アイゾウ その九
葉鳥自然公園は暗く、そして静かだった。
バブル期という計画の段階から無理のあったリゾート地設立が乱発した時代、葉鳥の街にもご多分にもれずその並のあおりを受けて、この葉鳥自然公園には当初は巨大なレジャーホテルが建造されていた。
ホテルの建物の一部はまだ、この公園管理局として残ってはいるものの、その大部分が取り壊され、巨大レジャー施設は、その無駄に広大な土地面積を利用して自然公園としてリニューアルを迎えたのだ。
自然公園と名目としては立派なものの、その実は巨大な散歩コース程度のもので施設という施設はない。
公園の中は木々と、何点かある休憩所程度のもので、国道と公園をし切るフェンスはそんなに高くないにもかかわらず、街の不良達が侵入したなんて話も聞いた事がない。
正門から入ると、申し訳程度に大き目の噴水があり、それより先はやはり何もないからだろう。
だから不法侵入者は僕達が初めてなんじゃないか、などと考えながらフェンスを飛び越えて自然公園の中へと足を踏み入れる。
電気で動いているわけではないのか、噴水は誰もいない公園の中でざあざあと流れつづけており、等間隔でたてられている街灯がぼうとこの場を照らしている。
誰も人がいないのに電灯をつける必要があるのか疑問なのだけど、これもバブル時代の名残なのだろうか?
「さて、夜の十時。あいつらどこにいるんだ?」
「さぁ、わからないけど」
噴水まで歩を進め、僕と正宗は足を止める。
夏場には場違いな正宗の革のジャンバーが光を受けて綺麗に反射する、暑いのではなかろうかと思うのだけど、何も羽織るものがないからなとそれをいつも着ている。
自分から行かないのなら、僕がまた連れ出して服を買わせるべきなんだろうか。
かと思えば、華舞雅城さんの姿は神社の巫女さんを彷彿させる格好で、赤い袴姿に後ろ髪をたばねている。
違いがあるというなら上に着ているのが胴着的なものじゃなくて戦国時代の鎧甲冑を思わせるデザインで、そこにある巫女らしい装いは広がった袖口くらいのものだ。
堂々と待ち構えているという展開は予想していなかったけど、こうも何も起きないというのも予想していなかった。
「華舞雅城さん、相手がどこにいるかわかります?」
「何か、気配はわかるのですが。どこにいるのか正確な位置までは掴めません」
「俺も同じだ、こいつら相手じゃ目も反応しないからな。さて、どうしたものか?」
その正宗の言葉が終わったか終わらないかぐらいのタイミングで、高速道路で車がすれ違うような異音が微かに耳に入る。
「敦也、気をつけろ!」
「音は上から?」
その風を切るかのような音は頭上から、秒単位で確かな音として聞こえはじめ。
そして間もなく音の正体を僕等は視認した。
青白い一筋の光、流れ星と思わなかったのはこの音のせいだ。
闇夜の空を切り裂いては消える星とは違い、その光は確かな意思を持ち、輝きを増して僕達めがけて落下してきた。
それを僕達への落下と認識した時にはもう遅く、光の早さを考えるならもう避けるのは不可能だろう。
弾丸なんてなまやさしい物じゃない、光の弾頭は僕達を粉砕すべく異音を轟音とかえて迫ってきた。
「鶴は成す、亀甲六点硬き巌の盾!」
耳を劈く音と速度は百メートル上空で華舞雅城さんの叫びと共に出現した光の壁に激突し急激にスピードを落とした、それでも勢いはまだ死んでいない。
「鶴は成す、亀甲六点硬き巌の盾!」
上空二十メートル、再び出現した壁に激突し光はさらに失速、それでも高速をたもつ光だが避けられないほどではなくなっていた。
暴風とそれからなる衝撃を伴って光は僕達三人の間を抜けていった。
