鳴宮奏 後編 ☆
他人事のようにそんなことを考えていた奏は、続けて友人のひとりが少し声を潜めて口にした噂話に、思わず目を丸くした。
この凰華学園の中でも、女生徒からの人気という点では間違いなく上から数えた方が早い三年生の伊集院圭司が、以前から何かと噂になることの多かった同じく三年生の伊佐木静流と、不純同性交遊に耽っていたというのだ。
奏は今までに出席した社交の場で、その見た目の派手さとは裏腹に、素直でどこか無邪気な子どもっぽさの残る圭司と何度か言葉を交わしたことがある。
彼は末っ子らしく明るく奔放な気質の持ち主で、いつも壁の花でいるばかりだった奏にも朗らかに笑いかけてくれた。
常に黎のそばにいて、彼に近づいてくるご令嬢たちを冷ややかな視線で追い払っている斉希とは、比べるのも失礼なくらいに優しいひとだ。
いくらなんでも、さすがにそれはないでしょうと思ったものの、そのおかしな噂はしばらくの間、奏の心の片隅に引っかかっていた。
(昔から、きれいな男性同士の恋愛は乙女のバイブルですものね。日本でも江戸時代には、男性同士の恋愛など珍しくもありませんでしたし。でも東海道中膝栗毛の主人公のおふたりが、元々江戸に駆け落ちしてきた恋人同士だったというのは、少し驚きでしたわね……)
奏が幼い頃から親しんできたのは外国文学が多く、江戸時代のベストセラーに取り組んだのは、つい最近のことだったのである。
だが、そんなことを考えていたからなのだろうか。
ある日所属している文芸部の部室に向かった奏は、部員の誰かが落としていったらしい白い紙が一枚、床に落ちているのを見つけた。
何気なくそれを拾い上げた奏は、その裏面に描かれていたイラストを目にした瞬間、固まった。
(えぇと……?)
それは、きらきらとした金髪の青年が、美しい少女めいた少年を抱き上げている様子を描いたものだった。
……どこからどう見てもそのモデルとなっているのは、先日おかしな噂を聞いたばかりの圭司と静流である。
なぜこのようなものがこの部室に存在しているのだろうか、と困惑していた奏は、勢いよく部室の扉が開かれる音に驚いて振り返るなり目を丸くした。
「由梨那さま?」
そこで大きく肩で息をしていたのは、文芸部の部長。
以前、奏が斉希のファンクラブ会員たちに絡まれそうになったとき、あっという間に彼女たちと話をつけて救ってくれた恩人でもある、海原由梨那だ。
なぜか、その顔が蒼白になっている。
「ど……どうなさいましたの? 何かよくないことでも――」
「奏くん……」
由梨那が、その場にがっくりとへたりこむ。それから彼女はおもむろに、それはそれは見事な土下座を披露する。
奏は仰天した。
「ゆっ、由梨那さま!? いきなり何を……!」
声をひっくり返した奏に、由梨那は己の罪を訥々とした声で告白する。
「……申し訳ない、奏くん。実は我が文芸部は慢性的な部員不足のため、毎年生徒会から部費を削減されているばかりか、今となっては部の存続まで危ぶまれているのだ。だからといって、部員及び活動資金確保のために、きみの将来の夫となろうという男性をこういった形で弄んでしまったことは、なんと詫びようとも許されるものではない。さあ、思いきりよく踏んでくれたまえ」
――奏はそのときはじめて、人間というものはあまりに驚いてその驚きが一周してしまうと、却って冷静になることができるのだと知った。
ひとつ息を吐くと、由梨那の方へゆっくりと近づいていく。
もちろん、踏むためではない。
そっと膝を落として口を開く。
「由梨那さま。どうか、お顔を上げてくださいませ」
「いや、しかし……」
「ご覧になってください。こちらの絵は、鳴澤さまをモデルにしたものではございませんわ」
何、と声を零した由梨那が顔を上げる。そして奏が差し出したイラストに目を落とすと、なんともいえない表情を浮かべた。
「……足りなかったのは、この一枚だったのか。私としたことが、随分動揺していたようだ」
