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サイドY

「ねえ、もう寝ちゃったの?」

 ほの暗い部屋の中、傍らの彼に問いかける。

「………………」

「ねえったら」

「……起きてるよ」

 不機嫌な声で、彼は答える。

「もう。じゃあちゃんと返事してよ」

「うるさいな、眠いんだよ」

「いいじゃない、今日が…最後なんだから」

「最後だからこそ、静かに寝かせてくれよ」

 相も変わらず不機嫌ないらえ。でも、彼の場合はこれが常で。私は、彼のこの不機嫌な声が、嫌いではない。

「……………………なあ」

「なに?」

「なんでお前は、俺なんかと一緒にいたがるんだよ」

「いまさらそれを訊く?」

「うるさいな。いいから答えろよ」

「……私が見張ってないと、あなた、ろくなことしないでしょ」

「……違いない」

 苦笑する気配。

「………………」

 ああ、ほんとに、素直じゃない。

 本当は、あなたが気になるから。ずっと、あなたを見ていたいから。あなたのことが――――。

 本心は、いつだって言えずじまいだ。

 いつでも言えると高をくくり、気づいてくれると楽観し、機会を待とうと逃げ回り。その結果が、この様だ。

 もう彼には時がなく、私には寿命がない。

 こんなことなら、もっと早く、伝えておけばよかった。もっとたくさん、話しておけばよかった。もっと一緒に、時を過ごせばよかった。一万年なんて時間は、人の身には永すぎる。その百分の一だって、生きられはしないだろう。

「本当の事言うとさ、嬉しかったんだよ」

「――――え?」

「お前が助けてくれたとき。その後、会いに来てくれたとき。色々と、世話を焼いてくれたとき」

「……………………」

 あまりのことに唖然とする。ずっと、迷惑がられていただけだと思っていた。

「なんだよ、なんか言えよ」

「…………うん」

「うんって……ま、いいけどな」

「…………一万年後に目覚めたら、あなた、私のこと…忘れちゃってるかな……?」

「忘れられるわけないだろ、お前みたいなお節介な女」

 その答えは即座に返ってきて。

 ああ、なんて――

「……優しい(ひどい)人」

「なににやにやしてんだよ」

「……べつに?」

「…………ちぇっ」

 ふてくされてそっぽを向く。そんな仕草さえ、愛おしい。

「…………なあ」

「なに」

「俺が眠るまで、そこにいてくれないか」

「! ……なによ、いまさら」

「いまさらだからだよ。普段から言えるか、こんなこと」

「素直じゃないのね、子供のくせに」

 でも、嬉しい。最後に初めて、甘えてくれた。

「見た目だけだ。俺はお前の百倍以上生きてるんだぞ」

「でも見た目は子供でしょ」

「うるさいな。……いいからそこにいろよ」

「はいはい」

「ん」

 満足そうな呟き。ちょっと、悪戯心がわく。

「なんなら、手を握っていてあげましょうか?」

「子供扱いするなって」

 苦笑が漏れる。その怒りかたは、まるっきり子供のするそれだ。

 横たわる彼。その姿からは、普段の快活さはまるで窺えない。

「……ほんとに、眠っちゃうんだね」

「そうだよ。何度も言ってるだろ」

「……うん」

 素っ気ない返事。彼は、寂しくはないのだろうか。この痛みは、私の一方的な感傷にすぎないのだろうか。

「もう、お別れなんだよ……」

 つい、愚痴めいた言葉をこぼしてしまう。

「………………」

 彼はわずかに目を見開いた。

「なに呆けてるのよ。前にも言ったでしょ、人間が一万年も生きていられるわけないって」

「……お前半分人外だろ。いつもみたいにご都合主義的な気合いとかノリとか根性論でなんとかならないのかよ」

「なるわけないでしょ、もう。私をなんだと思ってるのよ。……だいたい、人間の平均寿命知らないの? 男で80、女で87よ。どんなに頑張ったって百を越えられたら上出来よ」

