アイゾウ 決着
戦力差は火を見るより明らかだった。
数の上でもニ対一、さらに付け加えるなら上の尾崎を抑え込んでいるために実力の半分もだせないでいるのだろう、にも関わらず余裕があるのはつまり。
戦慄する。
華舞雅城千歳という女は!
「避けろ! 江橋!サリー!」
鶴が舞い、江橋達とサリーがいた場所へと向かい。
瞬間爆発した。
轟音と光、立ち込める煙が何が起きたかを物語、そして何が起きているのかわからない状況を作っていた。
痺れた体に鞭を打ち、脳が動くなという体を無理矢理起こして立ちあがる。全身が石膏になったみたいに感覚という感覚がない状況、僕は必死に立ちあがるとおぼつかない足取りで寄りかかるように華舞雅城さんに掴みかかった。
「あんた……何しやがった!」
「敵を殲滅しました、わかりきってる事だと思いますが」
「ふざけんな! なんだそれ! あんたいったい何考えてんだ」
「やめてください、あまりにも無意味な戦いを続けていたので一気に終わりにしただけです。それにこうしなければあなたは殺されていました、それがわからないんですか?」
「そんな理屈じゃないだろう!」
「……さすがに魔破を使えば一瞬拘束が緩みますか」
言って華舞雅城さんは僕を突き飛ばした。
踏ん張る力もない僕はそのまま地面に倒れこむ、だからその青白き雷光を直接目にする事ができた。
あの光が先ほどの輝きと違うのが僕にはよくわかる、最初の光は決意と警告だった。そして今度の光は悲哀と報復だ。
「……猪武者」
つまらなく吐き捨てるように華舞雅城さんは僕にそう言うと、再び尾崎を捕獲したように鶴を構える。
上空にいる尾崎を捉えていた鶴は七羽、こちらにいる鶴は一匹失って四羽。
六羽の鶴を二回にわけて使い失速させた尾崎の攻撃は四羽の鶴では防ぎきれず六羽は尾崎の早さを越えて動く事はできなかった。
しかし即座に華舞雅城さんは四羽の鶴を使って板状の青い結界を作りそれに乗るように尾崎の落下点から移動する。
その高速移動は僕を回収し、落下点から避けるのには余裕すらあった。
それでもコンマ数秒の攻防。
しかし避けたはずの僕達は強烈な爆音と衝撃によって大きく吹き飛ばされた。
耳鳴りが響き、音が聞こえない。
加えて脳がとろけたように頭が重くて、今見ているのが現実なのか理解できていない。
華舞雅城さんの鶴の爆発で舞いあがった煙は今の衝撃で綺麗に消し飛んでいおり、その光景の中で鋭い爪を持った尾崎の手にサリーが力なく抱かれていた。
その脇でゆっくりと上体を起こすのは江橋だ、よかった二人共生きていた。
鋭い爪と鱗めいた腕、その五指は鳥のように長く鋭く、見事な茶色の大きな翼をはためかせて尾崎はゆっくりとこちらを睨んだ。
まだ耳は聞こえない。
だから尾崎が今言った言葉は唇の動きから読むしかない。
読唇術なんてできない僕だけど、その言葉だけはハッキリとわかる。
『許さない』
確かにそう尾崎の唇は告げていた。
そして今の状況はまずい、そう思った時に僕の体は力強く抱き起こされた。
『待たせたな、俺の加勢が必要か?』
何と言ったかわからないけど、力強い正宗の顔を見て、そう簡単に諦めるわけにはいかないなと力を滾らせ立ちあがる。
華舞雅城さんは吹き飛ばされて、まだ意識が戻っていないようだった。
偶然かそれとも庇ってくれたのか、僕のダメージが少ないのは掴まれた時に僕を覆うようになった華舞雅城さんのおかげらしい。
言いたい事は山程あるけど、それでも今は尾崎を倒す事を考えないといけない。
しかし、それも簡単にはいきそうにない。
タイミングが悪いというか、相澤もダメージが抜けたのか立ちあがってきた。
何か相澤が言ってるようだったけど、まだ耳は回復してなくてどうにも聞き取れない。
