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現の責任  作者: 面沢銀
学園不協和音編 ~狙われた学園~
30/174

ゲイゲキ


「----ハ!」


 和装の少女は建物の屋上から意も介さずに飛び降りた。

 四階建てのその建物の屋上ともなると、地面までは二十メートルはあろうか、その跳躍は落下を恐れてはいないようだった。

 瞬間、少女の落下は停止する。


 あろう事か、そのまま上昇を始めたのだ。

 事実は単純。

 少女は地面に落下する前に別の足場(・・・・)へと着地し、その足場が少女ごと上昇したのだ。


 少女が踏んだ足場の正体は空飛ぶエイ、他に説明するべくもない。

 海洋生物であるはずのエイが、あろう事か日の届かない深い大海原を泳ぐように、闇夜の空を飛んでいるのだ。


「さて、加減しろっていわれても。相手は加減させてくれるかな?」


 少女の背後には陽に焼けた浅黒い健康的な肌の男、中年とまではいわないが、それでも若さは感じない。

 男は少女が見据える先に自分も視線を会わせる。

 広く何もないグラウンドの中央に、二人の視線の先には、若い男が二人。

 二人とも長身で背が高く、遠巻きから見ても絶世の美男子であると容易に察しがつく、共に日本人ではない。


「黒髪の方は大問題がありそうじゃな」


「……不死子さん、これは手加減できる相手じゃないですぜ」


 和装の少女、不死子の視線は黒髪の方へと集約した。

 どちらも強力な相手ではあるが、黒髪が金髪よりも頭三つ、いやそれ以上に飛びぬけて危険だと判断したのだ、その実力は不死子自身が全力を駆使して戦っても果たして勝てるかどうかというレベルにあると肌で感じいていた。


「ふむ、ちょっと強そ気じゃのう。確固撃破で良いな、気を抜いて死ぬでないぞ!」


「そっちこそ!」


 二人はエイから飛び降りると、そのままエイは対峙する二人に向かって突進し、グラウンドへと墜落する。

 轟音と共に舞い上がる砂埃。

 その砂埃の中に敵の姿はない。


「!?」


 金髪の男の姿を不死子が確認したのは地面に着地すると同時、その不死子の着地にあわせるかのようにその身を弾けさせ、不死子に襲い掛かった。

 振りかざすは手。


 上半身、肩口から伸びているのだから手に間違いないだろう。

 だというのに、その腕は槍に鉄のヤスリが巻かれたかのような凶器そのものだった。

 不死子は着地と同時に後ろに飛び、その一撃を回避する。


 最初の攻守はこの時点で決まった。

 逃げる者と追う者、そこに駆け引きはあるだろうが、攻めと守りをどちらが有利というのなら攻めが有利である事に変わりは無い。


 故に、その追撃は瞬き一つ許さぬ速さでやてきた。

 再びかざした腕で不死子をなぎ払おうとした瞬間、不死子は着地と同時にその身をかがめ。


 グルン、と。


 コマのように体を反転させる。

 それは着地の隙をゼロにすると同時に反撃を可能にした。

 故に、その次の攻防は先の一瞬よりも短い。

 己の失態に気がつき、踏みとどまろうとする男、しかしそれももはや間に合わない。

 不死子の細い腕が、男の体ごとなぎ払うべく男の腹に直撃した。


「ぐっ!!」


「ちっ!!」


 弾き飛ばされた男と、弾き飛ばした不死子は共に不満の様子だった。

 お互いを仕留めようと放った必殺の一撃、初激の一合目だとしてもそれで仕留められなければ、おのずと不満の色も出てくる。


 これで間合いは大きく離れた。

 今の攻防だけでもお互いの力量は測れる、だからこそ先手を取れた不死子に余裕の色はなく、両者は静かに睨みあうしかなかった。


「どうしたんじゃ化け物、相手は己の半分に満たない身の丈のぷりちー少女、臆するには不相応な相手じゃろう」


 少女の言葉に黒髪の男は高らかに微笑んだ。


「その余に対する挑発、万死に値する。が、世の慢心があったのも事実。先の一手、己の戒めとして許そう」


 ぎらり、と。

 それだけで不死子を射抜くように視線を投げる。

 しかし、不死子の挑発は止まらない。


「余ときたか、笑わせるのう。造られし者が王を気取ったところで創造主には逆らえんじゃろう。それともただの自己満足かの、尊大を気取ったところで度量の小ささは誤魔化せぬぞ、小さき王よ」


