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作者: 夜空 切

 夏のひと時、ふと衝動にかられて勢いに身を任せ、いつもとは違うことをしたくなることがあるだろう。青春の夏はあってないような時間。いつの間にか過ぎ去っていくに過ぎない時間。そして新学期を迎える。いや、もしかしたら働き詰めで疲労困憊しているものもいるだろう。


 みなさんは肝試しをしたことがあるだろうか?

 

初端にこんな問いかけをしてなんだが、僕は大学に入るまでしたことがなかった。 

今から一年前、僕らが大学に入学して初めての夏を迎えたある日のことである。


 サークルの先輩に誘われて、大学で肝試しをすることになった。これからつづられるものは僕らが実際に体験したことである。願わくば、これを読む君に瀑らの辿り着かなかった真相の答えを出してほしい。


 では、始めよう。摩訶不思議な世界へと、君を誘おうぞ!

 

 ……厨二くさいな……


「ふむ、うまく読めたじゃないかね」

「やめてくださいよ、もう」



            ***

 


  七不思議


一、夜になると外に置かれている芸術品が動き出すらしい。


二、第三研究所地下女子トイレの個室がすべて閉じられている。開けようとするものは不気味な声を聴くらしい。


三、バイオホールにて、食虫植物が巨大化するらしい


四、講義室の中心にある銅像は宇宙人と交信できるらしい。


五、深夜零時に第三研究所に入ると幻覚を見るらしい。


六、深夜二時になると、プールの水がすべて消えるらしい。


 七、六までのすべてを見たものは九つの尻尾を持つ化物に攫われるらしい(男性のみ)。


 

二〇××年夏、夜十一時。

 

僕こと二宮康平(にのみやこうへい)は大学のサークル仲間であり友人の渡辺(わたなべ)言葉(ことば)と、一つ年上の牙城亘(がじょうわたる)、副部長の十六夜(いざよい)あやめ。そして、部長の知木祖夜咲(ちきそよえみ)(♂)の計五名で、在籍する大学に忍び込んでいた。


 僕らのサークル……奉仕部は、先生たちの代わりに生徒のキャンパスライフをサポートするのが目的として建設された部である。

 今回は巷で噂の七不思議の解明をしてほしいと依頼され、オカルトチックなものが大好きな部長が意気揚々と承諾したのが事の始まりだった。

 

 

           ***

  

 

 いくらセキュリティの完璧な学校でも、穴は存在する……らしい。不確定なのは牙城先輩からの受折だからだ。俺に任せておけと死亡フラグを見事に立てながら自分の胸をたたいていたので、部長は彼に任せてみたのだ。そして、決行日である今日。そのフラグは回収されることはなかった。

 せっかくなのだから回収してくれてもよかったのに、とだれもが冗談半分に思いつつ、僕らは遮られることもなく敷地に足を踏み入れたのである。

 

 大学のキャンパスはあちらこちらに分散されていて、各棟の平均階数は四階と、捜索範囲は申し分ないスペースを有している。とはいえ、現象の起こる場所は確認済みなので、散策する必要はないのだが。

 昼間は人だかりが多く溌剌とした雰囲気を出している学校だが、だれもいなくなった学校というものは一際寂しく思えるものだ。

「しかし、うちの七不思議。やけに時間を指定して来るな」

 生徒内に出回っている七不思議を分担して収集し、一覧にした紙を見つつ、牙城はつぶやいた。彼の背丈は百七十後半、くたびれたシャツにジーンズといいう出で立ちで、スポーツ刈りが似合う少年だ。体力には自信があり、奉仕部では重宝されている戦力の一人だ。別にリアルファイトするわけではないことを書き記しておく。あくまで運搬や、ものづくりがメインである。

「そうね。部長、今回の依頼者が見たのは一つ目の芸術品が動く、だったわよね? なぜ、私たちがほかの六つまで確認しなければならないのかしら?」

 牙城の問いにさらに疑問を交えて答えたのは副部長の十六夜あやめだ。

 彼女は容姿端麗で、校内ではファンクラブが設立されるほどの人気を誇っている。彼女の背にかかる黒髪が朧月に照らされて、美しさがなお栄える。しかし、その表情は対照的に曇っている。

「うん? そりゃあもちろん、面白そうだからに決まっているではないか」

 と、個人的な好奇心による巻き込み発言をかましたのはGPAオール4にして我らが奉仕部部長である知木祖夜咲である。乱雑に切られた髪に伊達メガネをかけており、その髪をバックに回しコンタクトレンズを突っ込み、白衣を着せればどこぞのマッドサイエンティストの出来上がりである。付属品として知的飲料など持たせればなおいい。なにかと敵に回ることの多い彼だが、アフターケアまできちんとしてくるあたり、憎めない存在であるのは確かだった。

「やっぱりですか。そうやって毎度のごとく振り回される身にもなってくださいよ! 今回はマジでシャレにならない可能性があるんですからね!」

 最後のは危険以外の何物でもなかった。

「うーん、確かに冗談にしてはやりすぎなところもあるけど、私とあやめさんには無害だからいいかな」

 などと、発言するのは僕の友人である渡部言葉であった。ショートボブの淡い髪に少したれ目。そして、何より目を引くの豊満な双丘だ。夏ということもあり、薄手のTシャツの上に半袖のパーカーという組み合わせで、隠すことなく自己主張させており、どうしても目に入ってしまう。康平はなるべく視界に入れないように言葉を見る。 

