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分解・再構築・物質変換4

 暇だ。

 ススキノの街を目の前にして、恭介はひとりお預けをくらっていた。

 シロエ、直継、アカツキのレベル90トリオは3人してススキノの街に入っていった。恭介は帰りのグリフォンに座れない、という理由で街には入らず、城壁の外、街道脇の森の中で一人座り、錬金術の物質変換を繰り返していた。

 分解の戦闘利用によるチートダメージで、レベル差をものともせずに経験値をがっぽがっぽと稼いできた恭介は、1ヶ月で武闘家レベル53。

 それに反して血液をH2Oに分解してばかりだったサブ職業のレベルは12ととても心もとない。戦闘ばかりやっている戦闘ギルドのプレイヤーにはたまにいますよ、とはシロエのなぐさめの言葉。

 レベル10を越え、分解以外のサブスキルも利用できるようになったものの、錬金術師のレベルは全然あがらない。

 ということで、独りになってからも反復作業である。そこらに落ちている、石、折木、果実、さらには地面の土など、対象にできるものを片っ端からバンバン錬成する。途中で錬成光がビカビカ光って街道から見えてしまう事に気づいたため、ススキノの街がギリギリ見えるぐらいまで森の奥まったところまで移動した。

 作成難度が難しい物を錬成すればするほどスキルの経験値は上がりやすいそうだが、残念ながら恭介の手持ちにそんな素材はない。森を探索して見つけられるアイテムで作れる錬成物なんてものは、レベル10台で頭打ち。あとはモンスターがドロップしたアイテムが必要となるわけだが、いかんせん街から近いこのあたりではそんな高望みも出来ない。

 地味だが継続こそがレベルに還元される。1回1MP消費のスキルをガンガン連発して、空っぽになったら休憩……を繰り返す。シロエから連絡があるまでこれを続けよう、と恭介は独り考えた。




 その途中で、あることに気づいた。

 錬成陣についてだ。

 大体だが錬成陣についての振り分けが恭介には出来てきていた。

 分解・再構築・物質変換。エルダー・テイルにおいて錬金術師が行えるたった3つのスキル。この3つで、錬成陣の形で大きな異なる部分を見つけたのだ。

 そもそも錬成陣は、複数の図形を組み合わせ大きな円状の図形が構築され、その大枠の中に細かくアルファベットに似た文字が書き込まれているのが通常の形態であった。

 分解の錬成陣には、その文字が一切ない。再構築・物質変換については、文字が必ず含まれているのだ。

 まだ高レベルの再構築・物質変換は恭介自身は実行したことが無いため、断言はできないのだが、おそらくこの2つは分解の上位に位置づけされているのだろう。分解してから組み替えるのが再構築と物質変換ということは、再構築と・物質変換の錬成陣には、分解の錬成陣も含まれているということになるだろう。

 結論として恭介は、分解の錬成陣に文字を付与すれば、再構築と物質変換の錬成陣が生まれる。そんな仮説を立てるに至った。

 さらに至ったのは、この錬成陣、ただの演出ではないのだということ。錬成陣自体が、錬成に必要なのではないかと思い至る。




『恭介、聞こえるか?』


 短い呼び出し音の後にアカツキの声が聞こえた。念話だ。


「はいはいどうぞ、こちらススキノの外に居る恭介」


『主君からの指示を伝える』


 シロエから直接ではなく、アカツキ経由での伝言であった。

 三日月同盟のセララと、そのセララを匿っていたという冒険者の二人を連れていまから外に向かうということだった。

 アカツキは気配を消してシロエ・直継を加えた4人を距離を開けて周囲を警戒するように指示をされたという。


『恭介は一度街に入って欲しいそうだ』


「街に?中に入れってことか?いいのか?」


『どうやら、その匿ってくれていた人、というのが主君の知り合いらしいのだ。帰りの道も大丈夫、と伝えるように言われた』


「大丈夫、ねえ。まあいいや了解。じゃあ俺は出口で4人を待つわ」


 大丈夫。つまり、匿ってくれていた人、というのがグリフォンを持っていて『グリフォン定員問題』は解消という事だろう。恭介は帰還呪文で帰る必要はなくなり、もしこのあと死亡したとしても、アキバで復活するよりもススキノで復活した方が都合が良いという判断だろう。




