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分解・再構築・物質変換2

 オッケー牧場っていう事態ではなくなった。

 アキバの街に戻ると、マリ姐に呼ばれた、とシロエが言うので、何だ何だと3人でついていったところ、ギルドホール(集会所?)に入る事になり、あの女性との再会をすることとなった。

 彼女の名前はマリエール。施療神官で90レベル。そして恭介がチュートリアル終了直後に話しかけてきた、あの『たわわ』な女性だった。

 目があった瞬間、バッと目をそらす羽目になったのはたぶん『たわわ』が全て悪い。なんだろう脳内でセクハラをしていると目を合わせにくいものがある。


「どこかで、お会いしたような気ぃするなぁ?シロ坊の友達かぁ?」


 玄関で恭介達4人を出迎えたマリエールは、開口一番にそう言った。天真爛漫な瞳で恭介をジロジロと見るマリエール。


「ええ、まあ。それでマリ姐、火急の用って何?」


「ここだとなんやから」


 ささ、と中へと通されて、半分私室のようなギルドマスター室に通された。客間の代わりもしているらしく、小さな机とソファがあった。

 下座のソファにシロエが座り、直継とアカツキはそのソファの後ろに立った。恭介は少し離れた場所で、壁に寄りかかってその机を眺めることにした。その向こうの壁際にはぬいぐるみが大量に置かれている。これが彼女の私室を兼務しているのでは?と思わされた元凶である。


(恭介、聞こえるか?)


(おう、聞こえる、そっちは?)


(本日は晴天なり、晴天なりー、ってな)


 このギルドホールに来る前に、直継に念話機能について触りの部分だけ教わった。念話、つまりテレパシーと直訳できるわけだが、実際は違った。口の中でしか聞こえないような声でも、相手にも聞こえるというような機能で、こんな風に小声での内緒話も可能であった。相手の周囲の音も拾ってしまうわけだが、どういう仕組みなのか体感で完全なリアルタイムで聞こえるのでハウリングもしない。ある意味電話よりもラグがないため高性能かもしれない。


(簡単に俺が解説するから、話についてきてくれ)


(助かる)


 なんと言っても、恭介には知識が圧倒的に足りていない。見回してみればシロエはもちろんのことマリエールの隣に居るヘンリエッタという女性もレベル90だ。レベルがそのまま知識量に比例するわけではないが、ゲーム開始して数日の恭介とは雲泥の差だろう。

 直継が説明してくれたのは、まず相手の素性からだった。

 ここは三日月同盟という名前の中堅ギルドで、アットホームな冒険者寄り合いとのことだ。ギルドマスターはあの『たわわ』なマリエール。隣に居るメガネ会計士風美女は幹部のヘンリエッタ。身長はハイヒールのせいか二人とも恭介と同じぐらい。年齢は20台後半だろうか。

 マリエールとシロエは昔からの仲らしく、付き合いが長い。大災害からこっちシロエと直継の二人だけでは情報が足りなかったため、平均レベルが低いプレイヤーも多いある意味、家族経営みたいな三日月同盟に情報収集面で厄介になっていたそうだ。情報のギブアンドテイクで、WinWinの関係という感じか。

 そもそもギルドってなんなんだ、ギルドホールってどういう旨味があるんだ、とかそういう疑問が浮かんでくるが、今は人と人との話のところ。そこにゲームのシステムの話は邪険かなと思い、直継に念話でありがとう、と返したところでみんなが一息ついたタイミングだった。


「さて、マリ姐話してもらおうかな」


「……あー。うん」


 言い出しにくそうなマリエール。


「遠征ですか?」


「うん、そや」


 ギルドホール内の慌ただしさは、確実に急な旅行準備でバタバタしてます風だった。シロエは推察して先を促す。


「どこに?」


「えーっとな。エッゾっていうか……ススキノ」


 さすがにこれは恭介にも分かった。エッゾのススキノと聞けば、なんとなくだが元蝦夷、つまり北海道。その札幌にあるススキノの事だろう。繁華街の大きさでいえば北海道一じゃなかろうか。

 むむむ、と恭介が考えていると直継が質問する。


「トランスポーターが修理されたって話は聞かねぇよな」


「まだ修理されとらんし。むしろ故障してるかどうかも判らん」


 ワープ装置かなにかが壊れているのだろうか?