「うわ、言葉ちゃんは俺らを見捨てる気満々ですか!」

「見捨てるも何も、事実を言ったまでよ?」

「わかったわかった。ここまで来て言い争うのはなし。そろそろ時間だよ」

 僕はヒートアップしてしまいそうな二人の仲裁に入る。

 相変わらず上級生の二人はスルーだ。

「ふん、まあいい。時間になったら向こうから出てくれるだろう」

 早々に喧嘩を切り上げた牙城は視線を銅像たちに向けた。

 ちょうど彼らのバックには月が浮かんでいる。淡い月光に照らされて彼らは鈍く輝いている。逆光なので顔ははっきりと見せず、まじまじ見ると吸い込まれそうなほど不気味であった。舞台は完全に整ったと言っていい。

 しかし……地面と、それ以前に台に固定されている銅像がどうやって動くのか、康平は個人的に興味があった。

 ほかのメンツも嬉々とした目で彼らに視線を送っていた。

 知木祖は腕時計で時間を確認すると、ふと視線を彼らに戻す。

「……時間だ――」

 そうつぶやいた次の瞬間、

 

「ひひひひひひひひひっひひひひっひひひっひひひっひひひひひひっひっひっひひひひっひひっひっひっひひひひひひひひひひひひひひひっひっひひっひいひひ」


 ゾクッと背筋が凍るほどの不気味な笑い声が、どこからともなく響いてきた。

 咄嗟に耳を塞ぐが、効果はなさなかった。

「おわっ! 笑い声⁉」

「ひっ!」

「なにこれ、頭が――」

「何ですかっ! いったい!」

 咄嗟に耳を塞ぐが、不気味な声量は一向に変わらなかった。効果はないようだ。試しに部長に説明を要求すると、

「おそらくだが、振動ではなく直に脳へ流してきているのだろう。だから耳を塞ぐのは意味をなさないのでは」だそうだ。

「って、部長! 冷静に回答している場合ですか!」

 自分で訊いておいてなんなのだが、構わず突っ込む。

 頭の中が徐々に笑い声が満たされて行くことに恐怖を抱かざるを得なかった。

「銅像が動くというのは出鱈目だったのかしら?」

 十六夜は冷静に分析しているが、その表情は歪んでいるのが見て取れるのであまり余裕はなさそうだ。

「ふむ、そのようだね」

「だから、なんで部長は平気なんだよ!」

「やっぱり変態だ!」

 四人が苦しむ中、知木祖は一人涼しい顔をしていた。

「ふむ、では、なぜ私が平気なのか教えてほしいかね?」

 彼はもったいぶるように訊いてきた。

「はやく!」

「なら仕方ない。正直にいうと、君たちのほうが変態に思えてくるのだが……」

「はあ、何言ってやがんだ‼ このマッドサイエンティスト!」

 しびれを切らした牙城が怒鳴る。まあ、落ち着けと知木祖は催促し、続ける。

「いや、ね。私にはその悲鳴だか笑い声だか知らないが、聞こえないのだよ」


「「「「はあ⁉」」」」


「最初はみんなそろって演技をしているのかと思ってみたのだけれど、どうやら本当のようだね」

 なるほど。聞こえていないからそんなに冷静なのかと康平は納得したが、脳内は笑い声に浸食されていき、ろくに思考をすることができない。

「で、どうすれば終わるんです?」

「何かしらないの! 部長!」

「その顔、何か知っているのでしょう?」

 三人からも期待の追撃が来るが、

「さあ?」


「「「「さあぁぁあああ⁉」」」」


「何を驚いているのかね? 僕らは七不思議についてはある程度知識を詰め込んできたが、起こったことは書かれていないのだから対処の仕様がないじゃないか。僕が責められるのはお門違いもいいところだよ」

 やれやれと首を横に振る知木祖。

 確かに、正論ではある。

「案……とは言いがたいが、収まるのを待つしかあるまい。とりあえず、第三に移動しようじゃないか。こればかりに時間を取られるのはごめんだからね」

 人の気も知らず、彼はすたすたと第三研究所に歩いて行った。

「ちょ、待ってくださいよ、もう! みんな、行こう!」

 四人は自分勝手な部長の後を追ったのだった。



         ***



 第三研究所は当たり前だが鍵がかかっていた。

「あたまが~」

 まるで頭痛を訴えるように牙城はつぶやきながらピッキングをしていた。

「ぼやいていないで早く開けたまえ。それが一番だ」

「てっきり、合鍵でも持っているのかと思っていたのだけど……」

「ははは、まっさかー。一生徒がマスターキーなんぞ持てるわけがないでしょう」

「鍵の場所知りませんからね」

 場所が分かれば盗むつもりだったのだろうか……

 本来、学校が誰によってあけられているのかはここにいる誰もが知らないことだ。基本的には警備員なんだろうけど。本部棟か、警備員室にあるのではないかと推測はできるのだが、確証は得られなかった。

「はいはい、もう少しで――」

 両手の工具を二度三度と回していると、奥から鈍い音が返ってきた。

「お、開いた」

「早く中に!」

 押し込むように五人は研究所へと侵入する。

 すると、四人に聞こえていた笑い声は、

「……消えた」

「ああ」

「ほんとうだ!」

「ふう」

 と、安堵の息を漏らす。どうやら、建物の中に入ると遮断されるようだ。もう一度出れば聞こえるとか勘弁してほしい。

 一息ついたあと、月明かり任せでそれぞれスイッチを探し、照明をつける、

「乙。さて、次だ」

 相変わらず、人に合わせない部長は次なる目的地へと踏み出していた。一応労いの言葉をかけてくれたあたり、きちんとはしているのだが。

 第三地下の女子トイレは、言葉が挑戦してくれたものの、七不思議とは逆に扉はすべて開かれていたらしく、はずれだったらしい。

「これがはずれだとすると、ほかに何が組み込まれてくるのやら」

 部長は一人ほくそえんでいるのを横目に、僕らはこの建物の不気味さを感じていた。僕ら以外の気配が敏感に感じ取れてしまうのは、意識のし過ぎかもしれないが、確かに感じ取れてしまうのだ。

