分解・再構築・物質変換6
アキバの街に戻ってきた。
異世界化(?)してから、数日しかアキバに居なかったこともあり、戻ってきた実感など恭介にはやっぱり皆無なのだが、いままでススキノと記載されていた死亡時の転送先がアキバに記載が変わっただけでも少しホッとする。さすがに距離が半分だとはいえ北海道→東京の道のりは独りではキビしい。
『セララおかえりパーティ』なるものを開催するから盛大に盛り上がろう、そんな風に三日月同盟のマリエールに抱きつかれて関西弁ですがられたが、恭介はあっさりとそれを固辞しさっさと自分の宿を決めた。一泊し、翌日からは図書館らしき場所に移動。錬金術についての調べ物を開始した。いま、やる気がのりにのっているのだ。いわば『いまノリノリだからまた今度』だ。紳士な俺は、デカチチを後回しにするのだ。
アキバの一角にそこそこ大きな建物があり、アキバ唯一の図書館であると聞いた。建物自体に数百年単位の歴史がある、古代文明的な建物の雰囲気だが、ゲームと関係あるのは小さなクエストのさらにごく一部だったりして、実際に図書を閲覧する冒険者など少ないとのことだった。
見回してみれば、大地人の何人かが働いているようで、基本的には本棚の整理などは大地人の手によって行われているようだ。
本棚がずらっと並ぶ手前の受付で大地人に話かけ、中に入っていいか?と尋ねようとすると、突然目の前にメニューが開く。
閲覧できる本の一覧であった。内容はサブ職業に就くための資料の名前だった。ちんどん屋やアイドル、傭兵に武具職人、果てはニートや農家なんてのもあった。
どうやらサブ職業に関わる転職を一手にこの建物で行っていたらしい。一部クエスト発端のサブ職業を除いて、日本サーバーっぽいものが取り揃えられている。もちろん恭介にはそういう各サーバーごとの違いなんてのはわからなかったが、どうやらここがダ◯マの神殿のような転職用の建物として使われているらしい、と認識はできた。
ずずいっ、と指でメニュー画面を視界の隅に避け、恭介は司書らしき大地人に再度話しかけた。
「ごめんよ、錬金術関連の書籍は、ここにあるかな?」
女の司書は不思議そうな顔をして答える。
「錬金術師ですか?錬金術師への転職は生産系ですので、この建物ではなく……」
「違う違う。錬金術師にはもうなってるから、錬金術の書籍が読みたいんだ、資料とかない?」
「書籍、ですか?」
なんだか話が通じない。
「んんん?ここは図書館じゃないの?」
「はい、図書館です。錬金術の本の閲覧をお求めですか?冒険者の方が?」
詳しく話を聞いてみると、いままで冒険者はこの図書館で本を読むという事を、誰一人として行わなかったらしい。少ないどころではない。ただのひとりもいなかったという。ここが図書館だというのにだ。たしかにゲームの頃であれば、わざわざゲームの中で本を読むような面倒な事はしなかっただろう。
「大地人が記したようなやつでいいんだ。調べ物がしたくて」
「……ありますけど」
お待ちください、と一言言って案内役の大地人をつけてくれた。明るい茶髪の大地人で、日本人ならまだ中学生ぐらいの感じの男の子だった。
「この方に、図書施設を案内差し上げてください。錬金術について、お知りになりたいそうです」
「わかりました」
少年に手のひらで奥への通路を案内されそちらに歩いて行くと、目の端に表示されていたサブ職業転職用のメニューも同時に消えた。あの受付の場所だけが転職可能の場所だったようだ。
「恭介だ、面倒をかける。よろしく」
「僕はマークです。でも珍しいですね、冒険者の方を案内するなんて初めてです」
「ま、かわりモンである自覚は恥ずかしげもなく常に持ち歩いているよ」
「なんです、それ?」
と、中学生(見た目からの決めつけ)のマークくんが恭介の言い回しにくすくすと笑う。
通されたのは、図書館の奥まったところ。部屋には大量の本と数人の大地人が数人それと、あの現実世界でも懐かしい本のカビた匂いもそこに再現されていた。
「皆さん集中してらっしゃいますのでお静かに」
指を一本口の前で立てて、小声で言うマーク。
「錬金術関連の棚はこちらになります」
「ありがとう」
大書棚で2つ分。丸々錬金術関連だそうな。100冊ぐらいか?
