ハクジツ その弐
狩谷敬一郎をこの手で殺め、その責任感を背負っていると思っていたが。なんて事はない、敬一郎を殺したって思いたかっただけだ。
狩屋啓一郎を殺しただけだと、僕が思い込みたかっただけだ。
それだけの事ではないと、僕が一番知っていたのだ。
敬一郎の死を持って姫野美幸は死んだのだ、つまるところ僕は自分の手で自分の好きだった人を殺してしまったという事を誤魔化し、正宗への責任だと言い訳をして正宗に縋りながら、自分を否定していたのだ。
僕も敬一郎と一緒じゃないか、正宗を傍に置くことで自分を慰めて。愛そうとするだけで、その実は愛しているわけではない。
『いなくなるな』と、鎖で二つの想いを繋いでいるのだ。自分はなんて残酷で後ろ向きで、酷い男なんだろう。
気がついてしまった、気がつかないふりをしていた。
もう、このままじゃいられない。
「……あつや?」
正宗と一緒に居たい。
彼女の隣にいたい。
だけど姫野美幸の罪は背負っても正宗に対して負い目は背負いたくない。
この恋心は、相容る事はできない。
愛入る事はできない。
恋情を喰らい尽くす程の責任を僕は負ってしまったのだ。
それでも好きだった人の傍に居れるのだから、それ以上を求めてはいけない。
だから僕はもう諦めなければならないんだ。
彼女は死んだ、もういない。力になってはあげられなかった。
それでも彼女の幸せを傍で祈ろれる。
それだけでも――――上出来だ。
「ねぇ……大丈夫?」
そんな不甲斐ない、僕の隣には僕を必要としてくれる人がいる。
これは行き場を失った僕の恋愛感情が代わりを見つけただけなのかもしれない。
最低だ。
そんな最低な僕を、好きだと言ってくれる。
なんて幸せな事なんだろう。
自己嫌悪するほど酷い恋の始まりだ、それでも『好きだ』という気持ちは嘘じゃない。
「君が望むなら僕は君の傍にいるよ、僕も君をきっと好きになる」
深く考える事なく、刹那の感情に身を委ねるように僕はその想いを口にしていた。
自分でもそれが純粋な物ではなく、タマちゃんを正宗の代理扱いにするような酷い考えだとわかっている。
それでも必要だと言ってくれた彼女に対して出した素直な気持ちだった。
「敦也……今、なんて?」
耳にした言葉を信じられないといった顔で僕の顔を目を丸くして覗き込むタマちゃん。
動機は不純なのは間違いない、でもこの無垢な子を守ってあげたい間違いなく素直な気持ちだった。ならば今度こそは守りきろう。
この彼女の気持ちを守りきろう。
それが姫野美幸に対して、刈谷敬一郎に対しての責任だ。
「きっと……いや……必ず君を好きになる。だから、どうか僕と付き合ってほしい」
タマちゃんの顔がゆっくりと笑顔に包まれていく、そこには先ほどの憂いの顔はどこにもなく、コクリと小さくタマちゃんは頷くとそっと僕の手を握ってきた。
遠い虚空を見るような瞳で目じりをたゆませながらも、それでも涙を見せないタマちゃんのその横顔に僕は見入っていた。
そんな彼女を愛おしく感じながら。
胸の奥がズキリと痛んだ。