「というわけで、先に進むぞ!」

「ほんと、人をおいていくの好きですね!」

 少しはこちらの身にもなってほしい。次は、食虫植物だから、是非とも部長に食べられてほしいと、康平だけでなく誰もが思ったのだった。


「さて、次はなんだったかな?」

「ここのバイオホールで巨大な食虫植物と遭遇できるそうですよ」

「げぇ、まじかよ」

 牙城はげんなりとする。

「私もあまり乗り気ではないのだけれど……」

「同意見です、あやめさん!」

 十六夜と言葉もまた、この手のものは苦手のようだった。

 できれば僕も出会いたくはない。だが、目の前にいる変人は伊達の奥が爛々としており、意気込み十分な状態だった。こうなってしまったら誰も止められないことは一同身をもって知っている。つまり、諦めろということだ。

「ほら、ぼやいていないで行くぞ!」

「なんであんなに元気なんだよ?」

「部長ひとり七不思議に遭遇してないからじゃないかしら?」

「納得」

 はははと爽快に笑い声をあげて、部長は進んでいる。何がそんなに楽しいのやら。僕らは奇人に引っ張られ、奥へと進んでいった。

 そんなこんなで目的地に到着。大した移動距離でないはずなのに、メンバーの大半は疲れ切っていた。

 やはりここにも鍵はかかっていた。今回鍵穴は存在せず、カードリーダー式のようだ。

「どうする?」

 康平は牙城に問う。今更だが、牙城は二年生である。ため口なのは本人の希望である。どうも上下関係がむず痒いらしい。

 彼はピッキング以外の分野は得意ではないようで、どうにも開けられないとのこと。それを見ていた部長は、

「ふむ、どいてみたまえ」

 後ろにいた知木祖が康平たちを押しやると背負っていたバックパックから怪しげでごてごてとした機器をいくつも並べていく。そこからは数本のコードが伸びており、その一つは彼のスマホに接続されていた。

「さて、始めるかね」

 いつの間にか彼の右手にはドライバーが握られていた。リーダーに宛がい、てきぱきとカバーを外していく。

 そして、露出した本体の接続部分に銅線を巻いてコードを繋げていく。

「さあ、カモン!」

 全員は渡されたスマホをのぞき込む。ダイヤルコードが目まぐるしく回転し、左から順に止まって行く。十桁目のコードが止まったところで、コンプリートのダイヤログロゴが飛び出した。

「成功だ」

 知木祖はそういうとホールの扉の前に立つ。センサーが反応して自動ドアが開いた。

 僕らは呆然とした。

 見事としか言い様がない。もしかして、この二人がそろうとセキュリティ相手でも怖いものなしなんじゃ……

「さあ、第三の七不思議に出会いにいくぞ」

 ここまで来てしまった以上、引き返すという選択肢は残されていなかった。

 


            ***



 中は広々としていて、薬品か何かの混じった匂いが漂っている。

「スイッチは……ああ、これだ」

 ボタンを押すと蛍光灯が点いた。

 見渡してみると、机と棚のみが置かれているだけでほかは何もない。

 そう、何もないのである(・・・・・・・・)。

「今回もはずれですかね」

「みたいだなね」

「よかった~」

 いないとわかった途端に胸をなでおろす一向。

「ちくしょう、また……またなのかね」

「はいはい、先輩。そんな泣きそうな顔しないで下さい」

 本当に泣きそうな顔をしていた。そんなに七不思議に遭遇したいですか。

 

 ん? あれ?

 

「ちょ、あやめさんはどこだ⁉」

「えっ?」

「そういえば……」

 つい先ほどまで僕の後ろにいたはずなのに!

「ふむ、康平君。彼女は私がドアを開けるまでいたのだよね?」

「ここを開けるまではいましたよ!」

 あたふためく康平とは裏腹に知木祖は冷静だった。

「え……」

 ホールの奥を見つめたまま、言葉は呆然としていた。

「どうした? うおっ⁉」

 渡辺と牙城は振り向きざまに声を上げた。

「いったいどうしたん――おお」

 二人の反応に知木祖は振り向くと驚愕ではなくまるで賞賛するかのような声を発した。

 康平もみんなの視線をたどる。すると、

「なんじゃこりゃあ⁉」

 目の前に広がるのは緑一色。うねうねとした触手のようなものを携えた丸っこいフォルム。そこからは無数の歯だろうか? が生えていた。まさしく食虫植物そのものだった。しかし、ただ一点だけ、従来のものとは似ても似つかない箇所がある。それは――


「「「「でけぇ(かい)――‼」」」」

 

 そうなのだ。普通、植木鉢ひとつに収まるサイズのはずが、目の前にいらっしゃる食虫植物様は天井までその頭を届かせていた。その下に生えている無数の蔦……もとい触手に見えてならないものがうねうねと空中に波打っていた。