幸い他の客も近くに居ないようなので、恭介が独り占めできるようだった。近くにあった空の台車を引き寄せて、そこを作業用の基地として、どささ、と数つをその上に載せる。
「バリバリ読みこんでみるわ、なんか聞きたいことがあったら聞くよ」
「はい、私は入口のところで待機してますので」
ニコっと笑い頭を下げてマークは元来た道を戻っていった。
それを見て恭介は、台車に背をもたせかけるべく、床に腰をおろした。
「フレーバーテキスト、というものがあります」
と、いつも解説のシロエさん。アーブ高地の村で屋根を借りた時の話だ。恭介はあの時を思い出すと、いまだにあの時食べたクッキーの甘さを反芻できる。
「味の文?」
「直訳するとそうですね。ちょっとした限定アイテムなんかだと必ずついているんですよ、このナイフはこんな曰くがあるからこんな呪いがあるのだー、みたいなやつ」
「ふむふむ」
「そういうものがエルダー・テイルが現実化した影響でいろいろ絡んでくるんじゃないかと、僕は考えています。まだ予想の範囲内ですけどね。
おそらく錬金術に関する書物も、そういったものから派生して、そのままのものがあるのではないか、と想定できるんです」
錬金術師が生産系サブ職業として存在するのだから、それに関連した何らかの歴史がある、ということだろう。
「そこから、何らかのヒントが得られるのではないでしょうか?」
はい、回想終わり。
恭介はそれっぽい書籍を片っ端から読み漁る。
まず読んだのは錬金術の歴史っぽい本。内容は蒸留酒関連の話。アルコール度数が高い酒を作るための研究が、いわゆる真理の究明なんていうトンデモ目標にシフトチェンジしたのが錬金術だそうな。正直いまはそういうのはどうでもいい。そもそも味の存在も怪しかったこの世界でなにが良い蒸留酒なんだかわかりっこないから、なんだかメタ的に間違っている気がする。
その途中で気になった言葉。『生命の水』。蒸留酒をそう呼んでいたようだ。メモっておこう。
続いて単純な錬成陣についての記載を見つけた。錬成陣の書き方というか、各部位の意味である。これはそこそこ勉強になった。分解・再構成・物質変換ごとに大きく構成要素が違う。これは恭介の得ていた仮説そのままで、補足にしか過ぎない。
さらに続いて賢者の石関連の話。賢者の石についてだけで3冊もあった。
1冊目。賢者の石の効用。永遠の命を授け、不老にもなるらしい。
2冊目。生命の水を利用して作成するらしい。
3冊目。真理の門を開けるのに不可欠らしい。
『賢者の石』、『真理の門』、をメモ。
賢者の石。
これはどうやら実在するらしい。それも冒険者の使うアイテムとしてだ。
そもそも錬金術のメニューで作成できるレシピに、存在する。
パーティ全体回復アイテムで、決して短くない時間の再使用時間が必要になるちょっとばかし使いにくいアイテムだ。スキルでいったらクレリックのエリアヒールに近い効能だろうか。見たところ再使用時間はエリアヒールの数倍は長い。
よく考えてみたら冒険者は不死だ。不老かどうかは今のところ不明だが賢者の石の効果はHPの回復だけでいいのだ。
生命の水
最初の本によれば、蒸留酒の事。ウイスキーとかシェリー酒の事だそうだ。なんとなくイエス・キリストのパンとワインのイメージがあったので、ワインのことかと思ったが違うそうだ。そもそもワインは醸造酒で、米の酒が日本酒なら、ブドウの酒がワイン。原料は違うが製法は似たようなものということだ。
結局のところ、アルコール度数を上げるため混ざっている液体からアルコールを熱して昇華、気化したものを再度冷やして液化することで、高濃度アルコールを作る。水とアルコールの沸点が違うのを利用する、その過程が錬金術というわけだ。
水とアルコールが混ざったものを『分解』、気化したアルコールを『再構成』、液化させた結果違う酒になるので『物質変換』。この流れが、錬金術ということだ。
真理の門
これがよくわからない。なぞなぞのような文が延々載っているだけ。
全と一と理解せよ。
錬金術の真理がここにある、のだそうだ。
その果てになにがあるのやら。よくわからん。
真理の門が記載されていた本の最後のページ、装丁の裏に走り書きがされていた。よくサイン会とかで作家にサインとか書いてもらう部分だ。
いや、これは、走り書きとは言わないか。文字は赤黒く、まるで指につけた血で書いたような文字で一言。
『Life Alchemize』
ライフ アルケマイズ?直訳すると、『人生が錬金する』かな。なんなんだ?
