アイゾウ その七
高橋の家は学校から徒歩で15分程の住宅地にある一軒家で、小さな庭があり、雨避け程度の屋根がある駐車場。
大きくも小さくもない佇まいは、失礼ながら見ただけで中流家庭なんだと理解するに十分だった。
「アイムバック、アメリカ」
高橋宅に着いた俺達を迎えてくれたのはアメリカと呼ばれた柴犬だった。
「どうでもいいけど、あんたんちの家の犬の名前。そろそろ統一したら?」
鈴木が言ってアメリカの小屋に同情じみた目線を送る、鈴木だけじゃなく見れば吉田も裏辺も同じような表情。
どういう意味なのかとアメリカの小屋をよく見てみればアメリカ以外にもメキシコ、フランス、ニッポン、インドそして大五郎の名前。
小屋の大きさからして、どうも六匹いるとは思えない。
「さすがにタマも一匹に六つ名前があるのはどうかと思う」
つまりそういう事なのだろう、アメリカと呼ぶのは高橋だけで他の家族は思い思いの名前を呼んでいるのだ。
こればかりは皆に賛成だ、夏樹命名のアメリカもこれでは混乱してしまうだろう。
「遠慮せずに上がって」
俺達の話しを聞いているのか聞いていないのか、何もなかったように玄関に通す。
そこで俺は目を疑った。
「いらっしゃい、どうぞごゆっくり」
高橋がもう一人いるのだ。
双子といえどもこれはやり過ぎだろうというレベルの同じ作りの顔、顔の造詣は完璧だが、家にいた高橋の方がこっちの高橋よりも少し背が高いか。
「あ、やっぱりマサムネも驚いた」
「タマも最初は驚いたよ、これは似過ぎだと思う」
「お前等失礼だろ、ごめんね秋恵ちゃん」
「いいんです、慣れてますから。私も部外者だったら驚きますもん」
高橋と違って普通の女学生という話し方の高橋秋絵、しかし考えてみればこの秋恵もメキシコかフランスかニッポンかインドと名前をつけたのかもしれないから油断は禁物である。
「姉ちゃん友達連れてきたの? こんちはー、なんだよ、姉ちゃんと遊べないじゃん」
「夜を待て」
「こら冬美、挨拶はちゃんとしないと駄目でしょ」
「ごめーん」
高橋が再び増殖した。
しかし、これで法則性はわかった。犬の名前は六つ、夏、秋、冬、ときたんだから両親がよほどヒネくれてない限り春のつく高橋の姉がいるはずだ。
両親がどちらも似ているという事はないだろうから、高橋はあと都合二回増殖可能だ。
面食らってばかりもいられないし、秋恵に行きがてにいいとは言われたもののとにかく買ったお土産の饅頭の箱を渡すと二階の夏樹とかかれた部屋に案内される。
と、ここで予想通りというか春奈というおそらく姉の部屋が併設されており、その部屋を高橋が開けた。
「あ、夏樹ちゃんおかえり。お友達もいらっしゃいゆっくりしてってね」
「ミートパイはないようね」
「あれは私の不覚だったから」
「フッ」
その会話に何の意味があるのか、高橋はそれだけを確認すると部屋を姉の部屋のドアを閉めた。
本命の高橋の部屋は、やはり失礼ながら俺が想像していた一般的な女子の部屋だった。
ピンクのカーテンのかけられた窓に、その下に備え付けられた魚柄のシーツのベッド。ベッドの上には大きなテディベアのぬいぐるみがあり。
テレビ回りと併設された机は小奇麗にまとまっていた。
鈴木は部屋に入るなりベッドにのりかかってテディベアに抱きつき、高橋は椅子に座る。
大きな部屋でもなく、ベッドと机の間の床に俺と裏辺と吉田は座るしかなかった。
「さっきのミートパイって何?」
「さすがに直で言うのはあれかと思ってね」
「直?」
「この前、姉ちゃんがセックスしててさ」
「直で言ってんじゃねーか! それで?」
「ヒサポンなんか感情と言葉がかみ合ってない」」
「ん、対面座位だったよ。私達のような未経験者には刺激強し」
「キャーヒャー!」
「対面座位がよくわからないけど……さすが大学生は違うね……」
「タマとしてはやらしいのはまだ早いと思う」
もともとテンションが高かった吉田なんて奇声をあげるしかなく、鈴木は顔を真っ赤にして何か頷いている。タマは興味なさそうにしているようだが、耳が真っ赤だ。
そんな中で、俺が何のリアクションもしめさなかったのはこの四人にとってはいい餌だったらしく。
「おや……マサムネの様子が……」
「……え、マサムネあんたもしかして……」
「キャー! えっちだー!」
「……・タマは何もいわない」