 天井まで届くほどの身体を持つ食虫植物など、今まで見たことがない。ましてや、頭の部分など、揺籠とたとえても申し分ない体積を有している。

「……まさか――」

 その頭を見て、康平はある推測を立てた。

「部長、変なことを訊きますが食虫植物って何食べますかねぇ?」

「はあ? なにを言っているんだね君は。読んで字のごとく、奴らの食事は近寄ってきた虫やらを――まさか!」

 あきれ気味に答える知木祖も瞬時にある一点を凝視する。

「……ふむ、確かに入れそうだねえ」

「ですよねー」

 知木祖の答えに康平はげんなりする。

「おいおい、こんな時に二人でなに言い合ってるんだ?」

 牙城は目の前の化け物に動揺していない二人に訝しげな視線を向けながら訊く。

「それより、あれどうするの!」

 言葉はすでにパニくっていた。

「まあ、落ち着け。いや、あまり落ち着ける状況じゃないんだが……

 聞いてくれ。二宮くんの仮設が正しければ、あの中にはあやめくんがいると思われる‼」

「ええ!」

「本当なの? 部長」

 康平の推測を聞いてほかの二人も驚愕する。

「おそらくな」

 部長も苦い顔をした。

「中にいるのかは不明だが、可能性は高いと見ている」

「そんな……」

 全員青い表情を浮かべた。


 すると、

「きゃああああ‼」

 話している隙に触手もどきが迫っていたらしい。それらは言葉の足に巻き付いて、肢体を浮かばせた。

「まずい!」

「まだ食べ足り無いのかよ」

 そういっている間にも言葉はどんどん食虫植物に引き寄せられていく。よく見れば、食虫植物の頭部は揺れているように見える。咀嚼行為を行っているとしか思えない。

「康平、どけえ‼」

 振り返ると牙城が消火器を手に突っ込んできた。

「うわぁぁぁ!」

 形相を変えた牙城は康平の横をすり抜けると、消火器をフルスイング。言葉に巻き付いていた触手もどきに叩きつけた。千切れることはないものの、食虫植物はなんとも奇妙な音を出して言葉を放り投げた。

 支えを失った言葉は当たり前だが、垂直落下していく。

「よっと」

 いつの間にか懐まで潜り込んでいた部長が言葉を抱き留めると、そのままセンターの外へ避難する。

「二宮くんらも早く出たまえ!」

「ですけど、十六夜さんが!」

「そうですよ。部長は言葉と一緒に外で待っていてください」

 二人はそう言い放つと、怪物に向き直る。

 康平は何か武器になりそうなものを探すが、不思議なことに机と棚以外何もなかった。

 食虫植物は胴体やらなんやらをくねくねと動かしはするものの、こちらには近づいてくる気配がない。

 ふと、奴は口(?)を若干開き、まるで僕らをあざ笑うかのような顔を見せてきた。

「あれは……俺らをバカにしているんだろうか? それとも、誘っているのか?」

「あながち、どちらも間違いではなさそうだね」

 康平は牙城に同意すると、食虫植物を見据える。すると、わずかに開いた口の奥に、見覚えのあるものがあった。

「……牙城、悪いニュースがあるんだけど、聞く?」

「訊く……いや、察したからいい」

 牙城もそれに気が付いたようだ。

「とりあえず、あやめさんを助けることが最優先な」

「当たり前だ。だけどよう、生身の人間が怪異に勝てるのか?」

「別に勝たなくてもいいじゃないか」

 助けられればそれでいい。

「そりゃそうだ」

 しかし、問題なのはどうやって彼女を助けるかだ。

「何とかして口を開かせにゃ……」

 このままではジリ貧でしかないし、食虫植物の性質上、これ以上あやめさんを中に居させるわけにはいかない。

「そうだ、牙城。ライター持ってない?」

「あん? そりゃあ、持っているけどよう。ここで使うと探知機反応しちまうぞ」

「構わない。貸して」

「わかったよ」

 ほら、と上着に突っ込んだ手をこちらに向かって放ってくる。

 飛んで来たライターをキャッチすると、にやりとする。

「牙城、合図したらその消火器、茎のど真ん中に投げ込んで」

「はあ?」

 何を言っているんだ、お前はと付け加えられそうな顔をしていたが、無視して怪異と向き合った。

 康平は食虫植物に向かって走り出すと、彼を捉えようと触手が何本も襲いかかってくる。が、持ち前の身軽さを使い、難なく回避していく。ちらりと後ろを盗み見ると、牙城は置いていた消火器のもとへと辿り着いていた。

 運動には自信がある康平は、ぎりぎりのところで触手を回避しつつ怪物に向かって進んでいく。目視での距離感はそうでもないのに、動いている時間はやけに長く感じる。ただ走るのではなく、避けるという動作を交えているせいだろうが、構わず、進む。

 放たれた触手を踏み台とし、跳躍。怪異の肩(?)付近をすり抜ける。ついでに十六夜が中にいることを確認した。

 そしてやっとのことで康平は怪物の背後に回ると、

「今だ‼」

「おらぁあ!」

 牙城が消火器を投擲。一体どこまでバカ力なのだろうか。見事、消火器は的中。すると、奇声のような音を発し、身を前方に折った。

「喰らえ」

 タイミングを見計らい、康平は借りたライターを人間に例えると首裏に着火。

 巨大化していようが、怪異だろうが、植物であることに違いはない。騒音で耳が痛いし、手も焼けるように熱いが構わず続け、根元を焼いていく。触手が康平に巻き付くが、消火器を回収した牙城により振り払れていく。

 ついに頭の重みに耐えきれず、茎は折れたのだった。

 