 恭介の疑問符には気づかず、マリエールが続ける。


「前にも云うたけど、うちら<三日月同盟>は小さなギルドや。メンバーは、いまはちょい増えて24人。殆ど全員は、アキバの街にいるし、いまはこの建物の中におる。

 でも一人だけ、ススキノにおる娘がおるねん。名前はセララってゆーんやけど、まぁ、これが可愛い娘でな。<森呪遣い>(ドルイド)や。

 うちの中でもまだ駆け出しで、レベルは19。まぁ、そんなのはどうでもええねん。ちょっと気が弱いところがあって、人見知りなんやけどな。商売やりたいって<エルダー・テイル>始めた変わり種で」


 視線を落とすマリエール。


「<大災害>があった日、セララはススキノにいたのですわ。

 ススキノでちょうどレベル20くらいのダンジョン攻略プレイの募集がありまして。その時はギルドに手の空いてる人もいなくて、狩りに出かけて腕を磨きたかったセララは一人でススキノに……。

 一時パーティでした。ススキノで募集をしていたメンバーと合流して遊んでいたらしいのですが、そこで<大災害>に遭遇しました。

 トランスポート・ゲートは動作不良になって、セララは取り残されてしまったのですの」


 マリエールの説明を引き取ったヘンリエッタは深い溜息をつく。

 取り残された家族を迎えに行く。結局こんなところだろうか。


「迎えに行くんですか?」


 シロエの質問にマリエールとヘンリエッタが頷く。


「私達はよく知らないが、事件後にススキノに向かったプレイヤーは居るのか?」


 アカツキがみんなを代表するかのような質問をする。

 状況から察するに、テレポート装置が壊れているが、あんな遠いところまでどうやって行くんだ?ということだろう。


(どのくらいあるんだ?)


 念話で直継に聞いてみる。


(実際の距離が800キロちょいだから、400キロちょいかな)


(……実際の距離を聞いとるんだぞ、俺は)


(ん?ああ、ま、そこんとこは後でな。結局400キロぐらいだ)


 よくわからんが400キロぐらいだそうだ。北海道までの道のりを現実の日本で想像すると、車らなら東北道、電車なら東北新幹線。どの道関東から本州を縦断しなければなるまい。

 同じように脳内で妄想地図を開いていたのか直継が、別の案を思いついたかのように口を出す。


「ちょっと待った。<帰還呪文>は……。ああ、そっか」


「ええ。<帰還呪文>は5大都市に入った時点で、自動的に上書きされますわ。いまセララが<帰還呪文>をお使ってもススキノに戻れるだけ。……この街に戻ることは出来ません」


 帰還呪文なら恭介も知ってる。使用は24時間に1回。詠唱は数分かかるから戦闘中は使い勝手が悪い。ただ長い目で見たら楽ちんゴーホーム呪文、という感じだろうか。


「いま、救援を出す理由は、何?」


 アカツキが口に出した。前にいたシロエもそこが大事だ、とばかりに小さく頷く。

 そうなのだ。取り残された家族を迎えに行く、というだけの話だけなら先ほどギルドホールの玄関で見かけた大遠征準備はいささか性急過ぎる気配があった。<大災害>が起きてからまだ数日の状態よりも、世間がもう少し落ち着いてからのんびり行ってもいいはずだ。


「それは……」


「あー。な。うん……救援は、前々から出す予定だったんよ。あんな北の際は手にひとりぼっちじゃ心細いやろ?」


 言葉を詰まらせるヘンリエッタ。続けるマリエールも言葉を選び選びと拙い言葉。シロエが負のオーラをマリエールに叩きつける。


「……マリ姐」


「そんな目で見ちゃだめやで、シロ坊。シロ坊の目つきはちっとばかし鋭いんやから、可愛い娘さんにもてへんようになってまうで?」


「ははっ……」


 吹き出した恭介に、肩越しで怖い視線を送ってくるシロエ。視線をそのまま戻してもう一度凄む。


「マリ姐」


「ん。……うん。ススキノな。こっちより治安が悪いみたいなんや。あー。もうだめだめ。あかんっ。

 ——『みたい』も『なんや』もなしっ。

 ススキノはこっちよりも治安が悪いんよ。

 ……セララなぁ、なんかガラの悪いプレイヤーに襲われたん」


「おそわれた」


 恭介が五文字をつぶやく。つい『可愛い娘』がアレされてナニされている情景を思い浮かべてしまった。


「あ。いやな。まだ大事にはなっとらんのよ。

 そこまでは行っとらんの。でもな、ススキノはそもそも、人少ないやん。話によると、いま二千人を超えるか越えないかって云う人口らしいんよ。

 そんな街で、何時までも逃げ隠れる訳にもいかないやろ?」

 なんとなく心を見透かされたような気分になったがそんなエロ顔をしていただろうか。


「……バカ恭介」


 アカツキ嬢に罵倒された。ウフン。


「うち、助けに行ってやらんとあかんのやん。うちんとこのメンバーやもん。それが当たり前やろ?