相澤に打たれすぎて栄養が足りてないのか、いまいち回復が遅く。加えて華舞雅城さんが気を失っていては全力で殴る事もできない、もっとも今のコンディションじゃ望んでも全力は出せなそうだ。
そんな中で正宗が尾崎に向かって走り出した。
まるで刃のような尾崎の爪をまるで、一度経験したかのように見事に受け切る正宗。
その表情は余裕の笑みさえこぼれ、拳を合わせて数秒で尾崎の攻撃を看破し、肩口に袈裟斬りを叩き込む。
そこからは一方的だ、正宗が峯打ちをしていなければ尾崎は何分割されているかわからない。
打ち込む正宗、それでも体格が大柄なのと強い肉体が尾崎に膝をつけさせる事ができない。
そこに相澤が割って入る、だけどそれはさせない。
体が高質化する相澤とでは正宗との相性が悪すぎる。
「な せ!ぼく ちは ふつ のくらし した だけな に!」
段々と耳の調子がよくなってくる、正宗に近づかせないように相澤の体をインターセプトして馬乗りになって拳を打ち下ろす。
いわゆるマウントポジション、やられただけとはいえ夕方にエルさんにとられたこの状況は力の差を0にする。
いくら硬くとも力が僕の方が上、ならばコンディションが悪くてもなんとか抑え込める。
尾崎は相変わらず防戦一方、尾崎の戦法と先ほどの攻撃は理解していた。尾崎ができるのは高速移動とその衝撃を受けとめる技術。
重力を利用した高速度の移動は地上スレスレで音の壁を打ち破りソニックブームを巻き起こす、技術があったとして限界ギリギリを要求されるチキンレースをする度胸がなければできる技ではない。
加えてあの速度を叩き出すにはある程度の高度が必要、体力の消耗度まではわからないけれど。少なくても乱発できる技ではない。
それは今の正宗との戦局が物語っていた。
「くそっ、届 ないのか! っ! 父さん! 父さーーん!!」
耳の感覚が戻る、相澤の防御を破るまではいかないものの、体力だけは確実に奪っていく僕の拳は相澤に悲痛な叫びをあげせる。
「相澤ーー!」
気づかず僕も叫んでいた。
理不尽ながらも、ここで戦わないといけない。
それはあの夜に僕も経験した。
目の前には大切な人の仇、それを前にして力が足りないという事はどんなに悔しい事だろう。
彼等は亡霊だ、僕のように突発的でない分、余計にタチが悪い。
いろいろな状況がそうさせた結末を払拭するために、もう一度償えない結末を追い求める。
それはまるで呪いのような連鎖だ。
誰かが耐えればいいと、他人は簡単に言うけれど、それは痛みを知らない甘い人が言う言葉だ。
だけど、相澤達と僕の状況はまた違う。
一方的な搾取ではなく、裏辺は死を賭して戦い、破れ、賭けた物を奪われた。
それでもなお、耐えるわけにはいかない感情。
それを呪いというのなら、呪いの正体は愛憎という名の人の心か。
相澤に打ち込む拳が動かなくなる、目にしたのはボロボロのサリーから伸びる赤い糸。
僕を持ち上げる事はできずとも、その束縛力は僕の拳を止めた。
その隙をついて相が僕の脇腹を掴む、握り込む手に力が入り、やがてその手が熱を帯びる。
「ああああああ!」
相澤が見せた奥の手、それは裏辺も仕様した燃える手だった。
熱さと痛みに耐えかねて僕はマウントポジションを解く、その立ちあがった瞬間、誰かに羽交い締めにされた。
「江橋!?」
ドッペルゲンガーか本物なのか、どちらにせよ身体能力は一般人と変わらない江橋を振りほどくのはわけない事だ。
でも、そのわけない事をするにしても一瞬だけ時間がかかる。
その一瞬を相澤が見逃すはずがない。
「うわあああああ!」
金属になっていない、相澤の生身の拳。
それは綺麗に、的確に、スピーディーに僕の顎を捕らえる。
そしてエルさんが言ってたように、簡単に僕の意識は刈り取られた。




