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現の責任  作者: 面沢銀
心を喰らう怪物編 ~秘めた恋情~
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ソレゾレ その終


 帰り道、思ったよりも鷹はよく喋った。

 物静かではあるが会話に困る事ない、返事の大半は昔で言うところの番長のような重厚な簡素なものでその見た目のイメージ通りのものだけど、興味を持った話しとなれば口数は少なくも凝縮された内容で言葉を紡ぐため江橋よりもよく喋るような錯覚まで覚える。また、口調は威圧的ではあるが想ったよりも丁寧で驚いた。


 会話の内容は裏辺五兄弟が日本に来てからの学校生活がメインの話題で、どんなふうに育ったかとかそういった話は出なかった。

 鷹が意図して避けているようだったために、僕からも聞く事はしなかった。


 けれど、僕が話す話題といったらニーズと出会ってからこれまでの話ばかり。僕の前の学校生活なんて普通すぎて話すような話題はないし、僕の幼少期の話なんてもっと話す事がない。


 一見、中の良い高校生の友達通しに見えるだろうけど。やはりどこかギクシャクしていて、何か壁のようなものがあるように感じた。

 それは鷹も感じていたのか、ふと鷹が足を止める。


「何もないフリをしても、やっぱり駄目だな」


 鷹が言おうとしている事、それがその言葉だけで理解できる。


「もう沢山だ、もう御免だ。そう思っても戦わないといけない状況がやってくる。気がつけば、血だらけの道しかない」


「これで終わりだよ、今回の事件さえ終われば。これからの事はこの前の機動隊の人達がなんとかするだろうし。考えてもみれば怪物がいる日常って方がおかしいんだから」


 考えてみれば当たり前の事を久しく忘れていた気がする。

 正宗が言っていた、これが終わってもこの生活が続くのかと。それは正宗にとっては日常への世界へと入る事、僕にしてみれば日常の世界へと帰ること。


 そうか、だからニーズや不死子さんはしきりに僕達の学校生活について聞いてきたのか。

 あの二人の事だ、自分から普通の生活に戻れなんて無責任な事を言わないだろう。惑うならば自分から日常に溶け込みたいと言い出すように。


 そう、あの二人がそう思うならば。これはそういう事なのだろう、ならば自信を持って言おう。


「僕たちは確かにちょっと特殊だけど、ニーズに言わせれば人間以外の何者でもないんだ。だから普通の生活に戻れるよ、保障する」


 僕の言葉を聞いて、鷹は始めて優しく微笑んだ。


「俺は身体が化け物になる、だから生活に溶け込むだけで十分だった。考えてみればお前は俺の初めての友人なのか」


「そ、そう言われると何か恥ずかしいな……」


「タマの事もあって大変だと思うが、硬とも友達になってやってくれ。アイツも俺と同じで器用じゃないからな」


「大丈夫、もう友達だと思ってるよ」


 言うと鷹は再び口元を緩ませた。

 しかし、その口元の緩みはすぐさま無くなった。


「敵意、いや違うな……」


「どうしたの?」


 目を細める鷹の言葉に僕も反応する。


「身体半分獣だからか、向けられるそういうのに敏感でね。……アイツだ」


 鷹が人ごみの中から一人の男性へと目を向ける。

 男性も最初は何の動揺も見せなかったが、鷹の目線を感じるや観念したようにこちらへと歩を進ませてきた。


「やはり友達も只者ではないね長瀬敦也君」


 親しくも懐疑的な声を上げる男、僕の本名を知っているあたり学校関係者とは思えないなんて思いながら、この男をどこかで見た記憶がった。

 どこか睨むような男の顔を見てハッとする。それは考える限り今の僕が最も会いたくない人物だった。


「藤咲さんの……」


「きちんと自己紹介するのは初めてだね。藤咲浩二、死んだ正美の夫だよ。少し話しがしたいんだけど?」


 逃がしはしないという意思が明確に藤咲さんの視線から伝わってくる。

 それに僕もこの人とは一度話しをしなくてはない。それは死んだ藤咲さんへの責任でもある。


「わかりました。ごめん、鷹さん」


「……わかった。長瀬、また明日」





 鷹と別れてから浩二さんが適当に喫茶店を見つけて席に着く。

 その間、五分くらいの時間があったけどお互いに何も喋る事はなかった。それがかえって得も知れぬ重い空気を作ってしまい、席についてからやっと浩二さんがコーヒー、僕がアイスティーを頼む言で話を切り出すきっかけになった。


「タバコは吸わないんですか?」


「吸うのは正美だけだよ。その正美もここ何ヶ月は吸わくなってた。俺も正美がいなくなってから聞かされたよ、正美のお腹に子供がいたって。だから吸わなくなってたんだな」


 まるで遠い過去でも語るように、しみじみと藤咲浩二に言われてまた言葉に詰まる。

 自責の念が膨れ上がって俯きたくなるけど。僕はこの人から目をそらしてはいけない気がして、その感情をぐっと押さえ込む。


「仕事関係の物は全部機密事項って事で警察に持ってかれた。でも私物の中であちらさんにとってまずい事が書いてないような物は返されたんだ。まるで虫食いの記録だよ。それでも、正美の事を何もわかっちゃいなかったんだと痛感させられたよ。それで……持ち物のメモと正美の日記帳に君の事が書いてあった。日付は最後の日の前日まで。それで悪いけど君の事をいろいろと調べさせてもらったよ。これでも新聞記者なもんでね。そういう事に慣れてるし、専門の知り合いも多くいるからね。去年、高校を卒業したのに偽名までつかってまた高校生をしてるなんてなかなか普通じゃない。よく事情は知らないが、俺は君から詳しく聞かせてもらう権利があるんじゃないかと思うんだ。記者としての第六感と夫の妻への探究心がそう思わせるんだがどうだろう? 危険だという事は重々承知しているが、君とこうして会っているだけで俺の覚悟は伝わってると思うけどね。もっとも俺に失う物なんてもう何もないから君が喋らなくても時間をかけて調べるつもりだけど」


