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乙女ゲーム、壊れた。 ~バタフライ効果は、侮れない!~  作者: 灯乃
『鳴』

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23/28

鳴澤斉希 後編 ☆

(ん……?)


 高等部の二年に上がった春。

 生徒会室に向かう途中の廊下で、斉希はきょろきょろと辺りを見回したり、手の中にある校内案内図を睨みつけたりしている小柄な女子生徒を見つけた。

 どうやら、迷子になってしまったらしい。

 中等部から上がってくる内部生は、学園祭や交流事業で高等部の校舎にも来慣れているはずだから、おそらく外部生なのだろう。


 斉希は黎の敵と見なした者には容赦がないが、だからといって常日頃から無駄に周囲を威圧しているわけではない。

 利害関係のない相手には、基本的に穏やかな笑顔で対応している。

 何より栄えある生徒会の一員としては、困っている生徒を放っておいてはそのトップである黎の評判に関わりかねない。


 斉希はちょろちょろと落ち着きのない様子の女子生徒に、なんだか籠の中でくるくる走り回っているマウスみたいだな、と思いながら声をかけた。


「どうしたの? 迷子?」


 ついでに、黎からは常々「いつでも詐欺師になれるな!」と太鼓判を押されている笑顔もつけてみた。

 大抵の女子生徒は、これで斉希の味方になってくれるのだが――なぜか振り返った少女は斉希の顔を見上げるなり、見る見るうちに蒼白になる。

 具合でも悪いのか、と一瞬心配になった斉希が少女の方に近づこうとした途端、彼女は叫んだ。


「うわああああっ! こっちくんな、生徒会長至上主義の敵認識した相手はにこにこ笑いながらゴミ扱いしてぷっちり潰す鬼畜腹黒陰険眼鏡ーっっ!!」


 斉希は固まった。

 そんな斉希の前から脱兎の勢いで逃げ出していった少女が、廊下の端でどべっとコケていたけれど、誰もそちらを見ていない。


(……ふむ)


 すでに自覚していることではあっても、改めて赤の他人から指摘されるとなかなかに感慨深いものがある。ちょっと笑いたくなるくらいだ。

 斉希は自分のことであれば多少歪んだ方向性であったとしても、本当のことを言われたくらいで怒り出すような、繊細な神経の持ち主ではない。


(あのちっこい一年が、黎に向かって「お星さま大好きの、敵認識した相手は完全黙殺の不要品として二度と人間扱いしない、完璧なソトヅラの下は誰より大人げないオコサマ野郎」なんて叫んだらシャレにならないな。少し注意しておくか)


 ――自他ともに認める西條黎至上主義者の思考回路というのは、しょせんこんなものである。


 だがそんな斉希の細やかな心遣いを発揮するまでもなく、黎は翌日、その一年生と廊下を曲がったところで正面衝突した。

 そして、転ばせてしまった彼女に謝罪する暇もなく「いいいぃやああああああ! すいませんごめんなさい、何事にもパーフェクツで隙がなさすぎるところが可愛げがなくて、だがそこがイイッ! なーんて夢見るお嬢さん方の妄想を具現化したような生徒会長さまなんて、おれが半径三メートル以内に近づいていいようなお方じゃないんですうううううっ!!」と、後方に飛び退りながらの土下座というなんとも器用なことを披露しながら叫ばれたという。