 で、こっからが相談なんやけどな。えーっと、悪いんやけどさ。

 うちのメンバーもまだひよっこが多いやろ?みんな良い子なんやけどまだちょっと頼りないんよ。

 今回の遠征で精鋭の連中は連れて行かな、そもそもエッゾまでたどり着けないと思うん。そのあいだ、こっちに残す子の面倒を見たってくれないかなぁ?」


「ずっとついてくださる必要はないと思うのです。

 アイゼルという<妖術師>がいるでしょう? 青い髪の。彼が居残り組の取りまとめをします。マリエもわたしも、それから戦闘班の小竜も今回の遠征に全力を傾けるつもりですわ。

 ですから、誠に勝手なお願いで恐縮なのですが、どうかシロエ様。

 このギルドのことをお願いできませんか?」




 沈黙。突如まくしたてられて話を振られたシロエは独りあのぐずぐずの思考に沈んでいったようだ。

 もし自分がシロエだったらどうするのだろうか。少し恭介も考えてみた。

 この数日間の<エルダー・テイル>で感じた事は、やはり現実化の極みであった。足を動かさなければ目的地にはたどり着けない。ゲームなら移動呪文とか飛翔呪文とか、そういったものがあるのが常なんじゃないかと少ない知識で恭介も考えるが、この数日でそんなもの使っている他の冒険者は見たことがない。

 馬に乗っている冒険者を見かけたことはあるが、直継いわく400キロあるというの道程を馬に乗って行くのはどうだろうか。ケツがさらに割れた自分の姿が目に浮かぶ。

 それに北海道に渡るというなら海を越えねばなるまい。北海道と青森の間、つまり津軽海峡だ。青函トンネルなんてものがこの世界にあるとは思えない。そもそも某元国鉄も走っていまい。海を漕いで渡るのか、空を飛ぶのか。なにかしらの方法が無ければ難しいだろう。

 彼女たちにはどう考えてもキツイ旅になる。日に20キロ移動出来たとして20日。セララという女性がそんな20日以上はかかるであろう日数を耐え切れるのだろうか。先程もあった通り、帰還呪文で帰ることは不可能。彼女を助けるために一瞬でもススキノの街に入ることで、助けにいった彼女達も帰還呪文で飛ばされる先がススキノに上書きされる。

 そこまで難題が次々と浮かんでくるというのに、シロエが考えているのは、間違いなく『自分がススキノに行くプラン』だろうと恭介は結論する。お留守番して若い連中の面倒をたまに見る、ぐらいのことならここまで悩むまい。

 大人数の彼女たちのギルドでは小回りが効かない。それならレベル90のシロエ、直継、アカツキで全速力で馬を飛ばせば、日数は半分以下になるだろう。

 俺も一緒に行ってもいい。遠征の経験はないが、誰もが最初は未経験者だ。サバイバル能力については現実の頃で経験済みだ。自信はある。やばそうなら途中で帰還呪文を一人で使ってアキバに戻ってきてもいい。そんなに難しいことじゃない。




「云え、シロ」

「主君の番だ」


 直継、アカツキの声が聞こえた。

 二人はシロエの背中をポンと両脇から叩いた。それこそ背中を押すように。


「俺も賛成だ。遠慮するな」


 恭介も二人に続く。


「僕らが行きます。……僕らが行くのがベストです」

 シロエが、決断をくだす。

 マリエールもヘンリエッタも、あんぐりと口を開けて目を丸くする。


「そんな。シロ坊っ。うちらそんなことねだってるわけやっ」


 マリエールの言葉をガン無視してこちらを振り返るシロエ。


「もちのろんだぜ」「主君と我らにお任せあれ」「さて準備始めるか」


 恭介だけでなく他の二人も全く同時にシロエの視線に返事を返す。


「俺達が遠征に行く。マリエさんたちが留守番だよなー。ひよっこの面倒を見るなんて俺達にゃ無理無理っ」

「忍びの密命に失敗の文字はない」

「とりあえず馬か? 馬を買えばいいのか?」


 シロエも立ち上がると、こちらに振り向く。

 顔はほんのり赤くなっていた。

 そもそもそこまでの義理はないだろう。ただ助けようという心が『自分たちがベスト』という発言をさせたのだ。少しづつ赤くなる顔に自覚があるのか、恭介のからの視線を外して下を向くシロエ。