           ***



 その後、二人は頭を破くと十六夜を回収。やや服が溶けていたが、そのほかに外傷は見当たらなかった。

 康平は牙城に手伝ってもらい、あやめを背負う。先ほど消火器を投げた影響で牙城は肩を痛めたため、康平が運ぶこととなった。

 見た目よりもずっと軽かったので若干驚いたものの、起こさぬようそっと動く。背中にあたる柔らかいものと甘い香りにどぎまぎさせられるも、何とか雑念を払った。

「これをほかの人に見られたら大変なことになっていたかもな」

 密着して温かいはずの背中に冷たい汗が流れる。

「頼むから言いふらさないでくれよ?」

 ほんとシャレにならないから。さすがに人生の終止符をここで打つのはごめんだから。

 外に出ると言葉と部長の二人が出迎えてくれた。

「ふむ、全員無事。といったところだね」

 ぐっと親指を立てて来るので頷きを返した。

「いやはや、本来であれば怪異は人では対処できる類のものではないはずなのだがね。君たち、学生など辞めて怪異ハンターにでもなればいいのではないかね?」

「部長、今回の依頼はシャレになりません。これ以上の詮索は中止すべきです」

 冗談をスルーして、康平は知木祖に突きつける。

「しかしだな」

「怪我人多数、意識不明者一名。この状況でもなお、続行すると言うんですか?」

「そ、それは……」

 さすがの部長でもこの状況で首を縦に振ることはなかった。

 出口へと向かうべく、来た道を戻る。開けた後の始末をしなくてはならないから、別の道を使うことは出来ないのだ。ちょうど、エントランスホールにでたとき、

「ね、ねぇ……康平」

「どした?」

 震えた声で呼びかけてきた言葉が出口を指さす。

「あ、あそこに、銅像あったよね?」

「「「なにっ⁉」」」

 出てすぐそこに鎮座している銅像のうち、唯一服を着ている銅像が設置されていた場所には……

「うそだろ……」

 目に映るのは台座のみ。その上にいるはずの少女の姿は見えなかった。

「その他はっ!」

 知木祖はガラスの壁に張り付き、外を見渡すも、銅像たちは異常無し。馬たちも健全。ただ一点、銅像が無いことを除いて変わった様子はないようだ。

「牙城君、紙出して!」

「おう」

 言葉に催促され、牙城は背負っていたリュックから紙を出す。

 言わずもがな、七不思議をまとめた表だ。それを中心に四人は陣を囲んだ。あやめの意識が回復しないので、康平が背負ったままの状態だ。

「最初のは、嘘じゃなかった?」

「というより、我々が動いた理由がこれであろうに」

「じゃあ、順番が違っていた?」

「それは置いておいて、ほかに見るべきことがあるだろうが」 

 七不思議は七つの話からなる。そして、僕らは初めに出会うであろうポルターガイストもどきではなく、絶叫オーディオに出会ったことで銅像が動く現象が間違いであると思い込んでしまった。しかし、今回の調査するきっかけは銅像が動く姿が目撃されたからであるから……

