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現の責任  作者: 面沢銀
奇妙な共闘編 ~魍魎の街炎上~
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カイブツ その弐

 あらわになる鍛えぬかれた背中。

 広く、厚く、ごつごつとしてなお柔らかさを失わぬ戦闘用の筋肉、これを事情を知らぬ者が見たら誰が神に准じる神父の背中と予想しうるだろうか。


 ウェイトリフティングの選手が着用する、肩甲骨を隠さない背骨だけにラインのかかるランニング。その大きく開いた背中と肩。

 そして二の腕には曼荼羅とも魔方陣ともとれる不可思議な模様が描かれていた。


「あんた達もう遅いぜ、向こうはもう臨戦体制だ。それにこっちとしてはどこに隠れていようが関係ないんだ」


 ピエールの言葉を待っていたかのように、明りままならぬ病院のロビーに蠢く者が現れる。

 まるで明りに群がる羽虫のように開かれた病院のドアに群がる悪鬼の群れ、尖兵として現れた数は七匹。


 いずれも猿と豚を賭け合わせたかのように毛むくじゃらの姿で、大きさは百三十センチから百五十センチといったところだろうか。

 点滴台や用具台をばらしてナイフのように加工した凶器じみた物を手にしていた。


 隊員達がその学んだ知識の中から異形が何であるかを判断するならば、その異形はオーグルであると全員が判断した。

 その日常生活ではお目にかかれない怪異を前に、隊員達は銃口を一斉にオーグル達へと向ける。


「ロック!」


 言葉はすでに要らずあとは撃鉄を落とすだけ、イレギュラーな事態になれど平静さは失わない、よく訓練された兵の姿がそこにはあった。


 「ファイア!」の一声がそこに続けば次の瞬間には驟雨のような銃弾が怪物を襲うだろう。ゾウやカバといった大型動物ならばいざ知らず、化け物とはいえ人間とさほど変わらず。とあれば四肢に当たるだけでも行動を制圧できるし、胴体に当たったとなれば致命傷はまぬがれないだろう。


 普段の実績とその火力に絶対の自信を持つ隊員達にも不安の面持ちはない。

 が、その隊員の銃撃はオーグルにまでは届かない。

 隊員達が目にしたのは入り口の中と外に見えない壁に阻まれているかのように停止し、中に留まる弾丸。


 まるで水溜りに豪雨が降り注ぐように、白金の波紋が万華鏡のように広がり、その規則的でありながらも無秩序な広がりが収まると同時にバラバラと弾丸が地面に落ちた。


「おいおい、ここは任せてくれよ。お前さん達だって早く家に帰りたいんだろ?」


 ニーズの言葉を代弁するようにピエールがしたり顔で呟いた。

 が、ピエールの言葉が届いた隊員は誰一人とていなかっただろう。

 彼等は判断を誤った場面はない。任務として考えるならば前を行った魔術師三人を制止した事も当然だし、先行せざるを得ない状況だから攻撃に打って出ようとした事も間違ってはいないだろう。


 もしも間違いを指摘するとしたならば、この三人を過小評価し、魔術という物を知ってなお隊員への伝達をおろそかにしたガーブにこそ責任があるだろう。


 もっともガーブが魔術師たる者の存在をどんなに説こうとも彼等の持つ常識の壁は取り払えなかったであろうし、彼等の持つ魔術の知識は現代の科学技術を別な角度から行使するという理屈ですらなく、彼等が見た魔術も現代でいう手品程度のものであった。


 魔術というものの秘匿性ゆえに、魔術というものに肉薄している彼等ですら本物の魔術を目にするのは初めてであった。


 その本物を目にした瞬間に、鍛え上げられた彼等であるからこそ、いかに自分達が策を弄しようとも彼等の足手まといにしかならない事をやっと理解した。


 そんな彼等が次に目にした物は、ニーズに対峙する一匹が彼女に食らいつこうとした瞬間に一筋の稲光が一匹の胴を薙ぎ払っていた。

 放ったのはトールの手にする雷神の槌、舞い散るは薔薇の花びらよりも赤い血飛沫。


 特務兵はこの光景を目にし何を思ったのだろうか。名前と所属しか知らぬ黒衣の男が手にする金槌からはコミックやアニメーションでしか目にした事のない光の刃が形作られ、その刃で怪物を一凪の下に両断せしめた。


