アイゾウ その士
僕の体を削るように打つ相澤の拳。
この驟雨のように打ちつけられる拳の雨、打開する方法は一つしかなかった。
思えば他にできる事なんてもともとないのだ、僕は前にでるしかない。
鈍い痛みと共にあばら骨が数本砕ける音が響く、でもそんな物を気にしていたら相澤を倒す事なんてできやしない。
痛みなど邪魔だと歯を食いしばり、逆流する血を無理矢理飲み込む。
そして相澤の服をがっしと掴み、素早くその身に体をいれて一本背負いの態勢をつくる。
投げられるだけならば、その衝撃をたえてみせると踏んだのか、相澤はいとも容易く投げられた。
そう、外から来る痛みは耐える事ができるだろう。
打撃に特化した戦い方と傷を受けない体を過信したのか、エルさんの教えはそのまま相澤にも言える事だ。
耐えられても所詮は人間、倒す方法なんていくらでもある。
バゴンという強烈な衝撃音と共に僕の体を浴びせるように勢い良く投げられた相澤は地面へと叩き付けられる。
カッという短い息を吐くかのような悲鳴。
今の相澤の状況はわかる、内蔵と肺に与えられた衝撃は呼吸困難を起こし、その不意に襲ってくる酸欠は三半規管をズタズタにする。
だけど相澤も普通じゃない、なれば念を入れてもう一度。
再び響く炸裂音、受身の技術の意味を絶無にするこの投げは二度目にして相澤の意識だけを残して、肉体の機能のすべてを奪う。
「よう、長瀬」
エルさんにやられた事をそのままするべく相澤の首に腕をからめたところで、まだ姿を見せていなかった絵橋が気さくに話しかけてきた。
「ホントは俺って支援が専門なんだけどなー、肉体労働はあんま好きじゃないし。でも、このままじゃ負けそうだしな。やれやれ、じゃあ勝負するか長瀬。もともとこれは団体戦だ」
江橋は言って僕に向かって走り出す、相澤や裏辺さんにくらべればあまりにも遅い全力疾走。
常識的な肉体性能の江橋の蹴りは僕の腕に止められる、もちろん相澤の攻撃のように防御しただけで腕が折れるといった事もない。
あるのは防御の痛みだけ。
だから、こんなにも普通な江橋に対して攻撃して大丈夫なものなのだろうか。
とはいえ反撃しないというわけにもいかず、僕は江橋を思いきり殴りつけた。
ゴキリという鈍い音。
これが頭蓋が砕けた音なのかと、人を殺したという事実と、後悔の念が静かに頭をよぎる中。
僕は心臓が握りつぶされたような内から来る痛みに身をよじった。
地面をのたうち回り、その横目で見るのは消えていく。
逆に足元にはもう一人の江橋が朧げに表れた。
「一度見せたから通用するか不安だったけど行けるもんだね、俺のドッペルゲンガー」
まだ朦朧とする意識の中で江橋の声だけが頭に響く。
「ちなみに今の一発はただの市販のスタンガン。ま、ちょっと改造して出力は強めだっけど。普通は一発で気を失うんだけど、やっぱり肉体そのものが強いと違うね。俺なんて自分以上の性能がだせないから日々苦労してるってのに。ちなみにどうやって体を消すかというのは、もう一つの能力のドリームモーメント、最長で十二秒だけ姿を消せるんだけど戦闘になれば十分な時間だろ」
言って江橋は寂しそうに微笑むと、その手にしたスタンガンを僕にむかって振り下ろそうとする。
が、そのスタンガンは僕の手に落ちる事はなかった。
江橋の手から弾き飛ぶスタンガン、かろうじて動く視線でその先を見れば、構える華舞雅城さんがいた。
「言った通り、チーム戦。ならば私がいますから」
「そうそう、さっきから気になってたんだよね華舞雅城さん。コスプレの趣味とかあるの?」
軽口を聞く江橋だったけどその口調と表情から余裕が消える。
「鷹を抑えてるだけかと思ったけど……一番やっかいなのはアンタだったか。サリー、手をかしてくれ。これは俺だけじゃどうしようもない」
「のほっ、フェアにいくために順番に戦うつもりだったけど。やっぱ総力戦になったかね」
「数で有利をとっていて、フェアなどとはよく言う」
闇から表れるサリー、奇しくも華舞雅城さんが言ってたように、江橋とサリー、そして尾崎は華舞雅城さんが戦う図式となった。
「……のほほ、こう見えて私って直に感情を表す正確だから言うけど。生理的にあんたが好きじゃないのよ、だから最初から本気で行くわよ。ついでに鷹も助けないといけないし」
「鷹はついでかよ……」
「敵に好まれる事は考えてません」
「そう、その戦うから戦うって感じが嫌い。きっとあなたの戦う理由ってくだらないんでしょうね」
それは挑発から来るサリーの心理戦なのか、それとも本心なのか、とにかくそのサリーの言葉は華舞雅城さんの感情を逆撫でするには十分なものだった。
「あなたに……何がわかるか!」
華舞雅城さんの宙に集るは五匹の青白く光る折り鶴。
この時に華舞雅城さんの武器がその鶴で、それを自由に操るのが戦闘スタイルだと知った。
その鶴の群れは号令と共にサリーに突進し、そのサリーを庇った江橋を切り裂く。
「なっ!?」
消滅していく江橋の体。
またも江橋のドッペルゲンガー、わかっていても直撃を当てたという達成感は一抹の油断を誘い、その消え行く江橋の体を貫いてサリーの赤い人が華舞雅城さんを襲った。
「三辺の庚!」
その赤い糸を三角形にフォーメーションをとった鶴の間に作られた青い壁が受けとめる。
「迅!」
さらに一羽の鶴をサリーに飛ばすが、そのサリーの目の前に出現した江橋が再び犠牲になって受けとめる。
もちろんその江橋は偽者、本物はおそらく透明になっているのだろう。
が、次の瞬間に江橋は四人となる。
三人が限界なのか、それとも四人とも偽者で本物は消えているのか、不敵に笑う江橋とサリー。
戦力差を見せつけるようにサリーの赤い糸は各指から伸びて向こう十本となる。
十本の当たってはいけない自由を奪う糸に、死なない四人の壁、さらに表現通り、視認する事のできない状況から襲いかかってくる致死量の電撃。
この戦力差において、それでもなお華舞雅城さんは危機感を抱いてはいなかった。