「食虫植物には出会えた。よって、三番以降のどれかが偽物であるということだが、さて、どれだ?」

 一同は首を捻った。正直、どれもが胡散臭いものだからこれといったものが存在しない。

「しいて言えば最後?」

「ふむ、あからさまに胡散臭いな」

「というか、四番目はどうやって確かめるんだよ!」

 確かに、宇宙人と交信は何とも難しい。この場に宇宙人と同義の人間はいるものの、本人は首を横に振っていた。一生かかっても返事が来ないという意思表示だろうか。

「やはり、ローラー作戦よろしく、しらみつぶしに回るのが得策か?」

「あっ」

 康平は身体を傾け、背負うために回していた腕を解く。片方の腕であやめを支えると、時計に視線を落とした。

「もうすぐ十二時だ」

「え……」

「もうそんな時間かよ」

「ふむ、十二時丁度に片柳に入ると幻聴を見る……か。我々は既に入出しているため、条件を踏めていない」

「まだ二分ありますから、可能ではありますが?」

「では、牙城君。行ってきたまえ」

 ビシィと人差し指を牙城に向ける。

「ええー、俺すか」

 康平はてっきり部長が行くものだとばかり思っていたのだが、予想が外れてしまった。

「私は幻聴よりも銅像のほうが気になるのでね。そっちは任せた」

 部長の興味は銅像の方に注がれているようだ。

「なんともまあ」

「自分勝手なことで」

「そんなことより、いったい銅像はどこへ消えたのかね」

 僕らの呟きをそっちのけにして、部長は銅像の捜索にかかっていた。

 突然消えるという七不思議ではないのだから、必ず姿を現すだろう。であれば、探さなくとも向こうからひょっこりと顔を出すのではなかろうか。

「ふむ、さっぱりだ」

「そうでしょうね」

 粗方捜索し終えた部長は嘆息していた。

 銅像が消えたことで、中止云々はどこかに置き座られてしまったようだ。

「仕方ねえな」

 渋々牙城は片柳を出ると、十二時を回ったタイミングで戻ってくる。

「特に変わったことは……うっ」

 咄嗟に耳を塞ぎ、その場に崩れ落ちる牙城。

「お、おい!」

 駆け寄るも、背負った状況では手を貸せない。

「言葉、牙城を頼む」

「う、うん」

 言葉は牙城に駆け寄ると、肩に腕を回して立たせる。

 すると、

「ひいっ‼」

 言葉を見た牙城は顔を青ざめて、彼女を振り払う。

「ど、どうした?」

 近づくも、

「く、くるな!」

 牙城は身体を震わせ、その場に崩れ落ちる。

「おいって、俺だよ。康平だ」

「ひ、た……助けてくれ! 康平、部長、言葉、どこだよ」

 相当混乱しているらしく、目の前にいるのにもかかわらず、僕らを探す牙城。

「なんだよ、お前らは‼ それに、ここは青くないだろう!」

「見事に幻聴を、いや幻を見ているのだろうな」

「ということは、牙城は僕らが怪異か何かに見えていると?」

「そうとしか思えんが?」

 牙城は床に背を着き、僕らを見上げ後退る。

 彼の脳裏に映る僕らは相当なものに変貌しているのだろう。

「こういう時は水でもぶっかけてやると正気に戻るのが常だが、代わりとなるものが消火器とは……つくづく運のない奴だな」

 などと言いつつも、部長に憂いは微塵も感じられなかった。むしろ、いたずらを企てるときに見せる笑みさえ浮かべていた。

「マジですか」

「ああ」

 部長は近場にある消火器を掴むと、てきぱきと準備をしていく。またも、牙城は悲鳴を上げ、震えているばかりだ。案外、こちらと向こう側はリンクしているのではないだろうか。

「すまんね」

 聞こえていなくとも、一応誤っておくのが礼儀というものだ。と部長は付け加える。

 ホースの先端を牙城に向けると、ピンを外し一気に握る。

 その瞬間、溢れんばかりの粉が牙城を襲った。

「ぶがっ!」

 突然の攻撃に牙城は反動でのけぞると、弧を描きながら一、二メートルほど吹き飛ばされ、床に頭を打ち付けた。そして、びくりと身体を震わせると、その場で崩れ落ちた。牙城は完全に沈黙したのだった。

「お、おい! 大丈夫か?」

 康平は駆け寄って声をかける。

「いてて……」

 大声で意識を取り戻した彼は、頭を擦るとこちらを向いて、

「こ、康平……」

 牙城は半開きの瞼を押し上げて、目を丸くしていた。勢いよく康平に抱きついた。

「のわっ!」

 十六夜を背負った状態で後ろに傾く。

 二人分の体重+αで転んでしまうのを康平は背筋のみで踏ん張る。

 体中の筋肉が悲鳴を上げているが、十六夜の傷を増やすのは男としていただけないので我慢。

「ぬう――よいっしょ‼」

 なんとか、体勢を立て直すことに成功した。

「「おおー」」

 側で傍観を貫いていた部長と言葉が感嘆を漏らす。助けてくれてもいいものを。

「大丈夫か?」

 いまだにしがみついている牙城に、康平は問う。彼の顔は未だに青ざめており、額には大粒の汗が浮かんでいた。

「あ、ああ。頭と肩が痛いこと以外は問題ないな」

彼の返答に康平は胸を撫で下ろした。

「ふう、そっか……戻って良かったな」

「じゃあ、やっぱり……」

「うむ。君は幻聴――というよりも幻というべきものを見ていたのだろうよ。我々を恐怖の対象にしおって……」

 会長が恨みがましながら補足説明をする。

「これで、四つ……」

 言葉がぽつりと呟く。

「銅像の件も含めれば、五つだがね」

 すかさず突っ込みを入れるあたりはさすが部長と言っておこう。

「その銅像は何処へ行ってしまったのやら」

 そうだった。いまだに姿を見せないでいる銅像様を合わせるともう五つ目なのだ。

「まあ、ここでつべこべと言いあっているのも癪だし、次を終わらせようぜ」

「立ち直りはやっ‼」

「そうしたいのはやまやまなのだがね……」

 先ほどの一件からいつの間にか立ち直った牙城は前向きな意見を述べるのだが、部長が渋い顔をした。

「なにか問題でも――あっ!」

「時間、ですか」

 そうだった。次の七不思議は深夜二時にプールの水が消えるというもの。

 今は零時を回って半刻ほどしかたっていない。

 ここからプールまでは片道五分かかるかどうかといったところだ。開始時刻まで大幅に時間が空くことになる。

「つまり、確認するにしてもあと一時間半はここらで待機ということか……」

「うむ」

 鷹揚に部長は頷く。

「しかし、ここで待つのも不気味だよな」

「同意」

「だけど、今外に出ると危険な気もする」

 そうなんだよな。銅像の安全が保障されないかぎり、外に出るのは得策ではない。

 康平は背後の十六夜に目を向ける。ずっと背負っていたから伝わる振動はそれなりのはずなのに、一向に起きる気配を見せない。植物のなかで麻酔でも受けたのだろうかと心配になってくる。

 部長からタオルを借りて枕を作り、床に寝かせた。さすがに康平も一息つきたかった。

「まあ、怪異を呼び寄せるという名目であれば、待ち時間を利用して百物語など――」

「「「却下です(だ)!」」」

 なんてことを言いだすんだ。この状況では本当に何かを寄せかねないというのに。

「ふむ。考えてみれば、七不思議だけではすまなくなってしまうな」

「部長が冷静に判断できる人で僕はうれしいです」

「そうかね」 

 皮肉交じりに言ったつもりが、ポジティブに受け止められてしまった。

 その後は雰囲気を紛らわすために部の伝統や秘話などを語りつつ時間を過ごした。中には冗談ではすまないものも含まれていたので、今後の活動が心配になってくる。その時はまた、覚悟を決めなくてはならないようだ。

「さて、そろそろ時間のはずだ」

 部長が時間を確認すると、二時まで十分を切っていた。頃合いだろう。

 寝かせていた十六夜を再び背負い、康平はみんなに頷く。

「行きましょう」

 