 ススキノの出入口周辺の内側で、自分の帰還呪文の転送先がススキノに切り替わったのをメニューで確認すると、恭介は4人が現れるのを待った。

 すぐにシロエとピンク色の髪をした少女、それと猫人間がその場に現れた。どうやら直継は別行動らしい。


「セララちゃんと・・・?」


「こちらにゃん太班長です。恭介さん」


「にゃんたはんちょう」


 シロエに紹介されたもののその言葉が消化が出来ず、ついオウム返ししてしまった。猫人族を見るのは初めてというわけではないが、そこまで直接的な名前というのは、未だにエルダー・テイルの世界をゲームの延長であると認識できていない恭介にはしっくり来ない。人間に直せば、ヒト太となるはずだ。


「班長はあだ名みたいなものですニャ。にゃん太ですニャ」


「きょ、恭介だ、よろしく頼む」


 人外のものに馴染むのはなかなか大変だなぁ、と恭介はひとり思う。握り

合った手の感触も、手袋はしていたが、なんだか肉球がこの下にあるんじゃないか、と偏って構えてしまう。握手に握り返してくるにゃん太の手は五本指だけど。


「彼は、まだレベル53ですが、単独での戦闘能力はおそらくそこらの冒険者の敵ではないでしょう。連携はまだ拙いですが、レベル90のソロプレイヤーと同様に認識していただいて結構です」


 シロエが恭介の戦闘においての評価だけをにゃん太に説明する。この後に戦闘があることを前提とした会話である。シロエの言葉にもともと眠たそうなにゃん太の目を少し開くと、頷いた。詳しい話は後、大事な事を先にまとめる。


「にゃん太班長は、盗剣士<スワッシュバックラー>です。恭介さんは特性をご存知ですか?」


「知らん」


「でしょうね。スピードメインの武器職と考えて問題ありません。班長は近接の凄腕の使い手。今日はふたりともソロで好きなようにやってください、こちらも勝手にエンチャントします」


「了解だ」


 とんでもなくざっくりとした作戦指示を聞きつつ、4人は街を出た。ピンク色の少女、セララが慌ててついていくるのが可愛らしい。

 セララの話は特にしなかった。これから起こるであろう戦闘に不必要な情報はシロエがわざわざいまやることではないと判断したのだろう。

 いつもどおり、連携を忘れ、ソロと同じように立ち回れという指示だと恭介は認識した。レベル差によるHPの差が、如実に現れるPvPの戦闘では、自分の命を優先しろという事でもあるだろう。

 さらに言えば、明確に見張られているこの状況で、あからさまな作戦会議をするのも良くない。最低限の指示だけで、まるで自己紹介をしているだけのような雰囲気で動いたほうが、相手を欺くことができるだろう。

 戦場は、すぐ先だ。なんといっても街を出ればそこはPKゾーンなのだから。




「<ブリガンディア>の『デミグラス』さんってのはどなたですかっ〜?」


 街から出て、少し行ったところで<ブリガンディア>ギルドの面々が封鎖線を引いて待ち構えていた。シロエが先制とばかりに少し遠いところから大声で呼びかけ、周囲がざわつく。あからさまな挑発が含まれている。シロエの言葉に味方のセララまでもビクつく。


「やあやあ。シロエち。そんな大声を出してものを尋ねるのは失礼なのにゃー。吾輩が知っているにゃ、あそこにいる大男にゃ。——おーい、デミクァス〜」


 筋肉ダルマがそこにいた。ムッキムキで横幅もでかい、熊のようなガタイの男だった。目つきも悪ければ、息も臭そうだな、とは恭介の感想。


「セララの周りを飛び回っていたのはお前たち二人っていうわけか」


「我が輩だけなのにゃ。それから一人じゃなく一匹なのにゃん」


 どうやら猫人族の数え方は一匹二匹らしい。


「……若者の無軌道は世の常。その青春の熱を許容するのが大人の器量とは言え、そこには自ずと限界というものがあるのにゃ」


 冷たい声で、にゃん太班長。要約すれば、ガキがやり過ぎだボケぇ。


「何を言ってるんだ、半獣がっ」


「これから云うのにゃ。よーく聞くにゃ。——デミクァス。お前の所業はやり過ぎにゃ。どうせPLで襲いかかってくるつもりなんだろうから、手間を省いてやるにゃ。若造の高く伸びた鼻をへし折るのも大人の務め、胸を貸してやるから一対一でかかってくるにゃ」


