マモナク その九
目の前の女を見て最初に思った事は、どこの売女か、この一言だった。
必要以上の濃い化粧。
マスカラは鈍く煌き、細く剃りあげられた眉毛は濃く塗られたアイシャドーによって眉毛としての体裁を保っている。
ギラついた口紅は無言で男を求めているようで、短期間に何度も染め上げられた髪は茶髪ではあるが自然さはまるでない不自然な発色。それだけでも痛んでいると見てとれるのに、そこに追い討ちをかけるように毛先はパーマでカールしていた。
服装も上はキャミソールにケープというには機能を果たしていない肩にかけた布。
首筋からは統一感の無いネックレスがじゃらじゃらとぶら下がっており下品な派手さをかもしだしている。
派手なのはパッと見の部分だけでなく、家事なんぞとてもじゃないがこなせない長い爪は何を塗りたくっているのキラキラと輝いていた。
ボディラインを見るならグラマラスであり、本来の用途は下着であるキャミソールからはたわわに膨らんだ胸がこぼれおちそうだ。
また足のラインを見せつけるようなミニスカートは下着を隠すという用途意外で作られてはいないだろう。夏場という状況を考えれば極めて涼しそうなのだが、足元のブーツは冬に履くもので統一感はまるでない。
手にした鞄には以前にテレビで見たブランドのマークがついている。
駅の繁華街にでもいれば埋もれそうな服装だが、顔立ちは街に埋もれるどころか男なら必ず振り返るであろうほどの美人。
これほどの女が学校の教室にいるとなれば話は別で見た目からして異様だった。
「あー、超待ちくたびれたし。クロエがムカつく奴がいるっていうから見に来たのにアタシんとこ来るの遅すぎ!」
言いいがら女は手にした鞄をくるくると回す。
「タマ、こいつは誰だ?どういう状況だこれは!?」
「タマに聞かれてもわかんないよ!クラスの皆がおかしくなって、なんか皆でナッチやヒサポンをいじめようとしたからタマが皆をギターで殴って」
「私のとこも似たようなもん、ただ私のとこは勝手に皆が喧嘩をはじめてお終い。鷹のとこは皆が私んとこかタマちゃんのクラスに行っちゃったってとこ。ってか正宗、今後どうするかって話がしたかったのに遅刻とはどういう事よ」
売女を睨みながらタマと岩殿が説明する。
それは余裕というよりも戸惑いだった。
状況としては女の後ろに高橋、吉田、鈴木が人質にとられるような形で横たわっている。
いつからこの状況なのかはわからないがこの場にいる四人はこの女と交戦した様子もなかった。
「でもこれで五人? たんねェじゃん。ウゼェ、何がすぐ来るだよクロエの奴。面白い事なんてねぇし、こんな状況なんて十分もやったらアタシがヤバイのに」
「おい、お前誰だ!」
向こうに高橋達がいる以上は下手な事はできない。
俺の問いかけに気だるそうに売女は自分の装飾された爪を眺めながら答えた。
「メイローンでぇーす、歳はないしょー」
正直、こうも単純に答えられるとは思っていなかった俺は呆気にとられる。
そんな俺の様子を見て陰険な顔で睨みながらメイローンは言った。
「何、質問終わり? ならだりぃから帰りたいんですけど、どうせ明後日に会う事になんでしょあんたら?」
言って不必要にからだをくねらせながら教室の窓に手をかけるメイローン。
「あんたらの誰かがアタシのベルゼーを殺したんでしょ。責任はそん時にとってもらうわ、アタシだって割りと忙しいしー。きてー、ナイン」
何の覇気もはらまずに言ったメイローンの言葉を受けて、窓の外が金色に染まる。
不意に稲穂色のカーテンが降りてきたのかと錯覚してしまうほどのそれにメイローンは片手でしがみつくと「じゃーねー」なんて言葉を残しながら空へと消えていった。
脅威は去り、横たわる高橋達に駆け寄りながら窓の外から空へと上るメイローンを見上げる。
距離を置いてわかった金色の正体は尾が九本ある狐の姿だった。




