カネノネ その参
「長瀬さんは知りませんが、あなた達二人は私と同じようにそういった育て方をさせられてきたはずです。だからそんな雑念が入る事が理解できません。刀や銃が戦いに、生きる事に必要でありながら意味嫌われるのは言わば必要悪だから。なら私達が嫌われるのは当然です。事が終われば捨てられる、それが私達じゃないんでしょうか?」
「……なるほどね。なんか生理的に好きになれないなって思ってけど、こりゃ確かに好きになれないわけだわ」
サリーの言葉に華舞雅城さんは凛として答える。
「あなたに好かれようとは思っていませんし、あなたに好かれる必要もありません。ただ、この作戦の足を引っ張る事のないように」
「あー、はいはい」
言い争うのも無駄だとばかりに、サリーは再び肩をすくめた。
「敦也君に魂……ちゃん?」
「タマでいいよ」
さて、実はずっと気がついていたのだけれども相変わらずのビリビリとした空気を放つサリーと華舞雅城さんに阻まれてもじもじしていた駒塚さんがやっと僕達に声をかけてくる。
考えてもみればニーズと出会ってからというもの、知り合う人のほとんどが堂々たる態度で謙虚とか控えるという態度はどこかに忘れてきてしまったような人達だったから、駒塚さんのこのリアクションはなんだか新鮮に感じてしまう。
だとしても駒塚さんはもともと恐縮気味な態度だったとはいえ、今はそこに畏怖の念が入っているのが目にみえてわかる。
そういえば神楽さんと初めて会った時もこんな感じだった。
あの時と同じで僕達よりも七歳も年上なのに駒塚さんのイメージとしては不良に絡まれた気弱な学生がピッタリと当てはまってしまう。
きっとこの人も根はいい人なんだろうけれど、どうにも性格が足を引っ張ってしまっているというのはやっぱりこれまで出会った人達と変わらなそうである。
「あの、その、そのままの姿じゃ気持悪いだろうから、えと、着替えを持ってきたんだけど」
おずおずと腫れ物に触るような慎重さで僕達に着替えを差し出す。
そんな様子を見せられてはまるで僕達が駒塚さんを脅しているみたいで、なんとも印象がよくないのだけど。
「さ、サイズ……着れないと駄目かなと思ってちょっと大きめのを持ってきたんだけど」
駒塚さんに渡された服を手に取る。
どこから持ってきたのか、急ごしらえとは思えないファッショナブルなTシャツにベストとジーンズ。僕の方は動きやすくて助かるんだけど、タマちゃんに手渡された服は上着もスカートもひらひらしたおおよそ戦闘に向いていると思えない服だった。
「わぁ、可愛い! タマこういう服大好き! 敦也はこういうの好み?」
先ほどまで自らの力の行使によって引き起こした惨劇に身を震わせていたというのに、このノーテンキ少女は駒塚さんの持ってきた服を広げてはキャーキャーと黄色い声をあげる。
「う、うん。可愛いとは思うけど……」
「やったぁ! ありがとう駒塚さん!」
どう考えても戦いに向いている服じゃないよ、という一言が出せないで終わってしまう。あんな無邪気な顔で言われたら言うのも酷だという話だ。
不意に先程のタマちゃんの告白を思い出してしまう。
少年と見紛う体格に容姿の少女、思い起こしてみれば僕の好みなんてあってないようなもので、ただ漠然と女の子らしい女の子、なんて具体性を欠いたた好みしかない。
以前に井上や木下が月島さんに『好意を伝えてきた相手は無意識に意識してしまうものだから』とりあえず気持を伝えるべきだ、なんて話をしていたのを思い出す。
友の言葉はやはり鵜呑みにできるものじゃない、今の僕がまさにその立場だ。敵だとか味方だとか、学友だとか戦友だとか、そんな物は全部うっちゃって女の子としてタマちゃんを見てしまう時がある。
ちょっと待て、そしたらさっきの密着してた状況ってのは青少年としていかがな状況なんだ。
「タマちょっとそこの物陰で着替えてくるよ!」
もらった着替えに服の血がつかないようにやさしく着替えを抱きしめながら物陰へと消えていくタマちゃん。
その姿が見えなくなったところで、僕はセクシーな雑念を払うように頭をぶるぶると振るう。
「のほほほほほほ」
特にこれといった事は何も言わずにサリーが高笑いをするだけして、その普段から細い目を歪ませて僕を見る。