「はっ! 何を言ってやがる。何で俺達がお前たちの流儀に付き合わなきゃならねぇんだ。こっちは十人からの仲間がいるんだぜ?」


「お話中すみません。デミクァスさん。あなたじゃなくてもこちらは構わないです。むしろ、その……灰色のローブの。それって『火蜥蜴の洞窟』の秘法級アイテムですよね? あなたの方が強そうです。<武闘家>じゃなくあなたと戦った方がどっちも納得できる。にゃん太班長、あの魔法使いとやり合おうよ」


「俺が“灰鋼の”ロンダーグだと知って云っているのかっ」


「それもそうだにゃ……。白黒つけてはっきりさせるにゃ」


 No.2の魔術師で構わないというていをとり、さらにデミクァスを煽る2人。黙っている恭介は一人、シロエとにゃん太が魔術師とやるなら、俺はあのデミクァスとかいうやつをからかって遊ぼう、と一人考える。


「“灰鋼の”ロンダーグさんでしたか。二つ名持ちですね。そっちのデミクァスさんよりも、僕らもその方が納得できる。……こっちはこのにゃん太班長。<盗剣士>が相手です。勝負と行きましょう。

 逃げるつもりはありませんから」


「さっさとやるにゃ。その装備ならお前も一流の術者にゃ? 戦闘で白黒つけるのが、お前達のやり方にゃんだろう? 我が輩のレイピアが怖くて一斉攻撃にこだわるデミクァスは放置するにゃ」


 奥で放置プレイされていた肉ダルマが、見る見る赤黒く変色して、ついに叫んだ。


「良いだろう、俺がやろうじゃないか!お前みたいなふざけた野郎は、俺の拳で引導を渡してやっ――るっ!」


 戦闘の火蓋が切って落とされた。




 にゃん太。

 猫人族。シロエの古い知り合い。

 スラリとした長身で、シロエや恭介よりも背は高い。直継と同じぐらいだろうか。中の人、というとなんだが、40とか50とかの年齢だろうと想定はできる声色だが実際はどうなんだろうか。

 後から聞いた話だが、あの語尾はにゃん太の趣味で、猫人族を演じるために使っているだけだそうで、別に猫人族はすべてあの語尾になってしまうとかではないそうだ。にゃんにゃんうるさくも感じていたが、恭介も次第に慣れてきた。




 <武闘家>のデミクァスは重力級ファイター。ぶっとい腕から振るわれる各種攻撃をにゃん太がひらりひらりと交わし、スキを見て両手のレイピアでチクチクと攻撃する。

 先述したことがあったが、ゲーム設定がある。いくら軽く振りぬいて、現実では実際のダメージが少なくなろうとも、その武器が持つ攻撃力が命中と共に発揮されるこの世界では、有用な攻撃と思える。

 デミクァスは大ぶりの攻撃で、一撃必殺のような爆発的な攻撃を見せているが、にゃん太は対照的に当てる事に主を置いた身体運び。クリティカル目当てで大ぶりするよりも、2本のレイピアを当てるだけに集中させて、チクチクとダメージを蓄積させていっている。


「他にも良点はあります。<盗剣士>のスキルには状態異常を引き起こすものが多くあります。攻撃速度低下、回避性能低下、防御性能低下、その状態異常攻撃も当てるだけで効果があるのです」


