マモナク その2
ダニエルの小さくなっていく姿を見送り、奴の姿が完全に見えなくなるまで俺も敦也も会話はなかった。
それどころか奴の言葉のせいで家に入るという行為を思い出すのにも時間がかかってしまった。
そんな重々しい雰囲気の敦也と、少なからず動揺している俺。そんな心境で切り出す話しなんてたかが知れている。
そんな中、驚いたのが俺の「今日は泊まっていくといい」という、とっくに体裁だけになっている申し出に「そうさせてもらうよ」なんて、いつもだったら絶対に言わない事を言い出すしまつだ。
何を遠慮しているのかは知らないが、いつもの敦也はどんなに遅くなろうとも自宅に帰るのだが、敦也も今日という今日は疲れていたのだろう。
ダニエルの言葉を聞いてからというもの、即座に藤咲に電話をかけるも繋がらず、深夜なのだからと俺がたしなめると、そのまま事務所のソファーに横になってしまった。
そのソファーは俺の特等席だと文句の一つを言う前にそのまま泥のように寝入ってしまった。
その寝顔といったら先ほどの緊張が嘘だったんじゃないかというほどの間抜け顔。
良くも悪くもこれがコイツの味なのだろう、まだまだ暑いとはいってもさすがに寝冷えでもしてはまずかろうとタオルケットをかけてやり、俺も自室へと戻る。
自室に戻って気が緩んだのか、ギチギチと脳を絞るような鈍く頭の芯に響く偏頭痛に俺は見まわれていた。
これが盾が言っていた反動なのだろう。
使わない意識を覚醒させて物を観るのだから、これぐらいの反動はあってしかりだ。
この目がどんな力をもっているのかは俺の力だというのにサッパリわからないのだから我ながら情けない。
何かしら知ってそうなニーズはこの場にいないし、深く考えてもしかたないだろう。
ジャケットを無造作に放り投げ、ベッドに横になると、タマに朝は何と声をかけようなんて事を考えはじめて間もなく、俺も強烈な眠気に意識を刈り取られていった。
目に映るのは懐かしい光景。
あまりにも懐かしくて、それが自分が目にしていた光景だと認知できない。
それでも、これは確かに俺が見ていた光景なのだと理解できる。
昔観たはずなのに話をよく覚えていない映画をもう一度観ているような感覚が近いだろうか。
場面を覚えていても、それがどんな内容でそのシーンに至っていたのかの記憶がスッポリ抜け落ちている。
だから、これが夢なんだとすぐにわかった。
この夢の中の俺はまさに観客だ、目の前の出来事に野次を飛ばす事はできても何もできない。
過去なんてそんなもんだ。振り返る事はできても、それ以上は望むべくもない。
俺であるらしい金髪の少女は今時田舎でも珍しい木造の家の縁側から飛び降りて、靴もはかずに庭へと走りだす。
何が面白いのか、盆栽置きと柿の木と小さな池しかない庭でぐるぐる回りながらはしゃいでいる。
そんなにグルグルと回ったら目を回して倒れるぞと思うのだが、下に恐ろしいのは子供の三半規管の強さか、ひときしり回転運動を楽しんだあとふらつく様子もなく走り出す。
玄関へとダッシュ、外のあぜ道へとダッシュ、お気に入りの遊び場へとダッシュ。
そこは小さな村、誰も少女の事を知らない人はいないのだろう。目に入るおじさん、おばさん、じいさん、ばあさん全員に声をかけられる。
少女は声をかけられた人達全員に快活に挨拶を交わす。
一人称は僕。
家の者の影響か、さもなくばこの歳で自分を男の子だと思っているのだろう。
そもそもたなびく金髪と赤い目はこんな田舎の村には似つかわしくなく、どこか遠い国の坊ちゃんというイメージの方が強い。
そんな環境だろうと、少女の天真爛漫さは変わらなかったろうが。
止まる事なくダッシュ、約束の場所へとダッシュ、大好きな友達の下へとダッシュ。
そんな少女にもう一人声をかけてくる。
それはそれは綺麗なお姉さん。
そう、このシーンはよく覚えている。
なぜなら、こんなに綺麗お姉さんは笑いかけてくれているはずなのになのに、あまりにも悲しい顔をしていたからだ。
そうだ、俺はこの後に何が起きるか知っている。
直後ではないが、近いうちに。
俺達が俺達である原因が起きるのだ。
村は焼かれた。
その事実だけは知っている。
では、そうなってしまった理由はいったい何だったんだ。




