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現の責任  作者: 面沢銀
奇妙な共闘編 ~魍魎の街炎上~
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カネノネ その四

「おーい敦也、着替えたよ。どう?タマってば似合ってる?んでも、タマってば胸ないからこの服ずり落ちゃうよ」


 渡されたキャミソールの胸元を引っ張りながら自分の胸を覗きこむタマちゃん。

 色素が足りないのではないかと思える白い肌を服の隙間から惜しげも無く披露する。制服姿の時はベストを羽織っていたから胸の隆起が目立たないのかと思っていたが、タマちゃんには胸のふくらみというものがあまりない。


 そもそも細身という事もあるが、少し肉のついた男性よりも胸に丸みがなく、平坦だった。昔からの言い回しをするならば洗濯板という形容詞は実にマッチしている。


 いやいや、僕はなにをしげしげと眺めているんだ。

 途端に恥ずかしくなってタマちゃんの胸元から目を逸らした。

 そもそも前から思っていたけど、この子は少し無邪気というか無防備というかお痛がすぎるというか、この子は精神的にどこか未成熟だ。


「そうだ、肩紐をこうやって結べば落ちないかな?でも、これだと可愛さが半減するような気がするんだけど敦也はどう思う?」


 肩紐を縛ってズリ落ちて開いてしまう胸元を無理矢理あげるけど、それはお世辞にもファッションと機能性を両立しているとはいえなかった。


「ああ、いいんじゃないかな」


 とはいっても、口から出るのは本心とは裏腹な言葉。これが男の辛いところなのだ。


「のほほ、そりゃ駄目よタマちゃん。完全にアンポンタンよ、どこの世界にキャミソールを咽下まであげる子がいるのよ?」


「そうか、やっぱり変か? こんな感じに着てる子いないからタマの独自の新しい発想かと思ったけど。やっぱ思いついてもみんなやらなかっただけなんだな。敦也もおかしいならおかしいって言ってくれればいいのに」


 いつもの笑顔でそう言いながらサリーは笑みを見せる。


「もういっぱしの恋人気分になって、浮かれてんじゃねぇぞ~」


 その不敵な物言いに絶句するも、サリーはそんな事はどうでもいいとばかりに僕の事を無視してタマちゃんの肩紐を紡ぎはじめる。


「私の髪ゴムを貸してあげるから、これで引っ掛ければオシャレよ」


「おお、タマの好きなゆっくりサヴァ子のマスコット付きで素敵だな!」


「のほほ、私の秘蔵アイテムだからね」


 こうやって見ていれば本当にただの仲の良い姉妹でしかない。

 こんな微笑ましい光景を目にしたらどうしたって夢想してしまう、彼女達や正宗が普通に学校に通い、笑い、学び、日常生活に溶け込んでいく姿を。


 正宗はこの戦いが終われば剣を収めると言った。


 ニーズとの軋轢は残ってしまうかもしれないけれど、それでもたまちゃんなら、彼女達ならばゆっくりではあるだろうけど、歩みより、和解できるんじゃないかと思う。


 この夜が明ければ、今よりもきっと違う関係に。

 そんな生まれたばかりのささやかな望みを嘲笑うかのように小さな拍手が耳に届く。


 微かながら、確かな存在感を持つその拍手の音の先に目を向ければ。ここにいてはならない存在が予告無く表れた事に慄然する。


「な、なんだ君達は!?」


 機関銃を携える特務兵の事など意に介さず、威風堂々と僕達へと歩み寄る参人の人影。

 何が起きるかわからない緊張感が自然と身体をこわばらせる。


「あ、アイツは……!? 構えろ!!」


 隊員の一人がその存在が誰であるかに気が付き、今更ながら戦闘態勢を整える。

 その一声で次の瞬間には特務兵全員の携行している機関銃の砲門がその三人に向けられるというのは素晴らしいけれど、今は何も起きなかったというだけで今更そんな事をしていても、本来ならば特務兵全員。

 いや、既に僕達全員が殺されいてもおかしくはないのだ。


「やぁ、長瀬敦也君。息苦しく、生臭く、そして静かないい夜だね。私もその喧騒に誘われるままにふらふらと足を伸ばしたのだけど。クカカ、まさか君と出会えるとはね」


「フリーーーズ! ザンビディス!!」


 屈託の無い笑みが、蛇柄のシャツを着る細身の初老の大男の不気味さをより際立たせる。

 無防備で背中に銃口を五つも背負っていてなお余裕のザンビディスの語りを遮るように特務兵の声が夜空に響く。


 馬鹿、と声を上げようとしたけれど咽から出る事はない。

 何か策があるのならいざ知らず、僅か六、七メートルの距離などザンビディスにとっては有って無いような距離。飛び道具のアベレージなんて皆無に等しく、さらにザンビディスだけでなく、紫電にフロイドもいる。


 反撃即ち死であるのだから、そんな挑発めいた行為は自殺と同意語だ。

 しかし、ザンビディスの持つ余裕、いや上機嫌さは僕が思っているよりも大きかった。


「夜の匂いに誘われるま足を伸ばしてみれば、よもや君と出会えるとは。月の女神は私達を祝福しているのかね」


 ゆっくりと、おそらく僕達に見せた笑みとはまた違う、蛇が蛙を丸のみにするような笑顔で特務兵の連中を見たのだろう。


 それだけで、特務兵五人は戦闘の意思を放棄した。

 それは恥ずべき事じゃない、むしろ英断だ。


 勝ち目があるかどうかはわからない、でも怪物の相手は怪物である僕達がまずはすべきだ。


 目を逸らすな。

 胸を張れ。

 足の震えを押さえ込め。

 自由に、そして迅速に、四肢を動かし、目の前の敵を迎え撃て。


「予想以上に成長してくれている。長瀬敦也君、君は実に模範的な人間だ。この前の散歩の時にこの国の若者の堕落した姿を見て絶望までしたが。君のような子がいるから私は私でいられるのだよ。君達との決着は先かと思ったがお互い敵である以上、例え偶然でも出会ってしまったからには、君達の相手もしなければなるまい」


 僕の決意さえも嘲笑うようにザンビディスは僕の肩に手をかけようと手を伸ばす。

 どんなに紳士的な対応をしてこようとも、目の前の相手はザンビディス。タマちゃんを抱きかかえながら飛ぶようにザンビディスから距離を置く。


 気が付けば華舞雅城さん、サリー、駒塚さんは既に戦闘態勢を整えていた。

 ザンビッディスはゆっくりと手を得物を狙う猛禽類のように大きく広げ、視線を僕達に投げたのだった。


「さぁ、始めよう。今宵は 響動めかずにいるには惜しい夜だ」

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