 と、隣に居た解説のシロエさん。見れば戦闘開始当時と比べデミクァスの動作が遅くなっており、ぱっと見はにゃん太有利に見える。


「凄腕の使い手、ってこういうことか」


 シロエが紹介してくれた時に言った言葉を反芻する恭介。にゃん太は盗剣士の良さを余すこと無く『使って』いる。


「レベル90になれば、誰でもああなる、ってわけじゃない、ってことか」


「そういうことです。恭介さんならそのレベルまで、すぐですよ」


「そいつぁどうも」


「さて、そろそろですかね。合図をしたら、セララさんは全体に脈動回復呪文を。同じタイミングで恭介さんはデミクァス以外を抑えてください」


「えっ?」


「はいよ」


 シロエの指示に、疑問が残るセララと、何も質問しない恭介。

 にゃん太は大きくひらりとデミクァスを伸身宙返りで飛び越し、着地の直後に6連撃。状態異常の効果と共に、デミクァスのHPバーが半分近くまで赤く変色する。血走った目を二足歩行する猫にくれながら、大声で叫ぶ。


「くそっ! しゃらくさい。こんな決闘ごっこなんてやってられるかっ!! ヒーラーっ! 俺の手足を回復しやがれっ、〈暗殺者〉部隊っ! この猫野郎をぶち殺せッ!!」


 チラリとシロエを見ると、ほらみたことか、という笑いを口に乗っけてメガネを光らせていた。おおこわ。




 一瞬の躊躇が見られたが、すぐに周囲の前衛職がにゃん太に向かって走りだす。

 そこに立ちふさがるようにして現れたのは、いままでどこにいたのか直継であった。十八番のアンカーハウルを叫びつけると、8人の視線を釘付けに。ただし1対8でボコられれば直継といえど数秒も耐えられはしまい。


「回復開始っ」


 シロエがセララに合図を送る。恭介もそれを聞いて一直線に直継の援護へと走る。


「は、はいっ!<ハートビート・ヒーリング>ッ!」


 パーティ全体にかけられる脈動回復呪文。1秒毎に一定量のHP回復が行われる呪文である。

 直継に殺到する戦士達。盾であしらうものの多勢に無勢。恭介は直継の後ろに回り込むと独自のステップと瞬発力で次々と荒くれ者に拳をくれてやる。

 しかし、まあ、不利だな。と、恭介。

 というのも攻撃してきた8人は、防寒仕様。雪国のススキノ。油断をしたら雪がまだ降るようなこの時期

に肌を露出している冒険者はそうそういない。分解を使えない恭介の攻撃力は、レベル90の冒険者には蚊ほどのダメージも与えられない。

 ヘイトが完全に直継を向いている現在では、横から邪魔をすることしかできず、決定打につながらない。カウンターが出来ない状況だと、隙をつくのも難しい。

 それなら、と恭介は考え方を改める。

 防寒具が無いところをピンポイントに突くのだ。狙うのは、指先か首筋。

 直継に殺到した一人を狙い、背後から裏拳の如く手刀をくれてやる。そして分解。


「ごぶぁ!」


 喉近くだったため、肺の空気が爆発的な音を立てて喉を震わせる。そして血の流れで声が上げられなくなり、もんどりをうって転げる戦士。鎧の中で行われている血流爆発は見えないが一人を行動不能にした。しかし状況が必殺にはさせてくれない。回復役による回復呪文ですぐに回復されてしまうのだ。

 指を爆発させても、首をぶっ飛ばしても、ジリ貧。先に回復役を攻撃しようとすれば、直継はすぐに沈むだろう。結局数で負けている限り、奮闘したところで直継と恭介の生存時間がちょっとばかし延びるだけだろう。


「<キャッスル・オブ・ストーン>ッ!」


 決定打に欠ける状態で戦闘を継続していると、直継がスキルを使用した。直継の体全体が磨きあげた石のように変化する。

 防御力増加の技だろうか。

 タイミングを合わせ一斉に攻撃を加えてきた<暗殺者>部隊の攻撃をすべて喰らうも、HPバーはセララの回復呪文分増えていくだけでダメージを受けていなかった。絶大な防御力になる技か。