   

       ***



 深夜の学校と聞くだけで、恐怖のイメージは嫌でも湧いてしまう。

 それは、七不思議を体験してきた彼らでさえ例外でない。

 人がいない学校は昼間の活気を打ち消すかのごとく静けさを保ち、朝を待ち続ける。

 外灯もついておらす、東京にあるというのに月明かりが頼りというのは、彼らにとって新鮮だった。ただ、光が反射して銅像たちが鈍く輝いていたことには不安を覚えたが。

「はたして、某セキュリティ会社は何をしているのでしょうか?」

「さあ。設置してあるのが入り口だけだったんじゃないのか?」

「でなければ、我々はとうに捕まっていると思うがね」

「確かに」

 お互いに軽口が言い合える程度には精神が安定してきたようだ。

 彼らは第三を出て、中央の道をあえて通らずに遠回りしてくことにした。振り向いたらそこには――ということにはならず、到着出来たのは救いだった。

 一応、ここに来る前に講義室の銅像たちを覗いてきたのだけれども、やはりなにも起こらなかった。

 多少迂回することで時間を調整する目的も兼ねていたのでいい暇つぶしにはなった。

 そして僕らは開始一分前に到着したのだった。

 場所はプール前でなく、位置的に見下ろせる道路を選んだ。もしも何か起きた時のために退路は確保しておく必要があったからだ。

「残り二十秒」

 部長がニヤつきながらカウントを取っていた。

「三、二、一……」

「おい、嘘だろ」

 カウントが言い終わる前に、牙城が声を上げた。彼は怪訝な眼差しをプールに向けていた。

「水面が揺れて、いる?」

 薄暗いなか見ているため不確定ではあるが、確かに水面が揺れ始めた。

 風は微弱に吹いてはいるが、比例しないのは明らかだった。

「て、ことは……」

 牙城が何か言いかけたのと同時に、異変が起こった。

 プールの水が爆音を立てながら柱を形成したのである。

「「「「はい?」」」」

 全員同時に首を傾けた。

 わけが分からなかった。

 なぜ水柱などが形成されるのだろうか?

 その答えは騒動が収まった頃にやってきた。

「あれは……」

 プールの丁度中央。床を陥没させながら佇む――


「「「「銅像じゃないか⁉」」」」


 先ほど行方不明となっていた少女が今になって姿を現したのである。

 満面の笑みを伴って。

「で、水はそこら中に散らばると」

「成程ねぇ」

 ん? てことはだ。これで五、六目が同時に解決したことになる。

「部長、最後って……」

「おお、そうだった」

「どう考えても、あれしか思いつかないのだけれど」

「九つの尻尾を持つ化物に攫われるらしい……か」

「本当に大妖怪の一体でしょうか」

「まあ、落ち着け」

 牙城がみんなを制した。

「どうした? 今になって怖気づいたのか?」

「考えてもみろ。俺らはこの七不思議すべてを見られたわけじゃない。条件は達成出来ていないんだぞ」

「そうだけど、代わりになることは起こったじゃないか」

「トイレと、通信が不発。代わりに最初の幻聴が足されたとしてもひとつ減っている」

 ならば、だ。今が帰り時なのではないだろうか?

 康平は三人の顔を見渡す。彼らもまた、考えていたことは同じなようだ。

 お互いに頷くと、一目散に出口を目指す。現在地から階段を上がり、先程の講義室横を通り過ぎる。そのまま道を突っ切り、出口まであとは一直線だった。

「あと少しだ」

 部長は先頭を。続いて言葉、康平。殿は牙城が務め、進む。

 校門が目前に迫っていたことで、内心余裕が生まれていた。

 スロープを降り切るところで康平は背後から落下音と何かが潰れる音を聞いた。

 思わず振り返る。

 そこには――

「嘘、だろ」

 康平の眼球を抜けて、伝わってきた情報はありえないものだった。

 自分の後ろに、そこにいたはずの牙城は見えず、代わりに佇む物体。

 なんだよ。なんでだよ。お(・・)は(・)プール(・・・)に(・)いた(・・)はず(・・)だろう(・・・)‼(!)

 そこにいたのは血の通うことのない物体。先ほどまで姿を隠し、忽然と登場した銅像だった。

 相変わらず無邪気な笑みを浮かべ、僕らを見てすらいない。

 その足元には牙城だった肉片と夥しいほどの血が広がり、こちらまで流れてきていた。

「に、逃げろぉぉぉおおお‼」

 康平は叫ぶと、二人も走りだす。

 ちらりと背後を見やるが、それは追い掛けてこなかった。

 部長が校門に辿り着き、よじ登る。

 これを超えれば学校の敷地内から抜け出せる。

 しかし――

「なんだと⁉」

 部長が不穏な声を上げる。

「どうしたの⁉」

 部長が校門の上で固まっていたのだ。こんな時にどうしたというのか。

「どうしたんですか⁉」

 ふざけている場合ではないのだ。一刻も早くここから抜け出さなくてはならないというのに!

