レンケイ その五
「じゃ、こんな息の詰まるところ出ようぜ。挨拶は済ませたし俺達の部屋へと行くとしようぜ」
ピエールの言葉にエルはドアを開けると、今度はエルが先導する。
広い廊下を後戻りし、広くなだらかな階段を降る。
ガーブが本部を構える上の階と鏡合わせにするように、階下の正反対のところに教会側の本部があった。
機能を考えるならば教会とエリア51の本部は近くにあるべきだろうに、こうも離れた位置に設置されたのはここまで来る道で擦れ違った人達を見れば予想がついた。
廊下を闊歩する連中は全員ガーブと同じ装備をしていた。
ピエールもエルも口にはしていないが、今回のその作戦とやらを主導するのはエリア51なのだろう。ガーブの様子を見る限り、口ではああ言ったもののピエール達の事は目の上のタンコブ程度に思っているのかもしれない。
例え真意がどうであれ、こんな突き当たりの部屋に居をかまえさせるあたりあまり良くは思われていない事に間違いなさそうだ。
「エルでーす、入るわよー」
教会の本部であろうドアでありながら軽いノックの後に肩の荷が降りたという様子でエルがドアを開けた。
先ほどと打って変わって、空気の重さは微塵も無く。
無警戒なのではというほど俺達が入ってきても誰も出てくる気配がない、全員が部屋に入りピエールがドアを閉めたところでやっと奥の部屋からトテトテとトールがやって来た。
「おかえりなさい……何事も……なかった?」
「うん、これといって特にはなかったよ。ちょっと先生家業は楽しかったかな」
「そう……それは……よかった。伊達さん……長瀬さん……ご無沙汰してます。それとえーと……どちら様でしたか?」
トールは裏辺達を思い出そうとしているようだったが、言葉に詰まったトールの代わりに今度は裏辺達の方から話を切り出した。
「いや、タマと君は初対面だと思うぞ? それとタマが忘れたのか? コウ、ゲン、どっちだと思う?」
トールの持つ緩い空気に触発されてかタマが口引きを切り、話を振られた相澤と江橋とがそれに答える。
「うん、会った事は無いね」
「つまりは初対面、だからそんなに考えこまなくていいっスよ」
トールは背の低さと童顔なところと相成って、ガーブとは別の意味で年齢不詳なところがある。
だからか、江橋も丁寧な言葉使いをしようとしているのだろうが、いかんせん先程の重圧からの反動からか言葉使いはどこか崩れている。
「そうでしたか……トール・ハンマーと……言います。……どうぞ……よろしく」
「あ、そういえば私も偽名のままだったわ。エミリー・マリエッタは教師を営む仮の名前。しかしてその実体は教会のエージェント、エル・マリアッチさんだったのです!」
「すげぇ、そうだったのか!」
タマは大はしゃぎしてるけれど、エルもエルでそんな大きく宣言するほどの事ではないのだが。
「落ちつけタマ坊」
「にしても、さっきと違ってここは人がいないね。にょほほ、まぁ落ちつくからいいけど」
江橋にたしなめられ、この場の空気ならば自然体で振舞っても良いと感じたのかサリーがそんな事を言いながら断りもせずにソファーにどかりと腰を落とした。
「ところでトール、皆はどうした?」
教会側の事務所だというのにトールのみという事はやはりないようでピエールは他にこの部屋にいるべき人影を見渡す。
が、言葉の通りこの部屋にはいないようだ。
「文人さんは……警察の方へ……お話に……ワイナモイネンさんと……フルンティングさんは……ドーナツを……買いに行きました……」
トールの言葉にピエールはいぶしげな表情をした後に、しょうがないなとばかりにいつもの特徴的な笑い方を見せた。
「んでニーズはどこいった?」
ニーズもこの場にいたのか、ピエールがさらに追求すると。
表情の変わらないトールはそのまま固まり、少しの間の後に隣の部屋を指差した。
「魔術師組合と……魔術師協会……への……連絡や……不死子さんが……やるはずだった……仕事を……こなしてます……」
トールのその言葉に「えーっ!」と心底驚いた声をあげた。
「ニーズもここにいるんですか?」
敦也が、ならばなぜこの場に出てこないのだろうという感じでピエールに問い掛けると、ピエールはしまったなといった感じで表情を曇らせた。
「やーな、実は不死子ちゃんがちょっと強い相手と戦ってな。それで怪我したってわけではないけど体力を使っちゃってな。俺も黒江の事もあって仕事場から離れたからニーズに少しばかり負担が増えたんだ。あー、ちょっと俺が顔を出すのも気まずいから行ってきてくれないか?」
と、いうのがこのしなびたニーズと再会するまでの流れであり。
そのへたばった様子だけでピエールが体よくニーズに押しつけた形になったであろう激務の量を物語っていた。
と、同時にあの怠け者であるニーズがここまで忙しく働かないといけないような、教会側の人員面子というのもピエールの様子を見る限り予想がつきはじめていた。




