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久遠寺花音 後編 ☆

(うーん……)


 数日後。

 花音はあきれ半分、戦慄半分という非常に微妙な気持ちで、同じクラスの片隅で机にぐったりと突っ伏している少女――ゲームヒロインである愛川美春の背中を見つめていた。


 今回自分と彼女(?)だけでなく、攻略キャラと思しき志郎も同じクラスになったのは、きっとここがゲームスタート時点だからなのだろう。

 その志郎は、美春に対して「アイツには近寄っちゃなんねぇ。なんかヘンだし」と決めたものなのか、入学式直前の騒ぎなどなかったような顔をして彼女から距離を置いている。実に正しい判断だと思う。


 だが、これもゲームのイベントというものなのか、入学以来、美春は毎日のように学園中のイケメンとの接近遭遇が続いているのである。

 しかもここが乙女ゲームの世界だからなのか、そのイケメンたちにはそれぞれファンクラブなるものが存在していた。そして、彼らに迂闊に近づこうものなら密かに制裁が下される――などという恐ろしげな噂が、まことしやかに囁かれているのだ。


 花音は当初こそ、不憫極まりない同胞である美春に対し、何か力になれることがあるなら助けてあげたい、などと考えていた。

 しかし、彼女のイケメン遭遇率及びそこから派生する危険度を考慮した結果、おとなしくすっこんでいることにした。同じ目的の元に団結した女子の集団ほど、敵に回したら恐ろしいものはないのである。


「ふ……ふふ、ふふふふふ」


 突如、教室内に不気味な笑い声が響く。

 何事か、とクラス一同揃って視線を向けたのは、その発生源――美春である。

 彼女は不気味な笑いを垂れ流したままゆらりと立ち上がると、不意にぐりんと花音の方を振り返った。

(はい!?)

 その暗く澱んだ視線に射貫かれた瞬間、悲鳴を上げなかったのは恐怖のあまり声帯が凍りついたからだろうか。

 美春は、硬直する花音から視線を外さないままふらふらと近づいてくると、そっと手を握りしめてきた。


(ひいいぃいいいい!?)


 その手の冷たさに、ぞわりと鳥肌が立つ。

 美春は「うふふふふ」と笑いながら、すりすりと花音の手を撫でた。

 怖い。怖すぎる。

 花音は震える声で、どうにか口を開いた。


「あ……あの……愛川さん……? どうかなさいまして?」

「ふ……ふふ、ふふふふ……。こうやっていきなり超絶美少女の手を握っても、セクハラにならないんだからな……大丈夫だおれ。がんばれおれ……」


 ぶつぶつとした虚ろなつぶやきが、怖い。ちょっと気絶したいくらいに怖い。

 花音は将来に備えて、大先輩である父の秘書から『慇懃無礼カウンターアタック』、『失言・揚げ足もれなくゲットだぜ話法』、『相手が自分から行動したと思うような正しいトラップの張り方』等々、さまざまな素敵スキルを学んでいる。

 あの秘書がいる限り、父の前途は安泰だと思う。


 だがしかし、いくら自分の中にあるお役立ち情報を検索してみても、今の状況から即座に離脱できるようなものは出てこない。

 もういっそのことさくっと気絶しちゃおうかしら、と花音が思ったとき、誰かの繰り出した手刀が、花音の手を握っていた冷たい手をびしっとはたき落とした。


「ふざっけんな、このバカ女! 手を握るなんてのはなぁ、本人がいやだと思ったらその時点で全部セクハラなんだよ!」


 そうしてすかさず至極まっとうな主張を展開したのは、いつの間にかそばに来ていた志郎である。

 花音はそのとき、彼の背後に後光が見えた。

 決して、その向こうに燦然と輝く教室天井の蛍光灯が眩しかったわけではない。……たぶん。


「く……久我くん。ありがとう、ございます」

「大丈夫か? 久遠寺」


 どうにか礼を言うと、志郎が心配そうな顔をする。自分はよほどひどい顔色になっているらしい。

 そんなやりとりを見ていた見ていた美春は、なぜか少しの間ぽかんとした顔をしていた。その顔に、徐々に訝しげな色が滲んでくる。


「えーっと……久我? と、久遠寺? ……んでもって、苛立ちマックスレベルのイケメンに、ぴっかぴかの超絶美少女……ってことは?」


 またなんだかぶつぶつと言い出した。とっても怖い。

 無意識に体を引いた花音を背後に庇うようにしながら、志郎が美春を睨みつける。

 それから美春は少しの間押し黙ると、突然鬼のような憤怒の形相となってふるふると肩を震わせはじめた。本気で怖い。


「ふ……ふふ、そーかいそーかい……。あんたらが『久』の攻略キャラと、ライバルキャラってわけですかい……。姉ちゃん、アンタの言う通りだったさ……ここの連中はみんな、素敵にぶっとんだイケメンと美少女ばっかりさ……。くっ、眩しすぎて目が開けらんねぇよ……」

(え?)