「これだから人間ってやつは。普段偉そうなことばっかり言ってるくせしてすぐに死ぬ。……だから嫌いだ」

「私のことも、嫌い?」

「……………………」

「ねえ」

「……………………」

「寝たふりしてないで答えなさいよ」

「…………うるさい。そういうとこ、嫌いだ」

「天邪鬼」

「そうだよ。好き勝手やってきて、溜まったツケでこの様だ」

「私が変わりに、払えたらいいのにね」

「ばか言うな。俺はヒモじゃない」

「いいじゃない。私が可愛く結んであげるわ」

 そうすれば、わたしは彼と離れずに済む。

「……いやな、女…だ、な」

 突然、途切れ途切れになる彼の声。

「どうしたの?」

「…………そろそろ、限界みたいだ。クラッときた」

「眠るの?」

「……ああ」

「一万年?」

「……ああ」

「………………そう」

「そばに、いろよ」

「ええ。あなたが――眠るまで」

「うん」

「……ねえ」

「………………」

「たまに、会いに来ていい?」

「…………俺は目を覚ませないぞ」

「わかってる」

「なら、好きにしろよ」

「うん。好きにする」

「……オムライスが、食べたいな」

「………………」

 それは、私がはじめて彼に振る舞った料理だ。

「もっと早く言いなさいよ、ばか」

 そんなもの、いくらでも作ってあげたのに。

「……いま思ったんだよ」

「遅すぎるのよ」

「天邪鬼だからな」

「もう。ばか」

 意趣返しとも取れるその一言に、彼は一体、どんな想いを隠したのか。

 私たちは、けっして長くはないけれど、短いともいえない時間を共に過ごしてきた。

 けれど――未だに彼の心は見通せない。


 そもそもの始まりは一週間前。

「……………………」

 別れ際、彼は何か言いたげな素振りを見せた。私はそれに気付いたけれど、あえて聞かずに背を向けた。そして彼もまた、結局何も言わなかった。


 そんな日が幾日か続き、三日前。

「……………………おい」

 彼は私を呼び止めた。

「なに?」

「………………………………いや、やっぱりいい」

「?」

 やっぱり彼は、なにも話してくれなかった。


 二日前。

「…………あのさ…」

「うん」

「……………………」

「…………」

「……………………」

「話があるなら、聞くよ?」

「………………………………ない」

 今度は私が間違えた。


 そして昨日。

「俺、明日からちょっと寝るから。……しばらく来なくていいぞ」

 ようやく彼は、口を割った。

「……しばらくって、どれくらい寝てるつもりよ?」

「…………一万年くらい」

「…………は?」

「聞こえなかったのかよ。一万年くらいだ。ちょっと力を使いすぎて、もう起きてらんないんだよ。一万年経って……そんで…そんとき、もし気が向いたら、起こしに来いよ」

「本気で言ってるの?」

「当たり前だろ」

「一万年も、眠るの?」

「だからそうだって。お前だって寝るときはそんくらい寝るだろ? すぐだよ、一万年なんて」

「……………………」

 呆れた。彼が人ではないことは知っていたけれど、まさかここまで感覚にズレがあっただなんて。

「一万年も経ったら、私なんて骨すら残っていないわよ」

「……………………は?」

 今度は彼が絶句した。

「人間にとっての一万年って、そういう時間よ」

「……………………………………嘘だろ?」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


 お互いのことを知っているつもりでいた故の、あまりにも馬鹿げたすれ違いだった。



「もう少し起きていられないの?」

「……無理、だな。正直もう、目を開けてるのも辛い」

「…………そう」

「なあ……」

「……うん」

「また、会えるかな」

「あなたが、百年以内に起きてくれるなら」

「…………だよな」

「…………」

「…………」

「………………手、握ってもいい?」

「ああ」

「……………………」

「……笑えよ」

「……え?」

「最後に見るのは、笑顔がいい」

「…………っ!」

 涙がこぼれそうになるのを、必死に堪える。

 今、そんなことを言うのは――ずるい。

「…………うん」

 私はうまく、笑えただろうか。

「……出会ってくれて、ありがとう」

「…………っ…………いまさら、なによ…ばか」

 やっぱり無理だ。泣き笑いが、せいぜいだ。

「――本当は、ずっと…………」

「…………うん」

「……………………」

「……ずっと?」

「…………………」

「……………………ずっと、なに?」

「………………」

「……………………」

「……………」

「……………………」

「…………」

「ねえ、寝ちゃったの?」



「ねえ」



「     」






















「………………………………………………………………………おやすみ、朝霧」


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