「明朝一番で出発する。任せておいて、マリ姐。ヘンリエッタさん」





「いいの、恭介さん」


「構わん、ていうか連れてけ。経験が欲しい。経験値って意味じゃなくて、純粋な記憶としての経験。邪魔だったら帰還呪文でアキバに戻るよ」


「……あ、そうか。その手があった。その条件ならこちらも大歓迎だよ。いろいろ聞きたい事もあるし。片道だけでも一緒に行こう」


「? なんか引っかかる言い方だな」


「気にしないで。詳しいことは明日話すから。直継ー、恭介さんの準備手伝ってあげてー。アカツキさんは僕と一緒に準備で」


「敬語禁止。……了解した」


 4人でワイガヤ話しながらのアキバの街。

 アキバの街はもう夜も遅いというのにそこかしこに暖かなランプの光が灯っていた。見れば大地人の食料品店なんかは通常営業しているようだった。といってもあのマズイ飯では冒険者は寄り付きもしない。テラス席に座っている連中を眺めてみても水ばかりすすっているようだった。


「じゃあ、俺と恭介は取り敢えず馬準備するか。シロ、いつもの宿屋で後で集合な、んじゃ」


「おう、頼むよ直継パイセン」




 恭介は買い物をしつつ、大雑把ながらも大事なところはついている直継にいろいろ説明を聞いていた。欲しい情報の大半はだいたいでよかったので、恭介的にも直継に教われて助かっていた部分もある。




 ハーフガイアプロジェクト。<エルダー・テイル>の頃から半分の大きさ(距離)の地球をゲーム内に作ろう、という目的の元で実行されていたプロジェクトだそうだ。単純に距離が半分になっているため、

実際が850キロの札幌・秋葉原間が、こっちの世界だと425キロのススキノ・アキバ間と想定できるそうだ。

 思い出してみればアキバとシブヤを往復したことがあった。その時は片道で40分ちょっとしかかからなかった。実際が8キロの道のりが、こちらで4キロになったとすれば、納得できる話だ。

 いまいち半分になった実感がないという話もあるがそれもそのはず、アキバの大きさは現実秋葉原の大きさと変わらないのだ。(そもそも千代田区秋葉原という番地の面積はものすごく小さいのだが、そこは置いて置いて)。秋葉原と渋谷の間が近くなっただけで、間の街がちょいちょい抜けている。




  トランスポーター。5大都市である、アキバ・シブヤ・ススキノ・ミナミ・ナカス。この5つの都市を自由に行き来できるワープ装置がゲーム時代はあったそうだ。冒険者はどの街でも同様のサービスを受けることが出来、周囲のモンスター・クエストのレベルなんかもだいたい平均化されているということだった。そのため遠くに本拠地を持つプレイヤーとも、気軽に交流が持てたというわけだ。

 それが今は故障中。いや正確には動作しないようになったそうで、都市間での移動は別の方法に頼らざるを得ない、というわけだ。

 夜の闇の中でも見える、石材で作られた建造物。少し小高い丘の上にあるので、アキバの少し開けたところからであれば見れた。あの半円の構造物がトランスポーターらしい。動かないため付近に冒険者の姿は見えなかったが。




 ギルド。冒険者同士の互助会のことらしい。

 共有の金庫を利用することで、個人では買えないような金額をまとまって管理することができるため、ギルドホールを購入するなどしてプライベートな空間を構築するために使ったりできるようだ。基本は友達同士や、同じ目的を持った仲間たちで集まって構成する集合単位のことのようだった。

 聞いてみたら、シロエ達は3人共ギルドには入っていないとのことで、理由を聞いてみたらシロエがギルドを嫌がっているから、だそうだ。そういう宗派なのだろうか。聞いたこともないけど。