 そして舞い散る怪物の血潮は一滴たりとも少女にかかる事はなく、少女の回りで時間が止まったかのように赤い雫が宙に浮かんでいる。


「ジーザス……」


 一言、兵の一人が呟いた。


「やれやれ、大国の現実主義もここまで来ると害悪以外の何物でもないね。せめてこういう仕事に就かせる連中にはちゃんとした魔術を見せておくべきだと思うけど。ま、宗教感とか強いからしょうがないか。ピエール、やっちゃって!」


「アイコピー」


 ピエールが両手で印を結ぶ。

 怪物としてみれば前に出ればトールの雷撃の刃に斬られるゆえに、その光景を黙って見る事しかできなかった。もっとも黙ってみるという行為だけならば建物の外にいる隊員達も同じだった。


 呆然と立ち尽くす状況で、目の前の光景をどう理解すればいいのだろうか。

 爆音と共に、どこからとともなく流れ出ては廃病院を覆う海水。

 信じ難い光景はまだ続き、その圧倒的質量を誇る海水はヒビ、穴、何も無い窓といった隙間だらけの病院から一滴たりともこぼれても、にじみ出てもいない。


 隊員の目には映らないだろうが、建物の中全てが水槽のように水で満たされるまでに壱分とかからなかった。

 魔術というものが何たるか、隊員の知識は根底から覆されていた。


 科学力を別の角度から行使する、その知識は現代の科学という殻に覆われていた。目にしているのは現代化学を越えた現象。

 科学で説明できたところで、現代の科学では再現不可能な現象。

 その魔術の本質に心から見入っていた。


 もはや建物の中にどれだけの化け物が隠れ潜んでいるかなど問題ではなかった、ニーズとピエールは建物の中の全てが水に飲みこまれたのを確認するとトールが水槽の中に金槌を翳した。


 ストロボのように一瞬だけ建物が光る。

 行為としてはそれだけだった。

 何が起き、何が成され、そして何故事態が収束したのか隊員達は理解し得ぬまま、病院の中は湿気すら残さず静寂を取り戻した。


「ふぅ、楽っちゃ楽だけど暴れた気がしないね。まるでハメ技だよ」


「ま、俺達の存在事態がチートみたいなもんだしな」


 言って建物を後にする魔術師三人。

 その三人と入れ違うように、何が起きたかを把握するべく隊員が建物の中へと入っていく。

 怪魔の屍を目にし、隊員が先ほどの光景が事実であったと息を飲む。


 目を見開き、舌を出し、薄く煙が上がり、肉の焼けた匂い漂う死体を見て呟く。

 もはや戦闘行為とさえ呼べない出来事の種明かしは実にシンプル。


 ピエールが海水を召喚し、ニーズがその水を操り、トールがその水に六億ボルトの電流を流したのである。


 海に存在する物を召喚する事ができる召喚士のピエール、水を自在に操る事ができる魔導師のニーズ、雷を産み出し放つ雷神のトール。

 各々の出来ることは限られているが、その相性は絶妙であった。


 しかし、その事実を。

 この神業と呼ぶには穴のある所業を隊員達は知る由もなく、彼らの目にはこの三人の誰もが同じ事をできると感じる。

 闇を怖がるように、人間の原初とも言える恐怖。

 理解できぬ存在への畏怖。


「ショック死……ですね」


「過度な電圧を受けたようです……指先が焼けついていますから……いったいどんな理屈であんな事ができるのか……」


「私は恐ろしい……こいつらとあの連中と一体何が違うっていうんですか……」


 隊員に広がる不協和音。

 彼等の目には見てくれだけが怪物じみた理解の範疇にある物と。理解しがたい能力を持った見てくれだけは人と同じ魔術師達と、どちらを怪物と思ったであろうか。



 持つ者と持たざる者の相違、戦いは始ったばかりである。


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