文字の最後の方が震え掠れていてまるでダイイング・メッセージのような雰囲気すら感じる。
しかしこれはどういうことか。いままで読んだ本の内容はすべて日本語で書かれていたというのに、最後のこの擬似ダイイング・メッセージは英語。どういう意図なんだ、これがクエストのヒントか何かなのか?
なんだかただただ疑問が増えただけのような気もするが、恭介は今日のところは退散することにした。さらっとすべての書籍に目を通したし、もう来ることはないかもしれない。書庫の入口に居たマーク君に謝意を伝え、アキバの街へ出た。
生命の水、賢者の石、真理の門。大事なのはそのくらいか。
すでに日が傾いており、すでに外は暗くなっていた。図書館に入ったのは午前中だったから、ずいぶん長い間中に居たようだ。
腹も減ったしそこらの定食屋(どうも恭介は何かというと定食を好むようだ)にでも入ろうか、と鼻を利かせてみる。
そう、あの酒を呑まない深夜の飯テロドラマの主人公も、こうやってうまいメシ屋を探していたのだ。店構え、匂ってくる香りで店を決めるのだ。
……街にはなんの匂いもしなかった。そりゃそうだ、ニャン太の気づいた料理の作り方はシロエに口止めされていて、未だに少ない人間しか知らないのだから。
んじゃ仕方ねえか。
「犬みたいなやつだな」
呆れて直継が言う。横にはガツガツとどんぶり飯を食う恭介がいた。鹿の他人丼。うまい。たまごトロットロ。
「犬は犬でも、腹が減ったら帰巣本能で人間の家に帰ってくるバカ犬」
「うまい否定はしないバカという発言は許すああうまい甘んじて受け入れるもうこのウマメシから俺は逃れられないのだほんとうまい」
「ものを喰いながら一気に話すな発言をうまいで囲むな読点を入れろ」
お前もな。
シロエ達4人は、ウイークリーマンション的なゾーンを借りて、そこに仮の住まいを構築し、生活を初めていた。念話で場所を説明してもらって、直継に引き入れてもらった形で、恭介はそのゾーンに入れた。
ゾーンというのは大小様々あり、小さいのはワンルームのアパートサイズから、大きいのになるとアキバの街全体、と区切りが様々。このぐらいの部屋の大きさで数日限定であれば、4人で宿屋に泊まり続けるよりも安く上がるのだろう。4人が借りたのは中の下の価格帯のやつだろう。
なおかつ料理が作れる部屋であれば、にゃん太があの豪腕(腕前的な意味で)を振るってウマメシを作ってくれる。このウマメシを周囲に黙っている手前、こういった形で仮の住まいに落ち着いたんだ、とシロエは言った。
「ゾーンを指定メンバー限定にすると、匂いも外に出ないのにゃ」
と、にゃん太師匠。ゾーンというのは不思議な構造でできているものだ。プライベートバリアー!って感じか?