 そこまでの覚悟があっての言葉を受けて、知らぬ存ぜぬを通す事も適当なその場しのぎの嘘も通用しないだろうと諦める。


 いや、最初から諦めていた。

 藤崎さんの夫と名乗られた時点で、僕はどこか安堵していた。

 何もかも告げてしまえば、藤崎さんを巻き込んでしまったという事績の念から少しでも開放されるだろうと期待していた。

 我ながら最低だと思いながら、あった事を口にしてしまえば浩二さんも巻き込みかねないと解っていながら、僕は心のうちに溜まった泥をかき出す様に今までの事を知りうる限り、丁寧に説明した。


 浩二さんは僕の言葉をさえぎる事なく、長い長い説明。僕にとっては懺悔をただ黙って聞いてくれた。


「――――そんなわけで、この前の殲滅戦で藤崎さんは巻き込まれて……詳しい事情はわかりませんけど。でも、ダニエルにも危険だって釘を刺されたんです。巻き込まれたというより、もしかしたら……僕が巻き込んだも同然です」


 ごめんなさい、そう続けようとした僕の言葉を始めて浩二さんは遮った。


「その言葉は必要ない、正美は自分の意思で動いたんだ。それでもその気持ちだけは酷かもしれないが胸にしまっておいてほしい」


 僕の話の中で、ほとんど手をつける事をしなかった。とうに冷めてしまったコーヒーを浩二さんは口にする。


「実はあいつの葬式の時から君達については知っていた。正直、涙ひとつ流さない君に腹を立てたよ。ニュースでこの街の事件を聞いてなければ、そんな与太話と怒鳴っていたかもしれない。でも、聞いてわかったよ。十九の子供が背負うにはキツイ境遇だ。そりゃ泣いて崩れるような軟い心じゃやってけないよな」


 いったん言葉を区切った後に浩二さんは続けた。


「正美は正美のやるべき事をした。そこに悔いはなかったはずだ。だから君も悔いる事のないようにしてほしい。君が何かと戦うように、これからは僕も僕なりに戦わせてもらう」


 そう言葉を残して浩二さんは伝票を手に席を立った。

 その背中を僕は何も言えずに見送るしかなかった。何か言うべきだったのだろうけど、口先まででかかった言葉はついに喉を抜ける事はなかった。


 席を立つ前の浩二さんの目。

 話せばこうなるとわかっていた。決意によって変化した浩二さんの死を覚悟したあの目、藤崎さんの死の遠因である僕が、やめてください何て言えるはずもない。


 それでも涙すら出ない自分に呆れながらも僕も席を立つと、浩二さんの席に目をやれば電話番号が書いてあるメモが置いてあった。




 今後について、藤崎さんや浩二さんについて、様々な事を考えながら僕はふらふらとした足取りでアパートへと戻ってきた。

 正直なところ疲れてしたし、誰とも会わず、連絡もとらず。部屋につくなりこのまま泥のように眠ってしまいたいところだった。


 けれど、アパートの階段でまず間違いなく僕の事を待っているであろう人影がそれを許してくれはしないだろうと、自分の胸の中にあったその願いを封殺した。


 僕を待っているであろう人影は僕の姿を視界に入れるやいなや、神妙な面持ちで僕へと歩を進めてきた。

「相沢君、どうしたの?」

 いつから僕のアパートの前で僕を待っていたのか。相沢硬、いや裏辺硬は僕を半分睨みつけながら、興奮を押し殺した声で事実の確認を迫ってきた。


「タマに告白されたって聞いたけど?」


「え……うん……」


 静かなその剣幕に押されて声を濁らせて返事をするや否や、硬は僕の顔をビシリと指さし。


「僕はタマが好きだ! ずっと前から! だから君は敵だ、君が憎いとさえ思う! でもタマが君を好きである以上は君を認めなければならない。言っておくけど僕は手強いよ! それじゃあ、また学校で!」


 ……何だったんだろう。

 そう思うまで少し時間がかかってしまった、硬はただそれだけを言うために僕のアパートの前でずっと待っていたのだろうか?


 しかも彼の言い回しではまるで僕がタマちゃんに告白したかのような話になっている気がする。

 そんな数々の疑問を問いただそうにも硬はすでに帰路につき、追いかけて話をするだけの元気も気力も僕は持ち合わせていない。


 かくして嵐のようにまくしたて、春風のように爽やかに去っていく硬の背中を見送りながら、短いながらもなんだか一番疲れたような気になった。

 吐き出すようにため息をついて、もう今日は寝てしまおうという決心を強固な物にして、僕は自室のドアを閉めた。





現の責任 第八話 ソレゾレ

               

              了

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