 ……それを伝え聞いたとき、斉希は自分の黎に対する評価を顧みて、ちょっぴり彼に謝罪したくなった。


 あの一年生が黎の評価を傷つけるようなことを口走らなかったことには安堵したものの、やはり一体どこからそんな情報を聞きつけてきたのだろうと不思議に思う。

 そう言うと、黎は小さく苦笑を浮かべた。


「別に、大したことじゃないだろう。どこから流れたかもわからない噂話なんて、いちいち気にしていたら日が暮れるぞ?」

「あの一年生が外部生だというのが、少し気になるんですよ。会長はともかく、おれに関する話はサロン特権者でもなければ知りようのないものでしたから」


 ふたりでいるとき以外、斉希は黎に対して敬語を使っている。

 ため息まじりの斉希の言葉に、生徒会室にいたほかのメンバーがくっくっと肩を揺らして笑う。


「本当になー、イツキが鬼畜で腹黒で陰険だなんて、いまだに一般女生徒が聞いても『なんのご冗談ですの?』の世界だよねー」


 笑えるー、と言いながら楽しげに立てた指を並べてぱたぱたと上下させているのは、会計の新藤昌紀だ。

 斉希と同じ年に外部入試で入学してきた秀才なのだが、いつでもへらへらと脳が楽しそうに笑っているものだから、ものすごく頭が悪そうに見える。

 斉希は静かに昌紀を見た。


「笑うのは構わないが、女生徒の口まねは頼むからやめろ。気持ち悪い」


 何しろ昌紀は、黎と並んでも遜色ないほどの長身なのだ。おまけにシュミが登山な彼は、鍛えてはいるが細身の黎とは違い、よく陽に焼けたがっつりマッチョという、実に見た目が暑苦しい男なのである。

 マッチョは断じて、可愛い女の子の口まねをしてはならない。

 これは斉希の偏見などではなく、この広い世の中における数少ない真理というものだ。


「あ、ひどいー。一生懸命裏声にしたのにー!」


 むー、と口を尖らせた昌紀の頭を、書記の井波清香がべしっとしばく。

 こちらは常に黎と三年の主席を競っている、正当派の秀才である。

 ちなみに彼女がかけているプラスチックフレームの眼鏡は、斉希のものとは違ってきちんと度が入っている。にこにこ笑いながら黎の敵を陥れることが生き甲斐の自分とは違い、彼女は実にまっとうな女性なのだ。


 この凰華学園で頼れるお姉さまといえばまず井波さま、と囁かれている清香は「何するんすかー!」と情けない声を上げる昌紀の前に、軽く袖を捲った腕をずいと突きだす。……なにげに鳥肌がびっしりだった。

 昌紀が素直に頭を下げる。


「……すいませんしたー」

「わかればよろしい」


 頼れるお姉さまな清香は、可愛らしくも無垢で清純な乙女を愛でるのが大好きなのだ。その聖なる領域を侵害することは、何人たりとも許されるものではない。


 これでこのふたりは、昌紀が入学当初から猛烈なアタックを繰り返した結果、根負けした清香が「……その根性は気に入った」とため息をつきつつ、最後は嬉しそうに応じた現在熱愛中のらぶらぶカップルだったりする。

 その経過をずっと目の当たりにしていた斉希は、清香の心の広さに生まれてはじめて、黎以外の人間に尊敬の念を抱いた。

 もし自分があんな恥ずかしくも鬱陶しい猛攻に晒されたなら、間違いなく警察に連絡して半径五十メートル以内の接近禁止令を取りつけている。


(井波先輩……。まだ間に合いますよ? とは恐ろしくてとても言えない自分を、どうか許してください)


 斉希は黎に関すること以外では、ニッポンジンの世界に誇るべき素敵スキル・コトナカレ主義を大切にしているのである。

 こんな猪突猛進を体現しているくせに、やたらと知恵の回る野生動物のようなマッチョを敵に回すような勇気は、ない。


 それから日が経つに連れて、あのおかしな一年生が持っているらしい情報が、学園内でも華やかな噂話に事欠かない生徒たちに関するものだとわかってきた。

 黎や斉希自身も含め、そういった面々の情報は女生徒の間で驚くようなスピードで回るものである。

 そして、さほど気にすることもないか、と斉希が少女の存在を忘れかけていた頃――


 体育館の非常用スプリンクラーが誤作動し、近くにいた女生徒一名を濡れ鼠にしたため、急遽体育館に補修工事が入ることになったという事件が起こった。

 その女生徒が、斉希にストレートすぎる評価を叩きつけ、更にこのところ学園内でやたらと騒ぎを起こしている愛川美春であると聞いたときには、思わず笑ってしまった。どうやら彼女は、つくづく面倒な騒動に巻き込まれてしまうタイプであるようだ。


 なぜなら、そのときずぶ濡れになって腰を抜かしていた彼女を保護して保健室に連れていったのが、たまたま近くを通りかかった黎だったのだ。

 美春は黎の姿を見るなり、イニシャルGのように這いつくばって逃げ出そうとしたらしい。しかし、学園内では常に品行方正な生徒会長である黎は、問答無用で彼女を抱えて保健室まで運んだのだという。


