ガッコウ その壱
埋もれてしまう日常、過ぎていく日常
その日常を退屈に感じないのは共に笑い、泣く者がいるから
喜びをわかちあい、悲しみを二分にする
埋もれてしまう日常で、過ぎ去っていく日常で
人は成長し、共に生きていく
現の責任 第二話 ガッコウ
「ウボぁッ!?」
休み時間になると同じに、俺は後ろの座席の女に纏めた髪をひっぱられ、首ごと椅子を引き寄せられる。
まさかこんな形で不意打ちを受けるとは思わなかったので、目を白黒させてしまう。
「なぁ正美、タマ達と一緒にご飯を食べよう」
髪を掴まれたまま逆さまに目に映る後部座席の女、ここまで乱暴に人を扱っておいて、話し方ときたら、とても親しく、笑顔で楽しそうに話しかけてきやがる。
昼になるまでの間に四回休憩を挟んだが、その四回の間に人の事をずけずけと聞いてくる連中の相手をしていて。
もっとも後ろのこいつとは落ちついた時にゆっくりと話しをしたかったが、こんな不意打ちを食らうとは予想していなかった。
そもそも学校って場所がどんな所かは話に聞いていたし、その様子も想像はついていたが、実際に経験してみてこんなにもわけがわからないものだったのかと、俺は混乱していた。
俺が既に知識として持っているから面白くないのかもしれないが、朝から今の昼まで延々と授業という名目の教科書の説明を受けるだけ。
そこにどんな面白さを見出せばいいのか、俺にはこの4時間理解できないでいた。
そして何よりも理解できないのは未だに俺の髪を引っ掴んで放さない後の座席のこの女だ。
俺はこの女に近づくためにこの学校に潜入したのだが、神のいたずらか何だか知らないが、探すどころか潜入初日に俺の後ろの席にいたわけだ。
しかもこの女、つい一週間前に俺と命のやりとりをしたというのに、今みたいな台詞を吐いてきたのだ。
行動がともなっていないあたり、まだどう解釈したらいいのかわからないが……。
まさか学校でドンパチやるわけにはいかないと向こうも思っているのか、朝から今まで殺気を感じる事はなかったが、これではこの無言の不戦協定を不用意に信じるわけにもいかない。
俺は逆さまに見える女を見ながら、何か裏があるのかと勘ぐり返事をあぐねていると、その女の頭の上にどかりと勢いよく何かの包みが乗っかった。
「ゃぁぅ!?」
そのあまりに想定外な不意打ちに、女は俺を解放して後ろを振り向くと、満足そうに悪戯っ気たっぷりに笑う眼鏡の女。
「いくら今をトキメク大人気の伊達さんを捕まえたいからって、いくら天然ボケでもやりすぎってものがあるでしょう」
そう言うコイツに俺は何と言えばいいのか、やはり言葉に困ると別の女が話しかけてきた。
「タマの前の座席、そこは……狙われるよ……」
「伊達さんも許してやってよ、タマは伊達さんと話すきっかけを作りたかったんだよ、同じ転校生だし気持がわかると思ったんじゃないの?ただ、ちょっとこの子は天然っていうか何ていうか……」
「仲良くなったところでご飯食べよ~、正美ちゃんはお弁当なの~?」
次々と集ってくる女子達。
気を張っていて気がつくのは遅かったが、思えば同年代の女達がこんなにいる場というのも俺は始めてだ。
最初に声をかけてきたのは、同じ学年と言われなければ年上に思えてしまうほどに落ちついた感じの奴で、眼鏡に俺と同じくらいの身長でスラリとした体格に、肩まで伸びた髪を二つにまとめていて、見た目の感じはちょうど藤咲に似ている。
二人目の口数の少ない女はスラリと伸びたストレートの髪が印象的で、前髪に癖でもあるのか髪留めで横にまとめている。
三人目は他の二人にくらべてというより、クラスの女性徒と比べて対照的に背が低く、髪は短く切りそろえられている。
しかし、背の低さよりも目に付くのは身長とは不釣合いに発達した胸、そのせいで太ってはいないのだろうが体にボリュームがあるように見える。
「ヒサポン、ナッチ、ヨッシー、伊達を捕獲するんだ」
「捕獲ってあんた、あーっと。軽く自己紹介した方がいいね」
この中では纏め役のような、俺に最初に話しかけてきた女が場をしきる。
「私は鈴木、名前が寿子だからヒサポンって呼ばれてるのよ。捻りないあだ名でしょ?」
鈴木はそう言うと、さらに俺に話しかけた順番とおりに律儀に自己紹介してくれる。
「私は高橋、六月十二日生まれ……あだ名はナッチ」
「吉田君子、小学生のころからずっとヨッシーって呼ばれてるの」
言って三人はテキパキと回りの机を寄せて大きなテーブルにしてしまう、俺と標的の間に一つ置いて、その横に縦に二つ机をくっ付いた形。
俺の隣には鈴木、そこから高橋、吉田という感じで並ぶが、真ん中には足を出すスペースがないために吉田は二人から少し間をおいてある。
その早業ときたら俺が何かを言う前にこの形を作ってしまうほどで、俺は拒否をする暇もなく、この食卓空間に身をおかざるをえない状況になてしまう。
「んで、タマは裏辺魂。どう考えても変な名前だ」
裏辺。
名前からおして、あの魔術師の裏辺の身内か何かだろう。それならばあのデタラメな身体能力にも納得できる。
しかしこの裏辺、顔は全く同じだというのに本当にあの夜の仮面の女なのか不安になってくる。
ここまで髪を引っ張られたぐらいで俺に直接危害は加えてない、さらに殺気とか敵意とかそういった類のものも全く感じられない、それでどころかこの女。
「ごめんよ、タマは伊達と話しがしたかったんだけど。伊達はずっと話しかけられていたから」
しゅんとしおらしくそう言う裏辺の様子はとても演技には見えず、悲しい顔でうつむいているその様子を見せられてはこっちは文句の一つも言い出せない。
「ああ、もういい。馬鹿面さげて寄って来た男共や好奇心だけでいろいろ聞いてくる女共よりはよっぽどサッパリしてたよ」
「そうか、よかった。タマ、嫌われたらどうしようって思ったよ。タマの秘蔵のコーラグミ食べるか?」
パッと明るく声をあげる裏辺、これも演技とは思えない。
ならわからないのは、どうして本気で俺と仲良くなりたいのかという事だ。
まさかとは思うが偶然顔がそっくりで、たまたま裏辺なんてあまり聞かない苗字が同じだったなんて事はないだろう。
「伊達さん、男前」
高橋が静かにそう言うと、鈴木がニヤニヤしながら続いた。
「見てたけどさ、伊達さんの切り捨てっぷりは凄かったよね。鼻の下のばして近寄ってきた男のあのハトが豆鉄砲くらったような顔といったらなかったわ」
「伊達さんって綺麗な金髪だよね、それって地毛なんでしょ?」
鈴木の話しからどうしてそんな俺への話題に飛ぶのか、吉田がもう何度となくされた質問を俺に投げてくる。
少しうんざりしつつも、また適当に相槌を打とうとしたところで高橋が俺よりも先に答えた。