見透かされても当然だ、今は無事に殲滅戦を終える事を考えなければならないというのに。
「駒塚さんありがとうございます、僕も着替えますね」
僕も離れて着替え様とした時、駒塚さんはすがりつくように僕を呼びとめた。
「敦也君、敦也君はその……さっきみたいに戦う時って何を考えているの……かな?」
不意にやってきた質問に僕は言葉を飲むも、返答にあぐねてしまったわけではない。
戦うという事に関しては僕よりもキャリアがあるはずであろう駒塚さんの問いかける質問が予想できなかったからだ。
単純に一つの意見として聞きたいという感じではなく、まるで答えを求めるかのような問い。
僕だって考えた事もあるけど、決して答えの出ない問題。
何故ならばあれこれと考えたところで、身体が戦いを認識した瞬間にそんな哲学めいた思考は蒸発し、空虚にも似た戦わなければという使命感と意思しか残らない。
理由などは必要ない、思想であるとか情であるとかそういった余分な雑念の付け入る隙などは戦いの中にはないのだ。
だから駒塚さんがどんな答えを期待していたのかは伺い知る良しもないけれど、僕の提示できる返事は一つしかない。
「何も……考えてないと思います。戦術的な事は考えますけど、それ以上の事はとてもじゃないけど考える余裕もないので……」
僕の答えを聞いて駒塚さんは「そうか」と小さく頷いた。
「父から仕事を受け継いで七年目、僕は未だに戦った事がなくて。どうしても戦うって考えると足が竦んで何もできなくなっちゃうんですよ。回りはいい人ばかりだから相談しても頑張れとしか言われなくて。でも、そうですよね。華舞雅城さんのように振舞わないといけないですよね」
悩みの相談とも告白ともつかない、自分に催眠術をかけるような自答。
でも、それではかかりが悪いから決して身になる事はないだろう。それによくわからないけど華舞雅城さんのような考えもどうなのかと思うし。
「いやいや、恐い恐くないっていうなら僕も恐いですよ。……僕もそこのところよくわからないんですけどね。何も考えないでできる事をやってる感じなんですけど。駒塚さんの場合は立場的なところもあるんでしょうけど、華舞雅城さんみたいに考えるのはどうかと思いますけど……いや、華舞雅城さんを馬鹿にするわけじゃないんですけど……もうちょっと、なんというか……ねぇ?」
励まそうと思ったものの、結局のところ僕と駒塚さんがお互いの愚痴をこぼしただけ。それだけの事なんだけど駒塚さん優しい笑みを見せてくれた。
「僕も戦うのが恐いわけではないと思うんですけど……すいません。年齢としても僕の方が敦也君の相談に乗らないといけないんですよね。なんだか敦也君の凛々しい姿を見てたらなんだかわけがわからなくなっちゃって」
「いや、それは大丈夫ですよ。なんか僕の周りって超人然としてる人ばっかりだから、かえって駒塚さんみたいな方は話しやすくていいです。あ、すいません悪気があって言ったわけじゃないんですけど」
「いえいえ、気にしないでください。それは自分が一番判ってる事なんで。敦也君、作戦が終わったら今度時間を作ってゆっくりお話しませんか?」
「こちらこそお願いします、僕の周りも押しの強い人ばっかりで敦也君みたいな人はいなくって」
そんな駒塚さんの言葉を聞いてやっと駒塚さんが笑顔を見せた理由がわかった気がした。
強くなるっていう事は肉体的なものではない、普通の人間が持ち得ない力。それを持つ事の葛藤や苦悩、それを乗り越えたところで、そんな自分を見る目に耐える力を手にしなければならない。
それは自分が強くなる以上に厳しい事だ、自身には普通であると言い聞かせながらも自分は普通ではないと言われる事を受け入れなくてはならない矛盾。
薄々と感じてはいたもののニーズや不死子さんの最も凄いところは、魔術でも肉体でもなくその精神性にあるのだ。
それは地層のように長い年月をかけ、いろんな打撃、困難に耐え忍び少しずつ少しずつ厚みを重ねて作り上げていくものだ。
今の僕達は弱く、強くなるための時間もない。そんな弱い僕達が寄り添って折れないように、挫けないようにするのは何も悪い事じゃない。