 馬について。

 エルダー・テイルでは、移動用途専用の動物やモンスターがいるらしい。基本的に笛で呼びつけて、稼働可能時間いっぱいまで利用可能。そしてスキルのリキャストタイム同様で時間をおいてまた使えるようになる、というシステムだそうだ。


「どっから来るんだ、この馬ってのは」


「知らん」


「だよなぁ」


 などと男二人で不毛な話をしつつ、馬笛を売っているアイテムショップに入る。

 ピンからキリまで種類があった。リキャストタイムの長さと価格が比例するようだが、さらに荷馬車用とか高速で移動可能な単騎利用のものとか、そういった違いがあるようだ。

 今回は4人で移動が基本なので、4人の乗る馬のスピードが同じで、稼働可能時間が満たしていれば問題ないとのことだった。シロエと直継も基本的なものしか所持していないということだったので、ノーマルのものを購入して、馬の購入は終わった。

 しかしレベル90といえば、このゲーム内での最高クラスだというのに、ノーマルの馬でやっていけるのだろうか。売り場を見れば、寒冷地用だとか、酷暑用だとか、売価の桁が違うようなものも見受けられるのに。

 そんな疑問を感じていると、恭介がふと思い出す。


「そういえば」


「どしたー」


「さっきシロエに俺も連れてけ、って言ったら少し嫌そうな顔をしてたのが、帰還呪文で帰ればいいから片道だけでも、って言ったら何を納得したんだか、大歓迎に変わったんだよな」


「……ん、なるほど。シロらしい」


「なんだ、なんか直継も知ってんのか?」


「ん、まあな。シロが黙ってるなら俺も話さん。詳しくは明日話すよ。今日は準備準備」


「なんなんだかねー」




 マジックバック。

 ダザネッグの魔法の鞄。45レベルのクエストで入手できるカバンアイテムで容量制限のあるドラ○もん四次元ポケットだと思えばいい。アイテムの所持量がグラム単位の重量で制限されている<エルダー・テイル>において、冒険者が所持量を増加させるための便利アイテム。。。だったのだが現実化した今は四次元ポケットと同じ感覚となった。大規模戦闘などによって数十日間連続でダンジョン攻略をする必要がある高レベルプレイヤーには必須のアイテムと言えるそうだ。といってもレベル45で受けられるクエストだから、大規模戦闘ができる習熟度ではないとだめだ、というような取得が難しいというものでもない。

 難しいというものでもない、とは言うものの、現実化したこの世界で、ゲームだった頃の常識が効果を持つのかどうか。今から慌てて取りに行っても明朝には間に合わないのでさっさと諦めて、恭介は自分が一人で往復できる分だけアイテムを買う方が確実だろう、と直継の言葉だった。

 といっても、想定は片道20日分である。簡単な回復アイテムとマズイ食料アイテムだけでカバンの中身はいっぱいになってしまった。


「ま、そんなもんだろ。足んなかったら俺達がわけてやるからよ。あんま気にすんな」


「結構気楽なんだな……、俺には未知過ぎて不安がいっぱいだ」


「はっはっは、大丈夫だろ、ソロプレイの猛者が何言ってやがる。気軽に行こうぜ、ていくいっといーじーだっぜ!」




 恭介。

 自称・元正義の味方。

 俺の横に歩いているので比較すると、身長は175センチぐらい。肩幅が狭く自分のがっしり体型の横を歩いていると、地面に出来た影がすごく細く見える。

 目は黒い部分も白い部分も見えないぐらい細い。糸目もここまで行くと珍しい。飄々とした物言いと合わさって、薄っぺらい印象も受けるが、先ほどのPK戦での度胸の入り具合と洞察力の高さは賞賛に値する。

 そして探究心の高さ。一体どこの誰が生産職の錬金術を敵に向かって使おうなどと考えるのか。


「おうい、錬金術を敵に使おう、って考えたのはなんか発端みたいのあったんか?」

 直継が直接聞く。


「いやあ、使い倒してやろう、と思ってさ。いろいろ不便が多いだろう、この世界。たとえば、料理しようと試みればなんか真っ黒いゲル状の物体になっちゃうし。コマンドで技を使うと身体が勝手に動くし。