 男の表情が今の言葉で一片する。

 射抜くような視線は、貫く視線へと様変わりし、強固な殺意となって不死子を襲う。


「ならば王の威光をその身に受けるがいい」


 ぐらり、と。

 男の周囲が歪んで見えた。

 魔力とも氣力とも違う、はたまたそのどちらもなのか。

 千年を生きた不死子ですらあまり経験した事のない、怪しげな気配が男を包み、同時に夏の夜にふさわしくない冷気が巻き起こる。


 ぶーん ぶーん と何かが鳴動するように男の体の中から鳴り響く。

 敵の膨れ上がっていく危険性を、対峙する不死子が気が付かないはずもない。

 そして、それは形となって目の前に現れた。

 巨大な瞳、口からのびた触手、、額から伸びた触角。腕は瞬時に四本となり、どれも先程の異形の腕となる。


「王の威光というか……王の異形じゃの……」


 もはや、王は答えない。

 王、確かに姿は変われど王としての説得力はあった。

 変わった姿はどう見ても蝿。

 十六の悪魔の指揮官として、カナン地方で伝え聞きし、蝿の王。

 ベルゼブブとしての説得力をその圧力は持っていた。


 王が地面を蹴る。

 いや、蹴ったように見えただけなのか。

 もはやそんな事はどうでも良かった。

 ビデオの早回しでも見るかのように、王は瞬間移動と言って差しさわりのない速度で不死子の目の前に現れた。

 右下の腕が不死子の足元を払い、左上部の腕が不死子を打ちつけようと振り下ろされる。

 それを不死子はギリギリのところで交わす。


 その瞬間。


 口の触覚から白い粘液が放たれる。

 敵が何をやってくるか予想がつかない、そういった警戒をおこたらない戦いであったにもかかわらず、不死子はその粘液をその身に受ける。

 後ろに飛んでいたのが幸いしたのか、受けたと言ってもまだ浅い。

 着地する不死子だったが、その胸はしゅうしゅうと硫黄に近い臭いをあげながら溶けていた。


「蝿は酸をつかって獲物を溶かして食うんじゃったな……」


 当たりが浅かったのと、和装ゆえの生地の厚さが幸いし、その強酸が着物を溶かしきり、その身を朽ちさせる前に、溶ける和装の上を素早く脱ぎ捨てると白い浴衣姿となる。

 もちろん王の攻撃はその間も続いたが、ほどく帯とバサバサと広がる着物が目くらましとなった。


 一撃の余波を再び0に戻すまでに要した時間は十五秒ほどか、王と不死子は再び対峙する。

 一合目を制したのは不死子。

 二合目を制したのは王。


 ならば三合目はどちらが上かでおのずと決まってくる。

 しかし、状況としてみるならばもはやダメージも残らない王と、ようやく酸の影響から脱した不死子、かたや満身創痍の様相と、かたや無傷。


 ならば王の優位は揺るがない。

 人の身でよく持った、それは賞賛に値する技量だと王の物言わぬ口と無機質な目が告げている。

 事実、肉体の性能、腕の数、ひけを取らぬ技量、おそらくはあの目さえも通常ではありえぬ視界を王にもたらしている。


 だが、そこまで圧倒的に有利な状況であるにもかかわらず王は動かない。

 目の前の少女はまだ何か自分を倒しうる奥の手を持つと警戒してだ。

 不死子にとっては後の先、つまりはカウンターを狙いたい。

 が、今度はいかに挑発しようとも王は自ら討って出る事はないだろう。

 ならば不死子からでるしかなく、それは決死の覚悟を持って一撃必殺のもとで狙うしかない。


 いや、もとより一撃必殺の下に放たれない一撃などはなかったのだ。

 極度の緊張感。

 加えて自分よりも強力な相手。

 必然として背後に忍び寄る死神。

 そんな中で、不死子の口元が邪悪に緩む。


「この久しく忘れていた緊張感、感謝するぞ蝿の王よ。これを使うのも百余年ぶりじゃ」


 大きく不死子が前後に足のスタンスを取り、両手を軽く開き手は上下に開ける。

 こぉっ、と短く息を吐き。

 同時に王が姿を現した時のような、強烈な感覚が不死子の周りに広がる。


 違いがあるとすれば、その容姿に周囲が恐れるように冷えていったのに対し、不死子の力の奔流は周囲に後押しされるように熱をおびはじめた。

 不死子のながい三つ編みがゆらめき、そしてゆっくりとほどけていく。

 あろう事か、不死子は強敵と体面しているにもかかわらず目を閉じた。

 それは大きなの隙のようであるが、その不死子の放つ針のような気配は、その偽りの隙に付け入ればその瞬間に首をかかれる。


 だからといって待てば隙が生まれるというわけでもない。

 何を持ってすればこの不死子の一撃を逃れるか、王がそれを思案するにはあまりにも遅すぎた。

 瞬間、まるで雷鳴が轟いたように、強烈な音をあげながら地面を蹴った。

 それはまるでカタパルトで助走をつけた戦闘機のようではあるが、その姿は戦闘機なんて生易しいものではない。

 白い服がたなびき、もはや残像としか映らない不死子の姿は流星そのもの。


 故に星となるほどの力を放出した不死子に次の一手はない、全身全霊をかけたまさに必死の一撃。


 ゆえに、この一撃を乗り切れば王の勝利。

 されど、人の身で流星となった不死子はいかに王の目といえども捕らえられなかった。


 王の失敗は同じ物。

 追撃はないという慢心、そして次は自分を仕留めうる攻撃はしてこないであろうという慢心。

 王は自らの見通しの甘さを悔いるまもなかった。


「風征鶴唳!」


 呟くような気合。

 と、共に王は肩から袈裟の形で両断され、その両断された体は不死子の竜巻を伴う体当たりでその上半身と下半身を吹き飛ばした。

 その不死子の体の勢いたるや、その走り抜けた跡がくっきりと闇夜にうつるほどのものだった。

 その煙立ちあがる夏の夜空の下、異形の屍のそばにほどけた長い髪をたらし、力を使いきり、座り込むその姿は月光のもとで花をさかせる百合の花を思わせた。 

 

 それが不死子と最後まで真の名前をも知らぬ蝿の王との決着だった。



現の責任 第三話追記 ゲイゲキ

                  了

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