その時に確かに見た。
それは確かに翼を持った人影であり、裏辺治彦が最終的に成した人の形でもある。
その人影は再び闇に向かって上昇しようとはじめるが、そこを華舞雅城さんの力ある声が制止させた。
「七点尖星縛術!」
夜空に浮かび上がる七封星。
光る七つの点が、まるでプラネタリウムの星座図のように夜空に図形を浮かびあがらせる、今日の夜空は曇っているのか、輝くべき星は見れず、偽りの星が人影を捉えた。
「あれは尾崎だ」
この闇夜の空、遠く離れた人影を見て正宗が確信して声をあげた。
僕には面識のない尾崎鷹、彼がその人なのだとしたら翼をはためかせるその姿は名の通り鷹のようだった。
が、尾崎に気をとられてばかりもいられなかった。
尾崎の不意打ちが失敗したのを皮きりに、噴水の向こう側から殺気がほとばしり、それは実像を伴って僕達に襲いかかってきた。
対面まで十メートル、その噴水の幅を一飛びで飛び越えてジェイソンマスクの女子高生、裏辺魂がチェーンソーを大上段に構えて正宗に斬りかかった。
その刃はまだ回転をはじめておらず、正宗は鞘に収まったままの荒鷹でその一撃を受け切り、そしてそのまま跳ね飛ばした。
正宗が対峙するのは裏辺魂、そして僕が対峙するのは般若面の男子高生、上に尾崎がいるのなら体格からして江橋ではない。
ならばこの般若面は相澤に間違いはないだろう。
対峙する二人はお互い面をしているのがせめてもの救いか、知り合いと戦うという緊張感は少しだけ和らいでいる。
裏辺の激しい一撃と共に改めて斬って落とされた火蓋は、場が動いたのは裏辺の一言だった。
「行くよ……デッドツェッペリン!」
ギターを掻き鳴らすように引き上げられたチェーンソーの起動ケーブル、動き出した回転鋸は僕等を切り刻むと唸り声をあげる鰐のごとし。
「来い裏辺、お前が前に進むために必要だというのなら俺は喜んで壁になってやる!」
正宗が勇んで荒鷹を解き放つ。
これで月夜であれば、なんて美しく闇に映えた姿だろうか。たなびく金髪に掲げられた刀、現実感のないその姿と、それを迎え撃つ異形の日常存在。
僕がその姿にみとれそうになった瞬間、般若が僕に向かって爆ぜた。
そのスピード、動きの無駄のなさといったまるで燕だ、優雅な立ち振る舞いと素早い飛行にばかり目をとられがちだけど、秘めた牙は鳥類の中でも郡を抜く。
その牙の一撃を僕は後ろに跳ねて避ける。
あの時はザンビディスに乱入されて手を合わせた時間はわずかだった。けれどそれでもわかる事がある、彼の戦い方は僕と同じく正面から打ち合うしかできないスタイルだ。
だから彼の無事を祈らずにはいられない。
「華舞雅城さん、全力で打っていいんですか?」
「はい、こちらで衝撃は引き受けます」
華舞雅城さんは僕の攻撃の反動を肩代わりしてくれるといった、ならば打ち込んでみるしかない。
きっとこれが、長瀬敦也ができる唯一で最大の攻防術。
後ろに下がったのは防御や回避のためなんかじゃない、これは僕の攻撃に必要な予備動作。
右足に力を込めて大地を踏みしめる、足の裏から伝わるのは地面の感触。その感触を踏みしめるから踏み壊すへ。
ハンマーでブロックを砕くかのような音をたてながらのジャンプ、自分が出したとも思えない踏み込み音が僕の背後から聞こえてくる。ビキビキと悲鳴をあげる筋肉が体の内側から聞こえてくる。
引きがねを引いてしまった以上、もう止まれない。
走って殴りかかる僕の姿は相澤の目にはどう映っただろうか。
ゴッという鈍い音。
相澤は両手で防御しいていたにもかかわらず、僕の拳で顔面を吹き飛ばされていた。
しかし、まだ立っている。