 その殻の中で何ができるのか、いろいろ実験してみた、ってだけなんだけどな」


 とまあ、こんな感じだ。やれることを全力でやる、それが恭介という男のようだ。






 一夜明けてアキバの北端。ウエノ盗賊城址<ウエノローグキャッスル>。

 朝もやがかかる梅雨前の少し肌寒い時間に、シロエ達と三日月同盟のみんなが集まっていた。

 もうすぐそこは上野だろう。高速道路の残骸がまだ高架を形成し続けており、コンクリートながらまだ高架の上を移動に使えそうだった。

 マリエールやヘンリエッタにいろいろな餞別をもらいつつ、シロエはなんだか遠慮気味な対応をしていた。ベストです、と言い切ったものの実際言い過ぎたと思っているのかシロエの目があっちこっち泳いでいるのが遠目に見てわかる。

 恭介は昨日の夜頼んでおいたものを、三日月同盟の構成員の娘から渡された。もらったのは錬金術関連のレシピ表。初級編。パラリとめくれば手書きで書いてくれたらしいのがすぐわかった。この厚さからして夜なべさせてしまったのだろうか。

 分解・再構築・物質変換の、基本3種だけが、錬金術師が実行できるすべてのスキルだった。

 分解は単純にアイテムを素材アイテムに分解する能力。

 再構築は、複数の素材アイテムをアイテムに組み立てる能力。

 物質変換は、素材アイテムを別の素材アイテムに変換する能力。

 この3つを組み合わせることで、錬金術師は希少なアイテムを作成することができる、というわけだ。

 分解については、簡単で、実践すればだいたいわかる。皮鎧を分解すれば、素材アイテムの革が生成されるし、ナイフを分解すれば、鉄だか銅だかのそのナイフの構成物の一部が素材アイテムとして変換されて出てくる。ちなみに戦闘中に恭介が相手の血液を分解した時は、カバンの中の革製の水筒にドンドン排水されている。使えば使った分だけカバンの中の水筒が膨れ上がるという仕組みだ。元はゾッとするような液体なわけだが、素材アイテムなので別に血液が入っているわけではないということは理解している。結局ゾッとするけど。

 再構築もいくつか試してみたものの、これは素材アイテムの数と種類によってできるアイテムが千差万別だった。素材アイテムは何個ででも掛けあわせが可能で、複数投入も可能ということはもう無限大の組み合わせが考えられる。2種類の掛けあわせだけを考えてみてもわかる。素材アイテムが200種類あるとして、組み合わせがざっと4万。複数づつの最大10個までとしても37の組み合わせがある(同じ比率の倍数は抜くため)。37×4万で、もう148万通りだ。同時にかけあわせるアイテム種類を増やしていくとバンバン組み合わせが増えていく。こんなもんいちいち実験してられない。

 そこでレシピ集である。どのアイテムとどのアイテムを組み合わせると、こんなアイテムが出来ますよ、ということが記載されている。中級上級と難度が上がっていくと、高額な店売りのレシピやクエストの成功報酬などして手に入れることができるらしい。今回お願いした初級編については初級レベルの簡単な内容で、メインとしては素材アイテムから上位の素材アイテムを作る方法なんかが書いてある。


「ありがとう、助かる。これ使っていろいろ実験してみるわ。帰ってきたらなんか奢るわ」


 年下と思える女の子。目が前髪で隠れていて見えないが、小柄で可愛らしい感じだった。聞いたところ三日月同盟にいる錬金術師は彼女だけだそうで、無理を言って一晩で仕上げたとのこと。目の下が見えればクマがあぐらをかいてそうで非常に申し訳ないが、もう時間がない。彼女はコクコクと頷いて小さな声で頑張ってください、セララちゃんをよろしくお願いします、と言ってきた。


