ハクジツ その四
「今帰ったぞ」
相沢との問答を終えてから、学校の方針にのっとり直帰。時刻は午後4時半。
学校に通うようになってからというもの、俺はこの帰宅してからの時間というものを持て余すようになっていた。
以前はニーズや不死子の手伝いをしていたが、最近はその二人が俺に仕事を与えてはくれないからだ。抱えている問題が俺の手に余るという事なのか、自分を不甲斐なく思う反面。今の俺が二人の手助けをまともにできるという自信もハッキリとはない。
この心の問題の解決法は理解している、敦也とゆっくりと話す。これだけの事なのだ。
しかし、それができない。
そもそも何を話したらいいのかわからないうえに、今日はタマが敦也と一緒に帰ると言っていた。タマの恋心を知っている以上はその邪魔をするほど、無粋ではない。
が、言葉にできない焦燥感が俺の神経を逆撫でしていた。
その正体不明の精神状態が俺の五感を鋭くしていたのか、いつもなら聞き逃してしまったであろう小さな呼吸音を拾った。
『すぅすぅ』という小さな吐息の主を確認するべく、書庫として使っている部屋を空ければ、乱雑に床に散らかされた本の海の中でニーズが身体を丸めて眠っていた。
「おい、ニーズ」
「んあ?」
情けない声をあげながら、こういう寝起きの表情だけは見た目通りの愛らしい表情を見せるニーズ。
しかし、次の瞬間にはかもし出す雰囲気も鋭い名うての魔導師の顔を見せていた。
「むにゃ……おかえり正宗、学校はどうだった?」
「別に変わらん、黒江は今日も学校に来なかったしな」
「そう、しょうがないね」
ニーズはあくび混じりに大きく伸びをすると俺の顔をまじまじと眺めた。
「何か悩みでも抱えてる?」
「そんなものなどない!」
ニーズの問いに、反射的に声をあらげながら即答する。自分でも不自然な様子だとわかるのに、ニーズが俺の反応を怪しまないはずがない。
だが、ニーズはそれ以上の追求はせず。大きな声をだした事を誤魔化すように話を振る。
「ところで、そっちの進展はどうなんだ? なにやら最近は頻繁にドワイトのところに通っているようじゃないか?」
「あ、あー。うん、まぁね」
「それに何だ、何を調べてるのか知らないが。こんなところで寝ちまうほど切羽詰ってる状況も今までにないだろ。いったい、どんな状況に陥ってるんだ?」
俺の言葉にニーズは言葉を詰まらせ『何でもない』と言いかけたところで、背後から聞いた事のない声がその言葉を遮った。
不意に現れた存在に身構え、振り返る。何より、俺がここまで接近した事に気がつかない存在がこの家に居るということに驚いた。
「いいじゃないですか、彼女なんて無関係どころか渦中の人そのものなんでしょ? 手心を加えるのは優しさじゃないと思うのですよ俺は。それに人生は限りがあるのだから、時に立ち止まったり、迷ったり、遠回りするのはしょうがなく、時として重要だとは思うのですが。逆にそういう状況だからこそ感情の赴くままに行動して、その結果を振り返り糧にする事も必要だと俺は思うのですがどうでしょう?」
「誰だお前は!?」
白いスーツに蛇柄のシャツが長身に映え、逆立てた金髪がその出でチンピラのような出で立ちをより強苦強調していた。
そんな姿だからこそ、室内でもサングラスをかけるセンスであったが、自らを名乗り上げるときはサングラスを外すだけの教養はあったようで。サングラスを外しながら男は陽気に笑って話を続けた。
「そういえばお初にお目にかかります。俺はティルト・マロウ、君にわかりやすく言うとダニエル・グッドマンの関係者と言った方がいいかな? いやいや、でも誤解しないでくれ。あくまで関係者といっても部下とかそういうわけではないんだ。形式としてはそりゃ部下になるのだろうけど、こっちとしてはあまり繋がりはないし、仮に繋がりができたとしてもノーサンキュー? っていってもやっぱり仕事は仕事なのでしっかりやらないと信用にもかかわるし、俺にもプライドがあるからさ。日本にもあるじゃん、労働の義務って。仕事に貴賎なしってね、やっぱり人間は与えられた使命をこなしてはじめて価値が生まれるわけだと思うのよ。何かの言葉であるでしょ? 人は何かを成すために生を受けて、成し終えた時に死んでいくって。そういう意味では今の日本って大変だよね。働かない若者、ニート問題だっけ? そりゃ俺たちの国にもそういう奴はいるけどさ、なんだかんだで株だとかそういったので儲けをだして自活してる奴が大半なわけ。といっても文化の違いもあるけどね、うちの国では家にいても仕事がある家庭が多いし。国土が違うからそれもしょうが……」
「いい加減、黙れ。こっちが聞きたい要点はお前の名前と何者なのかだ。名前がティルトで、ダニエルの関係者ってわかれば十分だ。それだけわかればペラペラ喋らなくても、お前がロクデナシだって十分理解できる」
ティルトのいつ止まるともわからない会話の流れに耐えかねて口を挟むが、ティルトはさして堪えた様子もなく、外人特有の腕でWを作るようなリアクションを見せて薄ら笑いを浮かべていた。
「さすがは聞きしに勝るサムライガール、これは敦也君も大変だ。それでミス・ニーズ、どうするんです? あなたから言わないなら俺から話ますよ。あなたの感情はともかく、こっちとしては貴重な人材だ」
ティルトの言葉に、ニーズは観念したかのように大きくため息をついた。
「そうね、告げる時期なのかな。もう少しだけ……いや、できればずっと正宗達を巻き込みたくなかったんだけど。敦也にも連絡をしないとね。ちょっと顔を洗ってくるわ」
そう残してニーズは部屋を出て行った。




