アイゾウ その五
「正宗はどうするの、本当に戦えるの?」
二人のスパルタ教師が去って、運動後の一服をしながら敦也はそんな事を聞いてきた。
正直、俺としてもこの質問は助かる。
ちゃんと言葉にして初めて決意できそうだったから。
「戦うしかないだろう、どうであれ奴達との決着は一戦交えないとつかないだろう」
「やっぱりそうなのかな?」
「俺だってそりゃ戦いたくはないさ、お前と同じで短い期間とはいえ友人として顔を見合わせてたんだしな」
「そっか、やっぱりそれしかないか」
そう、敦也はあっさり受け入れた。
俺としては拍子抜けだ、敦也の事だからきっと他の方法があるとか、話せばわかるから明日学校で話してみようとかそういった類の話になると思っていた。
「随分聞き分けがいいな、お前殴られてどっか頭の回路がおかしくなったんじゃないか?」
そう軽い口を聞いてみたが、敦也は俯いたまま。
「だってあの人達は復讐のために戦おうとしてるんでしょ、それじゃやっぱり僕達と戦わないと納得できないと思うんだ。前に進むための儀式っていうか、気持ちの切り替えに必要な事なんだよ。だけど、だからって殺される気はないけど」
「そんなお前……」
お前らしくもないと言おうとして、俺はその言葉は絶対に言ってはいけないと口を閉ざした。
復讐心。
人畜無害で温厚な敦也が、唯一殺意を抱くに至った理由が復讐であり。それを敦也に背負わせたのは俺だ。
俺が前に進むために必要だった事だ。
敦也にも必要な事でもあったのは事実だが、俺はそれに甘えて全部押し付けてしまった。
頭の回路がおかしくなってんのは俺だ、眼の使いすぎの後遺症か、俺は、俺だけはそれを口にしてはいけないのに。
でも、それで決意が固まった。
「それじゃあ、やっぱり戦ってやらないといけないだろう」
「うん、僕達にだって責任はある。それに殺し合いだからって、僕達が殺さなきゃいけないって事はない。ないはずだ」
敦也はそう言い残して、その後は暗い表情で立ちあがり、また学校でと言って帰っていった。
殺さなきゃいけないって事はない。
俺も敦也もわかっている、だけど殺さないを通せるほど優しい相手じゃない事もわかっている。
だからこそ、やはり決意はしておかねばならないのだ。
決戦の朝。
それでも普段通りに過そうと思い、いつものように朝の修練をすませた。
しかしどこかはやる気持があるのか、いつもよりも早い時間に通い慣れ始めた通学路を行く。
登校ラッシュという時間にはまだ早く人影もまばら、教師達の朝の挨拶立ち番の時間にもはやく校門に入る人影は少ない。
だから気がつき、気がつかれてしまったのか。
校門に寄りかかるように、誰かを待っていた人影は微笑むと私に歩み寄ってきた。
「グッモーニン正宗、体調はどう? 昨日は散々だったでしょ、まさかとは思うけど体調不良を言分けに今晩をすっぽかす気はないんでしょ?」
間違い無く私を待っていた人影、岩殿鎖の体からは隠し様もない敵意がにじみ出ている。
にも関わらず、その言葉は親しげで、加えて言うならそこには皮肉も何もない。
岩殿鎖という女は敵意こそあれ、本心から俺の体調を案じ、そして私との戦いを渇望している。
岩殿が俺を待っていたのには驚いたが、だからこそこの瞬間だけで強く感じた。
岩殿鎖という女は残酷とも思えるほどに酷く純粋だ。
だからだろうか、俺は警戒はすれど身構える事はしなかった。
我ながら馬鹿げた話だ、目の前の女は昨日、俺を容赦なく殺そうとした女だというのに。
「ああ、少し痛みが残ってるが問題ない。それに俺も一度迎え撃つと言った以上は体調の良し悪しは言い訳にしないさ」
「のほほ、それならいいわ。容赦なく戦えるし」
「で、俺に何の用があるんだ? まさか本当に体調の確認で待ってたわけじゃないだろう」
「ん、半分はそうだよ。あとの半分はなんだろう? のほほ、私もよくわからないのよね。なんとなく、よ」
「ハッ、なんだその理由は?」
「まぁ、いいじゃない。お互いの教室に行くまでに他愛もない世間話でもしましょうよ」
そう、岩殿鎖は言うと俺に合わせて歩き始めた。
「あなた家で何してんの?」
「は?」
岩殿のそんな質問に俺は実に間の抜けた返事をした。