これは、そういう意味なんだろう。
「期待させて悪いが、性交の経験はない。行為事態なら、ついこの間に目撃してな。その手の状況には耐性がついているんだ」
下手に否定して不必要に持ち上げられるよりも事実を語るべきだと、事実を話す。それで話しは終わりだと思ったのだが、今の受け答えは失敗だった。
きっと俺に矛先が向いた時点で回避不可能だったんだろう。
「え、何それ? ちょっとどういう事?」
「あやややや!」
「どこで見たかが重要よね……」
「……タマは何も言わない」
部屋の熱気はどんどん急上昇、このままでは収集がつかなくなると俺はタメ息まじりに見た事を答える。
「夏休みの間に街の散策をしててな、繁華街に夜行った時に立ったままやってるのを見ちまったんだ」
「えーえー、それでどうしたの!?」
「怒鳴って追い払った」
冷たく、そう言い放った俺の言葉に火照った部屋の空気はコンマの秒単位で冷めた。
沈黙の後、誰からとともなく笑い出し、それが伝染して部屋は笑いに包まれた。
「……なんともマサムネらしいね」
「ひゃーもったいなーい、私だったら見つからないようにガン見しちゃうかも?」
「いや、君子はいざそんなの見たら逃げ出すだろ」
「タマもそう思う」
「えー」
「ってか君子、外で……その……ミートパイするのも問題だけど、それを覗き見るのも犯罪だから」
「あー、そっかー」
「ところでお前達、何かやるんじゃなかったのか?」
「あ、そうだぴよぴよ! ナッチ、今日は負けないよ!」
ようやく本題というところだったが、俺には何をやるのか皆目見当もつかなかった。
高橋がテレビ台の下からゲームの機械を持ち出してやっと何の事かわからなかったくだらいだ、高橋達が用意をしている間に鈴木に説明を受けたが、これも知ってないのと驚かれた。
なんでも有名なパズルゲームらしく、色の違うヒヨコを四つ繋げると美味しい焼き鳥になって消えるという違う組み合わせのヒヨコが上からふってきて揃える類のゲームらしい。
可愛らしいんだかバイオレンスだかわからないコンセプトのゲームだが、ルールは単純明快なようでそうやって二人がそれぞれ消していく、一度に沢山のヒヨコを消せばニワトリがふってくるというのは順番が逆な気がするが、ゲームだからあまり気にしてはいけないんだろう。。
勝負の結果も単純明快でヒヨコが上まで詰まって脱走されたら負け、高橋と吉田の勝負の結果も単純明快で吉田の惨敗だった。
「あーうー練習したのにー!」
「筋は悪くないし、上達もしてる、しかし私に勝つには何よりも早さが足りない」
「マサムネやってみる?」
「いや、俺はゲームは……」
不死子が敦也を捕まえてゲームしているのは横目で見ていたが実際にコントローラーを握るのは初めてだ。
「ならタマとやろう、タマもテレビゲームは得意じゃない」
「あ、私も参加するよ。手加減を知らない兄貴や弟とかよりはいい勝負できそう」
そうこうやって2時間はあっという間に過ぎていった。
結果としては俺の惨敗、何十回と挑んで一度も勝利できなかったんだから文句のつけようもない負けっぷりだろう。ゲームの理屈は理解したのだがいかんせん俺は細かい指の操作が苦手らしい。
「ま、マサムネ、大丈夫?」
「何がだ!?」
「いや、明らかに怒ってるからさ」
「怒ってなどいない、負けたのは俺が不甲斐ないからだ!」
「や……その割には」
「タマには怒ってるようにしか見えない」
「吉田……あとでトレーニングメニューを教えてくれ。この失敗は払拭する」
「と、トレーニングメニューなんてないよぅ。遊んでなれるしかないんじゃないかな」
「そうか……裏辺、鈴木、次遊ぶ時は覚悟しておけ!」
「は、はい」
俺はいたって普通なのだが、どうにも皆が俺を腫れ物に触るような目で見るのがどうにも納得がいかない。
「それじゃあ、また明日。帰り道はわかる?」
「ああ、大丈夫だ」
「うう、途中までこのマサムネと一緒か……」
「頑張ってヒサポン!」
「それじゃ、タマはバイク取りにいくからここでね」
「「「「「じゃ、また明日ー」」」」」
嵐のような時間は過ぎ、また明日と口にした。
果たして、明日は笑っていられるだろうか。今晩、再びみまえる裏辺の背中を見送ってそう思った。
鈴木との帰り道での会話はまるではずまず。
そして、空の彼方に溶けていく夕日を俺は睨んでいた。