 部長はこちらを振り向いて告げたのは絶望の一言だった。

「進めない」

「そん、な」

 全員の顔から血の気が抜けていくのが分かった。

 思わず銅像を見てしまうが彼女は動く気配を見せない。

 まるで僕らを哀れむように、ただ、彼方を見つめているだけ。

 何もしてこない。

「うん? 壁が、消えた」

 部長が乗り越えて、道路に降り立つ。

 続くように言葉もよじ登る。

「よかった」

 と思ったのもつかの間だった。

 突如、目の前の道路で何かが高速に突っ切った。

 そして、一瞬部長の姿が消えたと思うと、頭上から落下してきたのだ。吹き飛ばされ校門に激突する部長。

「きゃあああああ‼」

 言葉は衝撃と恐怖で飛び下りる。

 そして部長は何度かバウンドし、地面に転がるように倒れた。

「部長!」

 声を張り上げても返事がない。背負っていたバックパックの中身をばら撒き、うつぶせで倒れている。ここからでは死んでしまったのか、気を失っているのか見当がつかない。校門といういつもなら気にもしない壁に阻まれて。

「くそ!」

 吐き捨てると背負っていたあやめを言葉に任せ、康平はよじ登る。左右の安全を確認するとすぐさま飛び降りた。

難なく知木祖のもとへと辿り着き、彼に触れた。

 反応はなかった。

 所々陥没していたのにも関わらず、出血がないことに気持ち悪いとしか思わなかった。

 一応脈を計るが、やはり活動していない。

 こちらを見つめていた言葉に向けて首を横に振る。手を合わせ、黙禱する。

 うそ……とか細い声が届く。

 康平は校門に手を突き、気が付く。

「言葉。多分、中から開けられると思う」

 逃げることだけを一心に考えていた僕らは鍵を開けられることを忘れていたのだった。

「うん」

 言葉はやや不安げに返事をしつつ、手を空けるためにあやめを背負い直した。そして、しゃがむようにして、鍵に手をかける。寸前で彼女は何者かに手首を掴まれた。

「え?」

 それは、同じ人間の手で――

「だーめ、残念だけど行かせないわ」

 言葉の背から響く透き通る声音。

 今までに何度も聞き、馴染んだ音。

 言葉は引き寄せられるように校門から遠ざけられていく。

「先、輩?」

 言葉は震えていた。

 なぜこのタイミングで、彼女は目を覚ましたのだろうか? というより、行かせないって……

「ああ、少年。君は待っていてね♪」

 あやめさん――ではないだろうものは僕に視線を向けて微笑みながら一言だけ発した。

 ただそれだけで、僕の身体は動かなくなってしまった。僕の神経は主人の命令を一向に受け入れなかった。

「か、金縛り……?」

「正解」

うふふ、と彼女は上品に笑う。そして視線を下に、言葉に向けた。身長差は頭半分ほどで、言葉を包み込むように抱く。

 言葉は生まれたての小鹿のように震え、目の端に涙を浮かべていた。

「可愛い」

 そっと、言葉の顎に触れ、向くように持ち上げる。

 そして、口づけた。

 言葉は何の抵抗もせず、目を白黒させているだけ。次第にその瞳は光を失っていき、がくりと精気を失くしたかのように四肢を投げ出す格好となった。

「ご馳走様」

 あやめの表情は薄く朱を差し、うっとりとしていた。

「な、にを……」

 しているんだとまで声が出なかった。

 出来ることはただ茫然と立ち尽くすことだけ。

「確かに、君たちは条件を満たしていないわ」

 不意に彼女は語りだす。

「本当に、惜しかったの。この娘が時間通りにトイレを覗いてくれれば、七不思議すべてを回ることが出来たのに」

 なんだって⁉ トイレはブラフではないと。

「君たちも分かっていたでしょうけれど、交信云々はでっち上げでしかない。あれだけがイレギュラーな存在よ。

 怪談ですらない。

 ただの空想。

 そして、君にはもう一度やり直してもらうわ」

「なん、だって?」

 今度は声が出た。

「もう一度やり直して、本当の私と会って」

「あなたは危険だ。部長たちを殺しておいて、やり直せ? ふざけるのもいい加減にして欲しいな」

「残念だけど、こちらも遊びでしているわけじゃあないの」

「じゃあ、なんだというんですか!」

「ちゃんと私と会って。でなければ、この学校は滅ぶこととなる」

 意味が分からなかった。

 彼女はこちらに向かって歩き出した。

 一歩一歩、その姿勢に乱れはない。そして校門まで来てありえない光景を目の当たりにする。

 すり抜けたのだ。言葉を抱えたまま。

「化け物だな、本当に」

「ええ。私のこと、知っているでしょう?」

「あそこまで出されていると、間違えないよ。九尾の狐」

「うふふ、正解」

 そして、言葉を包み込むように彼女は僕を抱きしめた。

「今度は本当の私としましょう」

 その言葉を最後に、僕は深い眠りについた。



   ***



 で、僕は言われた通りダンジョンのごとく七不思議を周回し、無事平和を勝ち取ったのであった。

 九尾いわく、妖怪同士のつまらない賭けが原因で、勝者は学校……というか敷地を好きなようにいじくれるらしい。

 人間を差し置いた遊びをしていたようで、九尾は阻止すべく、僕らを利用したというのが今回のオチ。

 納得がいかない。

 ちなみに、全員無事です。

 死んでいった部長たちは元通り、本当にリスタートしたのだから驚くに決まっているよね。

 で、何周したかはもう忘れた。

 九尾同様僕らに干渉し、勝利を掴もうとした妖怪もいたのだけれど、何とかクリア出来たのが唯一の救いだった。

 九尾が嘘を吐いている可能性も否定できないけれど、彼女の真剣さを買ったのだ。

 見事に惚れられたわけなのだけれど。たまに背後で浮いているので心臓に悪い。

 今後の人生が更に不安になった一日でした。


初のホラー系に挑戦しました。

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