こっちは何を話せばいいか、などと考えを巡らせていたところだっただけにとんだサプライズアタック。
「なんでそんな事を聞く?」
「別に、世間話ってそんなもんじゃないの? いいよ別に、答えてくれないなら私の中では無駄にデカイ土鍋で得たいの知れない虫を煮込んで高笑いしながら料理する。それがあなたの日課で、趣味って事に勝手に設定するから」
「どこの魔女だそれは、お前は魔術を知らないのか? そんなステレオタイプの魔女なんて今の時代にいるわけないだろ?」
「そりゃそうだ、あんたって冗談が通じるんだか通じないんだか」
「大きなお世話だ、家で何をするか? そう言われてみれば俺が家でする事なんて日課の剣の修練くらいだ。あとは同居人の手伝いくらいだ」
「同居人って長瀬君? えっと、クールな顔して案外アグレッシブな関係なのね……引くわー……」
「何の誤解をしてるんだ、アイツは一緒に暮らしてない。別に俺は構わないんだが、アイツが変に何か意識してるようでな」
「……なるほど、あんたいろんな意味で重症だわ。でも、そうね私としては嫌いじゃないかな?」
と、これまた以外な事に岩殿はそんな事を口にした。
嫌いじゃない、それは少なくとも並以上の好意を持ったという事だ。
今の岩殿には昨日の機械地味た殺意は感じられなくなっている。が、敵意が失われているわけではない。
その点で言うのなら俺もそうなのだろうが、そんな俺だからこそ疑問に思う。
情が移っては戦い難いと。
そんな物は関係ないと言えるほどに岩殿は戦いになったら非情に岩殿はなれるという事なのだろうか、この時間の記憶もほんの些細な出来事なのだと。
本人はそうなのかもしれないが、だとしても俺はそうだとは思えなかった。
「ってか、あなたって剣を振るくらいしか娯楽がないの?」
「いや、他にもあるんだろうが。いや、確かに趣味という趣味は思えばそれしかないな」
「うわ、マジで? つまんない女だろうと思ったけどこれは筋金入りだね」
「大きなお世話だ、そういうお前はどうなんだ?」
「ん、私? 趣味でフルートを弾いたり、絵を描いたり、テレビだって観るし。んでも何より映画を観るよ、私のコレクションの数は結構なもんよ。ああ、その観るための環境作るのも趣味かな。もうちょっといいサラウンドシステムをつけたいんだけどね」
「すまない、後半はサッパリだ」
「ん、もう少し外に目をむけたら? 折角学校通ってるんだし、友達もいんでしょ?」
「ああ、まぁな」
「なら、もっと遊んだら? 疲れちゃわないのそんなんで?」
そう、岩殿は言った後に。
その言葉を否定するように、細い眼に確かな殺意をこめて付け加えた。
「できれば後悔ないように、正々堂々今夜は殺し合いましょう」
岩殿と別れ、教室に入ればやはりさすがに早すぎたのかまだ誰も来ていなかった。
一人一人、教室に入って来る奴を見てはそれぞれの日常を想い、わかっている事だったが、岩殿に指摘されて改めて考える。
岩殿は裏辺魂と同じでこの学校生活を楽しんでおり、普通に生活を送りたいと考えている。
しかし、俺達という存在がそれを素直にさせないでいる。
俺達を学校生活の一部と認識しているのだろうが、殺さなければならない仇敵、だからそのバランスをとれないでいるのだ。
意思を取るか日常を取るか、その攻めぎ合いは俺にも経験があるからよくわかる。
だからこそ、他に選択肢があるのではないのかと考えて、そしてどうにもならない現実に絶望してしまうのだ。
忘れようとして、結局のところ今でも心に引っ掛かっている敬一郎を思い出す。
敬一郎を殺した。
敬一郎を認める事ができず、結果としてそうなってしまった。それは拝呈する事は死ぬまでできないだろうけど、俺達が前に進むために必要な事だったと信じられる。
せめて信じてやらなければ、敬一郎が救われない。
過去も結末も全てを受け入れられなければ、今の事なんてとても考えられず、その日の思いは忘れる事無く愛蔵すべき感情だ。
岩殿が俺を笑って当然だ、そんな当たり前の事を俺は否定したのだから。
どんな結末になれど、この瞬間も受け入れよう。
俺は今、普通の学生としてこの場にいるのだから。