「で、何か収穫ありました?」
「生命の水、賢者の石、真理の門。こんな単語に聞き覚えは?」
シロエの問いに、問いで返す恭介。
「賢者の石、であれば持っているユーザーは何人か僕も知っています。とても高価な制作級アイテムなのに効果があんまり大したことないので、所持している人は少ないですけど。
他の2つは聞き覚えがないですね」
アイテムとしての賢者の石は、職業にかかわらず全体回復ができる永続アイテム(使ってもなくならない)なのだが、いかんせん効果がそこそこでしかなく、全力の回復職の人間がパーティに居る場合はただただ攻撃機会を減らすだけのアイテムになってしまうので敬遠されているそうだ。
他の3人にも視線を振ってみるが、3人共それ以上の情報はない、と首を横に振る。
「あとは、『Life Alchemize』という言葉が、真理の門の本の最後に記載されてた。たぶん血文字で」
「血文字で?」
「おうさ。それこそダイイング・メッセージみたいな、ちょっとゾッとする感じで」
シロエがそれを聞いて嫌そうに顔を歪める。
そうだ、それを聞いてみよう。
「なんで血文字だけ英語で、本の内容は日本語だったんだろうか。なんかわかるか?」
「ああ、それは」
まさかの即答。さすが解説のシロエさん。
「システム上の文字は全言語に翻訳されて表示されるようになってます。恭介さんが日本語で初期登録していれば、たぶんシステムで表示される文字はすべて目に入る前に翻訳されてます。
ちなみに会話も一瞬で翻訳されます。初期設定英語の人が、初期設定日本語の僕に話しかけると、僕の耳に届くと同時にほぼ正確な機械翻訳された日本語で僕は認識できます」
すげえな、最近のゲームは。リアルな『翻訳こ◯にゃく』か。
「てことは、それを踏まえると、血文字は」
「英語が基本の人が、書き加えた言葉なのでしょうね。システム上のテキストではないから、変換もされない。
なんでしょうね『Life Alchemize』
生命錬成、ってとこですかね?」
「生命?人生じゃなくて?」
「Lifeって、人生って意味だけじゃないですよ。生命とかをライフって言うでしょう。ゲームによってはHit PointではなくLife Pointと表現するものもある」
そらそうだが、指摘されないとファーストインプレッションから簡単に抜け出せないのが人間というものだ。そもそもAlchemizeの方も錬金する、という動詞だと思っていた。錬成という単語だけで確かに錬金すると意味は同じだ。
「生命錬成。この単語が、」
「肝みたいだな」
「ですね」
食休みを兼ねて、みんなと話をする恭介。やはりこのメンバーは居心地がいい。打てば響く会話が心地よい。
「昨日の宴はどうだったんだ?」
「セララがパーティの主役だったというのに、世話を焼いていた。あれは性分というやつだな」
アカツキが少し離れたところでムスッとして言う。そこそこ心配性の気があるな、このちびっ子は。
「セララさんはいい子ですにゃ」
「いい子、ねえ」
「直継、あんまり突っ込んじゃダメだよ」
「わかってる」
「で、これからどうするんだ、お前たち」
シロエに問いかける。結局この4人を引っ張っているのはシロエだ。
「アキバを攻略しようと考えてます」
「アキバを攻略?」
「ええ、この雰囲気を打倒する。倦怠感を打倒します」
シロエは、自分に言い聞かせるように言う。気負っている雰囲気すら感じる。すでに他3人には話が通っているらしく、3人に驚きはない。
「ずいぶん大きく出たな」
「相手はアキバの冒険者1万人」
「それを、ひとりでやるつもりか?」
「ひとり?そんなわけないでしょう」
柔らかに笑うシロエ。
「僕には仲間が居ます。もちろんこの3人だけじゃない、マリ姐も手伝ってくれる。僕はやれますよ」
やりますよ、ではなく、やれますと言った。支え支えられか?少しくさいことを言ったという自覚が出たのか、頬をポリポリとかく。正直な男だ。
「もしかして、」
「ええ、そうです」
言いかけた恭介にかぶせてシロエが言う。
「恭介さんも仲間です」