「……あんな小学生みたいなちっこいのに、あそこまでぴるぴる震えて怯えられると、なんかこっちが悪いことしてる気分になった」


 事件の数日後、久し振りに斉希の部屋にダレに来た黎がため息混じりにぼやく。

 黎のソトヅラは常に完璧なので、今まで子どもや小動物に嫌われたことはない。

 あのちっこい一年生に怯えられたことが、ちょっぴりショックだったようだ。


「まぁ、それはおれでもいやかもな。黎にお姫さま抱っこで保健室まで運ばれちゃいましたー、なんてことになったら、おっそろしいファンクラブの連中に何をされるかわかったもんじゃないだろ?」


 ほれ、と甘党の黎の手のひらに、いつも通りミルクたっぷりのカフェオレを載せてやる。ほどよい温度のカップを受け取った黎は、一口含むと小さく笑う。


「さすがに、今のおまえを抱っこするのはちょっとキツいかな」

「おれは今まで、黎におんぶされたことはあっても、抱っこされた覚えはないぞ」


 首を傾げると、黎は楽しげに笑みを深める。


「いや、あるぞ? この間、赤ん坊のおまえが俺の膝の上で笑ってる写真を見つけた」

「……自分でも覚えていないことをカウントに入れるのは、ちょっとどうかと思う」


 若干あきれながらため息をついた斉希は知らない。

 黎が西條の屋敷でその写真を見つけたのは、自分の母親である鳴澤夫人がお茶会で可愛がっている少女にねだられ、彼らの幼い頃のエピソードを語るために引っ張り出してきたものが、巡り巡ってそれを見たがった西條夫人の手元にもたらされたからだということを。


 そして、彼らがほほえましく小さなお手々を繋いで遊んでいる様子や、一緒のベッドで眠りこけている姿を収めた写真、更に黎が物心つく前に両親に向かって「ぼく、おおきくなったら、いつきちゃんをおよめさんにしたいです」とおねだりしていたというエピソードなどをゲットした少女たちが、「まあああぁ!」とそれはそれは嬉しそうな声を上げて笑い合っていたことを。


 カフェオレを飲み終えた黎が、ごろんとソファに寝転がる。


「斉希? 俺、紅茶のプリンが食いたい」


 斉希は笑って椅子から立ち上がった。


「りょーかい。作ってくるから、しばらく昼寝でもしてろ」

「さんきゅー斉希、愛してるー」

「はいはい」


 ……そんなふうにべったべたに黎を甘やかしているせいで、自分の女子力が途方もないレベルで向上していることも、幼い頃からそれが当然になっている斉希が今更気づくことはないのであった。





斉希「………(セイロンとアッサム、どちらにしようか葛藤中)」

黎「………(幸せのほほんお昼寝中)」

奏「………(萌えとはこういうものかとときめき中)」

花音「………(黎と斉希の写真を見て、弟妹の小さい頃を思い出しうっとり中)」

美春「………(奏目当てに見学に行った文芸部で薄い本を見つけて絶句中)」

由梨那「………(自分の脳がじわじわと腐ってきている気がして動揺中)」




鳴澤斉希


ゲーム設定:

生徒会副会長。主家の次期当主であり、生徒会長でもある西條黎を盲目的に信奉している。よって、好感度を上げるためには黎の好感度も上げなければならないという捻りキャラ。ゲームヒロインが鳴澤ルートを選択した場合、黎に対してのみデレて笑う設定にヤられたプレイヤーが高確率で腐る。


現在:

婚約者が存在していないため、幼馴染みで兄貴分の黎を甘やかすことに全力投球状態。むしろ嫁。奏のことは顔と名前は認識しているがそれ以上でもそれ以下でもないため、彼女の所属している文芸部の予算をさっくり削った。その結果苦悩した部長の由梨那が、若干の逆恨みも込めて作成したものが凰華学園における薄い本第一号。その存在は当然ながら本人たちの知るところではないが、最近黎といるときに感じる視線が濃くなってきている気がしている。

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