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現の責任  作者: 面沢銀
学園不協和音編 ~狙われた学園~
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コウサク その十


 事務所に戻って目にしたのは意味不明な光景だった。

 ニーズでも不死子でもどってでもいいが、現状は動くどころか切迫。そしてその動いた現状のど真ん中に来るべきニーズは姿すらなく、同じく不死子もいない。


 かといって敦也がいるわけでもなく、事務所の留守を預かっていたのは藤咲正美と、さらに見た事もない女だった。


 藤咲はともかく、その見た事もない女が問題。

 ピッと張った背筋に、無駄のない呼吸。


 まるで不死子から人間味をまるごと排除したかのようなこの俺と同じくらいの歳の女は、よくできた人形のようで、害はないとわかっていても他者を圧倒する存在感があった。


「おかえりなさい、ニーズも無用心というか人がいいというか、人使いが荒いというか、ともかく留守番させられてたわ。どう、学校は? この子であった?」


 ふふんと鼻を鳴らしながら、まるで家の者のように茶菓子を口に運びながら藤咲は聞いてきた。

 それで俺は何と答えればいいのか。

 ともかく、この見覚えのない他校の制服を来た女を見ながら席についた。


「まぁ、そこそこに楽しんではいるよ。で、藤咲。なぜニーズと不死子のかわりにお前がいるんだ?そもそもそいつは誰だ?」


「ん~、それは敦也君が帰ってきてからでいいんじゃない?」


 のれんに腕押しといった感じの藤咲。

 女なんて眉一つ動かさずに黙ったまんまだ。

 味方かどうかは知らないが、この状況ならば敵という事もないだろう。

 少し気いらないが、押し黙っていてもしかたがない。


「そういえば藤咲、この前、敦也と不死子とどっか行ってたようだがどこにいってたんだ?」


「ちょっとN県の山中にね」


「N県の山ってお前……まさか」


「うん、木三沢村の跡地にちょっと行ってきた」


 何事もなかったかのように言う藤咲だったけど、次の瞬間に俺は声をあらげていた。


「ちょっと待て、何で俺に何も言わないで行っちまうんだそんなところに!」


「私もね、正宗はとは言ったんだけどね。正宗が見る必要はないって不死子と敦也君に言われたのよ。私もそう思うし」


「なんだと!」


「……敦也君はそこまで考えてって事じゃなくて直感的な問題で言ったんだろうけど。連れてかなかった理由なんて今のあなたを見てればわかるわよ。それは自分で、いや敦也君と気がつくべき問題じゃないのかな」


「わけのわからん事を言ってはぐらかすな、そういう心理戦は嫌いだ」


 俺が言うと藤咲はハァとため息をついた。


「口止めされてるんだけどな……いいわ、あなたにはハッキリ言わないと伝わらなそうだし。私からはうまく伝えられないけど、あなたはあの日から危うくなったのよ。なんていうのかな……質問を質問で返して悪いんだけどあなたって今は何で戦ってるの?」


 途端に、頭のスイッチが切り替わるように俺の怒気が消え、かわりに心臓が冷たくなるのを感じる。

 それは自分が隠しとおしてきた悪事を、白昼の下にさらされたようなものだ。


「本当はあなたはあの夜に戦う事を放棄する事もできた、それをしなかったのには理由があるはずよ。あなたは今は何のために。いえ、そうじゃないわね。何故戦いを続けようと思ったの?」


 俺は答えられない。

 明確な意思はある、しかしそれが説明もできなければ答えることもできない。

 言うなれば箱はあるのに、その中身が何なのか説明できないようなものだ。


「私は家族を守るために、敦也君は自分の過去に出会うために、ニーズも不死子もそれぞれの思惑があて戦ってる。あなたは過去に固執するわけでもないし、狩野の呪いとも言える呪縛から自らの意思で脱した。なら、あなたに戦う必要性はない。あなたが今戦ってるのはそういったあやふやな意思なのよ、そんな人に影響を与えるような場所に連れていくわけじゃない。あなたには何の覚悟もない。それは死ぬかもしれないっていう覚悟もないって事よ。それでも前よりはよくなった、それがまた元に戻ってしまうかもしれない場所に連れて行くわけないじゃない」


 藤咲の言葉がいちいち胸を抉る。

 あの日、病院から出た俺はこれからは笑って生きて行こうと決めた。

 いつも通り過ごし、いつもと変わらない日常に戻る。

 そうする事ができれば、そうしていこうと自分に言い聞かせて心に蓋をした。


 しかし、それは叶わぬ事なのだ。

 自分の半身は死に、自分の心を支えていた人も死んだ。

 それに代わるものなどないのだから、元通りというわけにはいかない、なのに無理をしてそれまで通りにしようとしていたのだ。

 笑顔を作ろうとしたその実、きっと俺は今まで一度も本当の意味で笑えた事がない。


 それが、酷く、悔しく。

 言葉を失った。

 俺の心にあるのは、次に死ぬのは自分でもいいという変なバランス感覚だ。

 多くを失い、失わせたのだから、自分にその番がきてもかまわない、ならば私が望む笑顔を作るのは、私が死ぬ時に他ならない。

 そんな風に生きる事に希望を見だしていないのに、それでいて死ぬのはごめんだと拒絶する。


 わけがわからなくなる。

 頭で悩み、言葉を失い、考え込む私を無言で見守る藤咲ともとから声をあげない女。

 どれくらいの沈黙があったのか、その沈黙を打破したのは帰宅した敦也だった。

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