分以下の所要時間だった。僕と美形生徒会長には、ここでも差がつくのか。
皿を受取った先輩は、彼女に「ありがとう」と微笑を返しつつフォークとスプーンを握った。そして再度僕の方に顔を向けて、
「『魔術』があるだけでもおもしろいイレギュラーではあるが、それだけではなく、『魔術』があるからこそのシステムだってある。そうだな――」
先輩は優雅にパスタを口に運びながら、窓から見えるグラウンドの隅に見える小屋をアゴと目線で指し示した。
「――例えばあの倉庫。あの中に何があるか知ってるかい? 実はあそこには『魔術』を使った発電機が置かれているんだ」
「発電機?」
「そう。そうだ。『魔術』さえあれば燃料を消費することなく、そのまま電気を生み出すことが可能だからね。だから誰か一人が――実際には交代制でやってるんだが――電気発現の『魔術』を使っていれば、電気を溜めることができる。何を隠そう、この学園の消費電力の六十パーセントは、あそこで作られた電気でまかなわれているのだよ。……まあ、なぜ六十という中途半端な数字かというと、まだまだ電気の生産量が追いつかないからなんだがね。実用化への道はまだ遠いというわけだ。しかし節電さえすれば、この学園だってもってもたないこともないそうだよ」
「……へ〜。そうだったんですか」
確かに僕も、『魔術』で電気が作れるならそれでエネルギー問題だって解決できるんじゃないかと思ったことがあった。しかしまさか、それがすでに実現されてたとは。結構驚きだ。
「ふ。この学園にも少しは興味が出てきたかい? だったら、これからりえの演劇を見に来ないか? きっと楽しめるぞ」
「……演劇……ですか?」
「ああ。劇の演出で『魔術』を使ったりしているんだ。球技大会ではフェアプレーのために禁止されてたが、出し物ならば別に問題ない。例えば雨のシーンで実際に雨を降らせたり、雪を降らせることだってできる。空だってロープ無しで飛べるわけだ」
……なるほど、そういう使い方もあるわけか。
「どうだ? 一緒に見に行かないか? りえの演技なら、劇としても君を飽きさせないことは私が保障するよ。解説も、せん越ながら引き受けよう」
「え? でも、一本木先輩とだなんて。しかも二人で、ですよね? そんな…………せ、先輩はいいんですか?」
僕が恐る恐る尋ねると、先輩は絵画のような微笑みを浮かべながら、、
「ふ。ああ、もちろん――――君なら問題ないよ」