おいおい、連帯保証人みたいな言い方するなよ。
「嬉しいね、それは」
引きつった笑いながら恭介も応える。
打てば響く仲間。それだけでも何十万枚の金貨に匹敵するだろうよ。
目的と、作戦の概要を恭介は聞く。
話しぶりと、アカツキの意外と顔に出る表情(本人はアサシンらしく無表情を装っているらしいが、実際は正直娘で無表情からの振れ幅が大きいため嘘発見器のように恭介は利用していた)から、いくつか隠している事があるような状態であると恭介は推測できた。
信用されていない、というわけではないだろう、と恭介は一応納得した。
「廃退的な雰囲気の原因である、一つのギルドを潰します。
ギルドの名前はハーメルン」
恭介はそれを聞いてすぐさま質問する。
「潰す、という抽象的な表現はやめろ。実際にはどうしたい?」
「アキバの街から、居なくなってもらいます」
「すると、自主的に出て行ってもらう、ということか。その方法がお前には見えているのか?」
「はい。見えています。しかし、まだ出来ません。手札が揃っておらず、その準備に時間がかります。しかもその方法は恭介さんには言えません」
「正直者め」
「褒め言葉と捉えさせてもらいます」
「バカか、皮肉だ。俺にやって欲しい事がある、って事でいいのか?そこまで中途半端に情報を出すということは、他の3人には出来ないことが、俺にはできると?」
「ご明察。恭介さんは話の理解が早すぎて、少しばかり心配になります。本当に理解してます?」
「してるよ。
俺に説明出来ないことがある、ってことは情報を抑える事に意味があるということだ。困ったことにお前は無駄な事に嘘はつかないタイプ。
情報提供をしない状況でやって欲しい事がある、それだけでスパイをやれということと察しはつく。
おおかたそのハーメルンっていうギルドに潜り込め、ってとこだろう?」
「さすが。全部大正解です。
ハーメルンのギルドに所属してください。
僕たち4人は流石に目立ち過ぎます。大体にしてハーメルンというギルドは、レベル90のユーザーがわざわざ入るようなギルドではないんです。
その分恭介さんは中級レベルなのに不思議とルーキーです。あのギルドは喜んで仲間に入れてくれるでしょう。戦闘要員としてね」
どこまで見えているんだろうか、このメガネの先に。
腹黒メガネという二つ名がこの若者にはあるそうだが、全くその通りだと思った。腹黒という言葉は多くの揶揄が含まれているが、実際には底知れない未来想定を繰り返す事で考察ノートが真っ黒になる、そんなある意味理系の実験を繰り返しているような男だ。トライアンドエラーで、ノートが真っ黒。それが理系の考え方だ。
「わかった、協力しよう。俺で役に立つなら借りを返すことにもなろう。
ところで、そのハーメルンというギルドをアキバから追い出すことで、本当にアキバの街の低い雰囲気を払拭できるのか?」
「ついでです」
「は?」
「ハーメルンは路傍の石に過ぎません。メインの作戦のついで。ついでに除去するんです」
「ふうむ。メインの作戦については?」
「それこそ恭介さんには言えません」
「あ、そ。了解だ」
そしらぬ顔の直継&にゃん太に続いて、なんだか少しばかり申し訳なさそうな表情をするアカツキの顔を眺めると、彼らの役割分担は申し分なさそうだな、と感じた。
「よし、じゃあこのウマメシともしばらくの間おさらばかな?」
にゃん太が入れてくれたカップに残ったアップルティーを一気飲みして恭介。暖かい甘い香りが鼻孔をくすぐる。残り香を楽しみながら少ない荷持を担ぎ直し、自分の宿に帰るべく恭介は言った。
「すみません、そこは、少々お待ちを」
「? 待ってれば食えることがある、ってことか?今後?」
シロエは苦笑するしかない。
「言葉尻をいちいち捉えないでください。別の作戦で少し利用します。その、ウマメシを」
いったい何本作戦を並行させているのやら。
「恭介っち、明日の朝食べると良いにゃ」
サンドイッチを包んだものを、にゃん太に渡される。
「サンキュー老師、また頼むよ」
にっこりと笑って、軽く手を上げて、あっさりその部屋を恭介は出た。