「あ? 何言ってんだ、おまえ?」


 訝しげに眉を寄せた志郎をぎっと睨みつけると、美春はびしいっ! とその顔に人差し指を突きつける。


「ハゲろっ!」


 瞬間、教室の空気が固まった。


「そんっっな超絶美少女に愛されているにもかかわらず、ぽっと出の女に惑わされてポイ捨てするような男の風上にも置けない外道など、てっぺんに一本だけ残してハゲ散らかしてしまうがいいーっっ!!」


 そして美春の、魂と心の籠もったシャウトが教室から消えたとき、ものすごく微妙な視線が花音と志郎に向けられた。

 花音に向けられるのは意外そうな、生温かくも何かほほえましいものを見るようなものだ。

 しかし、志郎に向けられるのは責めるような詰るような爆発しろと呪うような、非常に物騒なものである。


 どうやら、きっちりゲーム知識を保持しているらしい美春の発言から察するに、花音がヒロインのライバルキャラとして奪い合うはずだった攻略キャラは志郎だったようだ。

 道理で同じクラスになったわけだ、と花音はひとりうんうんと納得した。

 そこで志郎が、ひどく上擦った声でわめく。


「だ……っ誰がぽっと出女に惑わされてポイ捨てだよ!? んなことするわけねーだろうがーっ!! だ、大体、久遠寺がオレを、とかありえねーし……!」


 まったくもって、その通りである。

 花音はいまだに、志郎とまともに話したことすらないのだ。なのに、彼に恋だの愛だのといった感情など抱くはずもない。

 しかし美春は、どこか頭のネジが飛んだような顔をしながら、実に偉そうにふんぞり返る。


「はっ、これだから鈍感系イケメンはいやなんだ! 一途に向けられる切ない乙女心に、まるで気づかないんだからな!」

「え……?」


 志郎が驚いたように目を瞠った。その目元に、じわじわと朱が昇ってくる。


(あぁ……はい……)


 花音はちょっぴり、遠いどこかに旅立ちたくなった。残念ながらそれは無理だと思われるので、せめて窓の外を遠く眺める。

 美春がそう言うということは、おそらく本来の『久遠寺花音』は『久我志郎』のことをずっと一途に想っている、という『設定』なのだろう。

 花音が薄ぼんやりと記憶しているものとは、微妙に違うような気もする。

 けれど、ゲームにはいろいろと裏設定なるものがあるというし、その辺は深くツッコんでも仕方あるまい。

 ――だがしかし。


(他人の恋心を、教室で、しかも本人の前で暴露するなんて、とってもとっても最低だと思うのですよ……? 美春ちゃん)


 たとえそれが事実無根(?)であったとしても、乙女として――否、人として許されることではないだろう。

 よって花音は、今後美春の身に何が起きようとも、断固として手出し無用の傍観を貫くことに決めた。

 よくよく考えてみれば、アホな男がどれだけイケメンに言い寄られて苦労しようとも、自分の知ったことではなかったのだった。


(けっ、なのです)





花音「乙女心を搭載していない乙女ゲームのヒロインなんて、豆腐の角に頭をぶつけて、もったいないオバケに呪われてしまえばいいのです(怒)」

志郎「………(シロウハ・コンラン・シテイル)」

美春「リア充のイケメンなんて、みんな爆発しまえばいいのだーっはははははふはははははっ!! 花音ちゃんやっぱ巨乳素敵ー(喜)」




久遠寺花音


ゲーム設定:初等部時代に、学園主催のパーティーで志郎に一目惚れ。以来、ずっと彼にまとわりついていたが、まったく相手にされていなかった。ゲームヒロインが久我ルートを選択した場合、いわゆる『性格の悪い自意識過剰の高飛車勘違い系お嬢さまキャラ』として、典型的な悪役ライバルキャラになる。


現在:世界の中心は可愛い双子の弟妹で愛を叫びながら、何不自由なくきゃっきゃうふふと幸せに暮らしている。初等部時代から弟妹に夢中だったため、休日に開催された学園のパーティーでも「早く終われ早く終われ早く終われ」としか思っていなかった。元々ハイスペックな素材を意識的に磨き上げたため、ゲーム設定よりもスペックが高い。ただし、彼氏いない歴=前回の人生+今回の人生歴という、非常に恋愛成分に欠けた脳髄の持ち主。今後、ペアの攻略キャラである志郎に本気で口説かれはじめて「なんでー!?」となる。


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