ならばもう一度、打ち込むだけだ。
再びノーガードでの全力殴打、しかしこれは交わされてしまう。
ならばもう一度。
直撃するも再びガードの上から、初撃のリプレイのように相澤のガードを崩し、ガードごと相澤を殴りつけ吹き飛ばし、そして吹き飛んだ相澤を追うようにもう一度殴りつける。
しかし、これもガードによって受けとめられる。
されど、この愚直に続けられた僕の一撃必殺はガードの上からでも確実にダメージを与え、ついにはその般若の面をガードの上から打ち砕くに至った。
垂れた目筋に長く伸びた前髪、そこにあらわれた姿はやはり相澤硬その人だった。
「いったい何なんだそのファイトスタイルは、牽制とかないのか?」
文句というよりも疑問のが強かったんだと思う、戦いの最中だというのに相澤は僕の戦術に心配するように戸惑いがちに声をかけてきた。
それだけでわかる、きっと相澤は僕と話しなんてしたくはないのだろう。
普通に考えて、倒す相手に情なんてかけられないのだから。
「もともと僕はあまり強くなくてね、もってる武器をうまく使うしかないんだ」
これもまた事実、不死子さんに格闘技術は教わってるけどそれだって実戦に使えるほどじゃない。
教わったのは心構え、実戦で使えそうな技術的な事なんて今日エルさんから体に叩き込まれた事くらいしかない。
そして教えてもらったダメージをカットするのではなく、ただ最小限に押さえるだけの僕の戦い方は相澤のような相手と戦うには抜群に相性がいい。
意識さえ刈り取られなけれ、技術でどんなに押されていようが体力的に負けなければ最終的に僕が勝てる。
「この防御、ライフル弾でも壊せないのに、たった三発防御しただけでヒビだらけだ」
いって半袖のシャツから覗く鉛色の腕を僕に見せる、確かにヒビだらけで、そのヒビからは血が滴り落ちている。
「尋常でない身体能力と再生力とは聞いてたけど想像以上だ、でも身体能力だけなら僕も君ほどじゃないが!」
相澤も愚直に前に出る。
防御は僕の攻撃の前にいずれ打ち破られるととって前に出てきたのだろう、先ほどよりも、早く大きく踏み込んでくる。
ステップで交わしたところで、相澤はすぐに追ってくるだろう。
さすがは空手部の主将を務めているだけの事はあるのか、技術戦になったら僕に勝ち目なんてまったくない。
不意打ちが通用しななら、受けとめるしかない。
相澤の正拳突きがさっきとは攻守交代とばかりに僕の防御を打つ、受けた感覚は金属そのもので、もはやハンマーのフルスイング。
それが点の軌道で矢次早に打ち込まれてくる、お互いの接している距離は無に等しく、この距離では通常の格闘技では技術の勝負となる。
なれば僕がサンドバックになるのは当然だ、さっきの相澤のようにガードの上からでも体力を奪われ、違いがあるというのなら、相澤はダメージを軽減するために防御するという形だけれど、僕の場合は致命傷を避けるだけ防御の意味をなしておらず受けたダメージを我慢してひたすらなおすだけだ。
限界値がみるみる減っていくという点でいうならば僕の方が絶対的に不利な状況、腕で防御するならば腕が俺、頭を庇うかわりに内蔵を持っていかれる。
加えてこちらの全力も受け切られてしまうのだ、あんな博打めいた一撃を素直にガードしてもらえるなんてもうないだろう。
だからといって相澤のように細かな一撃を放てるほど機用でもないし、それに当てたところで相澤の鉄壁の防御はくずせない。
積み重ねられる一撃と直撃させなければならない一撃、戦う前から武器の質も有利不利も違いすぎているのだ。
なら相澤に弱点はなく、僕が勝つのは勝機を逃がした今となっては不可能なのか。