 おそらくだが、短時間だが防御力を増加させる技だろう。その代わりリキャストタイムが長いはずだ。


「云ったですにゃ? 直継っちはそうそう落ちないですにゃ~」


「いまだ、セララっ。直継に多重回復っ!!」


 セララがさらに直継に回復呪文を送り込む。


「無駄な時間稼ぎをっ!」


 デミクァスがさらににゃん太に肉薄する。

 すでにデミクァスのHPはフル回復済み。対するにゃん太は3割を下回っている。しかし、にゃん太はその猫の顔を涼しげに緩ませて言い放つ。


「そろそろいいですかにゃ、シロエっち」


「いつでもやっちゃって、にゃん太班長」


 それを合図に、デミクァスに付与されるシロエの<ソーンバインド・ホステージ>。魔法のいばらが5本デミクァスを拘束する。魔法によって拘束されたデミクァスの攻撃を再度ひらひらと避けるにゃん太。

 一瞬の隙をついて中空を舞い両のレイピアを煌めかせ、正確にいばらを貫くにゃん太。5回貫いたところで、再度魔法のいばらを設置するシロエ。にゃん太は返しの剣で更に5つを正確に貫く。

 剣閃は10。振るわれた時間はおよそ2秒弱。デミクァスのHPバー一本分が、一気に赤く変わる。そして絶命。




 そこからは単純である。

 バックアタックをかけたアカツキがブリガンディアの後衛部隊を片っ端から処刑していき、最前衛も後衛も瓦解し指揮系統も崩壊。

 シロエ達はいつもの笛でグリフォンを呼び出し空へと羽ばたく。異世界化の発生と共に冒険者としての本懐を忘れてしまったブリガンディアのメンバーに、グリフォンを扱えるほどの冒険者は一人も居なかった。

 6人は空を舞い、一路南へと針路をとった。




「見せ場がなかった」


 ススキノから半日グリフォンで南に下ったあたりで、シロエたちはキャンプを張ることにした。村がそこらにあればそこに泊まったりもするのだが、基本的にグリフォンで時間いっぱいまで飛べるだけ飛ぶのが、アキバに帰るのを早める結果になるため、今日は森の中でキャンプである。

 恭介はテントを手際よくシロエと共に組み立てて、本日の寝床準備完了である。


「見せ場?」


「そう。見せ場。もっと言えば活躍できなかった」


「ああ、しょうがないですよ相手の8人は<暗殺者>アサシンばかりでしたからね。スピードにしても<武闘家>モンクとどっこいじゃないかと」


「いや、スピードは追えた。言っちまえばお前らのアレも10回全部数えられた」


 <ソーンバインド・ホステージ>の2重かけによる10連閃のことだ。


「装備も貧弱だから、アサシンの攻撃がかするだけでゾッとするほどHPが削られる。スキル練度も低いから反撃も思う通り行かない。思うとおり行かない、ってのはこの世界全体を表すいい言葉だな」


「思う通りいかない、ですか。そうですね」


「目下の問題は」


 ぐ−、とあまりにも正直な腹の音を響かせて言うのは横にいた直継。


「マズメシだな。あれはうまくいかない」


 韻を踏んできたぞ、この直情前衛ガーディアン。


「錬金術でなんとかならんのか、恭介」


「それは無茶ぶり。素材アイテムなら錬成できないことはないが、錬成したチーズを常温で食う、とかで我慢できるならいいけど」


「チーズって素材アイテムなのか?」


「そういえばそうだったね」


 シロエの相づち。


「そういう変なところはゲームなのか。とろとろチーズ、とか食えないのか?」


「あたためた途端に、黒いムニュムニュに変身するだろうが」


「そうだったな……」


 と、直継が露骨に落ち込む。大災害から1ヶ月、まともに味のするものを食べていない。大災害以前まで味のするものを食べて生きてきた冒険者諸君はやはりモチベーションが上がらない。