ふっ、とニヒルな笑みを浮かべた由梨那は、小柄で眼鏡をかけた一見地味な風貌だ。
しかし、その中身は常に他人の意見に惑わされることなく我が道を突き進む、非常に逞しくバイタリティに溢れたお姉さまである。
……幼い頃から両親に言われるままに日々を過ごしてきた奏にとって、そんな由梨那はともに時間を過ごすうちに、いつしか崇拝の対象にまでなっていた。
それはもう、外堀だけを固められた婚約者候補などという、非常に中途半端な肩書きの相手である斉希などよりも、遙かに尊重すべき存在となるほどに。
「由梨那さま。わたくしに、何かお手伝いできることはありませんか?」
奏だって、文芸部の一員なのである。
その危機に際し、部長である由梨那ひとりにすべての責任を委ねてしまうというのは、あまりに情けない話ではないか。
「わたくしには、残念ながら絵心はございません。ですが、今まで西條さまと鳴澤さまがどのような交流をなさってきたのか……例えば、おふたりがお小さい頃に、よくお互いの家を行き来しては同じベッドでお休みになられていたこと。それに、西條さまに危害を加えようとした他校の男子生徒を、鳴澤さまがにっこり笑いながら一瞬で倒した上、その額と首の後ろに油性マジックで『魚』と落書きしたことなどをお話するのは、何か由梨那さまのお役には立ちませんでしょうか……?」
ちなみにこれらの情報は、鳴澤夫人の口から直接仕入れたものである。信憑性はこれ以上ないほどばっちりだ。
「……奏くん」
真摯な眼差しで切々と訴えた奏の手を、目を潤ませた由梨那がそっと握りしめる。
「私は……私は、ひとりではなかったのだな……」
「はい、由梨那さま。どうかもう、おひとりで悩んだりはしないでくださいませ」
きらきらきら。
ここに今、非常に気高く美しい女同士の友情が、新たなる高みへとそのステージを上げたのである。
……その後、凰華学園高等部でどのような薄い本が人気を博したかは、神のみぞ知る。
奏「今までずっと鳴澤さまを見ていたことが無駄にならなくて、本当によかったですわ(満足)」
由梨那「やはり、主従萌えというのは王道だな……(新作の売り上げに大満足)」
作者「どうしてこうなった……?(困惑)」
鳴宮奏
ゲーム設定:
物静かで清楚な和風美少女。親の決めた婚約者である鳴澤斉希に、素直に心を寄せている。完璧な箱入り娘として育てられたため、ひとの話をあまり聞かない。ゲームヒロインが鳴澤ルートを選択した場合、何があっても「だって、わたくしは斉希さまの婚約者ですもの」という、ある意味ヒロイン以上の天然っぷりでハイパーなイライラ発生マシーンとなるため、プレイヤーから非常に嫌われている。
現在:
花音がワガママで使えないお嬢さまではなく、すんばらしいハイスペック美少女に成長したため、いまだに斉希の婚約者『候補』(イッツ・バタフライ♪ その2)。本人もいろいろと考えるところがあり、ただ親の意向に従うだけの少女ではなくなっている。ペアの攻略キャラである斉希のことも冷静な目で見ていて、特に執着はない。今後も楽しく鳴澤家で開かれるお茶会に参加するが、その目的は若干(?)変化しつつある。そのうち圭司と会うことがあったら、さりげなく体のサイズを目測しようと思っている。黎と斉希のサイズは、すでに由梨那に申告済み。
海原由梨那
ゲーム設定:
名もなきモブ
現在:
奏の所属する文芸部の部長。本人は特に腐っているわけではないが、黎と斉希のファンクラブ会員の一部がそういった属性を持っていたため、彼女たちを相手に部費稼ぎをはじめる。その結果、がっぽりうはうは濡れ手に粟のやめられないとまらない状態。一応、良心も少しは残っているので、にゃんにゃんはキスシーンまでと決めている。奏が絡まれていたときにすぐに助けることができたのは、斉希のファンクラブ会長が腐っているから。ちなみに黎のファンクラブ会長も腐っているため、このふたつのファンクラブは非常に仲がいい。