「恭介やんも、頼むなっ。セララのこと!」


「任せてくれ、マリ姐ぇ、アンタの乳に誓って……」


 横からアカツキのドロップキックが飛んできた。甘んじてそれを受け止めた恭介は顔面から地面にスライディングして止まる。逆立ちした状態で、アカツキに向かって吠える。


「ぬうう、やるな!お主!」


「主君、このバカ恭介に飛び蹴りを食らわせても構わないだろうか?」


「あはは、胸に誓うとはあんたもやんなぁ。よろしゅうな!いってらっしゃい!」





「どうだ湿っぽくならなかったろう、俺のお陰で」


「バカ恭介」


「いやしかしあの乳を密着されたのは俺でもしんどかったぞ」


「バカ直継」


「しかし、アレはなぁ、反則だよなぁ……」


「バカ恭介」


「反則祭だな……」


「バカ直継」


「ははは……」


 最後のはシロエの引きつった笑い声。

 4人は上野を北上。馬鹿話をしながら4時間ほど北上。昼食のために馬を下り、4人でシロエの作ってきた日本地図を眺めつつ談笑をしていた。


「そうだ、そろそろ隠している事を教えて欲しいんだがな」


「なんのことです?」


「しらばっくれちゃって。なんだか俺についてきて欲しくなかったみたいじゃないか」


「ん……? あー、あれはね、定員があったんですよ」


「定員?なんの?」


「これの」


 シロエが取り出したのは、ひとつの笛。恭介が昨晩購入した馬を呼ぶ笛よりも無骨で装飾も少なく、なんだか雑な作りに見えた。


「おう、これな」


 直継もバッグから同じモノを取り出す。

 疑問に思いつつ、まさかアカツキも取り出すのかと振り向いてみると、アカツキも恭介と同じ疑問顔だった。


「なんだ、主君。それは」


「うん、これはね」


 シロエと直継が二人して笛を咥える、甲高い音が2つ、周囲に鳴り響いた。


「……?」


「それって、もしかして……」


 アカツキには思い当たりがあるようだった。

 空高く響いた高音は、空高くを飛ぶ動物の声でかき消された。青空から舞い降りたのは2頭の鷲獅子<グリフォン>だった。名の表す通りの鷲の頭に獅子の身体。羽根は鷲のものだろう。合成獣<キメラ>の代表的なやつだ。


「この話の流れだと、さすがにわかる!」


 ばっさばっさとヘリポート並の騒音の中でシロエの耳元で叫ぶ恭介。


「定員2名なんだな、この動物の!」


「そう!」


 行きが3人なら向こうで1人拾っても帰って来れるが、恭介がついていくと帰り誰かが置いてけぼりを喰らうという事だ。

 着地したグリフォンはお行儀よく、シロエと直継が差し出した生肉をぱくつく。昨晩大量に生肉を買い込んでいたのはこのためだったのか。

 静かになった時に直継が話し始める。


「まさか馬で北の最果てまで行こうなんて考える訳無いだろ? そんなことやってたら年寄りになっちまうよ」


「それにしたって何でこんな獣が……。乗るのか?」


「乗るよ。……アカツキさん」


「アカツキだ」


 もういい加減にしろやシロエも。と恭介心中。なんか線でも引いているのか? 敬語使わなきゃいけない好感度最低ポイント、とか?


「そんな召喚笛があると聞いたことがある。——死霊が原<ハデスズブレス>の大規模戦闘<レイド>をくぐり抜けたプレイヤーに与えられたって言う」


「昔ちょっとね」


 シロエはアカツキに短く答えた。


「何でそんなものを持ってるんだ」


「びっくりかくし芸の時便利だろう?」


 アカツキの問いに今度は直継が答える。

 恥ずかしそうにしているシロエを見れば、だいたいわかる。そのハデスズブレスとやらが一体何かはわからないが、なにかとんでもないクエストの景品か何かなのだろう。わざわざおおっぴらに自慢すべきではない、ってとこか。


「恭介はこっちだ」


「んー。まあ諦めよう」


「なにを」


「男二人でニケツってことに対して納得をする、ということだ」


「ロマンは封印しておけってことだ」


 恭介はちゃっちゃと荷物を身体に固定させると、すでに背に乗った直継の後ろに飛び乗ると鎧を掴んで自分も固定させる。


「行くぞ。お先に失礼っ!」


 シロエとアカツキに言い捨てるとGを突然感じた。いますぐそこにいたもう一匹のグリフォンは、もうはるか下に居た。

 とんでもないスピードを感じた。普通だったらこんな高度で、まともなコクピットもない状態なら、一瞬で酸欠を起こしてブラックアウトしそうなものだ。そんなところはゲームらしい。アイテムの効果なのか、そもそも冒険者に備え付けられた能力なのかはわからないが、すごいスピードだった。

 ガラス一枚隔たりのない、純粋な景色。綺麗だった。ゲームが異世界化していなかったら、こんな景色も見られなかっただろう。

 それから、何度か直継が話しかけたらしいが、まったく耳に入ってこなかった。あまりにも景色が綺麗で他の事はどうでも良くなってしまったという感じだった。


「世界は、どこまでも美しいな……」

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