「いま俺は猛烈にうなぎの蒲焼きが食いたい。長年継ぎ足してきた秘伝のタレなんかがかかった白飯と、脂が乗りに乗ったうなぎを口に一緒に放り込むんだ」


「直継、よだれ出てるよ。僕は甘いモノかな。ケーキとか豆大福とか」


「シロ、意外と甘党なのか」


「スナック菓子もいいよね、ポテチにコーンスナック、うまい棒」


「駄菓子じゃないのか最後の。俺は肉だな」


「恭介は肉食か」


「おうよ、牛豚鳥、どれでもいい。なんならあれだな熊でも鹿でもいい」


「鹿ってうまいのか?」


「うまかった。よくファンタジーとかでもあるだろ?家畜も人間も子供の方がうまいって。子鹿だ。子鹿はいい。柔らかいんだ、肉もホルモンも」


「意外とグルメですね、恭介さん」


「肉汁がぶわっと出て、骨の中にもうまい汁が入っててそれをすするんだ」


「すするのか」


「おう、すする。ズズズと髄をすする。うまいぞ、あれは」


「……おい、なんか、肉の焼ける匂いがしてきた。幻か?」


「んなばかな。鹿をすする話をしていたからか?」


「いや確かにする。肉の焼ける臭い。外からか?」


 と、テントの天幕を上げにかかる直継。恭介もそれに続く。


「これは鹿の焼ける臭いだ。油の違いを俺は敏感に嗅ぎ分ける」


「何を誰に解説しているんです、恭介さんは」


 シロエも呆れつつ外に出る。


「肉の焼ける臭いにつられてみんな出てきたニャ」


 見れば、テントのそばの草むらで、にゃん太とセララがBBQをやっていた。近くに転がっていた岩をうまい感じにかまどにして、青竹を裂いたものを即席の竹串にして、かまどの上で肉を焼いていた。


「もしかして」


 と、シロエ。


「ホントに鹿?」


「正解ですニャ」


「ほらな」


 得意げの恭介。脅威の嗅ぎ分けである。


「すごくいい匂いがするな」


 周辺を警戒する、と言ってさっきまで居なかったアカツキまでもが、いつの間にかにゃん太班長のBBQを囲んでいた。


「でも、どうせ」

「だよなぁ」

「香りだけよくても」

「だよなぁ」

「残念でならない」

「だよなぁ」


 直継、シロエ、アカツキの言葉に、律儀に返答する恭介。


「どうぞ、召し上がれですニャ」


 ほいと渡された鹿肉の串焼き。

 表面は内部からしみだしたであろう油がてらてらと光り、ちょっとした焦げもBBQのスパイスだ。表面の油に散りばめられているのは、塩だろうか、いや岩塩なのか。溶けかかっているが確実に塩だろう。


「うー!」

「まー!」

「いー!」

「ぞー!」


 4人同時に口に入れて、4人同時に味皇になった。




 仕組みは単純であった。

 いままで失敗していたのは、シロエ達の料理スキルが低かったため。

 にゃん太班長のサブ職業は料理人。しかもレベル90。レベルが低いと料理自体が失敗し、いわゆる黒いでろでろになるらしいが、肉を塩をかけて焼いただけのお手軽料理であれば、失敗することはないようだ。

 つまり、料理をするには、シロエ達ではスキルが不足していたわけである。料理スキル0の人間がいくら料理をしても、必ず失敗するのだ。

 店売りしているアイテムがマズイのは、メニューから作成した料理だから。メニューから作ると見た目はいいが味が全部同じのマズメシが出来上がる。料理をする際は、メニューを使わずに、サブ職業が料理人の人間が自分の手を使って調理をする、これでまともな味のする食べ物が作成されるのだ。


「ふぁいふぁっふぇんふぇふぇ」


 シロエが肉を頬張りながら言う。大発見ですね。


「がぐががんぎょうがげ」


 直継が肉を頬張りながら言う。さすが班長だぜ。


「・・・・・・」


 アカツキが肉を頬張りながら、黙る。


「黙るんかい」


 恭介が肉を口の中の脇に器用に寄せてツッコむ。


「落ち着くニャ、まだまだおかわりはあるニャ」


「ススキノの街で岩塩買っといてよかったですね、にゃん太さん」


 セララの場違い感は、なんだろう。主婦が戦場にいるような感覚だろうか。




 さて、夜はふける。

 明日はパルムの深き場所を、逆に通るのだ。死んだらこの苦労も元も子もない。落ち着いて。落ち着いて。


アニメ版と原作小説の内容がごっちゃになってます。いちおう狙っているつもりなのであしからず。

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