ゾウアイ
「ん……んん……」
「やっと起きたか馬鹿」
やっと目を覚ました敦也を見て、俺は思わず悪態をついた。
ほんとはそんなつもりなんてなかったが、この間抜け面を見たらそんな言葉が漏れるのもしょうがないだろう。
「あれ、正宗?」
「まだ寝ぼけてるのか?」
そう俺にたしなめられて、敦也はやっとはっとしたようだった。
「あ、相澤や江橋は?」
疲労からかまだ起きあがれないようだったが、声だけはしっかりしたものだ。
そう、俺達は負けた。
俺も善戦したのだが、やはりニーズが言っていたように相性というのは大事らしい。サリーの赤い糸、江橋が言うにはラバーズ・デッド・ラインに捕われるともう俺ではどうにもならないのだ。
その後はされるがままだと、潔く負けを認めた。
正直なところここで死ぬのかとさえ思ったが。あそこまで殺気走っていたあいつらは自分達の勝利が揺るがないものだとわかると、本当にアッサリと手を引いた。
言い分としては、彼等が本当に倒したいのはニーズだという至極最もな意見を述べた後に、彼等は思いのたけを話してくれた。
彼等の父である裏辺治彦が彼等の下を去る時に告げていったらしい、魔導師の戦いはお互いを殺すつもりでやる、つまりは命を取るにしても取られるにしても怨む事もなくえれば怨まれる事もない、と。
彼等は全員が裏辺に引き取られた子らしく、全員が暴力を振るわれる酷い家庭であったりとそんな家庭だったらしい、全員がその虐待に耐えかねて死を決意したり、暴力によって死ぬ寸前だったところで裏辺が表れて交換条件を持ち出した。
どうせ死ぬなら命を俺にくれないか、と。
動物に人の遺伝子を組み込むにはうまくいかず、それならばと免疫力のない子供に新たな力を与えてはと。
その成果は裏辺本人に組み込まれる事になったが、その中にはイレギュラーな能力である岩殿と江橋もいた。
その力を見て、裏辺は素直に羨ましいなんて言ったらしい。
彼等全員が知っていた、気がついていた事だが、裏辺は劣等感とそこからくる脅迫観念に捕われていた、それを見てやはり全員が自分達と同じ孤独を裏辺に感じたんだろう。
そしてその払拭を成す時に裏辺は頭を下げた、「俺のわがままに付き合ってくれて感謝する。あとは好きにしろ」と。
作品としての愛情しかない、などと裏辺は言っていたらしいが。それが本心でも何にせよ最後に裏辺は全員に感謝の意を示し、皆の身を案じ、そして故郷であるこの地で散った。
裏辺は魔導師として信念を貫き通し散った、それはわかっている。
だが、それでは彼等の裏辺の子としての誇りが許さなかった、歪な愛情しかしらず、その愛情を求めるために尊厳のみを求め、故に孤独のまま逝った裏辺治彦。
ならば子として、彼の進んだ道が相手に通用するという事を証明したかった、と。
望むべくは父を倒した本人、戦うべきはその相手だとわかっている。
だが、その本人は父が決着をつけている。ならば代理戦争として足り得るのは本人の弟子達。
育てた作品通しの戦いは父としても存在が偉大だったと納得できるべきもの、俺達がニーズの弟子やら作品やらとあいつ等に思われていたのは癪だが、あいつらときたら「そういうものではないの?」なんて間の抜けた事を言うあたり、やはり裏辺の子供達なのだろう。
欲しいのは勝利という事実のみで、過程や状況がどうでもいいというのも実に裏辺的な考えであったり、そのくせ無駄に紳士的なのも実に裏辺的、なんだかんだで彼等は最後の決着まで数の有利は使わずに一対一の状況は崩さなかった。
相澤、岩殿、裏辺、江橋、尾崎、偽名も実に単純で裏辺の「う」が掛かるあ行で固めただけとか、裏辺と名乗るは誰かでもめてジャンケンで決めたとか、達観してるんだかなんだといったところだ。
ともかく彼等は勝利の事実だけを手にし、満足して去って行った。
最後に言った言葉の「また、学校で」という言葉に深い意味も棘もなかった。
それが彼等の本心なのだろう。
「そっか……それで華舞雅城さんは?」
「さぁな、負けたぜって言ったら『馬鹿にして』ってどっか行っちまったよ」
「そうなんだ、ん、正宗ありがとう大分よくなった。怪我はいいけど、眩暈とか立ちくらみはすぐにはやっぱり治せないんだね、って正宗この状況?」
「状況って何だ?」
「あの……正宗さん?これって膝枕ではないのですか?」
「ああ、そうだな。腿に乗せるのに膝枕というのは意味が通らんと常日頃思ってはいるのだが」
「ちょ、ちょっと正宗!?」
「お前を担いで帰られるほど俺も体力が回復してなくてな。別に辛くはないから気にするな、いつもお前には助けられてるからな。これくらは返させろ」
「いや肉体的な問題じゃなくて……」
「何だ?」
「まぁ……いいか。ともかくもう大丈夫だから帰ろう」
起きあがり、ふらふらと立ちあがる。
足元はまだおぼつかないが、それでもちゃんと自立歩行しているあたり、あとは歩きながら回復すればいいだろう。
「そうだな、帰って寝るとしよう。明日もまた学校だ」
自然に俺は胸から込み上げる嬉しさに微笑んでいた。
俺達のような業を背負う事無く裏辺達は前に進んだ、ならば俺達にもう遺恨はない。
多少なりとも遠慮はするだろうがお互いボコボコにしたのは間違いないのだから怨みっこなしだろう。
明日の朝の「おはよう」から、タマと本当の意味で友達になれるのだから。
現の責任 第四話 アイゾウ
了




